松山をうろうろ

  • 2017.11.06 Monday
  • 05:38
別府から松山へは、フェリーで八幡浜に渡り、そこからバスでの移動となります。運行しているのは宇和島運輸となっていますが、現在は宇和島からの航路はなく、八幡浜から大分県の別府と臼杵を結んでいる四国西部の幹線航路です。船室から出られないほどの強風の中の航海でしたが、2,500トンほどの大きさがあるので、全く揺れなくてなにより。灯台のところが日本で一番細長い三崎半島の先端にある佐田(さだ)岬で、ここと対岸の佐賀関との間で獲れる魚が最も旨いとされ、先に大分側が「関サバ、関アジ」でブランド化したため、愛媛側で獲れる魚は同じ魚なのに、安く買いたたかれてしまうのです。
佐田岬

宇和海も瀬戸内海と同様の多島海で、夕日を浴びて幻想的な風景となっておりました。
宇和海

松山にある墓には父と祖父母が眠っており、まず墓参りしてから、生まれ育った町をぶらぶらと散歩しました。すぐ近くにある53番の札所円明寺には、連休ということもあり、たくさんの観光客やお遍路さんが立ち寄っていました。子供の頃は「えんめいじ」と呼んでいたけれど、本当は「えんみょうじ」なんだとか。変だなぁ…
円明寺

門の左にある大エノキや、クスノキなども多くが健在で、奥にある大イチョウは頭を切り詰められていたものの、ますますたくさんの乳を垂らしていました。
大銀杏

バスが来るまでの間、生家の辺りの路地をうろうろ。典型的農村地帯なので、自転車しか通れないような狭い路地が、今でも網の目のようにそのまま残っています。記憶をたどりながら歩いて行くと、昔のまんまの姿がそのまま残っているので、不思議な感覚にひたってしまいました。
農家

バスに乗って町中まで戻り、駅でいつものじゃこ天うどんを。松山のうどんは讃岐のようにコシが強くないので、やっぱり食べやすいです。
じゃこ天うどん

松山市内での移動は、電車も市電もバスもすべて伊予鉄道なので、今回は二日間乗り放題の2Day Pass を使いました。これから乗る空港までのリムジンまで使えるので、二千円で乗り放題というのは本当にお買い得。おまけに伊予鉄高島屋の屋上にある観覧車「くるりん」にも乗れるので、初めて乗ってみました。これだって700円もするのですから。東側に延びる中の川通と、左にあるアーケードの「銀天街」の間には、伊予鉄道の本社があり、屋上には坊ちゃん列車の絵が描かれていました。
湊町

熊本城の痛々しい姿を見てきたばかりなので、台風や地震の被害がほとんどない松山の町は、本当に平和なんだなぁとつくづく思ってしまいます。
松山城

観覧車から降りてくると、ちょうど坊ちゃん列車が待機しており、連休ということもあり、ぎっしり満員のお客さんを乗せて、シュッポシュッポと走り去っていきました。交通関係だけでなくデパートやフェリー会社まで持っている松山の町の最有力企業なので、いろいろな面で町の元気さに貢献してくれているように感じます。
坊ちゃん列車

熊本から大分移動編

  • 2017.11.04 Saturday
  • 21:23
ようやく松山到着。やっとWi-Fi環境にたどり着いたので、更新させていただきます…m(__)m

タワーホテルでの夜明けは、札幌よりも1時間くらい遅い感じ。うすぼんやりと明けてくると、足元をゆったりと流れる白川が見えてきました。急流豊平川とはずいぶん風情が違います。
白川

大分行きのバスは、ホテルのすぐ前が始発でした。熊本駅はどっしりとレトロな雰囲気で貫禄十分だけど、目の前に巨大な歩道橋が置かれていて興醒め。なんでこんなもったいないことをやったんだろう…
熊本駅

熊本大分間は、JR豊肥本線が不通のままなので、熊本から阿蘇地域に行く人が結構多く、ほぼ満席になりました。地震の被害はほとんど見当たらないけれど、瓦がまだらになっている家が見える程度でした。ちょうど益城町の墓地が見えましたが、あの町中の復興は少し進んでいるのでしょうか。
益城町

阿蘇への入り口が最も被害を受けたため、国道やJRもここで寸断されています。このため大きく迂回ルートが設定されていることから、狭い道路にぎっしりと車が連なり、のろのろと外輪山を登っていきました。
迂回路

でもそのおかげで、阿蘇五岳を望む大観望を通ることができました。五岳は霞がかかってぼんやりだったけれど、中学の修学旅行の時にここを通って以来だったので、ちょっと感慨深かったです。
大観望

熊本から大分に抜ける国道は、もう一度外輪山の急坂を上り、やがて杉木立の中を抜けて大分県に入っていきます。確かにどこもかしこもスギの植林地ですが、間伐や枝打ちをやっているところは少なく、荒れている印象がありました。
杉木立

途中道の駅で二度のトイレ休憩。その分時間はとられるけれど、5時間近くの長丁場なので、息抜きや買い物ができるのがうれしかったです。駐車場に軽トラを乗り付け、そのまま椎茸を売っている方も。さすが椎茸作りの本場です。
椎茸売り

腰が限界になる頃、ようやく大分駅に到着しました。ここは最近高架化と駅ビルの整備が行われたばかりだそうです。祭日の昼前なので、かなりの人出があり、広場では賑やかなイベントが行われていました。
大分駅

広大なロビーの天井には格天井が組まれ、なかなか渋い雰囲気になっていました。その中をこんなミニチュア機関車が…JR九州は観光列車だけでなく、いろんな企画を次々に打ち出して地域の賑わいづくりに貢献おり、北海道とはえらい違いだなぁ…
ロビー内

熊本で墓参

  • 2017.11.03 Friday
  • 05:36
新千歳空港から一気に福岡での直行便。スカイマークのいま得を使うと、日によっては五千円台で行くこともできます。連休前だったので倍以上しましたが、それでもずいぶんと安く行けるようになりました。順調に飛行していたのに、少し先の便が着陸時にバードストライクをやってしまい、滑走路が閉鎖に… おかげで玄界灘上空をぐるぐる回って待機させられ、40分遅れでようやく着陸できました。すぐ沖にある相島(あいのしま)には、ちゃんと学校まであるみたいでした。離島が多いといろいろ大変そう。
相の島

レンタカーを借りて一路熊本へ。気温は24℃もあり、べた付くような暑さだし、あたりの山の多くがモウソウチクに覆われて荒れ放題になり、景色も亜熱帯化しているように感じます。
竹林

最初に行ったのは、笠家が江戸時代に住んでいた小さな村の墓所。40年前に私が探し出した時には,既に集合墓地になっていて墓石がなくなっていましたが、事情を聞きに入った家がなんと笠さんで、親戚ではなかったけれど、代々医者をやっていた先祖のことはよく知っておりました。
寺町

もう一箇所は、熊本と菊池を結ぶ菊池街道沿いにある墓地。ここは祖母が生まれ育った場所で、私のひいじいさん夫婦、その先代夫婦、早世した祖母の兄と長女が眠っています。昨年の地震でかなり被害を受けましたが、従兄夫婦がなんとか元通りにしてくれました。今度はいつお参りにくることができるかなぁ。
江良

連休前の週末、大渋滞の中ようやく熊本駅前のホテルに到着。よく使う○○インですが、ここのはなんと高層ホテルでした。これも新幹線効果なのでしょうか?
ホテル

普通のツインをとっていたのに、空いているから特別室でもいいですよ〜と勧めてくれました。なんと27階の部屋で、普通のツインルームくらいの応接室が付いており、中が広すぎてかえって落ち着かないくらいだけど、眺めは抜群。ものすごい移動距離の一日でしたが、なんとか予定どおりにこなせた一日でした。
夜景

町中にいると、ふと熊本城が見えてきます。まるでギプスをはめているかのようで痛々しい限りですが、一日も早く復興してほしいです。
お城

今日はこれからバスで大分に移動。益城町の横を通り、阿蘇山越えの道を行くので、地震の爪痕が残っていることでしょう。夜は別府で同期会だし、泊まりは古い温泉旅館なので、更新できないかもしれません。m(__)m

函館の海岸散歩

  • 2017.10.28 Saturday
  • 06:02
先日行った函館。ほとんど時間がなかったけれど、朝のうち一時間だけ、近くの海岸を散歩してきました。意外とこちらの方には来たことがなかったのです。実家の隣にあるのが、日本の道百選にも選ばれている大三坂。上の方にはハリストス正教会などがあります。
大三坂

ここからまっすぐ海の方に出ると西波止場があり、その横には旧桟橋の記念碑が建っていました。若松町に現在の函館駅が作られ、青函連絡船が運航するまでは、ここに上陸していたことを示しているのです。
旧桟橋

その横にへんてこなブロンズ像があると思ったら、新島襄の渡航記念に建てられたものだそう。こんなものいつできたんだろうとあとで調べてみたら、2002(H14)年に作られたものでした。いかにも観光目的で作られたものだけに、ものすごく違和感があります。
新島襄ブロンズ

本物の渡航碑は、さらに数百m行ったところの倉庫の裏にひっそりと建っていました。後に同志社大学を創設する新島 襄が、国禁を犯してアメリカへ密航を企て、1864(元治元)年にここから上海行きの船にもぐり込んだ場所です。
渡航碑

このあたりに建っている家は、信じられないくらいちゃちな柱の上に乗っかっているけれど、こんな無茶苦茶な建物は違法建築じゃないのかなぁ?時化が来たら床から波が上がってきそうです。
違法建築?

公会堂からまっすぐ下りてくる一番広い坂道が基坂(もといざか)突き当たりの自衛隊がなければ最高のロケーションですが。かつてここに里程元標があったので、この名があります。ここを電車が横切る風景が、よく観光パンフレットに出てくるところです。
基坂

ここの角に立っているのが、相馬さんの会社です。函館の土地の何割かは持っているといわれるほど、手広く事業を進めてきており、本社の社屋は1916(大正5)年に完成したものなので、ちょうど一世紀経ったことになります。
相馬

少し十字街に戻ったところにあるのが、かつてホテルニューハコダテとして利用されていた建物があります。しばらくやっていなかったと思ったら、最近 HakoBA 函館「THE SHARE HOTELS」(ザ シェア ホテルズ)として営業を始めたそう。この建物は、1932年に安田銀行函館支店として建設されたもので、結婚した時にここに泊まった懐かしい場所でした。やはり使われてこそなので、少しでも活気が戻ることはうれしいものです。
ホテル

名古屋

  • 2017.10.07 Saturday
  • 06:00
名古屋には今まで二回行ったことがありますが、関西とも関東とも全く違う文化圏だということはよく分かりました。住んでみたいとは思わなかったけれど、もう少しじっくり回れると面白かったのになぁ…と思ってました。少し前にブラタモリが名古屋を訪れるというので、地元ではかなり盛り上がったようですが、自分たちの知らないことをすらすらと読み解くので、意外とやるじゃないか!ということになり、その経路をまとめたマップを作ったという記事をネットで見つけたので、さっそく送ってもらいました。
  ブラリMAP-1

数日して送られてきた封筒は、厚くてずっしりと重たいもの。何十部も送られたって・・・と思ったら、本体は意外とぺらぺらなリーフレットで、それ以外に、名古屋の主要観光地やら食文化の紹介やらのパンフレットが入っていたのです。しかも返信用の切手まで返送され、ぜひ名古屋に来て下さい!とありました。こういう心遣いは本当にうれしいです〜
  ブラリMAP-2

名古屋といえば、独特の食文化でしょう。薄味で育った瀬戸内育ちには、ちょっとくどさもあるのですが、こってりとした旨味を楽しむにはこれがいいのかもしれません。私の知っている名古屋人は、どっしりと落ち着いて動揺せず、着々と仕事をするタイプ。さすが英雄をたくさん輩出したお国柄なんでしょうか。
  なごやめし-1

こうしてみると美味しそうなものばかり。見てくれでなく実利を尊ぶからこそ、このような食文化を作りあげてきたのでしょう。普通の観光パンフレットより、こんなものの方が興味をそそられてしまいます。今年は九州にいく予定があるけれど、来年はここも候補地にしておこうと思います。
なごやめし-2

東京ミッドタウン

  • 2017.05.25 Thursday
  • 06:00
森ビルが開発した六本木ヒルズに対して、三井不動産が開発した東京ミッドタウンは、敷地内に緑地をかなり確保しているのが特徴の一つ。なのでどうしても見ておきたかったのです。真ん中に立っているビルは、東京一の高さをほこり、リッツカールトンのホテルが入っていました。その玄関回りはセオリー通りの植え込みになっており、向こうにはまた巨大なタワーが建設中でした。
ホテル前

一部は区立公園となっており、どんだけ植え込んだんだぁ…とあきれるほどの、低木の植えつぶし・刈り込み仕立てばかり。こちらに来るとこんな植栽ばかりなので、苗木屋さんも手入れする植木屋さんも、さぞや儲かるだろうなぁと感心します。そんな単調な植栽ばかりなので、珍しく自然形で花を咲かせているウツギを見ると、少しだけホッとします。
ウツギ

日本庭園もそれらしく造られているだけで、斬新さは全くありませんでした。ミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)がのんびり日向ぼっこしている向こうには、なんとキショウブが植えられているのにびっくり。今どきこんなもの植えたり、ほったらかしにしていいのかい?!
檜町公園

公園と地続きになっているミッドタウンガーデンでは、開業10周年を記念したモニュメント『江戸富士』が出現していました。江戸富士というより赤富士ですが。雪の部分は細引きで止めてあるけれど、エアプランツでも置いているのかな?プラントハンターの西畑清順さんの作品で、街路樹の剪定枝を堆肥化したものでできているとか。これも28日までなのでラッキーでした。
富士山

ここの開発ではとことんデザインにこだわっており、そのシンボルが「21_21 DESIGN SIGHT」。三宅一生さんなど3名のデザイナーが監修して、いろんなイベントが行われています。開場が10時だったので中を見ることはできませんでしたが、安藤忠雄設計の超ユニークなデザインです。
21_21

そこの前に列植されているのは、枝が広がらずにホウキ立ちになるケヤキの‘むさしの1号’です。最近街路樹としてよく植えられているけれど、どうしても違和感を感じてしまいます。
むさしの1号

クリスマスツリー用に植えられているのはプンゲンストウヒの‘コスター’あたりか。こんな所で出会うと懐かしくなってしまいます。ふと足元の芝生を見ると、なんとケンタッキーブルーグラスでした。日本芝だと冬枯れして年末には真っ黄色になってしまうので、ここのガーデンの芝生は西洋芝となっています。芝刈りの頻度がメチャ多いので、管理は大変でしょうが、「内地」では芝生には入らないのが普通なので、踏圧に弱い洋芝には向いているのかもしれません。
プンゲンストウヒ

ドワーフコニファーのグラウンドカバーなんか見ていると、真鍋庭園にいるように感じます。さすがオールジャパンで活動されている真鍋さん、いろんな所で使っているのですね。
コニファー類

新宿をうろうろ

  • 2017.05.20 Saturday
  • 05:33
明日の造園学会に出席するため。夕方東京に着きました。新宿西口にホテルを取ったので、さっそく町に出てみると、ちょうど植え込みのサツキが終わりかけで、季節のずれを感じます。淡いブルーの花は何かと思ったら、フレンチラベンダーでした。そうか。イングリッシュはもたないので、こちらはフレンチになるのですね。
フレンチラベンダー

副都心の街路樹の多くが自然樹形のケヤキなので、さすがに圧倒されます。回りが高層ビルだらけなので、このくらい大きくないと釣り合いが取れませんが、うらやましい限りです。
ケヤキ

この交差点は、信号や標識を大きな円形の支柱に一括処理している名物交差点。費用はメチャクチャかかったでしょうが、東京だからできたのでしょう。
交差点

ちょうど夕日が沈む時刻なので、ビルのすき間からまぶしい光が差し込んでいて、外国人が盛んに写真を撮っていました。なんだろうと振り返ってみると、あの都庁を撮していたのです。丹下先生の作品は,良くも悪くもシンボリックですからねぇ。それにしても。町中をうろうろしながら写真を撮っていると、そのうちポリにしょっ引かれるようになるのでしょう。恐ろしい世の中になっていることに、どうして気付かないのでしょうねぇ…
都庁

ここに来ると、田舎者は上ばかり見ていて首が痛くなります。そんな中でも、このコクーンタワーは存在感ではピカイチでしょう。いくつもの専門学校が入るビルで、何と一万人もが学んでいるんだとか…(^_^;) 調べてみると、これも丹下事務所の作品でした。
コクーンタワー

迷いに迷って西口から東口まで移動し、ごちゃごちゃした街並みに入ると少しホッとしました。でもちょうど金曜日の夜なので、ものすごい人出に圧倒… 田舎者はすぐに人に酔ってしまいます。若い頃は、東京に立ち寄った時にたいてい来ていた紀伊國屋書店を見るとなんだか懐かしいです。
紀伊國屋

まだ早かったせいか、うまく店にもぐり込むことができましたが、その後は大変な混雑ぶり。こんな町では生きていけないなぁとつくづく思ってしまいました。
アイリッシュパブ

十勝からの帰り道

  • 2016.07.12 Tuesday
  • 05:52
帯広では明け方お湿りがあったようで、傷んだ芝生も水分を吸収して、少しは元気になってくれたことでしょう。昼までに札幌に帰ろうとホテルを出たら、駅の近くの中央分離帯でキンロバイが咲いていました。この狭い空間によく育っているなあと感心するほどです。さすが高山植物、かなりの乾燥にも耐えられるのでしょう。
キンロバイ

鈴蘭新道を通って高速に向かっていると、音更町に入ったところにプンゲンストウヒの並木が大きく育っていました。いやはや、こんな狭い道路空間に剪定の効かない木を植えたものだとあきれて見ていました。
鈴蘭新道

ふと左側を見ると、こちらの街路樹は途中でぶつ切りになっているではありませんか!!こちら側だけ苦情が来たものなのか、これから反対側も切る予定なのか、いやはやびっくりな切り方です。根本的には樹種選定の問題なので、早く樹種転換すればいいものを…
ぶつ切り剪定

帰り道は休み休み運転することにしたので、高速の各PAやSAで展開されている北海道ハイウェイガーデンを見ていくことに。最初は十勝平原PA。ここは狭いので、アプローチに沿ってワイルドフラワーが植えられていました。ここの監修は紫竹ガーデンです。
十勝平原PA

ちょうど見ごろになっていたのはヒメナデシコ(Dianthus deltoides)。いろんな花色が混じり合ってかわいかったです。
ヒメナデシコ

占冠は飛ばして由仁SA。ここは地元のゆにガーデンの監修になっています。アメリカテマリシモツケの‘センターグロウ’(Physocarpus opulifolius 'Center Glow' )と、シモツケの‘ゴールドマウンド’(Spiraea japonica 'Gold Mound')の組み合わせがとてもよく目立ちます。
由仁SA

シモツケは、この時期イモムシ(シモツケマルハバチ)に食べられた丸坊主になってしまうのに、ここは大丈夫のようです。我が家も今年初めて被害を受けるところでしたが、一体どこからやってくるのでしょうねぇ…
カラーリーフ

銅葉のアメリカテマリシモツケは、初めに‘ディアボロ’が出回りましたが、こちらの方がより彩りが鮮やかで目立ちます。このように黄葉のカラーリーフと組み合わせると、コントラストがくっきりと出て効果的です。
センターグロウ

道央高速の岩見沢SA上り線側には、リトルロックヒルズ監修の新エリアが開業したとのことなので、ハイウェイガーデンも見逃せませんね。

松山の街角で

  • 2016.04.06 Wednesday
  • 05:41
今回の松山行きでは、見事にどこにも行けなかったので、咲いている花を遠くからちらちら見た程度でした。それでも市役所の手続きのあと、中央郵便局に行く道すがらに見た街角の店先は、いろんな植物が満載でとても素敵な雰囲気を作っていました。常緑樹主体なので、こういうものは札幌ではなかなか作れません。
料理屋

小さな店でも、酒樽や古い甕などにいろんな枝物を挿しているところありました。ちょうど桃の節句なので、あちこちにモモの枝が。冬でもサザンカに始まり、ウメ、ツバキ、ロウバイにモモ、これからはサクラになっていくのでしょうか。
店先

郵便局の横の通りは、植樹帯がなんとローズマリーでした。近寄るとほんのりと香るほどで、なんともソフトなバッファーが出来るものだとうらやましくなりました。
ローズマリー

朝晩うろついていた松山駅前でも、駅舎の右手にあるゲームセンターの駐車場の入り口に、小さな滝石組みが設けられて水がちょろちょろ流れていました。こういうのはオーナーのセンスなのか不思議な気がします。ど派手な建物の割に、こういうところに心配りをする余裕があるのでしょう。
ゲーセン

駅の近くでは、この低木化したチェリーセージを初め、アブチロンやホンコンカポックなどが露地植えされて大きく育っており、気候の違いを見せつけられました。
チェリーセージ

これは墓参りの時に写したものですが、町中でもカラスノエンドウがあちこちに生えているのにちょっとびっくり。レンゲ畑のあぜ道には、カラスノエンドウとスズメノエンドウ、タネツケバナなどが定番で、町中の路傍には似合わないと思ってました。ブタナは全く、セイヨウタンポポすらほとんど見かけず、町中でも帰化植物があまり見当たらないのはどういう理由なんでしょうねぇ?
カラスノエンドウ

札幌への大移動

  • 2016.04.03 Sunday
  • 05:56
雨上がりの松山は穏やかに晴れて、ホテルの向こうに見える西山のサクラもかなり開いてきた感じがしました。テレビでは日曜は天気が崩れるので、今日が一番の花見日和です〜とのこと。こちらにはジンギスカンがないので、みんなどうやって花見をするのでしょう?

四日間、とうとう毎日駅のうどん屋に通い詰めてしまいました。締めはやっぱりきつねうどん。毎日ごちそうさまでした。
きつねうどん

時間に余裕があったので、タクシー使わずにやっぱり電車で行くことにしました。土曜の朝なので、電車もガラガラでした。
電車

通い慣れたこの道筋も今日で最後だなぁと、ちょっとしんみり。途中で、先日見つけたサクラのことを思い出したので、ちょっと回り道を。公園の西側には‘陽光’が、南側には‘ソメイヨシノ’が列植されていました。でも陽光の濃いピンクに比べれば、ソメイヨシノは本当に味気ないというか、存在感の薄いサクラに見えてしまいます。
公園のサクラ

間近に見ると、花が大きいのにびっくり。まるでモモの花のようです。底紅で花弁の縁が波打っており、既に散り始めているものの、存在感は抜群の花でした。親となった‘天城吉野(アマギヨシノ)’は、オオシマザクラにエドヒガンを交雑して作られたほとんど白色のサクラなので、この花色はもう一つの親であるカンヒザクラから受け継いだものでしょう。どういう狙いで天城吉野(あまぎよしの)を選んだのか、作者に確かめたいところです。でも、この桜の誕生秘話が映画にまでなっていたのですね。
陽光桜

既にかなり散り始めており、木の下は花吹雪でピンクの絨毯になっていました。ぼんぼりが取り付けられているということは、近所の花見スポットになっているようです。
花吹雪

8時過ぎに母を連れて松山空港へ。搭乗手続きに合わせて、各空港での車椅子の手配をお願いするのにえらく手間がかかってしまいました。切符手配した時にちゃんと明記していたのになぁ… 中でも羽田での乗り継ぎはとにかく大変。長大な第2ターミナルのさらにそのウイングの両端での発着だし、乗り継ぎの時間が40分くらいしかなく、いくらなんでも押して行けないでしょう!!と言ったら、ようやく電動カートを手配してくれました。それでも乗れるのは母だけで、私は歩いてきて下さいと言われたのです。羽田の担当者は、そんなことありませんからと乗せてくれましたが、あの会社はいったいどんな社員教育しているのだか…(`ヘ´)
カートでの移動

寒風吹きすさぶ千歳に着くと、さすがに雪はなくなっているものの、まだまだ春は遠い風景です。25年振りにやって来た母の目にはどう写っていたものやら。千歳で遅い昼食を食べて、ようやく4時に我が家に到着。長旅お疲れさまでした。家の回りの雪もかなり減ってきて、早くも春咲きスノーフレークがつぼみをもたげてきてました。我が家にもちゃんと春がやってきたようです。
ロイコジウム

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