トマソン

  • 2014.11.29 Saturday
  • 05:45
先月亡くなった赤瀬川原平さん。既成概念を徹底的にぶっ壊しながら走り続けた、前衛タイプのゲージツ家だったと言えるでしょう。その最盛期は60年代なので、直接知ることはなかったのですが、70〜80年代はこちらも闇雲に走っていたので、その意味するところに共感があることも多かったと思います。

その一つがこの「トマソン」でしょう。町中にひっそりと佇んでいるものの中から、ふと、無用な存在だけれども、なにか意味のありそうなものをつまみ上げたもの。それらを集めたのがこの本だったのです。
  トマソン
  (「超芸術 トマソン」赤瀬川原平著、白夜書房、1985)

1972年に、世界で最初に発見された‘超芸術’の第1号は、四谷にあったので「四谷階段」もしくは「純粋階段」と名付けられています。立派に建物の横に存在している階段でありながら、なんの用もなすことなく存在していることに、誰も気がつかない。壊れた手すりをちゃんと補修していながら、なんの目的のものなのか、誰も分からない。
純粋階段

そんなものを、当時教えていた美学校の生徒たちとあちこち探し回っていたころは、これらを‘超芸術’と呼んでいました。途中で切られたまま存在し続けている「阿部定電柱」や、建物の壁に隣にあった建物の名残を残している「原爆タイプ」など、様々な物件が集められていきました。
原爆タイプ

ちょうどその頃、巨人にやってきたのがゲーリー・トマソンだったのです。鳴り物入りで入団したものの、バットに球が当たらず、扇風機というあだ名が付けられていました。ちゃんとしたボディがありながら、世の中に役に立つものがなにもない、そんな物件を巨人軍は大金をかけてしっかりと保管している、ということから、‘超芸術’と名付けられていたこれらの物件に『トマソン』という名前が付けられました。
ゲーリートマソン
今でもそんな物件を見つけてはバシャバシャ写真を撮してしまうので、私のガラクタ箱は増えるばかり… でも街歩きの際には、そのような目線で回りを見ていくことは、結構大切なことだと思います。このすぐあとに出された「東京路上探検記」は、そのあたりに詳しい本かもしれません。

それにしてもトマソン入団決定の記事が載ったこの新聞は、ジョンレノンが亡くなった翌日だったのですね。ちょっと因縁を感じてしまいました。
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