余市・仁木のリンゴ

  • 2014.03.22 Saturday
  • 05:55
知り合いからのメールで、「リンゴの接ぎ木できる人いませんか?」という問合せが。もうこの時期なら遅いし、台木の用意ができないので無理だわと思いつつ、この業界の長老に確認してみました。結果は予想通りでしたが、道内ではもう接ぎ木できる人はほとんどいないので、来年なら埼玉に頼めるよ〜とのこと。ようするに、昔の生産者は自分で接ぎ木しながら、品種の更新をやったりするのが当たり前だったのですが、今はカタログで苗木を注文すれば簡単に届くようになり、そんな技術すら廃れてしまったようです。

どんなリンゴを増やそうとしているのか確認したところ、仁木町の文化財に指定されている‘祝’というリンゴの原木だというのです。仁木町は徳島県から入植した仁木竹吉らが作った仁木村と、山口から入植した人達が作った大江村とが合併した町。そこに、明治16年ころ開拓使によってたくさんのリンゴの苗木が配布されました。そのうち14号と呼ばれていた品種が、のちに‘祝’と名付けられ、最近まで秋一番に出回る青リンゴとして、店頭にも出回っていました。その原木が、杢保園というところにまだ残っていたのです。
祝
(ホームページ「青い森の片隅から」より引用させていただきました。)

どうせ来年接ぎ木するのであれば、余市に残されている19号(緋の衣)もついでに増やそうよと言ったら、何ですか?そんなリンゴは?というので、いろいろと資料を送っておきました。かつての余市の基幹品種だった緋の衣も、最近ではほとんど出回らなくなってしまったのです。(先日ハル農園に登場したようですが!)
ラベル

余市は会津降伏人達が作り上げた村。余市で初めて実ったリンゴには、京都守護職として宮中の警備に当たっていた会津藩主松平容保(かたもり)に対し、孝明天皇から信頼の証として授けられた緋の御衣の名前をつけて、大切に育ててきたものです。今でもその原木が、会津から入植した吉田農園に残っているので、これもあわせて増やしておきたいのです。
緋の衣
(ホームページ「青い森の片隅から」より引用させていただきました。)

昨年切り抜きを整理していた時に、ちょうど20年前の切り抜きが出てきたばかりでした。この写真に右に写っている3代目の吉田さんも、もう80歳になられているので、今年はこの切り抜きを持って´緋の衣`にご対面しに行かなくては。いろいろ楽しみが増えてわくわくしてきました。
吉田農園
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