70年代グラフィティ(その2)

  • 2014.03.15 Saturday
  • 05:24
昨日の夜は荒れ模様が予感される強風と、雪もちらついていましたが、今朝は風も止み、穏やかな夜明けを迎えようとしています。今日はこれから、先日亡くなった義父の納骨に函館へ。息子も一緒に行くので、3人で車で行くことにしました。少し運転代わってもらえるから楽になるのか、心配でハラハラすることになるのか…

明日も更新できそうにないので、先日のマッチコレクションの残りをアップさせて頂きます。実はまだたくさんあるけれど、私自身の思い入れがあるのはこの程度なので、ここまでにしておきましょう。こんな形で公表しておけば、どこか一つくらい、懐かしく思われるかとかすかな希望を持ちながら… これでようやく70年代の回顧も終わりになります。最後の一つは北大周辺の店。
北大前
北大病院前の「まこと屋」は典型的な大衆食堂で、ねずみ男そっくりの大将が威勢よく野菜炒めやチャーハンを作ってくれました。中でも感激したのがホッケの開き。干物なんてアジやカマスくらいしか知らなかったので、こんな巨大な大きさでこんなに安くていいのかな?と大感激した記憶があります。

「亭北軒」と言ってもどこの店だか分からないけれど、モツラと言えば誰もが分かる店。のれんに書かれたモツラーメンが詰められて、自然に店の名前になってしまいました。北15条の旧電車通角にあった小さな店で、恵迪寮生の御用達だったので、こ汚い風采の酔っ払いに満ちていた店でした。やたら分厚いガラスのコップなので、実質5勺もなかったような…

「みどりや」は北12条角の小さな食堂。夫婦で丁寧な作りのとんかつ定食がお奨めの店。この近くには前後1年以上住んでいたので、よく行きました。夕方行くと、よく高校生の娘さんが手伝っていて、ほんわかしていい雰囲気でした。

「唖面堂」(あめんどう)は、13条門の前にあったちっちゃなジャズ喫茶。友人がよくバイトしていたこともあり、寡黙なマスターとウマが合ったので、ジャズ喫茶では一番通った店です。10年くらい前に、一度常連で集まって楽しく飲んだことがありましたが、その数年後に急逝されてしまい、こういう機会にはなにが何でも会っておかないとなぁと、通夜で話したことを思い出します。

「ハングリーホース」も懐かしい店。北18条の地下鉄前に今もある小さなビルで、店に通ったというより、このビル掃除のバイトを卒業後もしばらくやっていました。隣の美容室のママに、若い子の試験台になってくれない?というので、しばらくカットはタダでやってもらい、その後も店を閉めるまで通っていました。このマスターはその後転職し、水産関係の業界新聞で働いている時に出会ってびっくりした記憶があります。
町中
そのほかで特に懐かしいのは「ハイチ」。大通の西14丁目の角にあったハイチ風の建物なので、よく目立ちました。独特の風味のあるハイチコーヒーと、町中のエアポケットのような静かな雰囲気が好きで、ここにもよく通ったなぁ。マミフラワーと一緒だったような記憶が。

「DUC」(デュック)はもう少し後の80年代に入ってからの店で、なくなってしまった館の向かいにありました。Akikoさんはアメリカ人と結婚してシアトルに渡り、今でも時々子どもを連れて遊びに来ます。

昔はこんな隠れ家のような小さな店が、町中にはあちこちにあったんだなぁと、しみじみと思ってしまいました。喫茶店文化がほとんど消え失せようとしている時代、あの居心地のいい体の収まり具合、ゆったりと過ぎていく時間、そして個性のあるコーヒーやお茶の香り。今のスタバでは、絶対に感じることのできないものだったんですね。

※(その1)はこちらです。
コメント
遠い道中お気をつけ下さいね!

シュネム、懐かしいです。高校生の頃行ったことがあります。
青い橋は知人のお店ですが今も元気に営業中です^^

前に博多うどんのことを書かれた記事がありましたよね。
札幌にも博多うどんのお店ができたようです(南3西9)
こちらの記事にあったのとは違って(^^;)おしゃれな雰囲気で、讃岐うどんのような見た目でした〜
  • nami
  • 2014/03/15 11:05 PM
namiさま
いつもコメントありがとうございます。
シュネムはすいーとたいむずをやっていた時にできた店なので、いつも広告出してくれてました♪こちらもよく紹介していました。
青い橋は、そんなに行った訳ではないけれど、店のたたずまいが大好きで、花修景の画像はフラワーマスターなどの講習会でもよく使っていましたよ〜
店が奥に引っ込んでしまい、雰囲気がなくなってしまったのが寂しかったです。

博多うどんの店は私も気付いてました。なかなか近くに行く用事がなかったので、そのままになってます…
最近のように腰がなければうどんにあらず!的な風潮では、博多うどんは決して支持されないでしょうね。何でもマスコミにあおられすぎですから…(^。^;;
  • こまめ
  • 2014/03/17 2:33 PM
学生時代78年ころ、みどりや食堂でバイトしてました。
あれから札幌もすっかり変わってしまい、お店もおじさんもおばさんも亡くなってしまっただろうなぁ。と、思いつつ、検索したら、こちらがヒットして懐かしかったです。店主(おじさん)が、学生時代に京都で食べた“わらじ”のとんかつが忘れられず、肉にはこだわってました。とんかつも、唐揚げもおいしかったですよね。ご紹介ありがとうございました(*^。^*)
  • かとう ていこ
  • 2018/11/28 6:41 PM
かとうさま
こんなページまで訪れていただき、ありがとうございます〜
私がみどりやに通っていたのは、73年から74年なので、会っていないですね。
‘わらじ’の味ではなかったけれど、美味しかったです〜(笑)
今でもあそこで信号待ちすると、昔のたたずまいを思い出してしまいます。
  • こまめ
  • 2018/11/29 7:18 AM
75年から80年まで北大生でした。卒業後札幌は離れましたが、ふとしたことで唖面堂のことを思い出し、このページにたどり着きました。
唖面堂にはひと頃は毎日のように通い、学生が電話など持てない当時、ボクの緊急連絡先はこの店の電話番号にさせてもらっていたほどです。
(その1)で紹介されていた南3条の店々にもずいぶん入り浸っていました。MOJOやACTやB♭、雑居胞など。和田珈琲店での中川五郎さんのライブなども懐かしい想い出です。
  • やまめ
  • 2021/01/27 7:05 PM
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