円山斜め通

  • 2014.02.25 Tuesday
  • 05:43
ようやく天気も安定し、晴れ間が見えてきました。思ったほど暖かくはありませんでしたが、かなり強い日差しになってきたので、昼の散歩も気持ちよく歩けます。昨日はあれこれ歩いているうちに、円山の斜め通に入ってしまいました。
斜め通
この通りは、格子状街路に対して斜めになっているので、変則交差点だらけのため、車ではとても走れません。裏参道から始まり、南17条あたりまでうねうねと続きます。この道は人が造った道ではなく、シカが往来した獣道だったと言われており、明治3年に庚午(こうご)三の村として入植が始まった時には、この道の両側にずらりと開拓小屋が並んでいたことになります。
配置図
(さっぽろ文庫別冊「札幌歴史地図 明治編」札幌市教育委員会 より)

こんな由来から、回りの道路区画がきれいに整理されていく中で、この斜め通だけは依然として残されたままになっていたものでした。
現況図
裏参道の入り口のところには、藻岩村役場(明治39年に円山村と山鼻村が合併してできたもの)が置かれていたために、地図の▲の場所には、昭和3年に設置された藻岩村の道路元標が今でも残っています。
道路元標

■の印のところに、懐かしい建物がありました。息子たち二人が生まれた病院の跡です。長女は初産なので函館で生まれましたが、そのあとはこちらで産もうと、円山にあったこの産婦人科にお世話になりました。長男の時にはかなりおんぼろ病院でしたが、二年後の次男の時には建て替えられたばかりで、先生もさあこれからだと張り切っていたのです。
江本産婦人科跡
先生はとても人気があり、ベッドが空くこともなくひっきりなしにお産があり、大変だねぇ…なんて言っていたのです。次男が生まれた二日後くらいだったか、朝病院に立ち寄ると、早朝に救急車が来て先生が運ばれていったよ〜と焦ってました。そうしたら、先生はそのまま帰らぬ人となってしまったのです。
個人の産婦人科では、自然分娩にこだわっていると夜中であろうがたたき起こされてしまいます。長年積もり積もった疲れが、先生の命を奪ってしまったのでしょう… うちの息子が最後から二人目に取り上げていただいたことになりますが、立派に成人していよいよ結婚するのですから、今度墓参りに行かなければと思ってしまいました。
コメント
おもしろい通りが残っているんですね。驚きました。知らないところを徘徊するのが好きなんで、今度歩いてみたいと思います。
みどりのおじさん さま
ここを歩くのなら、5月下旬が最高なんですよ〜
サトザクラ並木を見ながら、米屋とモンドールでお菓子を買って、円山墓地から公園に抜けていくと、見どころ満載です。
ご案内しますから、一度奥さん連れてどうぞ〜
  • こまめ
  • 2014/03/04 5:33 AM
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