エルフィンランドの時代(その1)

  • 2014.02.05 Wednesday
  • 05:49
今日から雪まつりだそうですが、この寒さなら雪像が融けたなんて話題とは無縁でしょう。アメダスを見ると先ほど−12.5℃になっているので、このあたりでは−15℃くらいになっているでしょうか。新聞配達の方達の苦労が偲ばれます。

この時期には、さすがに植物ネタが少なくなってしまうので、しばしガラクタ箱をひっくり返して出てきたものを、今年も紹介していくことにしましょう。
その昔エルフィンランドという飲み屋が、南2条西5丁目の仲通、のちには‘オヨヨ通り’なんてへんてこな名前で呼ばれた通りがありました。そこには東映仲町という恐ろしくおんぼろな飲み屋街があり、狭い路地の両側に傾きかけた木造がぎっちりと詰まっていて、しかも突き当たりの細い路地を抜けると、当時あった東映劇場の裏に出られるという猥雑さ。
東映仲町
(昼間の写真しかありませんが、このほうがよく雰囲気が分かります。 1980.7.29)

大学3年になったばかりの1974年4月初め、この店を始めた三人のうち一人を知っていたので、開店三日目くらいに恐る恐る行ったのです。路地にはうずたかく雪が残り、店に入るのに雪の階段を下り、引き戸をガタピシ開けて入った店を見て唖然。そんな店でした。‘くじら’‘とこ’‘YO’の三人が始めた店で、この時が中島洋さんとの初めての出会いだったのです。
カウンター
(開店時には黒板のところになぜか牛の頭蓋骨があり、よく頭をぶつけた。 1980.9.11)

まだ学生だったので、そんなに飲み屋に入りびたっていたわけではないけれど、でもよく行きました。ボトルは初めのうちはホワイトで、そのうちゴードーの25度になり、ロックでがんがん飲んでました。いろいろあって息詰まるような高校生活、福岡での浪人生活、学生運動に明け暮れた二年間の教養時代、そしてようやく学部に移行したばかり。掛け金が弾け飛んだように酒を飲み、そしてたくさんの学生以外の飲み友達ができました。この店でのたくさんの議論やケンカや出合いがなかったら、フツーのサラリーマンになっていたかもしれません。確かにここでいろんな生き方を知ることにより、自分がどう進んでいけばいいのか、死ぬほど考えていたように思います。間違いなく、私の人生を変えてしまった飲み屋といえるでしょう。久しぶりに当時の写真を見ると、やっぱり懐かしいなぁ。
席
(この頃はランチ営業をしていたので、昼間の写真です。 1980.9.11)

エルフィンのことを書き始めれば、キリがないくらいの話題がありますので、ぼちぼちと続けて行くことにしましょう。正月に掘り出したものにマッチのコレクションが。タバコも吸わないのに、何となく集めていたものがカンカンに一箱ありました。それもぼちぼちと。
マッチ
右の二つは、南3条に移転したあとのものですが、左のマッチは、開店直後に友人が手作りで20個くらい作ったレアものの一つです。(つづく)
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