不思議な町 函館。そして立春

  • 2014.02.04 Tuesday
  • 05:43
函館は不思議な町。江戸時代末期に最初の開港場に指定され、すでに150年もの歴史があります。過去のしがらみが全くなかった分、西洋から流入してきた様々な文化や情報が、そのまま町の中に定着し、「ハイカラ」な雰囲気に満ちあふれました。平地部分は何度も起きた大火で消失しましたが、函館山の裾野にあたる現在の西部地区には、札幌のような近代化から取り残されたおかげで、エキスの濃い部分が各所に残されています。
実家の建物自体、明治末期とも大正時代ともいわれる洋館を店にしており、観光客がアンティークショップと間違えることもあるとか…
実家
もともとは三軒ほど向こうに店がありましたが、30年前に結婚した頃にこの建物を買い取り、バルコニーを復元するなどして、瀟洒な洋館として甦らせています。お守りは大変だとしても、義父はこういう粋な仕事も残してくれました。

葬儀の朝、まだ凍てついていた時刻に近くを散歩。少しドック寄りにある旧金森(かねもり)洋物店は1880(明治13)年の建造ですから、築134年にもなっています。現在は博物館の分館として公開されています。かねもりとは森屋商店の屋号の曲尺(かねじゃく)と森のことですが、今では名前のように使われています。
金森

旧イギリス領事館(1885(明治18)年建造)は、まだ開館時間前だったので庭をぐるり。カナダのハリファックス市から毎年贈られている巨大クリスマスツリーの、おまけとして付いてきたミニツリーが置かれていました。絵馬のようにお願い事を書いた札がずらり。中には「○○ちゃんに貸した2万円が返ってきますように」なんてものまでありました…(^_^;)
クリスマスツリー
このあたりはすべて坂道だらけなので、たて移動はかなり危険です。高齢化が進んでいる西部地区だけに、これは大変と思い知らされました。実家は電車通なので本当によかったです。

函館には(といっても旧市街ですが)独特の風習があります。お盆や七夕が7月だというのにはもう慣れましたが、葬儀の手順の違いにはびっくり。近親者の仮通夜の後すぐに焼いてお骨にしてしまい、それから通夜を営むのです。なんでも函館大火や、洞爺丸台風などでたくさんの死者が出てしまったことから、まずは焼かなければならなかったためにそれが定着してしまったとか。本当にところ変わればなんですねぇ。

そして今日2月4日は立春。こんな歳時を新暦でやる意味がよく分かりませんが、一番寒い時期に春と言われてもねぇ… そんな凍てついた時期なので、少しは緑を楽しまなくてはと探してみると、今日の誕生花はヒトリシズカでした。
ヒトリシズカ
ブラシのような不思議な花を咲かせるセンリョウ科の野草で、花の可憐さを静御前になぞらえた名前だとか。決して一人で静かに咲くことはなく、束になってにぎやかに咲いています。北国ではまだ三ヶ月も向こうの話です…

※昨日こまめの誕生日を3歳と書きましたが、2歳でした…(^。^;;
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