すいーとたいむずの終焉

  • 2014.01.26 Sunday
  • 05:44
先日発掘した「すいーとたいむず」のつづきです。
全部で14号分あるし、手書き文字なのでとても全部は読み切れませんが、一通りどんな記事があったのか、さらっと目を通してみました。元文学青年の黒川さんの連載「飲み屋でおしるこを語るとき」は人気がありました。音楽好きの小野くん、イベント好きのまっちゃんも精力的に書いてます。細田さんのお菓子作りの記事は、とても役に立つとの定評がありました。それに比べて私のはどう見ても雑文ばかり・・・かなり自己嫌悪に陥ってしまいました。まぁ若さのいたりということで。
一つだけおっと思ったのが、『青柳庵』の由来を書いてあるもの。私はずっと、札幌で三つ目に住んだ北13条の部屋にいるときのことだと思っていたら、その前の南12条東屯田通のボロアパート時代に名付けていたのですね。
最終号
(広告もまた懐かしく、小樽の海猫屋、前田さんの店ミルク。学生時代の中島みゆきが入り浸り、
歌にもうたわれた店です。そしててっちゃんの店蔵生地)
つづき

これを出している時には、何と六つ目の住処となった、藻岩山麓界川のてっぺんに住んでいました。4年間に5回も引っ越していたのですから、確かに落ち着きがありませんが、住むところにはこだわろうと思っていたのでしょう。この一軒家は、林一つ隔てた隣に住んでいた北大医学部の平井先生からの紹介で、この頃会員だった「藻岩山を守る会」の会長だったのです。一人では家賃が払えないので、同期のTと二人で、その後一年先輩のIさんを加えて三人で住んでいました。ここのことはそのうちまた紹介したいくらい、思い出の多い場所でした。

その年の元旦の新聞の特集号にも、また取り上げられています。
朝日新聞
  (朝日新聞の元旦特集の中から  1978.1.1)

この年の6月に、最終号となる通巻14号を出して、すいーとたいむずは消えていきました。私がリーダーだったわけではありませんが、印刷の手配や郊外への配達などはすべて私がやっていたので、仕事が忙しくなるにつれ、そんな暇もなくなってしまったことと、ちょうどいい潮時でもあったのです。
今こうやって見直してみると、70年代当時のスイーツ事情はもちろんのこと、飲み屋や喫茶店、音楽や芝居、映画などの事情も実によく分かります。私が持っているものがこの世で唯一のセットなので、国立図書館にでも納めようかなぁ…(^。^;;
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