グループサウンズ

  • 2020.03.04 Wednesday
  • 06:00
私のドーナツ盤コレクションのうち、8割くらいは中古盤です。松山の銀天街商店街の真ん中に、明屋(はるや)書店という町で一番大きな書店がありました。昔はここと大街道三越の隣にある小さな店と2店だったと思ったけれど、今はなんと全国13都道府県にフランチャイズを含む86店舗もある、全国有数の書店になっていました。この本店の右隣に、間口が2〜3mくらいしかない、うなぎの寝床のような古本屋がくっついていて、その2階に古レコードが置かれていました。高校生の頃には、しょっちゅうここに通ってドーナツ盤を探していたのです。(暮しの手帖のバックナンバーもここで仕入れていました。)1枚50円くらいだったかなぁ…

そうやって集めたのがこれらのドーナツ盤で、グループサウンズ(GS)の波が終わろうとしていた頃なので、安く手に入ったのでしょう。GSやフォークが流行ったのは60年代後半で、ちょうど私の中高時代に当たっていました。GSと言えばやはり「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」(ブルコメ)でしょう。「森とんかつ、泉にんにく」で育っているので、やっぱり懐かしいです。「青い渚」は66年。
青い渚

「マリアの泉」は67年、もう一枚「何処へ」(66年)も持っています。ブルコメが特に好きなわけではなかったけれど、唄がよく耳になじんだように思います。
マリアの泉

GSと言えば、ブルコメの「ブルーシャトー」(67年)と共に真っ先に思い浮かぶのが、ザ・ワイルド・ワンズの「想い出の渚」(66年)。加瀬邦彦のギターは何度聞いても最高ですねぇ。
思い出の渚

加山雄三の従兄弟である喜多嶋兄弟が作ったバンドであるザ・ランチャーズの「真冬の帰り道」(67年)もよく流行りました。全員慶大生のボンボンといった感じかな。
真冬の帰り道

67年には、ヴィレッジ・シンガーズの「バラ色の雲」も流行りました。このあたりがGSの最盛期なんでしょうか。
バラ色の雲

もう一枚忘れてはいけないのが「亜麻色の髪の乙女」(68年)でしょう。アマの説明をするのに、このジャケットを使うと盛り上がるのは、お歳が分かってしまいますねぇ…(^^;)
亜麻色の髪の乙女

スパイダーズやテンプターズは興味なかったので一枚もありません。ザ・タイガースも好きではなかったけれど、「廃墟の鳩」(68年)はトッポの声がよかったので持っています。
廃墟の鳩

ジュリーは大嫌いだったけれど、B面の「風は知らない」(69年)だけは許せたので、コレクションに入っていました。
風は知らない

ズー・ニー・ヴーの「白いサンゴ礁」(69年)もやはりB面からのヒットになったので、あわてて入れ替えて再発売されています。作詞は阿久悠で、南太平洋で散っていった若者を偲んで作られた唄だというのを、今回初めて知りました。阿久悠の、GS唯一のヒット曲になったようです。GSもこのあたりが最後で、やがて70年代に突入していくのでした。(つづく)

涙のオルガン
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