関西フォーク

  • 2020.02.26 Wednesday
  • 05:53
60年代後半は、なんといっても関西フォークの全盛時代。67年に爆発的に流行ったザ・フォーク・クルセダーズ(フォークル)の「帰って来たヨッパライ」から、堰を切ったように様々な歌手やグループが飛び出してきました。それにしても、68年のたった一年しか活動しなかったフォークルの存在感はすごかったと思います。私が一番好きな歌は、「戦争は知らない」(1968)。渋谷公会堂でやったハレンチリサイタルのライブ音源ですが、父親を戦病死によって亡くした寺山修司の歌詞もいいし、3人のハーモニーも一番フォークルらしいです。
戦争は知らない

一年だけの約束どおり、プロとしてはあっという間に解散してしまったけれど、今聞いてもいい唄がたくさんあります。フォークルのレコードは、この年発売されたLPの「紀元弐阡年」と解散後発売されたベスト盤でほぼすべて持っているけれど、まさに時代を突き抜けた強さを持っていると思います。
紀元二千年

最後のシングルが、五木寛之作詞の「青年は荒野をめざす」(1968)だけど、これはちょっとくさくて苦手かなぁ…(^^;)
青年は荒野を目指す

同じ年にメジャーデビューしたのが岡林信康。A面の「山谷ブルース」(1968)は、確かに流行ったけれども、私たちにとってはB面の「友よ」が体に染みつくほど歌った歌でした。60〜70年代初めの荒れた時代には、これと「インター」は集会やデモのいわばテーマソングになっていたのです。その後はなんと自衛隊の駐屯地でも歌われたり、Jリーグの応援歌としても歌われているとか…(^^;) 牧師の家庭に育った岡林によると、この歌の根幹にあるのは賛美歌だそうなので、いろんな使われ方も想定内だったのかも。
友よ

この年には、西岡たかしの五つの赤い風船から、「遠い世界に」(1968)も世に出ていました。これはB面だったので、翌年あわててひっくり返して再発売されています。この唄はたくさんの歌手にカバーされて、今なお中学校などでも歌われているそうです。
遠い世界に

フォークル解散後は、加藤和彦はミュージシャンとして、北山修は医学部に戻って精神科医の道へ、はしだのりひこは杉田二郎などと共にシューベルツを作って活動を始めました。「風」(1969)や「朝陽のまえに」(1969)など、それなりにヒット曲も出していましたねぇ。
シューベルツ

ウッディー・ウーの「今はもうだれも」(1969)もいい唄だったけれど、一発だけであとは聞かなかったかも。これらがわっと世に出てきたのですから、やはり時代だったのでしょうねぇ。
今はもう誰も

これらの歌は、ほとんどが YouTube にアップされていて聴くことができるので、懐かしいと思われる方は、是非聴き返してみて下さい。(つづく)
コメント
我慢できずコメントします!

フォークル!
北山修ですよねぇ。
札医に研修医できていた時(たしか、、、)学祭に出演したという記憶が、、、

私は関西から転校したばっかりだったのですが学祭ポスターを見た記憶があります。
行け無かったことが未だに悔やまれます。

加藤和彦が亡くなった時のコメントは胸につまりました。。。

連日の昭和の空気、うれしいです。
「遠い世界に」や「イムジン河」、などもスマホに入れてしまいました。
  • patyco
  • 2020/02/26 9:37 AM
patycoさま

いつもありがとうございます。
禁断のドーナツ版特集、まだまだ続きますよ〜
やっぱフォークルはいいわ!
  • こまめ
  • 2020/02/27 7:42 AM
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