‘緋の衣’の古木

  • 2019.10.31 Thursday
  • 05:50
余市に行った用事の一つが、リンゴの古木の診断でした。明治の初め、開拓使の植物培養方のルイス・ベーマーは、様々な果樹や野菜などの作物を大量にアメリカから取り寄せ、自らが養成した「現術生徒」(農業改良普及員みたいなものか)を道内各地に派遣し、これらの作物の普及・定着に当たらせました。1875(M8)年の苗木の配布後四年目の秋に、余市に入植していた会津降伏人の二軒の庭先で、初めてリンゴが実りました。その一つ品種番号19号は、後に「緋の衣」と名付けられ、余市リンゴの基幹品種となったのです。

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   (余市町HPより拝借…m(__)m)

その後新しい品種の導入により、緋の衣は徐々に作られなくなっていきましたが、明治時代に福島から入植してリンゴ園を拓いた吉田さんの畑に、樹齢百年以上と言われる古木が残されているのです。
わが町遺産
  (朝日新聞DIGITAL (2018.11.4) から拝借…m(__)m)

実は、この木のことは26年前の新聞記事で初めて知り、ずっと気になっていました。余市の娘が四代目の吉田さんと親しくさせていただいており、この木のことが心配なので、一度お父さんに見てもらいたいとのことでした。あいにく予定が合わず、吉田さんは不在の日でしたが、奥様に案内していただき感激の対面を果たしました。
緋の衣

遠目には樹勢も旺盛なのですが、近寄って見ると幹には大穴が空いて向こうが見えるほど。これでは強風や積雪の重みでポキンと折れる可能性が高く、支柱の取り付けと剪定によって負担を軽くすることが急務です。私にはそこまでできないので、信頼できる樹木医の友人を紹介しておきました。
樹胴

実はこの木から実ったリンゴは、娘経由で二度いただいてます。これは4年前にいただいた時の比較写真で、右が‘緋の衣’(原名:King of Tompkins County)、真ん中が‘紅玉’(原名:Jonathan)、左が‘旭’(原名:McIntosh red)です。いずれもベーマーによってアメリカからもたらされた品種で、旭や紅玉は今でも根強く生き延びていますが、緋の衣は徐々にすたれていき、同じく導入された‘国光’(原名:Ralls Genet)の子どもである‘ふじ’などに主役を譲っていったのです。
比較

‘緋の衣’は、余市でもここだけに残されていますが、これから作られた苗木は福島に里帰りして、向こうの方が熱心に活用しているようです。そうなると、明治から生き延びたであろうこの古木は、なんとしてでも生き延びさせていく必要があるので、私もずっと見守っていきたいと思います。
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