稚内赤れんが通信所

  • 2019.10.14 Monday
  • 05:36
昨日の新聞に、稚内にある通称「赤れんが通信所」(正式には旧海軍大湊通信隊稚内分遺隊幕別送信所庁舎)の望楼が修復され、一般公開されたとの記事がありました。
道新記事
 (道新WEBより拝借…m(__)m)

今から11年前の2008年1月ころ、旧知の稚内市職員だったNさんから、突然連絡が来て会ってほしいと。札駅近くのホテルで久しぶりに会ってみると、稚内市歴史・まち研究会の活動の一環で、「赤れんが通信所」の保存活動をしているのだけれど、その周辺の環境整備をやろうと環境省主催の「みどり香るまちづくり企画コンテスト」に応募したところ、環境大臣賞を受賞することができた。ついては、このメイン行事としての講演会と、植樹指導をやってくれないかというのでした。

2008年5月16日の夜に、稚内市まちづくりセミナー『みどり香るまちづくりの基礎技術』を無事にこなし、翌日朝早くから、市街地から少し離れた恵北地区にある赤れんが通信所に行きました。ここでは3棟のうち一番小さな1棟のみ修復されて活動拠点になっていました。
復元棟

歴史・まち研究会の富田会長から挨拶があり、植樹会が始まりました。後ろに写っているのが今回修復された望楼で、この時にはまだ屋根が残っていましたが、新聞の写真ではなくなっているので、積雪などでつぶれてしまったようです。
会長挨拶

会員はかなりたくさんいることや、会長が地元の有力企業の社長なので、動員力はさすがでした。子どももたくさん参加していたので、全部で百人近くいたのではないでしょうか。
指導風景

この時は100本のエゾヤマザクラの植樹を行いました。植穴掘りや土壌改良材の用意、支柱の準備など、事前に細かく打ち合わせながら準備していただいていたので、植樹そのものは1時間ほどで片付きました。ただ会場の敷地が広く、あちこち走り回ったので、それが大変だった記憶があります。(北海道建設新聞の記事から)
新聞記事

この時には、まだ望楼に上ることができました。晴れた日には利尻富士まで見えるそうですが、展望の利くところにこの施設を設けた意図がよく分かります。
展望

崩れ落ちた屋根などの廃材を撤去し、崩れたれんがを積み直して望楼を補強したとのこと。粘り強くこの施設を活用しながら活動を続けている会の努力には、本当に敬意を表したいと思いました。
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