ラグビー

  • 2019.09.22 Sunday
  • 05:52
いよいよラグビーのワールドカップが始まりました。初戦のロシアとの試合は、初めのうちは目を塞ぎたいほどガチガチになっていましたが、前半が終わりに近づいたあたりからようやく本来のテンポに戻り、最終的には30-10で順当勝ちしてくれました。野球よりはるかにラグビー好きな私としては、しばらく落ち着かない日々が続きます。
試合結果

試合を観ていて、どうしても頭によぎってしまうのは、平尾に見せてやりたかったなぁ…という思いでした。誰よりも日本のラグビーを強くしたいと努力してきた人だからです。
平尾誠二
(『全国社会人ラグピー大会50年史』 日本ラグビーフットボール協会、朝日新聞社、1998より)

分厚い『全国社会人ラグピー大会50年史』を出して見ていたら、中に新聞の切り抜きが挟まっていました。2002年12月14日の新聞で、最後の社会人ラグビーの特集です。翌年からトップリーグに移行してしまうので、戦後まもなく始まった社会人大会が55回大会で終わることになったのです。

古新聞

この中に歴代優勝チームが載っていたので、ラグビーを見始めたのが82〜83年くらいだと分かりました。ちょうど新日鉄釜石が連覇を伸ばしていた時のことです。この頃は社会人王者と学生王者が1月下旬に戦って日本一を決めていましたが、学生王者として同志社大が挑み続けていたのです。
優勝チーム

新日鉄釜石の司令塔は「ミスター・ラグビー」と呼ばれた松尾雄治で、ほとんどが高卒の選手なのに、猛練習で無敵のチームに作り上げ、とうとう7連覇を果たしたのです。この記事は、これで引退することになった松尾の特集で、「さよなら松尾雄治 ラグビークライマックス」となっていました。「北の鉄人」と呼ばれていたこのチームは、やがてリストラの中でクラブチーム化し、現在も釜石シーウェイブスとして活動しています。この活躍があったからこそ、今回のワールドカップでも釜石で試合が行われることになりました。
松尾雄治
 (Nunber 117、1985.2.20発行、文藝春秋社 より)

平尾たち同志社大は、とうとう釜石を破ることはできませんでしたが、平尾は卒業後英国留学を経て神戸製鋼に入り、またたくましいチームを作り上げて7連覇をすると共に、ラグビーの近代化に大きく貢献することになったのです。
平尾誠二

一次リーグを突破するとニュージーランドと戦うことになりそうなので、24年前に喫した『145点の悪夢』を吹き払うような戦いをして、平尾のところに朗報を届けてほしいと願っています。
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