豊平公園

  • 2013.01.15 Tuesday
  • 07:03
昨日は成人式。関東地方は大雪のようですが、道内は荒れ模様にならなくてよかったです。
午後から、息抜きと取材を兼ねて、豊平公園に行ってきました。
アプローチ

ここの緑のセンターは、34年前の1979年3月にオープンしましたが、その1年間、私がそれこそ死にものぐるいで働いた場所なので、特別思い入れのあるところです。
79パンフ
(オープン時のパンフレットは、まだイメージパースでした。)

大学卒業後、定職にも就かないで園芸フリーターをやっていましたが、それこそ食うや食わず、冬になると行きつけの飲み屋で、金を払うどころか「すまんが、金を貸してくれ…」と、食いつないでいたこともありました…(^_^;) そんな時に先輩から、お前にピッタリの施設ができるので、とりあえず臨職で入り、採用試験を受けてこの施設を軌道に乗せてくれと紹介されたのが、この緑のセンターだったのです。

オープン後は、本当に死にものぐるいで働かねばなりませんでした。こんな施設がほしかったと、連日超満員の人気振り。館内を歩くのも大変なくらいの人出で、特に園芸相談の電話がひっきりなしにかかってくるのです。相談員は道庁林務のOBだった坂本さんと、Y種苗OBの仙波さんの二人。面談を主に二人に任せ、電話相談を私が受けることになったのですが、ひっきりなしにかかってくるために電話が常にパンク状態。すぐに回線を増やしたものの、回答待ちの相談が厚い束になり、夜までかかって電話する始末。
80パンフ
(オープンしてから写真を撮影し、翌年作り替えたパンフレットより。)

展示室の植物管理は、Y造園からOさんが来ていましたが、毎日のように鉢を並べ替えて、目先を変えていたこともあり、これも結構大変でした。そんな時に恩師の明道先生から、友人の息子で園芸の得意なのがいるのでと、やってきたのが工藤さんだったのです。これで一気に現場の方が進むようになりました。ボスのYさんと事務のIさん、清掃のHさんを含めて、8人のファミリーで本当によく働いたと思います。道内では二番目の都市緑化植物園(小樽手宮公園が最初)ですが、本格的な緑化植物園になるよう、図書の収集、画像ライブラリーの充実、園芸情報のデータベース化など、毎日深夜まで働きづめでした。毎日がホント楽しかったなぁ。

オープンして二ヶ月近く経った頃、読売新聞の記者が、是非紹介したいからと取材を受けました。掲載された記事を見てびっくり、こんなに大きなものだとは思わなかったのです。しばらく行方不明になっていたのですが、数年前に発掘し、改めて読み返してみると、34年後の今でも、そんなに考えがぶれていないのにはちょっとびっくりでした。
読売新聞

あのまま健康診断をクリアし、市の職員になっていれば、凡庸な公務員生活を送って、そろそろ定年退職を迎えていたのかもしれません。たった血圧1ミリで、こんなに波瀾万丈で楽しい時間を過ごすことができたわけですから、人生というものは本当に不思議なものだと思います。
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