路線マップ

  • 2019.03.18 Monday
  • 05:39
土曜日の町中からの帰り道、バスに路線マップがあったので、つい取ってしまいました。ものを溜め込まないようにしているといいながら、昔から集めているものなので、つい手が出てしまうのです。一番古いものは?と出してみると、1981(S56)年の札幌市交通局のものでした。これがどれだけ古いかというのは、定期観光バスを見ればよく分かります。
定期観光バス

このとき既に南北線は全線開通していたけれど、東西線は琴似白石間のみで、翌1982年に新札幌まで開通しています。まだ結婚していなかったので、今のところには住んでおりませんでしたが、バスは宮の森シャンツェまでちゃんと通っていました。ただ途中の大倉山競技場前のバス停がなく、動物園線も正門前まで行って、あとは円山西町止まりです。その前はアフターケアと言っていたはずですが。
荒井山線1981

もらってきた最新のJRバスのマップを見ると、動物園線が円山西町神社まで延びているのが大きな違いです。臨時のくらまる号も夏期間は走っているし、バス停の名前もずいぶんと変わっていることに気付きました。
荒井山線2019

久しぶりに引っ張り出したので、ついあちこち見てしまいましたが、南の端に滝野線があるけれど、まだ厚別(あしりべつ)の滝までで折り返し、山奥の滝野の集落までバスが通っていました。すずらん公園が部分開園したのは1983年なので、まだ何もないのは当然としても、駒岡の集落を越えて、真駒内2団、3団、器械場入口、滝野峠なんてバス停が載っていて懐かしいです。支笏湖線は中央バスの路線なので、こんな山の中を走っていた訳ですが、今は立派な道路になっているけれど、昔の道路はすれ違うのも大変だし、滝野峠なんて霊園入り口の横に、昔の道路の痕跡がまだ残っています。

滝野線

東区方面は、当然東豊線なんて影もないので、行くのはとっても不便でした。87年に転職した会社が赤丸の位置にあったので、バスで行く時には北12条駅からバスに乗り、今の環状通東駅のところにあった北15東16のバス停で下りて歩いて行って、よく遅刻したのを思い出します。

東区方面

この頃は、中央バス、国鉄バス、定鉄バスとライバル関係だったため、それぞれが独自のマップを作っていました。2004年には市営バス事業をそれぞれの会社に譲渡して撤退してしまった時に、その後数年だけは全部の路線を合体したマップを市が作っていたけれど、今はまたそれぞれ独自のマップに戻ってしまったようです。(これは2006年版です)

2006なまら

ネットの時代、いまだにこれが作り続けられていることも画期的ではありますが、いずれはなくなってしまう存在であることは間違いないでしょう。でもこうやってその時代を切り取ることができる存在として、やっぱり手元に置いておきたいものなのです。
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