‘なな’のこと

  • 2019.02.08 Friday
  • 05:50
最強の寒波襲来とのことで、数日前から大騒ぎでしたが、5時のアメダスでは−11.1℃なので、思ったほど下がらなかったようです。先日の予報で−18℃になった時には、どうなるかと思いましたが。確かにピリッとした寒さで、体は温まったけれど、汗をかくこともなく戻ってきました。今日はこの気温がずっと続くようで、雪まつりの観光客はびっくりすることでしょうね。

日曜日に捜し物があってロフトに上がったときに、ぎっしり詰まっているキャビネットの中から、昔一緒に暮らしていた‘なな’の追悼ファイルを見つけました。‘なな’は、学部を卒業しても就職せず、もう一年研究生で居残っていたときにもらってきたネコです。二年ほど住んでいた界川から、藻岩下のアパートに引っ越したものの、冬の間に二度も帰ってしまったことは先日書いたところでした。この写真は、アパートにようやく馴染んだ時期のものでしょう。
くつろぐなな

まだ3歳か4歳くらいだから元気いっぱいで、目の前がやはり藻岩原始林なので、いつも出してくれ〜と外ばかり見ていました。半年くらいしてからは、外に出しても戻ってくるようになっていたので、ここの暮らしにもそれなりに満足していたのではないでしょうか。
   藻岩下

このアパートには6年くらいいて、結婚するので今のところに引っ越しました。ここは原始林ではないけれど、すぐ裏が保安林なので、やっぱり昔のような山を駆け回り、以前のような生活をしていました。でもだんだん歳をとるにつれてあまり出歩かなくなり、ちょうど子供たちが大きくなって来たので、いつもされるがままに可愛がられていて、本人も全然嫌がらず、仲良く生活していたのです。
子供たちと

18歳の誕生日を迎えてからすぐ、急に食事が取れなくなって痩せ初め、あわてて行きつけの獣医に連れていくと、肝機能と腎機能が悪くなっていました。仕事の合間に何度も点滴に連れて、数値は少し改善したのですが、薬石効なく6月23日に冷たくなってしまったのです。界川時代から、けっこう名をはせていたし、たくさんの方に可愛がられていたので、このような死亡通知の葉書を送ったところ、10名ほどの方から丁重なお手紙をいただきました。
   死亡通知

界川のすぐ裏に住んでいて、あの家を紹介していただき、本当によくしていただいたHさんは、この時にはご主人が亡くなられて東京に移られていたのですが、今読み返してもうるっと来るお手紙をいただきました。著名な俳人でもあったので、追悼の句をいただいたのです。

追悼句

藻岩山中の墓には、私が軟石を彫って造った墓石が置かれていますが、この文字を刻んだ墓石も造ろうかなぁ…
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