牧野植物園

  • 2019.02.01 Friday
  • 05:55
高知県立牧野植物園は、約60年前、牧野先生が亡くなられた翌年の1958年にオープンし、1999年に現在の姿に拡張リニューアルしています。その際には牧野先生の直弟子でもあった小山鐡夫さんを園長に迎え、研究活動を充実させながら、よりたくさんの方に植物への興味を持っていただくよう、展示にも力を入れるようになりました。辺鄙な地方にありながら、わが国を代表する植物園の一つになっているのです。

ちょうど10年前の、2009年4月11日に行ってきました。レンタカーを借りて松山から東に向かい、香川県境の手前にある川之江JCTから高知道に入って、大歩危小歩危を抜けるとすぐに高知に着きます。松山→高知に山越えすると、4時間以上かかるはずだけど、ものすごく遠回りになってもこのコースでは、2時間ちょっとで着いたような記憶が。四国なんて渡島半島より小さいくらいですからね。五台山にある植物園に着くと、駐車場の周りがスミレの花畑になっていました。松山でも歩道脇の雑草のように、この時期にはスミレが咲き誇っています。
スミレ

駐車場から入り口までけっこうな距離があり、その間が高知の生態園になっていて、この時にはマムシグサやエビネなどが咲いていました。こういう演出は楽しいです。
生態園

牧野富太郎記念館は、当時は東大の教授であった内藤廣さんの作品で、数々の賞を受賞している素晴らしい建物です。(旭川駅も作品の一つだけど、あれはちょっとねぇ…)正面から見るとどこにそんな建物が?と思ってしまうのですが、中に入るとその素晴らしさに圧倒されてしまいます。
記念館

真ん中が大きな吹き抜けになっていて、竹が見事な姿で建物と一体化しているのです。この柔らかい曲線と、屋根の骨組みが、全然重たさを感じなくさせてしまうから不思議です。
回廊

南園には、1974年に作られた等身大の銅像がありますが、ここには頭部だけの小品が。どちらも本郷新さんの作品で、こちらはいつ作られたものか記録が見当たりません。
胸像

園内はものすごい起伏があるので、移動にはかなり配慮の跡が見られます。この回廊は、雨風から守るだけでなく、暑い時期に涼しい木陰を提供してくれることでしょう。両側にいろんな植物が植えられているので、全然飽きないで歩くことができました。
回廊

この時には、展示館で『酒と植物』という展示が。大酒飲みの土地柄なので、どんなものがあるのかと思ったら、いきなりこんなブースが。三菱財閥を作った岩崎弥太郎は土佐の人なので、キリンビールがよく売れるのだそう。ドライが売れるものだから、キリンの主力であったラガーを口当たりのいいもの変えた途端、高知の飲んべえが一斉に「たっすいがは、いかんぜよ!」と、大ブーイングがキリンの支店に寄せられました。「たっすい」というのは、土佐弁で弱いとか軟弱なという意味で、口当たりのいい酒では物足りなく、全然売れなくなったそうです。結局元に戻すことになり、さらにクラシックラガーを作ったきっかけにもなったとか。さすが。
たっすい

ここには牧野先生の仕事部屋が忠実に復元されており、先生は今も熱心に研究されていました。よくもあれだけの本や標本を抱え込んで30回も引っ越しをしたものだと思います。蔵書はここに収められていますが、膨大な標本は都立大学(現在は首都大学東京)に引き取られて、半世紀かけて整理されたのだそうです。
仕事中
コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
2425262728  
<< February 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM