消える街路樹

  • 2017.07.12 Wednesday
  • 05:48
美幌の町を歩いていて、そういえばと思い出したことがありました。20数年前にこの町を通った時に、キササゲの街路樹がちょうど花を咲かせていて、こんなものを一体誰が植えたのだろう?とびっくりしたのです。生活道路ではなくて、幹線道路しか通っていなかったので、今でもあるのかな?と、あちこち見て歩きましたが見当たりません。あとで町の人と見て歩いた時に聞いてみても、そんな街路樹があったかなぁ?と分からずじまい。でも空き地にキササゲの小さな木が何本も生えていたので、きっと昔はあったのでしょう。

札幌に戻ってから、昔のリバーサルフィルムを見ていくと、1993年8月31日に美幌町内の国道で撮した、キササゲの街路樹のスライドが見つかりました。なんで美幌を走っていたのか手帳を確認すると、前日に網走港周辺の植物調査の仕事を済ませ、31日の午後から帯広道路事務所の打ち合わせがあり、レンタカーで移動していた途中だったのです。あの頃はそんな動きばっかりでした。そんなことを思い出しながら、早速データ化して役場に送ったのです。
93年8月31日

すると、午後には分かりましたよ〜と返事と共に、現在の同じ場所の画像が添付されていました。手がかりになる特徴的な屋根の家が、まだちゃんと残っていたのです。かつてはキササゲだけでなく、ヨーロッパアカマツのような針葉樹も混じっていて、かなりの本数の街路樹があったのに、今では1本も無くなってしまっていたのです。植えますだけが、まだそのまんま残っているのが寂しい限り。
現状

キササゲの街路樹は、その後旭川市内に何カ所かあるだけで、それ以外では見た記憶がありません。アメリカキササゲで街路樹を作ったらさぞや見事だと思うけれど、こちらは全く流通がなく、キササゲですらそんなに手に入りません。そんな昔、ここにこれを植えたのは一体誰なんだろうと、本当に不思議に思ってしまいます。当時の開発局には、まだ直営の作業員が街路樹の管理をやっていた時代なので、その中に植物の好きな方がいたのでしょうか。そんな素晴らしい時代の名残が、この古いスライドから甦ってきたのでした。

月寒国道

今では、すきあらば札幌の町中だった街路樹なんか一本もなくそうと、バリアフリー工事や電線地中化工事のあとには荒涼とした風景しか残らないのが実情です。R36の美園から月寒、福住にかけては、1本の街路樹も無くなって醜い看板だらけの景観になっています。こんな殺伐とした街並みばかりにして、本当にいいと思っているのでしょうかねぇ…
コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM