キリンガーデンの思い出

  • 2017.01.13 Friday
  • 05:49
千歳のキリンガーデンのことをふと思い出したのは、年末に届いた喪中葉書の中に、千歳工場の担当だったMさんが亡くなったという葉書が入っていたことがあったのかもしれません。ここの温室の植栽をやったのは1986年のこと。当時私はまだ植木屋におり、後輩のいたコンサルがここの建築と植栽設計をやるので、設計と施工を手伝うことになりました。その時、キリンビール千歳工場の広報課長をしていたのがMさんだったのです。
ここには子供を連れてもよく通ったし、花めぐりツアーでも必ず組み込んでました。私にとってはものすごく思い出深い温室とガーデンだったのです。それが突然閉鎖になるというのでびっくりしたのが、2010年の春のことでした。
閉鎖の報道
  (朝日新聞の記事より  2010.4.20)

ここの温室を設計したのは、のちにKitaraを作った宮部光幸さんです。ものすごく細かいところまでこだわる方で、業者泣かせとしては有名でしたが、その大胆なデザインはやはり鋭いものがありました。(管理する側にとってはとても大変でしたが…)
キリン温室

日本建築学会北海道支部による北海道建築賞を竣工した年に受賞しているので、ある意味トピック的だったのでしょう。このプレートは共通のものなのか、ここだけの特注なのか分かりませんが…
建築賞

Mさんはとっくに退職されて、千葉で悠々自適の生活をされておりましたが、ずっと年賀状のやりとりをしていたので、あわててこの切り抜きを同封してお知らせしました。すると、俺もこれにはものすごい思い出があるので、閉鎖になる前に行くからなと電話がありました。そこで宮部さんの下で現場を仕切っていたKさんと、造園を担当していたN氏に声をかけ、秋の一日に千歳工場で待ち合わせをしたのです。35周年なんて祝っているくせに、なんでこれを壊さなきゃならないんだと憤慨してしまいましたが。
35周年

この時にはまだ70歳くらいだったけど、ずいぶんおじいちゃんになってるなぁと冷やかしながら、20数年振りの再会を喜び合いました。
茂呂さん

ガーデンに植えた木が、あまりに大きくなっていたので、Mさんもびっくりしていました。20年を越えると、本当に大きくなるものです。あちこち見て歩くにつれ、当時のやりとりをあれこれ思い出して懐かしかった。ここを少しでもよくしようと、熱心に対応してくれた方でした。
ガーデン散策

ここの温室の施工は、86年秋から翌年春にかけて行っています。ちょうど結婚したばかりだったので、毎日6時半に愛妻弁当を持って千歳まで通ったことから、一層思い出深いのでしょう。当時はスタッドレスになったばかりで、まだよく滑り、結構冷や冷やしながらの運転ながら、よくあれだけ通って事故らなかったものだと思います。ここの石積み一つ、木1本に至るまで、山ほどの思い出が籠もっていた場所でした。
温室内

キリンのレストランでしこたまビールを飲み、千歳市内のMさんがかつてひいきにしていた店でまたビール。ビール会社の社員は、いくら飲んでも酔わないそうで…(^^;) でもこの時のMさん、本当にいい笑顔で飲んでました。壊されるのは本当に残念だったけれど、こんなうれしい再会ができたのも運命のなせる技なのでしょう。Mさんには感謝の気持ちでいっぱいです。
千歳の夜
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