カッター先生の水飲み場

  • 2016.02.23 Tuesday
  • 06:00
紺野さんの出された「札幌農学校遊戯会・チャチャニレの木」という冊子からは、もう一つ発見がありました。チャチャニレの下に水飲み場があったことは、他の記事でも知っていたのですが、これも「カッター先生の水飲み場」だということを初めて知ったのです。
カッター先生 水飲み台
 (「札幌農学校遊戯会・チャチャニレの木」紺野哲郎氏私家本、2008 より)
これによると、札幌の水道事業が完成した翌年の1937(S13)年に、道の林務部の技師であったH氏が市長にかけ合って設置したもので、余った水がハルニレの足元に供給されるように作っていたとのこと。その翌年に完成した聖恩碑の水飲み場と共に、「カッター先生の水飲み場」として作られたことが、札幌水道局50年誌に書かれていることを突き止められました。

ジョン・C・カッター(John Clarence Cutter)は、マサチューセッツ農科大学を卒業後さらにハーバード大学医学部で学んだ医師でもあり、札幌農学校では生理学、比較解剖学、英文学を担当することになっていましたが、このほか動物学、獣医学、水産学、心理学、さらには経済学、近世史、地理学に至るまで担当するという多才ぶりを発揮して、内村や新渡戸を初めてする生徒たちに多大の影響を与えた教師だったようです。10年近く教鞭を取られ、札幌の町をこよなく愛していたようで、病のため1910(M43)年に亡くなられた時の遺言では、「元の農学校付近に公共水飲み場を設置して、飲料水を供給すること」という条件のもと、1,025円19銭を札幌区に寄付していました。

大通公園西5丁目には、聖恩碑という巨大な石碑が立っています。これは1935(S11)年に行われた陸軍大演習の際に、昭和天皇が行幸されたことを記念し、碑文に『聖恩無彊』とあるように、明治以来三代の天皇の業績を称えて建てられたものです。この時に札幌の水道事業が一通り完成したことも合わせて、この碑を取り囲むように四隅に小さな水飲み台が設けられました。
聖恩碑

これが、カッター先生から遺贈されたお金によって設けられた水飲み場であると聞いていたのです。(豊平川の伏流水の豊富な札幌では、水道の普及が著しく遅れてしまい、結果として27年間もほったらかしになっていたしまいました。) それなりのお金の割には、あまりにもしょぼい水飲み場なので、不思議に思っていたのです。
水飲み場
 (冬囲いした写真しか見つかりませんでした…(>_<))

この碑には、舞楽面蘭陵王が彫刻され、東正面に首領(右側)、両側に家来(左側)が彫り込まれて噴水となっています。この面は、北大のクラーク像の作者として知られる札幌出身の彫刻家田嶼碩郎(たじま せきろう)の手によるもの。総建設費は31,035円で、約1万円は市の持ち出し、残り約2万円は寄付によったとの記録があるので、この端数がカッター先生の遺産に当たるのでしょうか。
蘭陵王

チャチャニレが伐採されたのは仕方ないとしても、カッター先生の水飲み台は一体どこに行ったのでしょう?そんな大切なものであれば捨ててしまうはずはないと思うのですが、どこにも記載は見当たりません。もし残っていれば、市民ホール前のハルニレの足元に据えてあげるのに…

(なお、「札幌農学校遊戯会・チャチャニレの木」の冊子は、時計台閲覧室や道立文書館閲覧室などに置かれているとのことです。)
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