チャチャニレ

  • 2016.02.22 Monday
  • 05:36
昨日紹介した北一条通の写真の隅に、小さく「チャチャニレ」が写っていました。現在お菓子屋さんに変身中の旧道立図書館前には、樹齢500年といわれるハルニレの巨木が立っていたのです。開拓当初、市街地の建設に伴ってどんどん木が伐られていくのを憂えた開拓使の役人が、路傍の樹木の伐採禁止令を出したことから、このような大木が町中にはたくさん残されることになりました。その中でもこの木は特に巨大で、アイヌ語でお爺さんや長老を意味する「チャチャ」ニレと名付けられたといわれます。目立つところに立っていることから、たくさんの写真が残されていますが、これは1935(S11)年に行われた陸軍大演習の際に、天皇が行幸された時に撮されたものではないかといわれています。
チャチャニレ
(「札幌農学校遊戯会・チャチャニレの木」紺野哲郎氏私家本、2008 より)

この冊子は、市役所OBである紺野氏により、わが国初の陸上競技会といわれる札幌農学校遊戯会がどの場所で行われたのかを、たくさんの資料をひもといて解き明かしたものがメインになっています。そしてその場所の横に立っていたハルニレの巨木が、開拓以来どのように扱われ、そして消えていったのかを、しっかりと記録に残されているのです。ハルニレプロジェクトの取り組みを始めた時に、いい資料があるよと先輩からいただきました。

このチャチャニレを謳った詩を絵本にしたものが、「にれの町」です。ハルニレプロジェクトを始めたことが新聞に取り上げられた時、ある高校の放送部の生徒からすぐに連絡が入り、ぜひ取材させて下さいとのこと。さっそく会ってみると、高文連に出す作品のテーマが「ハルニレのある町札幌」というのです。なんでそんなものにしたのか聞いてみたところが、たまたまこの絵本を見て決めたのだそう。全然知らなかったので、あわてて買い求めたのでした。戦後まもなく3年間札幌で過ごした時に、この木に出会ったものでしょう。本当に素晴らしい。
(こちらに紹介されていたのでリンクを貼らせていただきます。m(__)m)
にれの町
(「にれの町」 百田(ももた)宗治 詩、小野州一 絵、金の星社、1985)

紺野氏の資料では、チャチャニレの愛称が名付けられた経緯について、1956(S31)年に札幌観光協会が愛称募集をしたところいいものがなく、道の林務部OBのH氏が名付けたという説と、アイヌ語に堪能で道立図書館に通い詰めていた詩人の更科源蔵氏が名付けたという説があるそうです。その名前を入れた名札のデザインを、北大林学の今田(こんだ)敬一博士に依頼し、それを立てている新聞記事が発掘されていました。
名札立て

(「札幌農学校遊戯会・チャチャニレの木」紺野哲郎氏私家本、2008 より)

そんな大切にされていたハルニレでしたが、この頃から急速に衰弱が始まったようで、この10年後に管理していた開発建設部は、道の自然保護課,北大植物園、自然保護協会などと協議し、伐採止むなしとの結論に至りました。そうして1967(S42)年4月21日、関係者約50人が見守る中、神主が祝詞をあげて老樹の冥福を祈り、静かに斧が下ろされたと記録されています。その後実際の伐採が行われ、わずか10分であっけなく倒されたようですが、写真を見る限り、あんなに大きな樹冠だったものが、すっかり尾羽うち枯らした姿になっていました。札幌が拓かれてちょうど百年経った年、それを見守ってきたチャチャニレが最後を迎えたことは、極めて象徴的な出来事だったのかもしれません。
伐採
(「札幌農学校遊戯会・チャチャニレの木」紺野哲郎氏私家本、2008 より)

私たちの活動のシンボルである市民ホール前のハルニレだって、今のままではいつまで生きられるか分かりません。NHKの移転が現実となり、ここでの市役所の建て替え構想もくすぶり始めているので、あの周辺は決して安泰とはいえないのです。今年もしっかりとハルニレプロジェクトを進めていかなければいけないと、改めて思った次第でした。
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