切符コレクション(国鉄編-1)

  • 2015.03.24 Tuesday
  • 06:11
ロフトの片付けをしていて、開けてしまうと収拾がつかなくなるパンドラの箱というのは、切符のコレクションでした。台紙に貼り付けて、10cmほどの厚さの紙箱に三つ、かなりの量があります。集め始めたのは中学生の頃からで、大学生だった兄からもらった切符がきっかけだったような気がします。学校のある松山まで蒸気機関車の煤にまみれながらデッキにぶら下がって通っていたので、自然にSL好きにもなり、いわば鉄ちゃんの走りだったのでしょう。兄の友人から全国の入場券や途中下車していらなくなった切符が、続々と集まり始めました。

自分で記念切符を買い始めたのは高校になってからで、多分これあたりからのような気がします。この頃は入場券が20円、急行券でも200円と、今考えればとても安いのですが、小遣いなんかほとんどもらっていなかったので、結構高い買い物だったのでしょう。
四国鉄道80年

この頃はちょうどSLが廃止になっていく時で、毎日乗っていた列車を牽引していたC58型テンダ機関車が一番の好みでした。Cというのは動輪が三つで高速運転に向いている客車用、D51のような貨物を牽引する機関車は小径で粘着力を発揮する動輪が四つあります。テンダというのは炭水車が別になっている型式で、機関車にくっついているものをタンク車と区別していました。
消えゆくSL

そして高校3年の春に四国からはSLがすべて廃止され、ディーゼル車に置き換わってしまいました。目も開けられないほど煤にまみれていたけれど、やはりあの臭いが懐かしいです。
四国無煙化

浪人して予備校に選んだのは福岡の町。札幌は遠いし、大阪には行きたくないし、町の規模が札幌と同じくらいで予備校のレベルが高いので選んだことになっていましたが、その実は西鉄ライオンズの応援に行けるということにありました…(^^;)
電化10年
福岡の町は、黒田藩の城下の福岡と、商人の町博多が一緒になった町なので、市の名前は福岡にする代わりに、駅の名前は博多になったという経緯があります。なので、記念切符を買いに行くのは博多駅でした。

九州でもSLの廃止がどんどん進んでおり、この記念切符はかつて九州で活躍したSLが、10枚入りでずらりと載っている大変お得な記念入場券でした。
小倉駅80年

そんな福岡に行った時の切符も残っています。私の住んでいた伊予和氣から隣の堀江駅まで行き、当時まだあった国鉄仁堀(にほり)連絡船で呉の隣の仁方(にがた)に渡り、呉から特急で博多まで移動。そこから、今はなくなって地下鉄に乗り入れた筑肥線というローカルで線で、福岡の西の端にあった姪浜(めいのはま)駅までの切符です。駅員さんが時刻表とそろばん片手に苦労して作ってくれた切符でした。
姪浜行き
初めて家を離れることになるので、とても心細い旅でした。家からすぐのところにある駅に向かって歩いていて、ふと振り返ったら庭先から母がずっと見送っているいるものですから、ぐっと来てしまいました。私にとって18の春は、楽しい思い出一つなかったなぁ…
コメント
そのときの人生が楽しいかどうかって
けっきょく主観だからw
  • ケヤキの向こう
  • 2015/03/24 9:50 AM
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