鎌田芳治展

  • 2017.08.09 Wednesday
  • 06:01
めずらしく個展の案内を。個展をやるのは、私の植木屋時代の先輩です。
私たちの親方は、岩城亘太郎(せんたろう)や斉藤勝雄など日本を代表する作庭師たちのところで修行した方なので、図面にはものすごく厳しい人でした。当時働いていた若者たちは、みんな造園とは無縁のところから入って来た人たちだったので、なまじ学校で造園をかじっていた私には、結構風当たりが強かった… それでも歯を食いしばって現場仕事や図面書きを覚えたものでしたが、それまで図面書きを一手に引き受けていた鎌田さんにはとてもかないませんでした。とにかく根気が強く、面倒な芝点々を実に丁寧に書いていくのです。(芝のマークは、鉛筆を立てて、あんまり力を入れないで無数の点々を書いていくので一番嫌でした…) そうやって図面を書いていくので、仕上がりが抜群にきれいなのです。

私は35歳で植木屋から転職してしまいましたが、鎌田さんも確か60歳前くらいで会社を辞められ、家で何かをこつこつやっているという話は聞いていました。そうして最初の個展の案内が来てびっくり。エンピツ画という、全く独自の表現を切り開いていたのです。これは2回目の個展の案内だったかな。たった1本の鉛筆で、ここまで精緻な表現ができるものかと感心させられました。
2013年個展

今回は札幌での3回目の個展。案内はがきはさらに複雑な絵になっており、これがはたしてどんなサイズで描かれているのか、ちょっとわくわくしてしまいます。模写となっている通り、元になる写真をその通り描いていく訳ですが、なんだ模写するだけか〜なんてとても言えない仕上がり。写真以上に陰影が深くなるので、より実物に近く感じてしまいます。
鎌田展1

15日から20日までの六日間やっています。町中に行く機会があれば是非覗いて見て下さい。絶対に損はしないですから。
鎌田展2

猫の肖像

  • 2017.01.26 Thursday
  • 05:55
お年玉切手などが入った整理箱をひっくり返していたら、思わぬものが出てきました。1996年に発行された「ふみの日」の葉書と切手です。元の絵はもちろん山城隆一さん。こんなものがあったなんて、すっかり忘れていました。切手も11枚残っています。
  ふみの日

山城隆一さんの『猫の肖像』は、私が最も大切にしている本で、うちにいる生の「こまめ」よりかわいがっているかもしれません…(笑) この本が出てしばらくして、パルコの上にあったパルコブックセンターで、この絵はがきが売られているのにびっくりして、あったものすべて買い求めていました。もちろんもったいなくて使っておりませんが。
はがき
 (パルコ発行の絵葉書  1986)

『猫の肖像』の中身は、本当に全部紹介したいくらいかわいい猫ばかり出てきます。最後に載っているこの絵皿は、一番弟子Y氏の、結婚式の引き出物に描いた絵皿だそう。なんと200枚も、伊豆の窯元のところに缶詰になって描いたとあります。「センセの腕なら3日もあれば200枚くらいアッという間にできますよ」と、これをそそのかしたのが、かつての部下だった長友啓典氏だったとありました。ビズのアートディレクションをずっとやっていた長友さんです。絵付けの絵の具はザラザラしてとても大変だったとありますが、その出来映えは本当に素晴らしい。
  絵皿0
 (『猫の肖像』  山城隆一著、求龍堂刊、1984 より)

変な干支の切手作るより、毎年この猫の切手にしてくれた方がはるかに面白いのになぁ… ネコ年のない恨みは深いです〜(^^;)
絵皿2
 (『猫の肖像』  山城隆一著、求龍堂刊、1984 より)

鳥瞰図の魅力

  • 2017.01.16 Monday
  • 05:57
先週チ・カ・ホで、鳥瞰図のフェアをやっているというので、あわてて行ってきました。これらの鳥瞰図は、大正から昭和にかけて約三千点もの鳥瞰図を遺している吉田初三郎のものです。札幌グランドホテルのロビーに、これを拡大した大きなパネルがあり、いつも見飽きないで眺めていました。(写真が見つからなくて残念…)
鳥瞰図
 (フェアを企画した総合技研のパンフレットより)

これを見てビックリしたのは、道内の主要都市くらいしか作られていなかったのかと思いきや、ほとんどの市町村や国立公園、道立自然公園など、200点近くもあったのでした。でも印刷の精度が低く、とても細部まで読めません。折り込み地図仕立てになっていた札幌、函館、旭川、小樽の4都市にしても、函館と旭川はかなり画質が粗く、文字が読めないので断念し、精度のよかった札幌と小樽だけ手に入れてきました。
札幌・小樽

鳥瞰図は醍醐味は、限られた空間にぎっしり情報を詰め込むため、真ん中あたりはいいけれど、両端になるとものすごくゆがんで、よくもこんなにデフォルメできるものだと思うくらいの形になるところ。でもちゃんと分かるところが面白いのです。札幌の右の方にはすぐに小樽があり、その先に気渡島半島が伸びて函館があり、なんと青森まで描き込まれて笑ってしまいます。
札幌部分

札幌は格子状の街区だから全然面白味がないのに対して、小樽は港を囲むように町が広がっているので、とても鳥瞰図に向いています。これは昭和6年製作となっているので、小樽が最も隆盛を極めていた頃の絵図になるでしょう。手宮の高架桟橋から盛んに石炭を積み込んでいたことがよく分かります。運河の沖にたくさんの船が浮かんでおり、当時ははしけに積んで陸揚げしていたものでしょう。
小樽手宮

水天宮や小樽公園、住吉神社など、小樽の町は地形に変化が多く、ブラタモリでもこのあたりを歩き回って昔の痕跡を探していたわけです。左上の松が枝町には遊郭があり、市街地から隔離されたところに作られていた様子がよく分かりますが、こんな所にまで出かけていたのにはびっくりさせられます。今では普通の住宅地になっていますが、この手前には洗心橋というのが残っていて、当時を偲ぶよすがなんだそうです。
小樽山の手

吉田初三郎(1884〜1955)は京都に生まれ、
友禅染の図案工を経て商業美術に転じ、鉄道沿線の名所図や観光案内を手がけて有名になっていったそうです。その絵心も素晴らしいのですが、ちょっとひねった遊び心がそこかしこに感じられて面白いのです。デジタル時代には絶対に描けない絵だけに、道内各地の作品については、もっとしっかりとした公開が待たれるところです。
  あとがき

カイ

  • 2016.12.17 Saturday
  • 05:48
『カイ』という雑誌がありました。2008(H20)年秋に創刊され、今年の春まで季刊誌として発行され、30号まで出ていたのです。「カイ」とは、アイヌ語で「この地に生まれし者」。松浦武四郎がアイヌの古老から教わった言葉で、のちに開拓判官として、蝦夷地に代わる名前の候補の選定を行ったときに、「北加伊道」として提案した名前でもありました。
  カイ01

知り合いが何人もエッセーを書いていたこともありますが、テーマ選びがなかなか素晴らしかったのです。この号なんか、私の大切な本の一つになりました。ライターもセンスのいい方を使っているので、とにかく面白く、目からうろこが落ちっぱなしになるほどでした。
  カイ08

この号なんて、思わずなんじゃこれは!と、叫びそうに。誰がこんな企画を作ったのかと思ったら、主なライターは元花新聞編集長の○藤さんだったのです。その他にも素晴らしい特集が満載で、これも手放せない本になりました。
  カイ11

楽園周遊では、真鍋さん、紫竹さん、そして武市さんなどなど。これをすべて掲載したいくらいです。
陽殖園

そんな思い出話をしようとしたのではなく、この『カイ』が、この春からWEBマガジンに模様替えして公開されました。残念ながら、バックナンバーは公開されておりませんが、内容は以前と同じく、じっくりと北海道の魅力を掘り下げてる、とてもいい企画が満載です。紙ベースからWEBに移行するというのは、私のような人間にはとても寂しいのですが、こうやって出し続けてくれることに感謝したいです。

運営は主にまちづくりのコンサルタント「ノーザンクロス」。いろんなところでお世話になっている、渋くていい会社です。ぜひごひいきに読んでみて下さい。(メルマガに登録しておくと、新しい記事が掲載されるたびに知らせてくれます。)

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM