トントン館

  • 2016.02.15 Monday
  • 05:51
二月にしては珍しいほどの暖気の到来で、雪もすっかり沈んでしまいました。事務所の前はちょうど排雪したばかりでもあり、路面どころかわずかに残っていた塀際の雪まで、ほとんど融けてなくなってしまいました。今日からまた真冬に逆戻りしても、ここまで雪が少なくなると、春の到来は早まりそうな気配。春一番の仕事の予定が、また狂ってしまいそうです。

ローカルな話で恐縮ですが、近くにあるホームセンターが閉店することに。道内でホームセンターと言えば○○マック一色で、札幌市内でも隅々に店舗があるので、何かと利用することが多くなります。ところが二十四軒にある「トントン館」という小さなホームセンターは、独立独歩それなりに存在感があり、昔から結構利用してきました。31年前に開店しているようなので、私達の結婚生活とほぼ同じ歩みだったのです。その店がとうとう閉店することになりました。
ちらし

年明け早々閉店のチラシが入ってびっくりしましたが、この店が根室の会社が出していたことも初めて知りました。なんで根室の水産会社が、ここだけにポツンと出店していたのか不思議ですが、それなりに品揃えがよく、価格も○○マックよりも安いものが多かったように思います。閉店まであと一ヶ月になっているので、もう何も残っていないかなと思いながら行ってみました。ものによっては棚が空っぽになり、お目当てのものは手に入りませんでしたが、雪が融けたら塗らなきゃと思っていたペンキなどが少し手に入りました。
売り場

今は30〜50%引きになっていますが、閉店まで一ヶ月を切ったので、ますます値引率が高くなっていくのでしょう。物がなくなるのが早いのか、買うタイミングが難しくなりそうです…(^^;)
たたき売り

○○マックでもいいのですが、スコップを買ってきて使ったところ、一発で折れてしまったり、ゴミ箱を買ってきてもフタがきっちりはまらない粗悪品だったり、決していい思いは持っておりません。その点トントン館のものはしっかりしているものが多く、結構重宝していました。○○○フルや○○ホームのような大型店がない地域なので、ますます店の選択の余地がなくなるのは、決していいことではないのですが、今の世の中の流れを感じてしまいます。長年お世話になりました。

トントン館

菊一文字

  • 2016.02.06 Saturday
  • 05:59
冬になると植木鋏を使うことがないので、研ぎ直して油を差しておきます。最近の植木屋は剪定鋏しか使わないことが多いのですが、細かい仕事はやはり植木鋏でないと埒が明かないので、いまだに両方を腰に差すことが多いのです。私の鋏はとても肉厚で重たいけれど、かなりの太さまでばつんと切ることができます。これを手に入れたのは、植木屋に入った年の冬なので、1981年の今時分のことでした。
植木はさみ

一年目は鋏を使うことが許されず、ひたすらスコップとつるはしで穴掘りばかりやっていました。入った頃は体重が50キロそこそこのやせっぽちで、力仕事は本当に大変でしたが、毎晩のように近くの焼き肉屋でデコ飯喰っていたら、夏過ぎには10キロ太ってズボンもシャツも裂けてしまいました。指の節が1.5倍くらいに膨らんで、指が閉じられなくなり、我ながらこんなに変わるんだぁとびっくりしたものです。2年目を迎えると鋏がいるので、京都から来てた先輩にどんなんがええの?と聞いたら、京都ではみんな野鍛冶(のかじ)で買うんやけど、癖があるから使いにくいでぇ〜あんたみたいなんは菊一(きくいち)に行けばええんちゃう〜とのこと。それで帰省のついでに京都に行きました。目指すは河原町三条。
リーフ1

正式には菊一文字で、圧倒されるような品揃え。植木鋏もいろんな型があって迷ってしまいました。あれこれ店の方と話しながら品定めして、あんた手ぇ大きいからこれがええんちゃう〜と言われたのがこの鋏でした。なんという型なのかも分からなかったけれど、こうしてみてみると「国重型」と呼ぶんですねぇ。(これが一番高いぞ!!) その時にこの小さなパンフレットをいただいたものが、暮れに家を片付けている時に出てきて、一気に当時まで記憶がさかのぼりました。
リーフ2

これに書かれているように、くつわの印が鍛冶屋のシンボルマーク。そして弦の付け根に「菊一文字」と打ってあるのです。新品だと弦は真っ黒ですが、使い込んでくるにつれて地金が現れ、やがて弦の内側がピカピカになってきます。当時は全部ピカピカになったら一人前と言われてました。結局それから7年後には転職してしまったので、まだ2割くらいは黒く残ってしまいました。やっぱり10年やらないと一人前にならなかったようです。
菊一文字

おっちゃんが名前入れたるよ〜と言うので、早速紙に描いて渡したら、小さなタガネをチャッチャッと叩いて、あっという間に彫ってくれました。さすがです。私の名前はシンプルだからいいけれど、字画の多い名前でもこんなに彫ってくれるのかなぁと思った記憶があります。
名入れ

植木屋時代の道具はいろいろあるけれど、なんといってもこれが一番愛着のある道具でしょうねぇ。

町中をうろうろ

  • 2016.01.08 Friday
  • 05:57
今年も既に一週間が過ぎました。この調子で今年も過ぎていくのかなぁ…と気の早いことを考えてしまうけれど、最近はずっとそんな感じになっているように思います。

町中で打合せがあったので、途中でお昼をとりつつ、てくてく歩いて行くことにしました。前日夜にさらっと雪が降ったことや、砂撒き機が走ったらしく歩道に延々と砂の道ができており、とても歩きやすくなりました。
砂撒き

少しでも日当たり側を歩こうと南大通を通ったので、ワンデーマーチと同じだなぁと思いながら資料館で一休み。去年は国際芸術祭一色になっていたものが、ほとんど元の状態に戻ったけれど、二部屋だけ次回の国際芸術祭のプロジェクトルームになっているので、ちらっと覗いてみました。二階正面の部屋はギャラリーでなくなったので、大通公園の展望が心置きなく楽しめそうです。
資料館

それにしてもこの少雪なので、バラ園のバラもかなり露出していました。まだそんなに厳しく冷え込んでいないのが救いですが、早く雪の布団がほしいです。
バラ

今年は雪まつりの設営が早く、暮れのうちから足場の組み立て等が始まっていたそうです。ちょうど昨日から雪の運搬がスタートしていましたが、この少雪では運搬が大変そう。今のところは滝野霊園から運んでいるようで、それがなくなると定山渓の奥から運ばなくてはならず、このままでは大変なことになりそうです。
雪まつり

公園の管理事務所で打ち合わせたあと、札駅に用事があったので、地下に潜って移動しました。確かにこの時期になるとチ・カ・ホのありがた味がよく分かります。イチョウ並木のライトアップが気になっていたので、北3条広場に上がってみると、指示通りに危険と思われる木は避けて、3〜4本に1本ほどの木にランプが付けられていました。どんな風に光っているのか確認しなければ。
北3条広場

まだ松の内(東日本では一般的に7日まで)なので、ビルの入り口にはそれぞれ門松が飾られています。本州では左のもののように黒松を使いますが、道内ではボリュウム感が出すためにトドマツを使うことが多いのです。
 門松2 門松1

植木屋時代に少しは門松作りを手伝っていたので、一通りやり方は覚えていますが、私のいた会社では必ずマダケ(真竹)を使っていました。真竹は細いけれど緑色が特にきれいで、料亭のような場所ではぴったり収まるのです。桑園駅にあった竹屋の倉庫に行き、傷のついていないものを選んでいたことを思い出しました。円山にある有名寿司店はその会社で作っているので、数日前に撮してきたばかりです。(左) これに対してほとんどの植木屋で使っているのはモウソウチク(孟宗竹)で、竹が太くて肉厚なため、ものすごく重たい竹です。深緑色で艶がなく、粉を吹いているので見た目があまりよくありませんが、どっしりとした大振りの門松には向いています。(右)
 門松3 孟宗竹

でもねぇ… 当時は必ず節が下から1/4の位置になるように斜めにそげと、先輩に厳しく指導されていました。こんな節にかかっていない門松なんて昔はあり得なかったので、まぁ時代なんでしょうねぇと思わず苦笑いしてしまいました…(笑)

札幌硬石の表情

  • 2014.12.02 Tuesday
  • 06:00
先日北大前の通りを歩いていると、ここの塀の石貼り(厚みが分からないので、石積みかもしれませんが、かなり薄いことは確かです。)が札幌硬石であることに気付きました。自然石なのは知っていましたが、何の石かまで気にしたことがなかったのです。
石貼り

上にイボタノキの生垣が植えられているこの塀が、いつからあるのか詳しいことは分かりませんが、戦後まもない頃には木の塀が写っているので、昭和30〜40年代でしょう。北8条から15条あたりまで、北に向かって少しずつ地形が低くなるので、天端(てんば)が段々になっています。この組み方からすると、あらかじめ何パターンかのサイズに機械でカットし、それを組み合わせながら積み上げていったようです。それにしても大胆な‘こぶ出し’がおこなわれており、当時の石工のセンスがかなりよかったのでしょう。
方形貼り こぶ出し

私も植木屋時代に札幌硬石をよく使いましたが、この石の最大の特徴は野面(のづら)の肌の赤さび色なので、このような切石で使うことは全くありませんでした。このあたりが造園と土木・建築の素材に対する考え方の違いです。たまたま北大に来る前に大通公園の札幌硬石の写真を撮してきたばかりだったので、よけいに材質にピンと来たのかもしれません。
札幌硬石
これは西3丁目の南東側にある『湖風』の台座で、私が植木屋に入社する少し前に造ったものです。砕石の作業が始まらない早朝に硬石山に行き、この角度の定規を作って石に当てながら探してきた石だと聞きました。年数が経つにつれてますます錆びて、いい雰囲気になってきます。

駅前通と創成川通の整備の監修をやっていた時、担当の東京のコンサルがやたらと地元産の素材にこだわるあまり、チ・カ・ホの階段や壁材、創成川公園の石積みや階段などに、すべて札幌硬石を使うことになりました。とはいえそれらはすべて割肌や機械でカットしてビシャン仕上げしたものなので、コンクリ色の全く味のないものにしかなりません。そんなんでもいいのかい?と何度も念を押したのですが、要するに地元の素材を使ったという結果だけが欲しかったのでしょう。
創成の階段
これは創成川の階段部分で、石積みの中にほんのわずか札幌硬石の名残が見えています。ここを利用する人が、おやこんな所に札幌硬石が使われているんだ!なんて気付く人もいないでしょう。

これは滝野公園カントリーガーデンの、峠の庭が完成直後の写真です。(2000.7.13) 山から出したばかりだと、まるで赤土がへばりついているかのような堅い表情で、まだまだ味も素っ気もありません。
峠の庭2000
ところが7〜8年後くらいから、急速にサビが乗ってきて、今では高山の岩場のような雰囲気になっています。(2014.7.1)自然石の味わいは、このように時間の経過と共に渋みが出てくるところにあるのですが、切石だと何十年経ってもこの味が出てこないのが難しいところ。その場所の雰囲気に合わせた素材の生かし方が、技術者やデザイナーには最も問われてくるのです。
峠の庭2014

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