30年目の大島

  • 2019.07.20 Saturday
  • 06:03
渡島大島に通い始めて、ちょうど30年目となりました。まさかこんなに長く関わることになろうとは、初めの頃はまったく思わなかったですが…(>_<) 昔は予報の精度が低く、松前に入っても船が出せず、三日も停滞してしまったことがあります。お陰で暇つぶしに松前の寺巡りをしたり、江差や福島の植物を見て歩いたりしたので、道南特有の植物にもずいぶん詳しくなりました。今は波浪予測の精度が高まったので、事前の予測がだいたい着くようになったのと、交通船として外洋航海が可能で船足の速い「第八近海号」を使うようになったので、ずいぶんと楽になったのです。その船をずっと操船してきたI船長が急逝し、いつもサブで付いていたKさんが急遽代わりの船長となって、島まで運んでくれました。
操舵室

二日前に島から帰り、船から岸壁に上がって10mくらい歩いたところで急に倒れ、そのまま亡くなられたのだとか。航海の途中でなくてなによりでしたが、若い頃からずっと船に乗り続けてきた海の男らしい最後だったのかもしれません。まだ壁に掛けられていたヘルメットがあったので、ご冥福を祈らせていただきました。
ヘルメット

6時に松前を出港した時にはかなりの雨模様でしたが、途中で雨は上がってくれてなにより。でもどんよりの雲が垂れ込め、相変わらず島を望むことはできませんでした。
大島

ずっと時化が続いていたため、工事船も渡ることができず、ようやく海が落ち着いたので、早朝から作業をしているそうです。12時に松前を出航し、4時に島に到着。夜明けと共に作業を始め、2時か3時に作業を終えてまた松前に帰ることを繰り返すのです。
港内の作業

桟橋に上陸してびっくり。床に貼られたグレーチングが下から突き上げる波に持って行かれて、半分くらい破損していたのです。春に来た時にはこれほどでもなく、ちゃんと補修していたのですが、その後来た大時化で一気に破損してしまったとか。もう銹がひどくて全面貼り替えしなければと言っていたところでしたが、これは危険なので早く直してほしいです。
桟橋破損

島での滞在時間は3時間半。今回は造られたばかりの仮設道路の、植生復元が適切に行われているのか、問題があればどうすればよいのかを調べるのがメインなので、なんとかその時間内で工事区域全体を足早にチェックしていきました。メモする暇がないので、ICレコーダーに吹き込んで、テープ起こしをしていくのです。声がカラカラになってしまいましたが、なんとか4週遅れの調査も無事に終了。途中から雲が晴れて強い日差しが戻り、上に雲はかかっていたものの、島の全貌がよく見えました。
さよなら大島

松前から札幌まで340kmの道のりを走破して、夜には無事到着。こんなメチャクチャなスケジュールはもう御免ですが、30年目の大島行きも無事に終わってホッとしました。

渡島大島へ

  • 2019.07.18 Thursday
  • 10:57
ようやく海が安定し、渡島大島への船が出せるようになったので、これから松前に移動して、明日島に渡ってきます。本体の植物調査班は既に調査を済ませているので、私は昨年に引き続き、日帰りの突貫調査になってしまいました。

実は昨日、突然の悲報が飛び込んできて、一時はまた渡航中止になるところでした。ここ20年ほど、ずっと交通船の船長を務めていたI船長が、昨日の午前中に突然亡くなられたのです。確かに70歳前後なので、何があってもおかしくないかもしれませんが、今年も淡々と操船されていたとのことなので、突然の悲報に絶句してしまいました。
近海号

この船をいつから使ってきたのか、手元に残っている野帳の山から、渡島大島分を引き出して調べて見ました。最初の調査は90年10月なので、今年でなんと30年目になるのです。
野帳

多分このあたりだろうと調べていくと、96年6月に当時の事務所長が、江差の会社がもっていた近海登録船を、島との物資や人員の輸送用に借り上げる道筋を付けたことが分かりました。渡島大島は沿岸から20海里(約37km)以上にあるので、船舶に厳しい規制がかかるため、普通の船では行けないのです。実際に乗せてもらったのは、97年6月の帰りからで、今まで4時間かかっていた航海が、わずか1時間40分程度になったので、夢のように早く感じたものでした。
メモ

私はいつも操舵室の船長の横に座り、なんだかんだと話ながら行き来していたので、いろんなことを思い出してしまいました。これまで30往復近く島と行き来させてもらい、慎重かつ安全な操船に毎度助けられてきただけに、船長のいない航海はどんなものになるんだろうと思いながら出かけることにします。
渡島大島

したがって、明日の更新はできませんので、どうかよろしくお願いいたします。

東風(やませ)

  • 2019.07.09 Tuesday
  • 05:42
本来なら、6月24日には大島に渡っているはずだったのに、いまだに行くことができないで困ってます。調査隊自体は、先週ぎりぎりで行くことができたのですが、私は抜けられない予定が入っていたので、同行できませんでした。何日か遅れることはよくあるけれど、ここまでひどい天気は本当に久しぶりです。

渡島大島は、渡島半島の先端に位置する松前町の沖合、約60kmのところにある絶海の孤島で、何度も大噴火を起こしている休火山です。羊蹄山より少し大きい円錐形の火山が、水深二千m近い海底から海の上に700mほど頭を出しているのです。北朝鮮の漁民が流れ着き、乱暴狼藉を働いたのは渡島小島で、かなり本土寄りに位置しています。

位置図

私の現場は東端(右端)のトリカラスノ浜にあり、国が30年前からここに避難港を建設しています。私は周辺の貴重な自然環境に悪影響が及ばないよう、モニタリングをやってきました。現在は、この建設工事を監理する委員会の委員として、現場の作業やコンサルの調査の指導を行っているのです。島の反対側に東風泊(やませどまり)という地名がある通り、東風(やませ)が吹いた時には島の西側(左側)に回って波浪を避けていた、名残の地名として残っています。

大島

なんで島に渡れないかというと、三陸沖に梅雨前線が居座っているので、その上を次々と低気圧がやって来て、津軽海峡に向けて強い東風が吹き込んでいるのです。これは国際気象海洋株式会社が作っている波浪予測のページで、9日3時の波浪予測では、大島周辺の海域では、100〜150cmのかなりの波浪となっています。それだけならいいのですが、東風に押された波は、水深が深いので減衰せずにトリカラスノ浜にぶつかるため、港周辺は毎日ものすごい波浪に襲われているはずです。

9日予測

普通であれば数日で風向きが変わり、その隙間をぬって行き来ができるのですが、今年は気圧配置がピタリと動かず、2日後の11日の予測でも、ほとんど変化がないのです。島に閉じ込められている作業員や飯炊きのおばちゃんたちは、恐らく食料や水の計算をしながら、耐乏生活に入っていると考えられます。

11日予測

今週は後半に予定が入っているので、来週に再チャレンジすることになりますが、10日先の予報を見ても、相変わらず東風が吹き込んでいるため、状況が全く変わっていません。その次の週は予定がびっしりなので、ヘタをすると8月に入ってしまいそうです。参ったなぁ…(T_T)

長期予報

渡航中止に

  • 2019.06.26 Wednesday
  • 05:48
渡島大島に通い始めてちょうど30年目。まだ何もない海岸にヘリで下ろされ、キャンプを張って調査をした第一回目に比べれば、現在は立派な宿舎もあるし、工事期間中には水も電気も供給されているのですから、無人島調査というのもはばかれるような待遇になりました。とはいえ、大騒ぎになった渡島小島よりはるか沖にある絶海の孤島であり、日本最大の無人島でもあるこの島には、近づくに連れて胸がギュッと圧迫されるような迫力があります。
渡島大島

昨日は朝から判断待ちで待機していたら、13時過ぎに渡航中止の連絡が。日曜日から待機状態だったので、ジリジリと待っているのはつらいもの。でもしばらく船が出せないとのことなので、日程を組み直して再度挑戦することになりました。昨年に引き続いての延期です。波浪予測は一日何度も確認しているのですが、遠く沿海州沖の日本海に低気圧が入ってしまうと、海がかき回されてしまうのです。
3時の予測
(国際気象海洋株式会社の波浪予測ページより拝借…m(__)m 以下同)

朝早く出れば、このくらいならなんとかたどり着けるのですが、工事期間中は船の運航がゼネコンの判断になるので、常に慎重な判断になってしまいます。工事が中断していた期間は、船長の判断で運航できたので、多少の無理は利いたのですが、こればかりは仕方ありません。しかも帰る予定の28日には、また低気圧が日本海に入り込んでしまい、その後しばらく居座ってしまうようなのです。7名が渡ったまま帰ることができなくなると、水や食糧の心配が出てくるので、安易に行くことができなくなってしまうのです。
28日の予測

昼過ぎに中止の判断が出たので、用意万端パッキングしていたものを、さっそくバラしていきました。細かくチェックリストを作っているので、パッキングも一時間ほどでできてしまうし、片付けるのはもっと簡単です。少し余分に入れた着替え類や、洗面道具、パソコン、ケーブルなどが一式です。
荷物

調査道具を入れたザックには、折りたたみ傘、手袋、目印の割り箸、剪定鋏、侵入植物を掘り取るノコ鎌、アメリカオニアザミを退治する山菜ガマ、非常用ヘッドランプ、マーキング用のピンクテープ、水筒代わりのペットボトル、携帯式ロッドなど。メモするのが面倒なのでICレコーダーが便利だし、紫外線がものすごいのでUVカット99%のサングラスが必需品です。これらをまた元の場所に戻し、来月また再チャレンジする時まで、別の現場で活躍してもらいましょう。
調査道具

今週は他の予定が入っていないので、カレンダーも真っ白に。その分溜まっている仕事を片付けたり、来月また大島にチャレンジできるよう、予定を前倒しできるものは片付けなければなりません。前半を締めくくる定例行事が、今年も宙ぶらりんになってしまいました。

大島の委員会

  • 2019.02.13 Wednesday
  • 05:42
昨日は午後に大島の委員会があったので、その前にあれこれ用事を片付けに走り回りました。このところ引き籠もっているので、用事が溜まってしまうのです。まずはヨドバシに行って時計の電池交換やら、PC周辺機器の調達を。交換が混んでいるというので、下にあるばりきやで久しぶりにばりきメンを食べました。美味しかったけれど、午後はずっとのどが渇いて大変でした…(^^;)
ばりきや

それから農学部に行ってもう一つ用足しを。南玄関に入ったら、斑入りのクンシランが満開になっていました。事務所のクンシランも満開なので、ちょうどそんな時期なんでしょう。それにしてもこんな寒い所に置いてしばれないのか、心配になりました。
クンシラン

朝のうち晴れていたのに、昼前に出かけてからはずっと吹雪いてました。夏の間は雨なので、この時期には雪を降らせていじめようというのかい!特に風が強いととっても寒く感じます。
農学部前

ところが、隣の博物館に着く頃には雪雲が切れ始め、また青空が戻って来ました。やれやれと思って入ろうとしたら、なんと休館日。そうか、世間は昨日休日だったんだ…とがっくり。見たい展示は17日までだけど、もう一度来られるかなぁ…(>_<)
博物館

大島漁港に関わって今年で29年目。
20年くらいは事務局側にいたけれど、10年ほど前からは委員の立場で関わるようになりました。初めからずっと関わっているのは私だけなので、そろそろ工事も完成して締めくくれるかと思ったら、まだまだかかりそうと言うのでがっくり。あと10年もかかったら70代も後半になってしまうので、早くなんとかしてくれ〜
大島委員会

日帰り特攻作戦

  • 2018.07.11 Wednesday
  • 10:37
昨日、渡島大島に日帰り特攻作戦で行ってきました。月曜に松前に移動し、火曜の早朝に松前港を出港しましたが、視界が50mほどの濃霧の中の航海となりました。通常よりもかなり遅く、2時間かかってトリカラスノ浜に建設中の避難港に到着。微速で慎重に港内に入っていきました。
大島到着

例年は、6月最終週の25日前後に渡っていたのですが、今年は悪天候が続き、全然渡ることができませんでした。工事の方も予定の半分以下しか船が出せず、前日もここまで来たのに港内のうねりが収まらず、やむなく引き返したのだそう。このため夜の11時に松前を出港し、遅れを取り戻そうとがんがん工事を進めていました。
作業状況

今回は、日程ががずれて予定が詰まってしまったために、日帰りでの現場確認となりました。調査そのものは私のいたコンサルタントがやっているので、私は学識経験者として現地の確認を行うことから、こんな離れ業が可能になるのです。渡島大島は、全国でも珍しいアルカリ性熔岩からなる火山なので、全国的に見ても富士山や浅間山など、数カ所にしか自生のないムラサキモメンヅルが生えています。この株は埋土種子から昨年発芽したものなのに、2年目でもうこんなに大きく育っています。根粒菌を捕まえると、さすがマメ科!!という生育ぶりを示します。
ムラサキモメンヅル

自生しするフェスクの仲間であるウシノケグサは、野生化しているイエウサギの大好物なので、通常はこんなに穂を付けることはありませんが、試験区は金網で保護されているため、こんな姿を見ることができるのです。
ウシノケグサ

ときおりにわか雨が降ったりの天気でしたが、昼近くには少し視界が開けてきて、一瞬江良岳の山体が垣間見えました。こんなに霧が深かったのは初めてです。
江良岳

海岸近くの現場を確認していると、珍しいものが落ちていました。坂井市というと東尋坊で有名な福井県の町なので、市域を流れる九頭竜川によって日本海に押し流され、対馬海流に乗ってたどり着いたものでしょう。こんな微笑ましい漂着物であれば、許してあげましょう。
看板

気付いたことはICレコーダーに吹き込んでいき、後でテープ起こしをしてもらうようにしています。3時間あまりの滞在時間で、確認の必要な現場を一回りし、待たせていた船に乗り込みました。来年は、この仕事に関わってなんと30周年目になるので、クレーンにくす玉を吊り下げてお祝いしてあげましょうと、業者さんに言われましたが、こんな慌ただしい調査ではなく、来年はじっくりと現場を見たいものです。
離岸

帰りは視界がかなり開けてきたので、通常の船足で戻ることができました。事務所で打ち合わせたのち、札幌までの遠い道のりに気合い入れ直して帰ろうとしたら、港近くの民家の壁際にマツバギクの花が。島にはない彩りの花だけに、本土に戻ったことを実感させられました。
マツバギク

大島の委員会

  • 2018.02.01 Thursday
  • 05:54
昨日は渡島大島の委員会がありました。大島漁港の建設は1990(H2)年10月に最初の調査に入ったので、もう28年も通い続けていることになります。建設工事に伴う環境保全について検討する委員会も、それと共に実施してきた訳ですが、初めの20年はずっと事務局側でした。工事の中断期間は調査だけ行い、委員会が再開された3年前からは学識委員として意見を言う側に座ることに。最初からずっと関わっているのは私だけなので、どうにも足が抜けなくなってしまいました。町の水産課長が来ていたので、例の事件は大変だったですねえ…と、みんなから慰労の言葉が。組合長はてんてこ舞い状態で、欠席となっておりました。(渡島大島の方には被害がなかったそうで、なによりでした〜)

委員会資料

長々と続けられてきた現地の工事もいよいよ最終盤。山裾を掘り込んで造られた工事ヤードを撤去し、土砂を盛り上げて地形を復元してから、周辺の植生地からタネや苗を取って植え込み、元の姿に戻さなくてはならないのです。とは言っても本土から60kmも離れている場所なので、どうやって撤収しながらこんな作業をやっていくのか、相当綿密な作戦を立てていかなければなりません。委員会でもその手順を巡って厳しいやりとりがありました。ふぅっ。

現地

既に昨年、一部ですが埋め戻しを行って、試験的に植物の導入試験も行っています。当然うまく行くものと行かないものがあるし、厄介な外来種もたくさん見つかってしまいました。いろんな重機やトラックが運び込まれているので、それらにタネがくっついてきたものでしょう。それらを抜き取りながら全体の作業を監修し、実際の施工に繋げていかなければならないので、これから数年はかなり大変なことになりそうです。

試験盛土

こういう植生復元では、施工後のモニタリングが極めて重要になり、3〜5年は監視していかなければならず、必要に応じて補植なども必要になります。そうすると、あと8〜10年もかかることになるのかなぁ…(>_<) せめて古希までに片付いてほしかったのに、いつまでこの風景を見続けることになるのでしょうか。

渡島大島

大島と小島

  • 2017.12.24 Sunday
  • 05:57
今回の事件ですっかり有名になった渡島小島。私が毎年行っている渡島大島とは、すぐ隣(といっても25km以上も離れていますが)にある無人島です。日本海の真ん中にある好漁場「大和堆」付近で違法操業をしていて、嵐に吹き流されて漂着し、乱暴狼藉の限りを尽くした上で捕まりました。位置関係を見れば、強い西風に吹き寄せられれば、東北から北海道にかけて漂着することがよく分かります。
ついでながら、富山湾から伸びる富山深海長谷(とやましんかいちょうこく)というのは、本当にすごいものです。北アルプスから黒部川や常願寺川などが富山湾に流れ込み、そのまま一気に2〜3,000mもの海底まで落ちていくために、落差6,000mもの莫大なエネルギーで海底を掘り続け、延長700キロにも及ぶ海底の谷を削ったものなのだそうです。
日本海
 (Google Earth から)

毎度大島への行き帰り、一度小島に寄ってみたいなぁと眺めていました。こんなことで有名になり、現地画像が明らかになりましたが、いまや Google Earth を使えば、どんな角度からでも港にアプローチすることができます。小島漁港から見れば、こんな風に大島が見えるのですね。
小島漁港
 (Google Earth から)

大島では、私たちの現場であるトリカラスノ浜に建設中の大島漁港と、昔松前の漁師が使っていた北風泊(あいどまり)の船着き場があり、ここには漁組の番屋がありました。今は全く使っていないので、倒壊寸前のあばら屋になっていますが、調査の時には寝泊まりすることもあります。ここには盗むようなものは何もありません。
北風泊

今は工事が再開され、先行して工事業者がたくさんいるので安心ですが、工事が中断していた5年間は、変な旗が立っていたらどうしよう…と、内心びくびくものでした。避難漁港の建設現場には、2階建ての大きな施設が2棟あり、これを荒らされたら桁違いの被害になっていたことでしょうが、何も報道がないところを見ると被害はなかったようです。こんな看板立てていても、奴らには読めませんからねぇ…
工事看板

大島は絶海の孤島で、活発な活動を繰り返してきた火山島のため、植生はいたって貧弱です。そこへ海流によって植物の種子が漂着し、少しずつ植生の多様化が進んでいます。ハマベンケイソウは、10年くらい前までは全くなかったけれど、最近では海岸部にかなりの個体が定着し、美しい花を咲かせるようになりました。
ハマベンケイソウ

ロシア沿岸の先住民が今でも使っているらしい白樺浮きも、毎年のように流れ着いているのを見かけます。日本海を反時計回りに回る海流があるので、こちらの植物だって流れ着くことが考えられます。
白樺浮き

このパックにはロシア語が書かれ、製造年月日から一ヶ月半でここまで来たことが分かるし、ハングルや中国語の書かれたペットボトルはいくらでも転がっています。
ロシア ハングル

漂着種を調べるために、毎度漁港区域の海岸部をしらみつぶしに調べて歩いているので、時々こんなものに出くわしてドキッとすることがあります。今年は大丈夫かなぁ…(>_<)
骨

大島息抜き編

  • 2017.06.30 Friday
  • 06:01
昨日の昼に大島を離れ、途中用事を片付けながらも、8時前には事務所に戻ってきました。往復共に海がべた凪だったし、島の生活環境が抜群に快適だったので、これまでになく楽な調査だったといえるでしょう。

二日目の調査が早く終わったので、近くの見晴場所にH氏と出かけることにしました。標高150m弱の見晴らしのいい岩場があり、工事ヤード周辺とはちょっと違う植生が見られるのです。途中たくさんの花を見かけたのがホタルカズラ。外国産のミヤマホタルカズラはよく栽培されますが、自生種の方は花は見事だけれど、ツルが伸びまくってお行儀が悪く、ちょっと栽培には向きません。
ホタルカズラ

工事ヤード近くではほとんど花が見られなかったウツボグサも、この辺りにくるとたくさんの花が見られました。隣に咲いている白い花はミヤマイボタ。ウサギの食害を受けるのであまり大きな株にはなりませんが、この辺りにはたくさんあるので、かじり残された枝から花が咲いたものです。
ウツボグサ

この辺りにびっしりと咲いているのがヤマブキショウマ。木本のない島では、マイヅルソウや本種が全く違う表情を見せてくれます。日陰でなよなよしたやさしい草姿のイメージとは全く異なり、まるで低木のようなごわごわガッチリした姿で一面に咲いているのです。
ヤマブキショウマ

一汗かいて見晴場所に到着。涼しい顔をしていますが、実はとっても大変なところに座っているのです。
岩峰

背後は数十mの崖になっており、あまり高いところが苦手な人は、とてもここに行くことはできないでしょう。でも最高の見晴が得られるので、慎重に足場を確保して、写真だけ撮ってきました。
見晴台

本当に天気がよく、海も凪いで鏡のようになっていました。絶海の無人島のこんな所で仕事しているんだ〜と、不思議な感覚にとらわれます。
漁港全景

離れた所から岩場を覗いていて、崖の少し下にガマズミが花を咲かせているのを見つけました。ガマズミは工事ヤードのすぐ近くに1本だけあったのですが、大雨で土砂崩れが起きた時に流されてしまい、植物リストから抹消されていたのです。これでまた復活させることにしましょう。
ガマズミ

急斜面をそろそろ下りていくと、ちょっとした窪みにエゾヒナノウスツボを二株見つけました。これも道南要素の一つで、まことに不思議な花を咲かせる植物です。
ヒナノウスツボ

往復2時間弱の散歩でしたが、いろいろと収穫もあったので、ただの息抜きではなく稔り多いものとなりました。本当は工事ヤード周辺から出てはいけないのですが、島の植生を把握するためにはこのような調査も必要不可欠なのです。

大島調査編

  • 2017.06.29 Thursday
  • 06:03
前日とはうって変わって海は平穏。漁師さんは‘とろ波’と呼ぶ静かな海を、いつもの近海号はひた走り、2時間弱の航海を経て8時半には大島の東端にあるトリカラスノ浜に到着しました。
大島到着

上陸するとたくさんの重機が動き回り、海岸の風景も一変してました。流入する砂が港内を埋め尽くして、まるで海水浴場の砂浜みたいになっていたものが、がっぽり浚渫されてなくなってました。一冬で元に戻らなければよいですが。
浚渫作業

まずは荷物を宿舎に運び、寝る場所の確保。これまで工事が中断していた時には、建物は使えたけれど、水も電気も何もなかったのですが、たくさんの作業員が寝泊まりするようになって、室内もすっかりきれいになり、なんと布団も支給されました。以前の工事期間中でも、私たち調査班には布団など使わせてもらえず、固い板敷きに寝袋で寝泊まりしていたため、28年目の調査で初めて布団で休むことができるのです。その上なんと宿舎内にはWi-Fiまで完備しており、至れり尽くせりの環境です。聞いてみると、こんな場所で働いてもらうためには、このくらいしなくては若い人が集まらないのだそう。なるほどねえ…
宿舎

ここでの調査は多岐にわたり、最も大切なのは工事による環境の改変を押さえること。重機や資材が持ち込まれるため、いろんな外来植物が島内に持ち込まれ、安定した孤島の自然環境が脅かされるのを防ぐことです。今回も2種の新規侵入植物を発見して除去しました。このため工事区域をしらみつぶしに見て回り、2年前にはハマウツボという寄生植物が生えているのを見つけたこともあります。自生種でもこのように新規確認されることもあるのです。
ハマウツボ

工事ヤード内を歩いていると、バッと飛び出して逃げたのがこのアナウサギ。これは今から約80年前に、毛皮を取ろうと松前の漁師が放したもので、島内至る所に巣穴を掘りまくって大繁殖してしまったものです。ピーターラビット君はかわいいけれど、生態系に甚大な影響を与えるために、世界中で問題になっている外来種です。
ウサギ

島内の自生種でこの時期に花が咲いているものは、ウツボグサ、ホタルカズラとこのエゾノキリンソウくらい。海岸近くの草原にはこのカーペットが形成され、満開になると真っ黄色になって見事です。日当たりのよい海岸の砂礫地で、花が咲きかけた株を見つけました。
エゾノキリンソウ

絶海の孤島なので、西ノ島のように噴火して島ができて以降、風で飛んできたり渡り鳥によって運ばれた植物が少しずつ定着し、乏しいながら百数十種の植物が確認されています。その中には、海流によって種子が運ばれ、海岸の砂礫地に生えて来るものがいくつかあります。このハマベンケイソウもその一つ。波にさらわれない場所に3株が定着し、花を咲かせてきました。この葉はオイスターリーフと呼ばれ、牡蠣の風味があるサラダ用として利用されているものです。
ハマベンケイソウ

漁港を上から見るとこんな感じ。深さ1,500mの海底から羊蹄山より大きな火山が屹立し、上の700mだけが見えているような島なので、このような施設を作るのはものすごく大変なことなのです。米粒のように見える消波ブロックだって近くに寄ると小さな小屋くらいのサイズで、最大級の60トンブロックを積み上げています。全国的に見ても最も厳しい環境での避難港造りなので、現地着手以来28年経ってもまだ完成に至らないという状況です。この環境保全の仕事に関わって現場を知り尽くしている者として、最後まで関わっていかなければならないけれど、あと5年で70になるのだから、早く完成してほしいなぁ…(>_<)
漁港全景

松前移動編

  • 2017.06.28 Wednesday
  • 05:40
渡島大島からの更新です。今年の大島は、なんと宿舎棟まで Wi-Fi が完備されており、これまでの無人島生活とは大違い。工事が中断し、再開後も通いでの施工が続いていたけれど、いよいよ本格的に完成に向けて工事を進めなくてはならないことから、傷んだ建物を補修し、並みのホテルクラスの設備になっておりました。電気はもちろんのこと、トイレまでウォッシュレット付きになり、無人島を意識することが全くないのです。衛星回線経由なので少し遅いけれど、ネットにも繋げることができるようになったので、ぼちぼちと振り返ってみることにしましょう。

26日は、夕方までに松前に移動するだけなので、いつものH氏とのんびり中山峠経由での移動。まずは真狩の空(くう)の庭に寄ってみました。
空の庭

いつもは日曜に移動するため、会うことができなかったけれど、今回は一日遅れたためにSさんの元気な顔をみることができました。いろいろと苦労も多いけれど、すっかりこの場所になじんだ植物たち相手に、少しずつ自分らしさを発揮してくれるでしょう。
斜面花壇

ちょうどお昼になったので、近くの蕎麦屋に行ってみました。週末は激混みだけど、平日ならと寄ってみると、一組待ちでなんとか座ることができました。この「いし豆」は、マッカリーナと共にミシュランガイドに掲載の店。夫婦二人でやっているため、普段なかなか入ることも難しいのだとか。
メニュー

鶏ごぼうをいただきましたが、確かにキリッとした質の高いお蕎麦でした。返しがちょっときついのがもったいないかと思いましたが、旅の思い出になる蕎麦でした。
鶏ごぼう

月曜とあって道路もかなり空いており、黒松内から高速、落部で降りて厚沢部経由で日本海岸に出ると、まだ風が残っている海はかなりのうねりがありました。上ノ国を過ぎるとゆったりとした海岸草原が広がり、エゾスカシユリやエゾゼンテイカの花が見られ始め、以前にも立ち寄ったエゾニュウ群落で下車。3mを越すエゾニュウが見渡す限り咲いていて壮観です。
エゾニュウ

道路に戻ったところで思わず息を呑んでしまいました。ようやく晴れて暖かくなり、日向ぼっこに出てきたアオダイショウが。怖さ半分、でもあまりの美しさに、じっと我慢してしばらく眺めてしまいました。アオダイショウとはよく言ったもので、本当にきれいな色をしています。
アオダイショウ

松前に着くと、空き地にはたくさんのオオマツヨイグサが。この写真は翌日の朝のものですが、この花を見ると道南に来たことが実感されます。
オオマツヨイグサ

宿はいつもの民宿いかわ。いつも出迎えてくれるダックスの「うに」が、今年の冬に事故で亡くなってしまったとのこと。ちょっとしんみりしてしまいましたが、いつもの海鮮山盛りの夕食をいただくことができました。
いかわ

大島の植物

  • 2016.06.30 Thursday
  • 06:00
今回の大島は、なにせ滞在時間が4時間弱だったので、工事区域周辺を含めてじっくり見てくることができませんでした。それでも一通り見て歩いた中では、一番問題のアメリカオニアザミの数がかなり少なくなっていることが特徴的でした。80年代に島に侵入したと考えられる外来種であり、この現場に入ったときから毎年格闘してきた強烈な植物です。工事ヤード内でも数株しか見つかりませんでした。毎年続けている抜き取りの成果もあるのでしょうが、このまま推移してくれることを祈るばかりです。
アメリカオニアザミ

昨年見つけた新規確認種であるハマウツボは、今年は数が少し増えていました。この種はヨモギ属の植物に寄生する性質があり、ここではハマオトコヨモギに寄生しています。種子は長年土の中で休眠し、寄生植物の根が近くに伸びて来ると発芽してその根に寄生するのだそうです。この場所は切土造成した区域なので、そんなものがなんでここに生えてきたのでしょうねぇ?
ハマウツボ

工事ヤードの背後には、一面のススキ草原が広がっているのですが、すぐ目の前になぜかミズナラの木が1本あります。かつてこの浜には番屋があり、コンブやワカメの時期にはある程度定住していたそうなので、ここには畑でも作っていたのか、木を植えて風除けにしようとしたのか、いずれにせよ人為的に持ち込まれた可能性が高いものです。ところが今年見ると、ヤマブドウのつるにすっかり覆われてしまい、ミズナラの葉が見えないのです。
ミズナラ

確かに以前からヤマブドウは絡んでいましたが、こんなにひどくはなかった筈と、5年前の写真を見てみました。確かに少し絡んでいましたが、年々大きくなって来たようです。
5年前

それよりもびっくりしたのは、一面ノブドウが地面を覆ってしまい、つるが絡んで入って行けなくなってしまったのです。この草原には、ヤマブドウとノブドウ、ツルウメモドキやツタウルシなど、厄介なつるものが絡み合うので、藪こぎが大変なところが多いのです。
ノブドウ

ここに生えているのは、普通林内でひっそりと生えているマイヅルソウが純群落を形成しているのですが、その上をすっかりノブドウが覆い尽くしてしまっていました。この近くにもう一箇所マイヅルソウ群落があるのも、同様にノブドウが覆っており、これも遷移の過程なのか見ていかなければなりません。ここのマイヅルソウは、私は『テリハノオニマイヅルソウ』と名付けているほど、肉厚でがっちりしており、びっくりさせられるのがその葉の大きさ。私の手の平よりも大きなものがゴロゴロあるのです。マイヅルソウの葉の大きさについては立派な論文が出ているほど、地域によって大きく異なる傾向がありますが、ここのものは間違いなく最大級のもののようです。
マイヅルソウ

例年咲いているウツボグサやホタルカズラの花も見かけず、今年は少し早く生育が進んでいるようでした。もっとじっくりと見て歩きたかったなぁ…(>_<)

日帰りで大島へ

  • 2016.06.29 Wednesday
  • 06:06
渡島大島に通い始めて、なんと27年目になりました。これだけ長く関わることになろうとは、始めた頃には夢思わなかったです… 現在では、学識経験者として元いた会社の調査を指導する立場。調査時期を同じ条件にしなければならないので、日程は6月最終週としており、ここは常に空けておかなければなりません。ところが今年は海象がよろしくなく、なかなか船が渡れない日が続いていました。交通船の定員が8名なので、調査隊が乗れる日が限られてしまうこともあり、このまま行くと来週とかになりそうなので、たまたま空いているところにもぐり込み、なんと日帰りで調査することになりました。
いつも泊まる民宿では、せっかく来たので朝イカ食べていけと、5時半に朝食を出していただきました。こりこりと甘みが乗って最高でした♪
朝イカ

松前港に行くと、いつもの交通船が待っておりました。向こうに見える弁天島には、昔は無線局があって職員が常駐していましたが、遠い昔のことになりました。
松前港

7時に出港して1時間半あまり、べた凪の海面だと本当に楽です。何度か大時化にも遭遇しましたが、あんな経験は本当にご勘弁です。島が近づくと、木が全く生えていない火山島は、いつ来ても不気味に感じてしまいます。
大島

建設中の漁港に近づくと、深夜に出港して先行した台船が着岸し、水をタンクに送っていました。ずっと時化が続いて水が不足していたそうです。今年から建設工事が本格的に再開され、たくさんの重機が入っているので、とてもにぎやかになりました。
トリカラスノ浜

調査時間は3時間ちょうど。紙に記入する時間がないので、ICレコーダーにコメントを録音し、あとで起こしてもらうことにしました。担当者と二人で各ポイントを周り、なんとか最低限の現場確認と調査を行うことができました。3時間しゃべり続けたのでさすがにぐったり…
漁港

12時ちょうどに島を出発しました。この10年間は工事が中断していたので、宿舎には泊まれましたが、電気も水もないキャンプ状態でした。今年は宿舎も改装してウォッシュレットまでついていたというのに、残念ながら「ホテルニュー大島」には泊まることができませんでした。うーむ…
出発

向かい風だったので、行きよりは多少揺れましたが、2時前には無事に松前港に戻ってきました。いつも弁天島を見るとホッとします。それから札幌まで走り、なんとか明るいうちに札幌に帰ることができました。それにしても無茶苦茶な移動距離…私の都合でこんなことになってしまったものですが、付き合ってくれた担当者には本当にお疲れ様でした…
弁天島

渡島大島の植物

  • 2015.07.03 Friday
  • 05:51
先日行ってきた渡島大島は、日本最大の無人島でありながら、かつてはかなり活発な活動をしていたと考えられる火山島であり、絶海の孤島のため極めて植生は貧弱です。それでも海流に流された種子が漂着したり、渡り鳥によって運ばれたりして、百数十種の植物が確認されています。

現場のあるトリカラスノ浜の南側には、ここにだけハマヒルガオ(Calystegia soldanella)群落が広がっています。このような生え方をする海浜植物は、種子が海水に耐えられるようになっており、漂着し次第発芽して広がって行きます。
砂浜

それにしてもここ数年群落が拡大し、ちょうど行く6月末に満開になっているので、ピンク色のカーペットになっています。毎日新しい花が咲いてくるのですから、いったいどれだけのつぼみが用意されているのでしょうか。
ハマヒルガオ

ハマベンケイソウ(Mertensia maritima subsp.asiatica)も、昨年に続いて開花株が見つかりました。より汀線寄りの岩礫地に生えており、たくさんの種子を残して、冬の波浪で本体は消え去る運命のようです。
ハマベンケイソウ

大島特有の植物としてはこのムラサキモメンヅル(Astragalus adsurgens)が不思議な存在です。アルカリ性熔岩砂礫地にのみ成育し、本州でも富士山や浅間山、岩手県の宇霊羅山など、道内でも夕張山地や岩内方面など数カ所にしか自生していないものです。一体どうやってここがアルカリ熔岩だということを嗅ぎつけて、こんな離れ小島にやってきたものでしょうか。
ムラサキモメンヅル

ホタルカズラ(Lithospermum zollingeri)も渡島半島の数カ所でしか確認されていない植物ですが、大島では至るところで咲いています。園芸的には地中海沿岸産のミヤマホタルカズラ(Lithodora diffusa)がよく植えられますが、花はよく似ているけれど草姿も異なります。別種で海外産なのに、こんな和名を付けるのはもってのほかだと思いますが。
ホタルカズラ

わりとどこにでもあるウツボグサ(Prunella vulgaris subsp. asiatica)ですが、普通林内でなよなよした生え方をしているのに、木陰のない大島では、なんだか見違えるようにがっしりした咲き方をしています。
ウツボグサ

今回初記録種となったのがこの花。初めはウツボグサだと思っていたけれど、何か印象が違うなぁ?ともう一度よく見てみると、あれ?葉がないぞ!ということに気付きました。
花のアップ

今まで図鑑でしか見たことがなかったハマウツボ(Orobanche coerulescens)だったので、ちょっと興奮。これはハマオトコヨモギに寄生する植物で、周りを見ると昨年の花ガラを見つけてしまい、どうやら昨年はウツボグサだと見逃していたようです…(>_<) ハマウツボ科という全然別の仲間で、あちこちうろつきながらアンテナの感度を上げていけば、いろんな植物に出会えるものだと思いました。
ハマウツボ

大島からの帰還

  • 2015.06.25 Thursday
  • 16:47
島での二日間、本当に死にものぐるいで働いて、昨日の昼前に島を離れました。今回はスカッと晴れた時間がほとんどなかったけれど、これで晴れるとものすごい紫外線で火傷を負うこともあるほどなので、このくらいの方が過ごしやすかったです。島を離れる時には、来年もまた来ることになるのかなぁ…と、ちょっぴり感傷的になるのですが、26年目にもなるとねぇ…(^^;)
大島

今回は9年ぶりに工事が再開し、工事業者の交通船に便乗する形なので、いつもの江良漁港ではなく松前港の発着です。津軽海峡の方に回り込む形になるので、20分ほど余計にかかり、松前港の入り口にある弁天島灯台を見ながらの入港になりました。
弁天島

上陸して遅いお昼を食べようと旧道を通っていたら、家の前にずらりとボタンゲシの花壇が… こんな人通りの多い道端で、よくも堂々と栽培しているものだとあきれてしまいました。パトカーだって頻繁に通っているだろうに、おまわりさんにもちゃんと教育しなければいけませんねぇ。
ボタンゲシ

松前では、これまで何度か入ったことのある蕎麦屋さんへ。鰊蕎麦と海苔弁当をいただきました。この海苔は白神岬周辺でわずかに取れる寒摘みの岩海苔だそうで、とっても香りがよくて美味しかったです。アルマイトの弁当箱がなんとも懐かしく、昔の弁当談義で盛り上がりました。
ニシン蕎麦 のり弁当

今回は、調査開始時に世話になった植生研究の権威であるS先生に同行をお願いし、いつものH氏と3人での道行きとなりました。植物好き3人なので、まっすぐ帰るわけがありません。まずは松前の町外れにある立石観音回りの植物確認を。珍しいアオツヅラフジ(Cocculus orbiculatus)が見つかりました。ツヅラフジ科の雌雄異株のつる性木本で、雌株には秋になると真っ青なブドウのような実がなるというものです。図鑑でしか見たことがないものが間近にあると感激ものです。
アオツヅラフジ

車を止めたあたりには、もうかなり萎れ気味でしたがオオマツヨイグサが群生。この花を見ると松前に来たということが実感されます。
オオマツヨイグサ

松前町二越の海岸では、以前見つけていたエビヅル(Vitis ficifolia var.lobata)を先生に見ていただきました。これも雌雄異株のつる性木本で、ヤマブドウよりは美味しいとのこと。アオツヅラフジも本種も道南要素の一つです。
エビヅル

砂浜にはハマハコベ(Honkenya peploides var.major)の大きな株が満開になっていました。雄しべ雌しべを完備した両性花と雄花雌花の単性花の株があるとのこと。これは雄花ばかりの株でした。今年大島の海岸にも3株小さな株が見つかり、海流によって漂着したもののようでした。対岸にこれだけあるのですから、いろんなものが流れ着いてきそうです。
ハマハコベ

いざ大島へ

  • 2015.06.21 Sunday
  • 14:00
大島といっても渡島大島。私の現場では一番遠いところにあります。ここに通い始めてなんと26年目。いい加減早く決着をつけたいところです。

このところあちこちの火山が噴火を始めており、大島も江戸時代には大噴火しているので、決して気持ちのいい場所ではありません。今回の調査中は、ヘルメット必携の命令が出ているので、そのあたりを警戒しているのでしょうか。水深900mの棚の中に羊蹄山くらいの山がそそり立っていて、そのうち700mほどが水面から顔を覗かせているわけです。
大島近海

今回は工事との関係で深夜の渡島になり、島の写真も撮せません。毎年行っているとはいえ、どんな様子になっているのか興味津々です。寝るところはプレハブがあるものの、水も電気もない無人島では、お日様と共にのんびりと過ごすことしか出来ないので、否が応でもストレスの解消になります。25日頃には帰ってこられると思いますので、しばしお休みさせて下さい〜
大島

渡島大島の海岸で

  • 2014.06.28 Saturday
  • 14:43
海を越えた渡島大島は、絶海の孤島であり、日本最大の無人島といわれるほど巨大な島です。約1,500mの海底から羊蹄山よりも大きな円錐形の山体がきれいな形で形成されており、そのうち700mほどが海面の上に頭を出している状態です。
繰り返し火山が噴火してきたため、植生はいたってシンプル。樹木はほとんどなく、全島でも百数十種の植物しか生育していません。海流によって漂着する可能性が高い海浜植生にしても、江差で普通に見られたハマニガナやハマニンニク、シロヨモギ、ウンランなどはまったく見当たらず、かなり寂しい海岸景観となっています。入島した日、浜の向こうでピンク色に染まっていると測量班から聞いて行ってみると、ハマヒルガオが満開になっていました。
トリカラスノ浜
斜面からの崩落が止まらず、風が吹けばサラサラ崩れ落ちてくるような急斜面の途中やその下に、ハマヒルガオの純群落がありますが、今年の花着きがまたすばらしく、ピンク色のカーペットになっていたのです。それにしても今年はいろんな植物で花着きがいいようですが、こんな草でもそうなるとは。
ハマヒルガオ
オカヒジキはかつて1個体だけが、最近ようやくコウボウムギがちらほらと、海流によって流されてきたと考えられる植物が見つかることがあります。それこそオニハマダイコンが侵入していないか、目を凝らしてみていくと、なんとハマベンケイソウの大きな株に花が咲いていました。昔小さな株が見つかったことがありましたが、翌年には消えてしまっており、それ以来の対面でした。それにしてもこのサイズであれば、どこかに定着していたものが、冬の時化でさらに流されてきたものかもしれません。
ハマベンケイソウ

最近海岸で貝殻やゴミなど、いろんな漂着物を探すビーチコーミングが流行ってきています。私たちはずっと昔からこれを続けてきており、今年も一つ見つかったものに白樺浮きがありました
白樺浮き
これは、今でも対岸のロシアに住む先住漁労民族が、網の浮きとしてシラカンバの皮を剥いてくるくる巻き、網にたくさん付けているものです。5〜6年前には十数個付いた網の一部を拾ったこともありました。油分が多く、軽くて浮きやすい性質を活かしたものです。中国語やハングルが書かれたプラスチック製の浮きは山ほどありますが、こんなものを見るとまだ使っている人達もいるんだなぁと嬉しくなります。

今年初めて椰子の実も漂着しました。ヤシの実割りでS君に割ってもらいましたが、中身はもう腐っており、かなり時間が経ったもののようでした。
椰子の実

渡島大島は、我が国では珍しいアルカリ基質の火山なので、国内でも生育箇所の限られているムラサキモメンヅルも、同じくアルカリ性熔岩からなる富士山、浅間山、戸隠山、国内では夕張岳、大平山くらいしか生育していないのです。
カンラン石輝石玄武岩と呼ばれる熔岩には、宝石でもあるペリドットが含まれています。砂浜にしゃがんでじっと目を凝らすと、淡いオリーブ色のペリドットがすぐに見つかりますが、残念ながら指輪にできるほど大きなものはこの島では難しいとのこと。帰りの船待ちの合間に、桟橋近くの浜で10分くらい探すとこの程度は拾うことができるのです。この程度なら、ペリドットを求めて観光客が殺到することもないでしょう。
ペリドット

大島から帰ってきました

  • 2013.06.27 Thursday
  • 07:04
昨日の夜に、大島から帰ってきました。
今回は、これまでと別の会社が業務を受注し、全くの初めての島行きなので、いろいろと不安もありましたが、みなさんとてもがんばってくれたので、私たちの仕事は順調にこなすことができました。無人島とはいえ、工事のための作業施設があるので、電気や水がないことを除けば、そんなに不便な生活ではありません。とはいえ、できるだけ早く仕事を片付け、一日でも早く撤収しなければならないので、仕事はかなりハードですが、私の場合もともと早寝早起きの生活なので、無人島ではピッタリのリズムになるのです。

今朝も3時過ぎに目が覚め、4時に起床して仕事のレポートを書いていました。島に渡ってずっと曇り空でしたが、ようやく朝日が。
日の出
作業基地のあるトリカラスノ浜は東側にあるので、朝日がまぶしかったです。

残っている仕事を手早く片付け、帰還する4名は荷物をまとめて撤収準備を。島との交通船は、朝の四時半には島に来て、裏側の方で待機していました。私たちはこれで帰れますが、別の班の仕事はまだまだ残っているので、なんだか申し訳ないような気持ちでお別れしてきました。
近海号

この島に通うようになってもう23年。こんなに一つの仕事に係わる例は、多分日本中を探してもないだろうと思います。それだけに、避難港の完成と共に、工事に関わる施設の撤去、そして地形の復元や植生の復元と、最後までずっと係わっていかなければならないのです。確かにやりがいのある仕事ですが、いつも帰り道にこの島を眺めていると、また来年も来なくちゃならないのかぁ…という複雑な気持ちになってしまいます。
大島

本土の土を踏んで、まず最初はお風呂に入って、きれいさっぱりと汚れを落とさなければなりません。今年は時間が早かったので、上ノ国にある花沢温泉に。たった200円で入れる天然温泉です。今年はそんなに暑くなかったので、いつもよりはきつくなかったのですが、それでも最初は泡が全く立ちません…
温泉

きれいさっぱり髭も剃り、指名手配犯のような人相から解放され、少し遅いお昼を。今回は江差の「むらた」という蕎麦屋さんに。風呂と蕎麦は、島帰りの毎度のパターンです。出てくるのにとっても時間がかかりましたが、美味しい手打ちそばでした。
そば

ようやく人心地つき、一路札幌に。厚沢部から落部に抜け、高速に乗って黒松内まで行き、ニセコ経由が好きなので、黒松内新道から5号線に回ります。結構日差しが強く、羊蹄山にかかっている雲は、噴煙のような高く伸びており、まるで入道雲のようでした。
羊蹄
暗くなる前に、無事に事務所まだ戻り、松前までの往復630km、海上100kmの旅が終わりました。本当にハードではありますが、こんな仕事をやれるのも、技術屋冥利に尽きるといえるでしょう。一度きちんとリセットしてから、後半戦に臨まなければなりません。

渡島大島の委員会

  • 2013.03.08 Friday
  • 07:34
昨日は、渡島大島に建設中の大島漁港の、建設と環境保全に関する委員会。この仕事は、1990年(H2)に第1回目の調査が始まり、今年でもう24年目に入る、超ロングタームの仕事になりました。当然役所や業者関係の人達は、すべて入れ替わってしまいましたが、私だけが初めからずっと関わっている、いわば生き証人のような人間になってしまいました。これまではずっと事務局として参加していましたが、今回からは委員の一人として関わることに。

大島
(姿を現した渡島大島。日本最大の無人島であり、いつ噴火してもおかしくない火山です。 2011.6.25)

委員会のあと、夜の部として懇親会もあったので参加してきました。担当の所長と話していて、私がなんで、このような漁港の環境保全に関わっているのかという話になりました。確かに、普段やっている仕事とのギャップは、回りから見ればかなりあるでしょうが、当時の仕事ではむしろそれが当たり前だったのです。

漁港
(現在の漁港の姿。避難港ですから、かなり素っ気ない姿です。米粒のようなブロックは、最大級の60トンブロックなので、近くで見れば見上げるような巨大さです。)

こんなに長く関わるとは思いませんでしたが、昨日の委員会で、完成の見込みはまだまだ先で、事業として完結するのは10年かかりそうだということが分かり、頭がくらっとしてしまいました。まさか、70過ぎまでここに関わることになろうとは…しっかり体力を維持して、体を鍛えておかなければと思った夜でした。

渡島大島調査 番外編

  • 2012.06.29 Friday
  • 10:58
大島の調査では、前日に松前の江良という集落にある漁師民宿「いかわ」に泊まるのが恒例になっています。今は松前町に合併されていますが、江良は昔は大島村という名前の村だったので、今でも学校は大島小学校、大島中学校のままです。渡島大島は、大島村に属していたという経緯があり、江良の漁師の縄張りでもありました。(この辺りでは、おおしまではなく、おおじまと呼ぶのが普通です)

調査が始まった頃は、民宿をやっている伊川さんの長兄(本家と呼んでいましたが)にずっと世話になり、本家の漁船で島まで行き来していました。遠洋の乗組員をやっていた末っ子が戻ってきて民宿やり始めたので、そちらを使ってくれとのことで、それ以来ずっといかわに泊まっています。道南では有名な漁師民宿で、先日もDASH村を見ていると、伊川さんが出てきたのでびっくりしました。

夜に伊川さんと飲んでいると、「すぐそこに刺し網かけているので、明日朝早く、揚げにいがねか?」と言われたので、二人で行くことにしました。四時半に起きて、飼い犬のウニと磯舟に乗り込み、江良港からほんの2〜3分のところに網がありました。

磯船

30mくらいのところに網を沈めているのですが、かなり重いようです。H氏がうんせうんせと揚げていると、ちょっとどけっと伊川さんが揚げるのですが、今までの倍くらいのスピードで上がり始めるのです。コツも力もいる仕事なんですね。最初に上がったのが大きなホヤ。海のパイナップルと言うだけあって、まん丸のいい形のものが引っかかってました。

ほや

何十mもの網を揚げるのは結構大変のようで、交代で揚げていくと、ソイやカレイ、サメなどが次々とかかってきました。

網揚げ

ウニは、いつも船に乗っているのですが、初めからサメが大嫌いだったそうで、今回もシッポにかじりついたり吠えかかったりと、大騒ぎしてましたが、ひれで顔をはたかれて、しゅんとなっていました(笑)

うに

そして狙っていたヒラメが揚がったのです。しかも50cmほどもあるいい形のものでした。

漁果

さすがこの辺りでは一目置かれている漁師だけあって、刺し網をかける位置や深さには自信があるのです。ちゃんと成果を出すところがプロだと感心しました。

一緒に上がったのは水草ガレイと言うんだそうですが、なるほどカレイとヒラメの顔の違いがよく分かりました。「左ヒラメに右カレイ」と言い、腹を手前に置くと、左に顔が来るのがヒラメで、右に来るのがカレイです。ところが日本では100%右なのに、アメリカのカレイでは半々になるというのでややこしい…(^_^;)
カレイはおちょぼ口なのに対し、ヒラメの口は裂けていて怖いのも区別点だとか。

ひらめ

この後すぐに島に渡ってしまったので、ヒラメのえんがわは食べられませんでした…(T_T)
でも、こんな体験ができるのも、海に関係する仕事をやってきたからこそなのですね。いい体験をさせていただきました。

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