町の夜景

  • 2023.12.16 Saturday
  • 05:52
昨日の夕方バスで札幌駅前へ。たまたま乗ったのが特急バスだったので、終点は北3条広場の真ん前でした。以前乗った手稲方面から来るJRバスだと、もう少し駅に近い駅前通が終点なので、バスタが閉鎖になってずいぶん不便になりました。小樽方面に行く特急バスの乗り場だって、道庁前の一番遠いところですから。

バスから降りた目の前が駅前通で、ホワイトイルミネーションを今年初めて見ることに。白い光だから寒々しいけれど、私的にはオオバボダイジュがずいぶんと大きくなったものだと、感慨深いものがあります。
南側

北3条広場のイチョウにもイルミネーションが付けられています。ここのデザイン検討委員会では、老大木に負担がかかるイルミネーションは着けないと決めていたのに、何年か経ってからなんとかお願いできないかと打診がありました。樹木医の調査が行われていたので、状態の悪いもの以外ならとしていたのですが、いつしか全部着いていたのです。一番手前の両側は弱っているので絶対にだめだと念押ししたので、今でもこれには付けられていません。
北3条広場

北側の札駅方面では、北端部に手がつけられていなかったハルニレが数本残っているため、そこだけが少しふくらんでいます。
北側

道路がツルツルなのでチ・カ・ホに降りていくと、先日話題にしたアイヌ文様の展示空間が。ここにはかつて地下鉄さっぽろ駅の機械室がありました。それを全部壊して新たに造り直すと、完成が一年くらい遅れるし、費用も何十億かかかります…ということで、その構造体を残してチ・カ・ホと繋げたために、天井が低く太い四角柱が変な位置に残ってしまったのです。そのぼろ隠しにこの展示をすることになったのでしょうか…?これを残したために地上のハルニレもここだけ残っているのです。
チ・カ・ホ

ガラス戸を通って地下鉄さっぽろ駅構内に入ると、あの展示と呼応するかのようにアイヌ空間が設けられています。こちらは交通局が整備したので経緯は分かりませんが、きっとあの展示を意識したのではないかと。
アイヌ空間

展示されているものも、ちゃんとした説明がないので、その価値が伝わりにくいと思ってしまいました。せっかく作るのだから、その辺りの気配りがほしかったです。
展示物

市役所庭園

  • 2023.09.25 Monday
  • 05:51
市役所に庭園なんかあったかな?と思う方がほとんどかもしれません。北大通側からだと、掲示板の横手と掲揚台のところからいつでも入ることができます。地階にある食堂から見えるように造られいるので、すごい段差の階段をよいしょと下りていくと、ミヤギノハギと名札のあるハギが咲いていました。こんなタイプの白花ミヤギノハギは見たことがないし、シラハギでもないので全く初めて見るタイプのハギでした。武市さんに枝を送ったら喜ぶだろうなぁ…(^^;)
ミヤギノハギ?

この市役所の庁舎ができたのが1971(S46)年なので、この庭園もそれに合わせて造られました。作庭は東京の岩城造園(現岩城)で、私の親方が若いころ創業者の岩城千太郎に師事していたことから、札幌で作庭するときにはいつも手伝っていたそうです。
庭園

食堂の真ん前に二つの石?彫刻?が置かれています。何も銘がないので、作品なのかただの石ころなのか誰も分からないと思いますが、れっきとした彫刻作品で、石川浩作の左が『蜀』、右が『壌』と名付けられ、1970年に新制作展で新作家賞を受賞した作品だそうです。平日だと食堂から丸見えのため、休日でなければここまでなかなか下りて来られないのです。
蜀 壌

休日は水が止まっているので静かですが、平日だとこの様に水が流れ落ちて、なかなか風情があります。(これは10年ほど前の写真です)
落水

この御影石の巨石群は、広尾町音調津(おしらべつ)から親方が探し出してきたものだそうで、今ではこんな石を出せる切り羽は道内には全くありません。私が植木屋時代でも既に音調津から出なくなり、代わりに清水町羽帯の切り羽から御影石を出して庭を作ったことがありました。そういう意味では、この庭園は本当に貴重なものといえるでしょう。
音調津御影

階段を上がって地上に戻ると、隣の郵便局との間にキリの若木が育っているのを見つけました。いったいどこからキリのタネが飛んできたのでしょうか?このまま数年放置しておけば、毎年2mくらい伸びていくので、キリの大木が育ってくれるのですが…(^^;)
キリの木

北大通に出て駅前通に向かって歩いて行くと、西の空が真っ暗になっていました。ありゃまた嵐の到来かと雨雲ズームレーダーを確認すると、まもなく土砂降りになり約1時間半後には上がるとのこと。それでは仕事にならないので、近くのバス停からちょうど来たバスに飛び乗ったところ、いきなり雷鳴と共に土砂降りに。大通公園のオータムフェスタはどうなっているのかな…と思いながら無事に帰ることができました。
土砂降り

道庁をぶらぶら

  • 2023.09.06 Wednesday
  • 05:54
運転免許の更新に中央署まで行ってきました。70歳を越えているので高齢者講習を事前に受ける必要があり、そちらはまだヒマな4月のうちに済ませています。あれこれ並んで時間がかかるのかと思いきや、視力検査も1分でクリアし、二階に上がって写真を撮して待っていると、2〜3分くらいして呼ばれ、はいできましたと新しい免許証を渡されておしまい。そうか!もう講習はしなくていいんだ!と拍子抜けしてしまい、せっかく出てきたんだからと道庁の庭園を一回りすることにしました。

向かって右手に立っているイチョウの巨木は、道庁前の並木に植えるために東京の荒川堤にあった内務省の苗畑から取り寄せたもので、並木で余ったものをここに植えたものです。こちらの方が環境的にいい場所だから、びっくりするほどの巨木になりました。
イチョウ

園路を挟んで赤れんが庁舎の前にも一本あり、これにはかなり大きな乳が垂れてきています。かなり大きくならないと乳が垂れてこなくて、これを見続けて40年以上の間にずいぶんと大きくなってきました。おっぱいがたくさん出るよう願掛けの対象となっていますが、雄でも雌でも垂れてくるそうです。根の組織ではないので気根ではなく、担根体という根でも枝葉でもない構造をしていてまだ謎に包まれているとか。
乳

目の前に八角塔の展示施設の入口が見えたので、覗いて見ることに。二階に上がると、あの高いところにあった開拓使のシンボルである五稜星が間近にありました。こんな間近に見たのは初めてです。
二階

更に3階に上がると、塔屋が見えてきます。まん中の太いポールには道旗がいつも掲げられていたので、内部のハシゴを登ってきて四角いフタを開け、狭い塔屋に立って旗の交換をしていたようです。手すりも低くかなり怖い作業のようですが…
三階

ここから前庭の方が一望できます。こんな角度から見たことがなかったので、なかなか新鮮でしたが、窓越しでしか見えないのが残念です。
前庭

中にはいろんな展示があり、火事で焼けたときには本体には被害がなかったけれど、まだ展示までは置かれていなかったのでしょうか?びっくりな事件でした。
展示施設

屋根の大部分はスレート葺き。石巻にある雄勝(おがつ)産のスレート約10万枚が使われていました。半分以上は再利用できるようだけど、雄勝の町は震災の津波で大被害を受けて生産が止まり、代わりにカナダ産のものを使うことになりそうと、ガイドボランティアの方が教えてくれました。東京駅にも雄勝産が使われたのだから、なんとか復興が間に合ってほしいです。
雄勝

事務所に帰ろうと赤れんがプラザの前を通ったら、新しいバス停が設置されていました。エスタのバスターミナルも今月末で閉鎖され、バス停があちこちに分散配置されることになります。一番遠いのがここで、小樽・岩内方面の特急バスはこんな遠い所から乗らなければならなくなってしまいました。これじゃJRから乗り継ぎという雰囲気ではありません。しかもここから出ると次の停留所は北1条西7丁目なので、大通周辺からバスで帰るのにもメチャ不便になってしまいます。もうバスは使えなくなってしまいそうです…(>_<)
バス停

高架下商店街

  • 2023.04.06 Thursday
  • 05:30
3月末にはいろんなものが区切りを付けましたが。小樽の高架下商店街が閉鎖されたというニュースは、いささか寂しい思いがしました。ここの線路が高架化されたのが65年というので、その時から高架下の商店街ができたようです。学生時代小樽に住みたくてよくうろついていた時に、国道と高架が交差するすぐ下にある小さな店で、ガラスの花瓶を買ったのが、のちに有名になった北一硝子でした。駅近くにはアパートがほとんどなく、住むのはあきらめたけれど、いろんな縁で随分と通った町です。

高架下商店街
位置図
  (北海道新聞デジタル版から拝借…m(__)m)

10年ほど前、高校の同期が四人北海道まで遊びに来てくれたので、小樽と余市をたっぷり案内しました。疲れ切ってたどり着いたのが高架下商店街。まだその頃は結構賑わっていたと思います。
雰囲気

東京ではあまりガード下に行ったことがないのですが、神戸の元町から神戸駅までのガード下にあるモトコータウンはよく行きました。古レコード屋と古本屋が目当てでしたが。電車が通るたびにゴトゴト賑やかですが、何とも言えない猥雑さが漂っていて懐かしいです。
寿司屋

この時は観光客ばかりの寿司屋通ではなく、地元の人が行くところにと、ここでわいわい盛り上がったのでした。町はどんどんきれいになっていくけれど、賑わいが伴わないと町が死んだようになってしまいます。あれだけポテンシャルのある町が、どんどん衰退していくのはもったいない気がしますが、なんとかならないのでしょうか…(>_<)
同期会

さて今日は小学校の入学式。余市と札幌で、三人の孫たちが入学します。それぞれパートナーの方にお任せして、うちはどこにも行きません。一年空いてそれから次々と四人が入学してしまえば、子供たちも一息つけることでしょう。

危険木診断

  • 2022.09.10 Saturday
  • 05:42
昨日はまずバスで町中へ。北3条広場の、危険木とされているイチョウの調査を確認に行きました。道庁の方を見ると、赤れんが庁舎の修理がまっ盛りで、塔屋も撤去されています。工事が終わるのは2025年2月だそうで、まだまだかかります。
赤れんが庁舎

庁舎の右手には、イチョウの巨木が6本あるのですが、これは百年前に北3条にイチョウを植えた時に、余った苗木を植えたものだそうです。(「北限に生きる望郷樹」 野田正光著、北海道新聞社、1980 より)厳しい環境の街路樹に比べて、2倍以上の巨木に育っているのは、開拓以来一度も手を付けていない場所に植えられているからなのです。
イチョウ

今回の対象木は、ここのイチョウで最も小さく、内部に腐朽が進んで唯一危険木と診断されている木です。とても道庁内のイチョウと同じ年齢とは思えません。これが万一倒れでもしたら、通行人を巻き込む危険性があるので、その腐朽状態を確認することにしたのです。
危険木

使用する道具は成長錐(せいちょうすい)といって、スウェーデンで作られている幹からサンプルを抜き取る道具です。市の担当者もさっそく挑戦していました。
成長錐

私は以前の会社ではよく使っていましたが、十数年ぶりなので一つやらせてもらいました。内部が腐朽して空洞になっているため、あまり力がいらなくて拍子抜け…
サンプリング

結果は、予想以上に腐朽が進んでいて、大変危険な状態だということが分かりました。対策については樹木医から報告があるのですが、台風が来るたびにドキドキするのはもういやなので、なんとか早く対処してほしいです〜
成果

午後からはポプラ通に移動。近くのこども園の先生たちに、ポプラ通の植物についての勉強会をやっていて、昨年は夏だったので、今年は春と秋に実施することに。子供たちを連れてここを歩くのであれば、今の時期なら「くっつきむし」でしょう!と、キンミズヒキ、ハエドクソウ、ケチヂミザサ、ゴボウ、アメリカセンダングサなどを片っ端にみんなにくっつけていきました。
ポプラ通

これまで何度も参加している方は、植物の見分け方もかなりできるようになってきているし、ちゃんと自分で写真撮してリストを作り確認していました。これだけ生きた材料がたくさんあるところなので、子供たちにいろんな形で植物に触れてほしいと願っています。
勉強会

イチョウの健康診断

  • 2022.06.09 Thursday
  • 05:44
北3条広場のイチョウは、1925(T14)年に樹齢19年の苗木を植えていることから、現在の樹齢は116年。イチョウは極めて長寿のため、116年くらいならまだ鼻垂れ小僧くらいですが、植えられていた環境が厳しいため、かなり弱っているものがあります。広場になって日夜たくさんの人が行き交うことから、落枝や倒木が起きないよう定期的に樹木医による健康診断を行っています。それを見に北3条広場に行ってきました。

駅前通の中央分離帯には、かつてのハルニレに代わってより乾燥にも強いオオバボダイジュが植えられています。放任すると強風のために枝折れや倒木しかねないので、昨年強めに剪定されているため、かなり丸みを帯びた樹形になっています。
オオバボダイジュ

街路樹には基本的にはトゲナシニセアカシアを植えているのですが、途中で知らぬ間に棘のある普通のニセアカシアを数本植えたため、ちょっと困ったことになっています。こちらもすくすくとよく育っており、花が咲き始めていました。
ニセアカシア

広場のイチョウは、整備の最後に私とY樹木医が高所作業車に登って、どのあたりをどう剪定をするかを決めていきました。今までの劣悪な土壌環境を改善したおかげで、広い植えますにはびっしり根茎が発達しているため、とてもいい生育をしています。
イチョウ

この写真は整備前の2008年の様子で、剪定はほぼされていなくてボサボサに伸び放題。これでは枯れ枝や弱っている枝が無数にあるため、とても下を歩けたものではなかったのです。
2008年

今回もY樹木医が診断にあたります。今年から高所作業における安全の確保が厳しくなり、フルハーネス型墜落制止用器具の着用が義務化され、それに関する特別教育を受けた者でなければ高所作業車に乗れなくなりました。なので、私に登ってこいと言われなくなったのでホッとしています。
フルハーネス

こんな高さに1日上がっていなくてはならないので、きっと肩凝りどころか、体がこわばってしまうでしょう。イチョウの健康状態はとてもよいとのことなので、私も安心しました。
高所作業

一つだけ心配事が。過去の樹木診断でも1本だけ「危険木」の診断が下されている木があるのです。これをそのままにしてよいものか…伐採してしまうのか、そろそろ判断していかなければなりません。ベンチに座ってあれこれ考え込んでしまいました。
心配事

みず木

  • 2022.04.14 Thursday
  • 05:42
先週、北大の南にあるそば屋が焼けたというニュースがありました。あれが歴史的建造物だったのは初めて聞きましたが、西7丁目通の突き当たりにあるので、よく目立つ建物でした。

ニュース1
ニュース2
ニュース3

私が学生のころには、ここはやはり「みず木」でしたが、そば屋ではなく雀荘でした。私は麻雀をやらなかったので縁がなかったのですが、どうしても気になることが。実は手前の平屋部分の真ん中に、ミズキの木が屋根を突き抜けて立っていたのです。気になって仕方ないもので、麻雀をやる友達にくっついて中に入ってみましたが、ちゃんと木を取り込んで建ててありました。
いつしかミズキは枯れてしまい、麻雀も流行らなくなって、そば屋に変身しました。そばを食べに何度か入りましたが、木があった痕跡もなく、普通のそば屋でした。当時の写真は残っていませんが、集中講義の現地学習でここを歩く時には、そんな話をしていたのです。

外観
 (写真が見つからなかったので、ストリートビューから拝借しました。)

この写真を見ると、今でも建物の向こうに大きなミズキがあり、ちょうど真っ白な花が咲いているのが分かります。ミズキの樹形はとてもきれいで、まっすぐな幹に枝が横に段々に延びるので、確かに建物に取り込むにはちょうどよかったのです。
ミズキ

築60年で歴史的になるのなら、私もあと10年で歴史的な存在になるのかしらん?そんな昔の名残がまた一つ姿を消しました。

新陳代謝

  • 2022.03.10 Thursday
  • 05:52
手稲の仕事の整理をやっていて、たくさんある画像を見ていると、公園に行く途中車の中から、いろんなものを写していました。中でも頻繁に登場していたのがこの建物。私が40年近く前に手稲の造園会社にいた時にも、ここでよく信号待ちしてなんとなく見ていたけれど、当時は1階に温浴施設があって、けっこう賑わっていたのを覚えています。(2021.7.1)
解体前

このマンションは市内でもかなり古く、1972年に建設されているのでちょうど50年。私が札幌に来た年に完成しています。ところがちゃんと補修などをやっていなかったので、だんだん老朽マンション化していき、2017年には屋上の庇が30mにわたって崩落するという事故を起こしています。
崩落事故

その後も漏水事故を起こしたり、入居者が出ていかないともめたりと、幽霊マンションのままになっていたのですが、昨年秋にとうとう全員が退去して解体が始まりました。

解体ノート
    (リアルエコノミー「解体ノート10」 2021.9.21 より拝借)

9月には手前の棟がなくなり、隣の病院がよく見えるように。今まで道路ぎりぎりまでおんぼろビルが建っていたので、ずいぶんと開放感が味わえるようになったことでしょう。(2021.9.9)

9月9日

10月にはすっかり建物がなくなり、きっとまたマンションが建つんだろうと思っていました。先日昨年秋以来久しぶりに手稲に行った時、たまたま信号に止まらなかったのでよく見えませんでしたが、なんだか建売住宅のモデルハウスが手前に一軒建っていたようでした。横は川だし、日当たりはいいし、地下鉄にも近いので、たちまち売れてしまいそう。
10月14日

町はこうして新陳代謝していき、また新しい歴史が作られていくけれど、私はだんだん老朽化していき、朽ち果てるのを待つばかりなのかと思うと、もう一踏ん張りしなくてはと焦る思いが募ります…(>_<)

ヌプリ

  • 2022.01.21 Friday
  • 05:51
18日の新聞に、「ニセコの味保ち 世代交代」として、松田さん夫婦が3月末で引退するという記事が大きく出ていました。店を始めて30年とあるので、私もずいぶん長いおつきあいになったものです。

ヌプリ
  (朝日新聞 朝刊 2022.1.18 より拝借…m(__)m)

フラワーマスターがスタートして今年で30年なので、その頃からになるのでしょうか。松田裕子さんは後志管内ののフラワーマスターの会長として、本当に熱心な活動を続けられていました。九州人らしいさっぱりした気性というのでしょうか、気持ちよくビシバシとものごとを進めて行くので、みなさんも安心してついて行かれたように感じます。ニセコ駅前の修景は行く度に変化して、講習会では必ず使わせていただきました。これは20年前の様子です。
2002年

ニセコの綺羅街道が大きく変わってきたように、駅前の修景も様々な工夫を加えて、自分なりにやりやすい形に変えてきています。毎年渡島大島の調査に行く時に、可能な限り寄り道していました。ただ見ていくだけ、立ち話だけして行かなければならないことも多いのですが、2018年は一人で移動していたので、ゆっくりすることができました。
2018年

ミシンを使ったテーブルは、どっしりして安定感があり、店内には緑があふれて居心地のいい空間になっています。
ミシンの机

ここの名物カレーは、本当に深みのある味で、これだけは次の経営をする若い夫婦にも引き継がれるそうです。今のうちにもう一度食べたいなぁ…
カレー

この時にはまだ飼い始めたばかりの子犬だった秋田犬が、友達とにぎやかにじゃれ合っていました。
秋田犬

この時既に人気犬になっていましたが、この一ヶ月後にJRと観光協会から駅長帽子が送られ、正式に駅長犬になったというニュースが。あれから3年経っているので、もう立派な秋田犬になっていることでしょう。夫妻が自宅に戻ると、駅長犬も引退することになるのでしょうか。

駅長犬

広大な自宅には行ったことがありませんが、これからは二人でガーデニングに励まれることでしょう。時間に余裕が出来るので、これからも活発な社会活動を続けられると思います。どうかゆったりとした素晴らしい時間をお過ごし下さい。本当にお疲れさまでした〜

悲しい風景

  • 2021.12.10 Friday
  • 05:40
先月初めのこと、いつものようにお昼のうどんを食べに行く時に、角を曲がった途端にあれっ!と声が出たかもしれません。なんか見慣れた風景がなくなり、でも何があったのか分からなかったのです。周りを見回してようやく事態が飲み込めました。ある古い住宅が姿を消していたのです。
あれっ?

ここにはかなり古い住宅が建っていました。戦前かどうかまでは分かりませんがかなり古く、でもしっかりペンキは塗り直しているし、庭木の手入れもバッチリでした。じいさんはマメに花や野菜を作っていて、車が乗り上げないようにずらりと鉢を並べていたのです。ばあさんは見たことがありませんが、きっと夫婦仲良く暮らしていたことでしょう。
昔の家

この写真は十年ほど前に撮したもので、家の横にキリの木が立っていて、たくさんのつぼみを付けていたのです。この辺りで2本目のキリだったので、来年は花の時期に撮しに来なくちゃと思っていました。
キリの木

ところが翌年行ってみると、キリの木は伐採されて伐り株になり、横からひこばえが延びていました。花ガラが散らかるし、大きな落葉が大変だったのかもしれません。がんばって伸びてきたひこばえも、またすぐに切られるだろうと思っていました。
ひこばえ

ところが、秋遅くに通りがかると、ちゃんと冬囲いがされていたのです。ある程度大きくなったら伐採し、これを繰り返してきたのかも…なんて勝手に想像したりしてましたが、じいさんは相変わらず元気に庭の手入れもやっていたし、まだまだ楽しめるなと思っていました。
冬囲い

キリの木は成長が早く、見る見る背丈を超える大きさになっていったのですが、家の前にずらり並んでいた鉢の数が少なくなり、じいさん元気ないのかな?なんて思っていたのです。夏の間はチャリに乗っているので、あまりこちらを通りませんでした。最後に確認したのは夏が始まる頃だったかなぁ…
成長

多分その数ヶ月の間になにかあり、広大な敷地は売りに出されてまたたくまに取り壊され、さっそく工事が始まったのでしょう。取り壊される時に遭遇しなくて、本当によかったとしみじみ思ってしまいました。こうやってしっかり記録には残しておきたいと思い、昔の画像を拾ってみましたが、本当に円山はどんどんつまらない町になっていきます。
マンション

さよなら歩道橋

  • 2021.07.28 Wednesday
  • 05:46
先週近くの銀行に行った時、目の前にある歩道橋に、来週から使用できなくなるという告知の紙が貼られているのに気付きました。
告知

いよいよ撤去することになったのかと戻ってから調べて見ると、昨年から円山小学校、地元の町内会や警察、管理者である市当局などが協議を進めていたようです。これを見ると建設されたのが1968(S43)年なので、今から53年前のこと。道路交通量が増えると共に、交通事故が急増していた時代でした。
説明会

72年に札幌に来た私の記憶では、三越前のスクランブル交差点は既にあり、74年に円山に住み始めた時に、このスクランブル交差点もあったと記憶しています。Wiki によると、わが国初のスクランブル交差点は68年に熊本市内に出来たのが最初とされているので、その情報が伝えられていれば、わざわざ歩道橋なんか造らなくてもよかったのに。
交差点周辺

いよいよ渡れなくなるというので、先週末に渡り納めに行ってきました。(こういうのは好きなのですよ〜(笑))西側は円山小の玄関に向けて、片側にしか階段がありません。
歩道橋

ここに上ったのは多分二回目で、ここに事務所を造った20年近く前に、上から見たらどんな風景なんだろうと上ったことがありました。最近では子供たちもほとんど上がらないし、まして大人が渡っているのも見たことがありません。まさに無用の長物と化しているのです。でも街路樹の仕事をたくさんやっていたので、私はあちこちの歩道橋に上って写真を撮してきました。俯瞰写真が撮せなくなるので、その意味からはなくなるのは寂しい気分です。
見晴らし

歩道橋は、バリアフリーに反するというのが撤去の最大の理由ですが、維持をしている役所にとっても莫大な維持費がかかるので、まさに撤去の申し入れは渡りに舟でもあるのです。ここだって数年前にペンキの塗り替えをやっているし、ロードヒーティングもすべて取り替えたばかりでした。昔は人力で雪かきしていたわけですから、維持するのに大変な手間も費用もかかっていたのです。
ヒーティング

工事看板によると、なんとクリスマスまでの工期になっていますが、そんなにかかるのかしらん?また一つ昭和の遺物がなくなっていきますが、市内にはまだ40橋近くの歩道橋があるそうです。身近なところに、まだ残っているかもしれませんので、このような視点で見直してみて下さい。
工事看板

町中の変貌

  • 2021.04.05 Monday
  • 05:45
昨年あたりから、町中の建物がどんどん建て替えられていきます。札幌オリンピックを契機に、札幌の街は大改造を行って、市内電車から地下鉄の整備や、駅前通の拡幅整備など、町中の風景がガラッと変わったと言われます。その時に建て替えたビルがちょうど建て替えの時期にさしかかっているのでしょう。先日の4プラ閉館のニュースを見て、いよいよかぁと思ってしまいました。
4プラ閉館

ファッション関係の店には用はなかったけれど、維新堂と古本の一誠堂があったのでよく行ってました。これにはまだ載っていませんが、1977(S52)年には7階に自由市場ができたので、結構出入りしていたのです。私がうろちょろしていた場所は、どんどん消えてなくなってしまいます。
案内図

駅前通では、札幌で最も古いオフィスビルである北海道ビルが建て替えられるそうです。北海道ビルヂングと入口に書かれていたので、相当古いんだろうな?と思っていました。前の会社を辞めた後、当時の社長がコンサルの経営から身を引いて自分の事務所をここに作ったので、何度かお邪魔したことがあります。なかなか風格のある内装で、私のような汚れた作業服でうろちょろしていると、不審者に思われそうでした。

道ビル

第一生命ビルも解体が進められています。屋上に乗っかっている巨大看板は、現在の景観規制からは「既存不適格」物件で、集中講義の時に説明しやすかったのですが、西側からはこれで全部消えることになりそうです。

第一生命ビル

イケウチも解体が進められていますが、その北側にある北陸銀行も建て替えられるとの報道が。無機質な箱形のビルが並ぶ町中では、独特の存在感を放っていましたが、屋上にある山内(やまうち)壮夫の彫刻「鶴の舞」はどうなるのでしょうか?

北陸銀行

ちょっとびっくりしたのは、近代美術館が隣の知事公邸内に移転か?というにュース。知事公館は、老朽化が進んで住むのが嫌だと、現知事は入らなかったために空き家状態になっています。北側にある幹部宿舎を入れてもかなり狭いのに、なんでこんな狭いところに押し込むんだろう?中の緑をつぶしてでも入れるんだろうかと、いぶかしげに見ていますが、「有識者研究会」というのがなんともいかがわしい。公開性のないところで議論され、都合のいいところだけをつまみ食いしようという魂胆がありありで、これは注意してみなければならないようです。

近美移転?

私が札幌に来たのは、札幌オリンピックが終わってまもなくの1972年4月なので、そろそろ50年になります。近代北海道が150年余りですが、その1/3を過ごしてきた現在の札幌はどのように変わっていくのでしょうか。

旧魁陽亭

  • 2021.03.02 Tuesday
  • 05:53
先週の新聞に、小樽の旧魁陽亭についての、歴史や資料をまとめた冊子が発行されたとの記事がありました。小樽商科大学と現在の所有者が、二年かけて資料を整理してきたとのこと。現在の所有者は、この建物を再生して活用していくという記事が数年前にも出ていたので、その動向が気になっていましたが、こうした資料をまとめられたくらいなので、きっといい方向に進んでいくことが期待できそうです。
新聞記事

旧魁陽亭は、その後開陽亭から海陽亭になり、札幌にも店を出していました。今からちょうど40年前の植木屋時代、この店の庭の管理をやっていたので、年に数回通っていたのです。だいぶん変色していますが、この写真は1982年1月6日とあるので、正月明けに門松を撤去しに行った時のものでしょう。パークホテルの豊水通を挟んだ東側にありました。
札幌海陽亭

植木屋に入って2年目、5歳くらい年上のベテランと、京都出身で京都弁が賑やかな先輩といつも3人で動いていて、私は一番下っ端の小間使いでした。この会社の門松は他とは違い、竹は必ず真竹(まだけ)を使い、粉っぽい色の孟宗竹(もうそうちく)は絶対に使いませんでした。竹のそぎ方もこだわりがあったし、こも樽の編み方も凝っているので、作るのが大変でした。
門松

この年の夏だったか、小樽の本店で大切なお客があるとかで、私たちも駆り出されたことがありました。その時に女将が中を見せてくれて、この大広間からの素晴らしい眺望を見て、なるほどと感心したことを思い出します。(その時の写真も撮しているはずなんですが、残念ながら見つけることができませんでした。これは資料から拝借したものです。)
大広間

今でも小樽に行くと、この建物はどうなるのかなぁと玄関まで行って中を覗いたりしていましたが、数年前に所有者が変わったというので、その動向が気になっていたのです。
小樽

今回まとめられた資料は、紙媒体のものも配付されているようですが、「旧魁陽亭共同研究公式サイト」からデジタル版が公開されております。名前とメールアドレスを入力すればダウンロードできますので、ぜひご覧になって下さい。
(「旧魁陽亭共同研究公式サイト」はこちらから)

  冊子表紙

生命の泉(その2)

  • 2021.02.27 Saturday
  • 05:52
昨日午後から北区の納品に出掛けたら、中央区は晴れていたのに、北区に入った途端に吹雪き始め、屯田辺りはホワイトアウト状態。その雪雲が夕方には中央区にも下りて来て、あっという間に15cmほど積もりました。今年の雪雲は、まだまだ元気なようです。

生命(いのち)の泉のうち、2ヶ所は市街地近くにありますが、残り3ヶ所はかなり離れています。昨日の新聞記事にもありますが、これらを回って水を汲んできて、お茶やコーヒーを入れている人が結構いるようです。羊蹄山麓のように大規模な湧水群は観光地になるほどですが、このような小規模なものでもきちんと整備してやれば、たくさんの方に利用していただけるのです。
生命の泉2

「能登(のど)の水」は一番離れていて、国道の上にある多分旧道に沿ったところにありました。ちっちゃな神社の前にあったので、逆にこれを拠り所に神社を置いたのかもしれません。
能登の水1

敷石や吐出口などは、半永久的に使用できるよう極力御影石を使いましたが、四阿(あずまや)はもう20年以上経っているので、ちょっと心配です。もう10年以上行っていないので、大島の帰りにでも寄ってみるかな。
能登の水2

こもないとひめかわはどちらも内陸に数キロ入ったところにあり、いずれも斜面を背負ったところから湧いていました。自然湧水の時には、とても水を汲めるような感じはありませんでしたが、足元をきれいにするだけでも違うものです。(これはこもないの泉)
こもないの水

どっちだったか忘れましたが、時折雑菌が入ることがあるらしく、塩素を入れないといけないかも…と心配してました。その後どうしているのでしょうか。(こちらはひめかわの泉)
ひめかわの水

このひめかわの泉を計画するために、何度か現地を訪れていましたが、その時に偶然出会ったのがこの家で、茅葺き屋根にコオニユリが満開になっていました。乙部はユリ根の生産が盛んですが、余った球根を屋根に植えたものでしょうか?あわてて車を止めて写真を撮していたら、中から人が出てきてびっくり。てっきり空き家になっていると思ったのです。これに感激して、ちょうど設計していた滝野公園のカントリーガーデンで、四阿の屋根にコオニユリを植えることにしたのです。
コオニユリ

生命(いのち)の泉

  • 2021.02.26 Friday
  • 05:50
仕事がちょっと一段落したので、机回りの片付けや確定申告、貯まっていた切り抜きの整理などをやっていました。切り抜きはすべて pdf 化してフォルダーに整理していきますが、未整理のものだけでも数百もの記事が貯まっていたので、それをちらっと見ていたら、懐かしい記事が出てきました。
命の泉
  (朝日新聞より 2014.1.13)

乙部の町内のあちこちにあった湧水を、災害時などにも安心して飲めるように整備する仕事は、20数年前に私がやったものです。当時の乙部の町長は、道内の町村会の会長を長くやられていた寺島さんで、当時私が勤めていた会社の社長と大学が同期だった縁で、いろんな仕事をやらせていただきました。この仕事は「林業地域総合整備事業災害時用水施設整備調査設計委託業務」という長〜い名前の仕事で、5箇所の泉を96年から98年の3カ年かけて設計しています。
パンフレット

もちろん事前に水質調査を実施し、細菌群などが入っていないか確認をすませていました。このあたりの地質は景勝地の舘の岬に見られるような堆積岩の隆起したものなので、堆積層で濾過された水があちこちで沁み出してきているようです。
  水質

5ヶ所のうち「といの水」と「八幡さんの水」の2ヶ所は市街地に近く、あとの3つは少し離れていました。
詳細1

乙部温泉の入り口脇にある「といの水」は湧出量も多く、普段からよく使われていたので一番早く整備したものです。本当はこの脇にカキの木を植えると名物になると思いましたが、手頃な苗木が見つからなかったことと、海に近くて環境的に厳しいので、あきらめざるを得なかったのが記憶があります。
といの水

もう一つの「八幡さんの水」は、町役場からほど近いところの神社の境内にあります。水量が一番少なくてほんのちょろちょろだったので、飲み水よりも手水として使えればいいかなと思っていました。
八幡さんの水1

こうして写真を見返してみると、石の組み方とかは植木屋時代の経験が活かされているようです。施工管理まではできないので、いろいろと残念なところもありましたが、こういう仕事は設計していても楽しかったです。
八幡さんの水2

ラウンドアバウト初体験

  • 2020.08.27 Thursday
  • 05:58
今回の大島行きで密かに楽しみにしていたのが、昨年上ノ国町で初整備されたラウンドアバウトを体験することでした。ところが行きは小雨が降っており、視界も悪くてよく分からないままに、前の車の後を付いて通り過ぎてしまいました。帰り道も夕刻で薄暗くなっていましたが、くるくる回ってみようかなんて不埒なことを考えて近づいていきました。
上ノ国

ロータリー交差点は、私の知る限りでは道内に3ヶ所ありますが、ラウンドアバウトは5年前に認められた新しい交通規則に基づいて造られたものを指しています。道内ではこの上ノ国町大留(おおどめ)交差点が唯一初めての整備ですが、全国的には既に百ヶ所以上も造られているそうです。信号機がいらなくなるので設備費や維持費がかからないことや、信号待ちでいらつくこともないので、今後どんどん整備が進められる可能性があります。
上空から
  (上ノ国町HPから拝借…m(__)m)

車を置いてしばらく観察することに。この標識が各道路に立っているので(国道には2ヶ所)、変則な交差点であることは分かるでしょう。
標識

問題は進入方法です。「止まれ」ではなく「ゆずれ」と路面に書いてありますが、交差点前に横断歩道があるので、歩行者がいればそれが最優先になります。右方向から車輌が来なければ、停止しなくても交差点に進入してもかまわないのですが、それらの判断を一瞬にしなければならず、ちょっと焦ります。しばらく見ていても、戸惑って止まってしまい、クラクションを鳴らされている車が結構あり、慣れないと焦ってしまうのでしょう。
ゆずれ

問題は真ん中にある交通島が殺風景なこと。路面と同じ灰色なので、矢印がなかったら突っ込んでしまう車が続出しそう。やはり芝生にして、真ん中に円錐形のイチイでも植えてくれればいいものを。これはとても残念でした。
殺風景

もう一つの問題は、どの道路がどこ行きなのか、ちっちゃな看板が立っているだけでは見落としてしまいそうです。出損なったらもう一度回ればいいのですが、やっぱり急ブレーキ踏んでしまう車が多いようでした。地元で慣れてしまえば問題ないのでしょうが、旅行者にとっては緊張する交差点になってしまいそうです。
出口

この交差点の状況を見極めてから、今後はどんどん整備が進む可能性があります。上ノ国まで行く機会はそうないでしょうが、もっと身近なところに出現するかもしれませんよ〜

ラウンドアバウト整備

  • 2020.05.26 Tuesday
  • 05:51
先日のWEBニュースに、釧路の幣舞ロータリーにシカが出現したという話題が出ていました。シカはどうでもいいのですが、ロータリーの真ん中に立っているオンコが、今でも元気に育っている様子なのでちょっと苦笑い。昔釧路で景観について講演した時に、それまでのっぺりと何も植えられていないロータリーには、円錐形のオンコでも植えれば景観がピシッと引き締まるという話をしたのです。それを聞いていた土建屋の社長が、それならと立派すぎる巨大オンコを寄贈してくれたのだそう。何もないよりはいいけれど、ちょっと立派すぎるなぁ…というほろ苦い思い出があるのでした。
幣舞ロータリー

幣舞ロータリーで思い出したのが、道内初のラウンドアバウト交差点が上ノ国で完成したという切り抜きでした。ロータリーは道内に3箇所ありますが、正式なラウンドアバウトはこれが最初の整備になります。切り抜いた新聞記事はpdf化して整理しているので、すぐに出てきました。

上ノ国

ちょうど今年の大島調査の話が来ており、一ヶ月後にはここを通ることになるので、Googleマップでどうなっているのか確認してみました。航空写真はまだ古いままで、うっすら新しい形状が重ねられています。国道を通るだけならすんなり曲がれるのですが、信号にかかると時間がかかるので、どうしてもイラッとしてしまいます。
航空写真

マップの方は新しい形状に更新されているけれど、確かに江差方面から松前に抜けようとすると、知らないで交差点に入ると焦ってしまいそう。これだと旧上ノ国駅前に出る町道交差点が変なところにあるので、地元の方には不評なのではと思ってしまいました。
Googleマップ

念のため事業者である北海道開発局のページを確認すると、駅前一帯が再開発されて新しい町道がラウンドアバウトに流入するようになり、これならすんなり通行できるようになることが分かります。旧駅舎前に広い緑地帯が生まれるので、景観的にもすっきりしそうです。

完成イメージ

ラウンドアバウトは、信号機がなくなるので停電時でも支障がないことや、電柱や電線がなくなって景観的にすっきりすること、否応なく徐行するので事故が減少することなどから、今後全国的にどんどん整備が進むことが考えられます。道内にある三つのロータリーも、ラウンドアバウト化していくことも考えられますが、交通ルールが大きく変わるので、かなり慎重に進める必要があるでしょう。(国土交通省はラウンドアバウトと言っているのに、警察庁は環状交差点としているのはなんなんだろう…)
環状交差点

花笑夢

  • 2020.03.26 Thursday
  • 05:33
数日前、円山のバスターミナルの近くを歩いていると、また重機が来て建物の解体をやっていました。最近この近くでは、どんどん家がなくなって空き地やパーキングに変わっていくのです。
解体中

通り過ぎようとしてふと見ると、壊している建物はなんと「花笑夢(はなえむ)」ではないですか。そういえばこの前に通った時に閉まっていたので、定休日かなと思ったばかりでした。
花笑夢

用足しすませて事務所に戻り、HPを確認すると、2月で閉店していたのでした。もう35年もやっていた店だったのですね。数回しか入ったことはなかったけれど、とにかく店の前に花にあふれていて、とてもセンスのいい店だと毎度思っていたのに…(>_<)
閉店の挨拶

実はその前の日に、画像を溜め込んでいるハードディスクの整理をしていて、未整理画像の中に花笑夢を撮したものを見つけたばかりでした。虫の知らせってあるのでしょうか。今から17年前の2003年6月27日に撮したものです。
昔の画像

2003年といえば、4月にこの事務所を借り、5月1日に会社の登記を済ませて、ぼちぼちと仕事を始めたばかりの頃でした。6月末には今も通っている渡島大島の調査に行き、戻って一息ついていた土曜日のことです。
バスケット

10数枚の画像には、本当にセンスのいい花の植え方ばかりで、しばし見とれていました。おやっと気付いたのは、レンゲソウが植えられていたこと。秋に播いて苗のまま越冬し、春に花が咲いてタネを稔らせてから枯れてしまう植物なのに、北海道でどうやって育てたんだろう?なんて画像見ながら考えていました。
レンゲ

こういうスポットがどんどんなくなり、味気ないマンションやワンルームだらけになっていくのが今の円山近辺の状況です。なんとも空しいです…
花たち

鴨々堂復活

  • 2020.01.22 Wednesday
  • 05:58
昨日の新聞に、すすきのの外れにあった「鴨々堂」の一部が、奈井江の道の駅に復活したとありました。なんで奈井江なの?とは思いましたが、ここを運営していた方が大変深い思い入れを持たれていたので、たとえ一部でも復活できたことはよかったです。
鴨々堂復活

かつては芸者の置屋だったという建物は、なんと大正末期に建てられたものだそう。90年以上もの歳月を生き抜いてきた建物だけど、解体を免れてギャラリーとして運営されていました。それがとうとう昨年の9月一杯で閉鎖され、解体されたと思っていました。
全景

4公園ワンデーマーチや北大の集中講義の現地学習の時に、何度か立ち寄って見学させていただいたことがあります。大人数で上がるのが怖いくらい、床は傾くし柱と壁にすき間があるわでしたが、昔の民家の名残があちこちに遺されていて、私には懐かしい感触でした。
置屋

置屋時代からある調度品なのか、なんとも怪しいものがひっそりと置かれていたけれど、「ほこらちゃん」という名前はなんなんでしょうねぇ…?
怪しい置物

なんといっても、座敷から見える鴨々川の風情が最高でした。まるで京都にいるかのような雰囲気は、もう味わえないのかと思うと寂しいですねぇ。
鴨々川

鴨々川をさかのぼって中島公園まで歩いて行っても、こういう雰囲気をいかすことなく、無機質なマンションばかり続いて寂しい限り。今回の復活劇も、強い思いを持ち続けたからこそ、それに応える会社が現れたわけで、それはそれで素晴らしいことだと思います。でも…やはりあの雰囲気があっての鴨々堂なので、その意味からは寂しいです。元の場所に何が建つのか見に行くのが怖いけれど、周りの環境を活かした建物が、どうして増えていかないのでしょうねぇ…

マンション

  • 2020.01.11 Saturday
  • 05:47
昨日は放射冷却で冷え込んだそうですが、札幌はそれほどでもありませんでした。午前中いつもの薬をもらいに出かけました時、暖かい日差しにわずかな積雪を見ていると、雪融け間近の様子かいな?と思ってしまいました。こんなんでいいんかい。
日差し

事務所の前に建設していたマンションが、昨年10月末で完成。夏前には1階にモデルルームを作って販売を開始しているので、完成と共にどっと入居しているのかと思っていました。ところが駐車場に夜も止まっているのは3台きりで、電気もあんまり点いておりません。いつまでも販売中ののぼりが立っているので、苦戦しているんだろうなと思っていました。
マンション

三つある駐車場の一つは、一番広いのにロードヒーティングも入らないし、昼間にちょこっと車が入る程度で、とても使われている様子がありません。近くの人に聞いてびっくり。42戸売り出しているのに、売れているのは一ケタなんだそう…
駐車場

ちょうど昨日、折り込みチラシが入っていて、初めて金額が入っていました。これが高いのか安いのかよく分からないけれど、そんなに売れないものなんだとびっくりです。ここ数年、このあたりはマンションだらけになっており、完成してもずっと販売中の垂れ幕が付いているものばかりです。価格が高止まりして供給過剰になっているのでしょう。
チラシ

駐車場は平面で、ロードヒーティング完備だし、防災仕様で蓄電池や耐震ドア、備蓄倉庫まであるそうな。着工直前の地震の後、あわてて追加したのでしょうか。

設備

最上階からは、こんな山並みが見えるそうで、双眼鏡なら我が家(赤丸の位置)も丸見えになっているようです。こんな便利な場所で、眺めもいいのに売れないものなんですね。ジャンボ宝くじが当たっていれば、最上階を買ってやったのになぁ…(^^;)

眺望

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