稚内赤れんが通信所

  • 2019.10.14 Monday
  • 05:36
昨日の新聞に、稚内にある通称「赤れんが通信所」(正式には旧海軍大湊通信隊稚内分遺隊幕別送信所庁舎)の望楼が修復され、一般公開されたとの記事がありました。
道新記事
 (道新WEBより拝借…m(__)m)

今から11年前の2008年1月ころ、旧知の稚内市職員だったNさんから、突然連絡が来て会ってほしいと。札駅近くのホテルで久しぶりに会ってみると、稚内市歴史・まち研究会の活動の一環で、「赤れんが通信所」の保存活動をしているのだけれど、その周辺の環境整備をやろうと環境省主催の「みどり香るまちづくり企画コンテスト」に応募したところ、環境大臣賞を受賞することができた。ついては、このメイン行事としての講演会と、植樹指導をやってくれないかというのでした。

2008年5月16日の夜に、稚内市まちづくりセミナー『みどり香るまちづくりの基礎技術』を無事にこなし、翌日朝早くから、市街地から少し離れた恵北地区にある赤れんが通信所に行きました。ここでは3棟のうち一番小さな1棟のみ修復されて活動拠点になっていました。
復元棟

歴史・まち研究会の富田会長から挨拶があり、植樹会が始まりました。後ろに写っているのが今回修復された望楼で、この時にはまだ屋根が残っていましたが、新聞の写真ではなくなっているので、積雪などでつぶれてしまったようです。
会長挨拶

会員はかなりたくさんいることや、会長が地元の有力企業の社長なので、動員力はさすがでした。子どももたくさん参加していたので、全部で百人近くいたのではないでしょうか。
指導風景

この時は100本のエゾヤマザクラの植樹を行いました。植穴掘りや土壌改良材の用意、支柱の準備など、事前に細かく打ち合わせながら準備していただいていたので、植樹そのものは1時間ほどで片付きました。ただ会場の敷地が広く、あちこち走り回ったので、それが大変だった記憶があります。(北海道建設新聞の記事から)
新聞記事

この時には、まだ望楼に上ることができました。晴れた日には利尻富士まで見えるそうですが、展望の利くところにこの施設を設けた意図がよく分かります。
展望

崩れ落ちた屋根などの廃材を撤去し、崩れたれんがを積み直して望楼を補強したとのこと。粘り強くこの施設を活用しながら活動を続けている会の努力には、本当に敬意を表したいと思いました。

あと11日

  • 2019.09.20 Friday
  • 05:48
昨日は一日不安定な天気で、建物から出るたびに晴れたり雨になったりと、目まぐるしく変化していました。珍しく道庁に行った時も、アスティからは傘がいるほどの雨降りでしたが、用事を済ませて外に出たら真っ青な空に赤れんが庁舎が輝いていました。そうだ!今月一杯で閉館になることを思い出したので、見納めに行かなくちゃ。
赤れんが庁舎

三年ほどかけて耐震改修を行うほか、多分バリアフリー対応にもするはずです。
正面玄関の階段なんか、踏み面(ふみづら)が30cmほどしかないのに、蹴上げは20cm以上あるので、上がるのも大変だけど、下りる時にはかなりの怖さがあります。裏にエレベーター施設を造るのかなぁ…?
階段

1階の左奥にある文書(もんじょ)館展示室には、入ったところに松浦武四郎が1859(安政6)年に取りまとめた『東西蝦夷山川地理取調圖』が合体図として展示されています。よくもまぁこんなに正確なものを作ったものだと、その超人振りには毎度感心させられます。
取り調べ図

後に本府がおかれる札幌周辺には、エンカルシペ(藻岩山)がそびえている麓には、シノロフト、ナイホ、コトニなど、現在も残っているアイヌ地名が書かれています。
札幌周辺

今回の展示は、「さよなら赤れんが 北海道立文書館移転記念所蔵資料展」が開かれていました。文書館のエキスが展示されていてなかなか見飽きないため、時間を忘れて見入ってしまいました。膨大な文書はきちんと蔵書目録に収められていて、アナログでもこれだけきちんと整理されていることに驚かされました。
目録

蔵書印も開拓使から札幌県へ、さらには北海道庁と毎度押し直していたのです。1909(M42)年に庁舎内部が焼失した時に、一部の文書が消失してしまったことも、きちんと目録に反映されているそうです。
蔵書印

部屋の真ん中におかれている、明治初期の札幌中心部のジオラマは、毎度じっくり見ても全然見飽きません。ガラスがなかったら、ハルニレのミニチュアを持ってきて、そおっと置いていたことでしょう。
ジオラマ

文書館は、江別市文教台にある道立図書館の隣に新築工事が進められ、まもなく完成するようです。そもそも道立図書館にすら一度も行ったことがなく、古文書そのものにはあまり興味ないので(どうせ読めないので)、行くこともないでしょう。リニューアル後にこの展示室の内容がどのように引き継がれるのか、そちらの方が心配です。
廊下

30日の閉館まであと11日。お近くに行く機会があれば、是非中を覗いてほしいです。

新社屋

  • 2018.12.28 Friday
  • 05:57
年の瀬も押し詰まり、道路がかなり混み混みになっています。今年はまだ雪が少ないからいいけれど、2年前のドカ雪の時には、市内の車輌交通はほとんどマヒしていたことを思い出します。「年の瀬」だからといって、チコちゃんが言ってたように借金取りに追われることはないけれど、仕事のケリは付けなければなりません。手稲の仕事は、地域の公園と街路樹を管理している業務の中に含まれているので、成果品を届けに行って来ました。半月前に新社屋が完成したばかりと聞いていたけれど、思わず場所を間違ったかと思うほどの素晴らしさ。
新社屋

カラス張りのロビーには、たくさんの観葉植物が植えられているので、寒気が当たらないよう、間隔をたっぷり空けた風除室が設置されていました。
玄関

先日見てきたデパート内のベンジャミンも管理している会社なので、ベンジャミンが好きなんでしょうか。ちょっと寒そうなので心配でしたが。
ベンジャミン

ロビーには、たくさんのお祝いが飾られていました。新社屋の完成もあったけれど、先日会社創立110周年を盛大にお祝いしたばかりなので、そちらへのお祝いもあるのでしょうか。さすが道内を代表する造園会社だけあります。
お祝い

ロビーの壁には、カセット式の緑化ウォールがありました。そんなに人の出入りがある場所ではないのに、ここまで飾る余裕がさすがです。本州では大流行だけれど、北国でどこまで維持できるか、試験的な意味合いもあるのでしょう。
壁面緑化

2階に上がろうとしたら、初代の銅像が。85周年の時に作られたものだそうですが、旧社屋にはこれの置き場所はなかったから、ようやく日の目を見たようです。
初代

この初代は、中島公園内にかつて存在した岡田花園で修行し、そこを独立して現在の会社を興した方です。北海道の造園界を牽引し続けてきた会社だけに、いつも懐の深さを感じながら、私も滝野公園や北3条広場などあちこちで世話になってきました。こんな素晴らしい社屋を建てるほどなので、これからも業界のためにがんばってほしいです。

創世スクエア

  • 2018.12.18 Tuesday
  • 06:02
日曜の夜。ドォ〜ンと花火が上がったと思い、二人で思わず外を見て、こんな時期にどこで花火なんか上げたんだろう?と顔を見合わせました。そうしたら、ここから十数キロも離れているし、間に山があるにもかかわらず、平岸のガス爆発の音だったのです!それにしても、室内で100本以上のスプレー放出して、こんな爆発引き起こすなんて、信じられない非常識なばか者がいるのです。死者がなかったのは奇跡的だったけれど、被害に遭われた人のショックは相当のものだったことでしょう。心よりお見舞い申し上げます。

昨日は午後から、ガーデニング検定の作問委員会があり、その前にグランドホテルに寄ってライ麦パンを仕入れてきました。毎度エコバッグを持って三つずつ買って行くので、そろそろ、また来てるわよ〜って言われそう。レジに並んでいると、豪華なおせちの予約コーナーが。一人分が一万円かぁ…富裕層が買うんだろうなぁ…ふん。
おせち

会議が終わってから、せっかくなので隣の創世スクエアを見てくるかと、信号待ちしてました。オープンしてから、まだ一度も入っていなかったのです。よく見ると、植えられている木が2本とも傾いています、こういう植えますは、客土を入れても土が落ち着くまでに時間がかかり、沈下するにつれてこうなってしまうのです。このまま放置する気なのかねぇ。
傾く木

ここの植栽設計は多分東京サイドでやったようで、あちこちにへんてこなものが植えられています。こんな人通りの多い広場に、枝葉が引っかかる常緑針葉樹を植えること自体がおかしいのに、葉先が鋭くて痛いプンゲンストウヒを選ぶなんて、信じられないです。
プンゲンストウヒ

南側の国道際には、ずらりとアカエゾマツが列植されているけれど、20年30年後の姿を想像できないのかなぁ… 。植木屋時代に、親方によく言われたのが、石のベンチなんか絶対に作らないでね〜。北国では、あんなものに誰が座るもんですか!。その教えはずっと守っています。
アカエゾマツ

気になるものがあったので、真ん中の通路を通り抜けて北2条側に行くと、階段が4段ありました。1丁弱で60cm下がっているので、豊平川扇状地の上にいることを実感できます。
傾斜

ここの入り口脇の目立たないところには、この場所にあった旧王子サーモン館の名残のモニュメントがあります。この計画が出てから、ずいぶんと保存の活動が起きたのですが、一切耳を貸さずに取り壊されてしまいました。
モニュメント

保存運動の中核だった札幌建築鑑賞会の粘り強い働きかけによって、建物の中にこのような小さなモニュメントが残されたのです。ここに行く機会は結構多いと思いますが、こんなものがひっそりと置かれていることを、是非確認していただければと思います。
王子サーモン館

南側に広がる吹き抜けのホールには、アート作品はあるものの、緑は一切ありません。いくらなんでもこれはないだろうと、市の内部でも意見はあったようですが、そこは見事な縦割り社会。そんな声は封殺されてこんな殺風景な空間になったようです。周りに木を植えたんだから、中に面倒くさい緑なんか置かなくてもいいでしょうと。今はまた、そういう時代になってしまったようです。
空虚な内部

残留応力

  • 2018.10.31 Wednesday
  • 05:52
あいの里団地のど真ん中で信号待ちしていて、そうだ!久しぶりに寄ってみようと、駅前のマンションの前に車を止めました。このマンションの外構計画は、大手ゼネコンから声がかかり、プロポーザルから参加したものです。首尾よく勝ち抜いて、1990年に外構設計、91年に現場監理をやって完成させました。
全体図

完成してからやはり26年。建築だってかなり古くなっていることでしょうね。ここは土壌条件がよくなくて、やはり樹木の生育はまだら模様。アプローチは右側の生育がよくないようです。ハルニレの緑のトンネルになっているかと思ったのに。
アプローチ

これだけの大規模開発なので、核になるものがないと、ただのだだっ広い原っぱになってしまいます。そこで、地元の大学(北海道教育大)の先生だし、私の好きな彫刻家だった丸山隆さんを推薦して、うまくプランに入れ込むことに成功しました。今思えば、計画時にはまだバブルがぎりぎり崩壊していなかったのですね。向こうに見えるマンションは別の区画で、こちらより遅くスタートしたため工事が中断し、しばらく躯体のまま雨ざらしになっていたはずです。このマンションも、本来五番館まで計画されていたのに、結局途中で打ち切りになり、変な広場になってしまいました。
アーチ

こんなところにもメタセコイアが植えられていました。あの頃はよほど気に入って植えていたようですね。彫刻に負けないボリュウムになり、バッチリじゃないか!と、心の中で思わず叫んでしまいました。
メタセコイア

久しぶりに対面したモニュメントは、思った以上に大きくて存在感がありました。これを計画していた時に、何度も大学の研究室にお邪魔して、いろんな話をしたことを思い出します。地元に自分の作品を残すことができると、とても喜んでくれたのです。
シンボル彫刻

この頃が一番脂の乗っていた時期だったのでしょうか、あちこちにたくさんの作品を残していました。その後95年にも、島松の交通広場に作品を作っていただいたのですが、残念ながらガンに倒れて、若くして亡くなられてしまいました。私にとっても忘れられない作品なのです。
残留応力

イチョウの試掘

  • 2018.08.23 Thursday
  • 05:56
北3条広場のイチョウ並木は、道内に残る街路樹では最も古いものであるとされ、『北の造園遺産』にも早々に認定されています。広場の造成に当たっては、イチョウの保全が最大の目的であり、いろんな気配りをしながら整備を進めてきました。
北3条広場

広場が供用されて4年経ち、そろそろイチョウの樹勢が回復してめきめきと成長を始めてもいい頃なのに、いまいち枝の伸びに力がありません。ある専門家から、整備によって根元に土がたくさん被せられているのではないか?との指摘をいただいたこともありました。私もその可能性は思っていたので、根元を試掘してみようと提案し、昨日調べて見ました。
新梢の伸び

何本か掘ってみましたが、深いもの浅いもの、いろんなケースがあることが分かりました。原則は10cm程度としていたのですが、それぞれの株元の高さが違っていたり、デッキとの間に隙間ができるので、余計に入れたりとかしたのでしょう。一概にみんな深植えになっているわけでもなさそうです。
試掘1

試掘2

それよりもなによりも、穴を掘っていて、たくさんの根が出てくるのにちょっと感激。昔は2m角くらいの小さな植えますに閉じ込められていたのを、2本ないし3本をまとめて大きな植えますを造り、木と木の間にもたくさんの客土を入れて、根が四方に張れる空間を大きく確保してあります。もちろんそれでは利用しづらいので、木と木の間は木製のデッキで蓋をして、自由に使えるようにしたのです。
二重根

やっぱり穴掘りは自分でやりました。自分で掘れば、細根に当たると微妙な感触が分かるのです。でも昨日の午後は暑かった。雨上がりでいきなり30℃近くまで上がったので、滴る汗が目に入って大変でした。でもこれだけ根が張っていることが分かったので、疲れも吹き飛んでいきました。
穴掘り

事業が始まる前に、それまでのイチョウがどのような根系をしているのか、やはり試掘しています。土が凍り付いていた2009年12月15日に、狭い植えますを少しずつ手堀して、根がどのように張り巡らされているのか調べたのです。
試掘

すると、1925(T14)年に道内初の舗装道路として整備された当時の地面まで掘り進み、当時の植えますから約60cmも深植えになっていることが分かりました。町の発展によって、道路や両側の家並みが整備されるたびに、少しずつ周りの地盤が高くなっていったのでした。ところがイチョウはそれに合わせて、幹の途中から根を伸ばし、二重根三重婚となって生き延びてきたのです。イチョウの強い生命力を信じていたので、これであれば勢いを回復してくれることを確信したのでした。
試掘調査

マンション禍 その後

  • 2018.07.16 Monday
  • 05:57
事務所のまん前に、どでかいマンションが建つことになりました。看板が立ったのがGW前だったけれど、お向かいさんは一向に引っ越す気配もないし…と思っていたら、6月下旬に本通側の、既に無人になっていた家の解体が始まりました。いよいよかぁと、最後の姿を収めておきました。
元の姿

7月1日に向かいの家が引っ越したと思ったら、翌日から作業員がドカドカと入ってきて、内装やら設備やら断熱材をきれいにはがし始め、その2日後には解体用のバックホーが奥から回ってきて、バリバリと一気に解体を。木造家屋なんて、本当にあっという間でした。
4日

現場に出た日には、戻ってくるとあらら…というほど風景がどんどん変わっていきます。3日目には家の基礎まですっかり無くなってしまい、残るは庭木だけに。ちょうど夕方戻って来た時に、いよいよ庭木に手をかけそうになったので、あわてて最後の姿を写しておきました。
7日

解体用のバックホーは、バケットが恐竜の歯のように、パカッと開いて噛みつくようになっています。それでバリバリ引きちぎっていくので、思わず目を背けてしまいました。とても見るに忍びない光景ですから… 静かになったのでそっと目を向けると、最後のイチイが噛みちぎられるところでした…(T_T)
庭木

その翌日には、敷地内に変なものが埋まっていないか、あちこち掘り返して、水道管やら何かの土台のコンクリートやらを掘り出しているので、回りのブロック塀は残しておくのかな?と期待しました。結構騒音が大きいので、これから暑い時期に窓を開けられないのはつらいなぁ…遮音のために残してくれないかなぁ…と思っていたのです。
整地

そうしたら、渡島大島に行って戻ってくると、あらら… きれいさっぱり、なんにも残っていない更地が広がっていたのです。思わずふぅっと溜息を付いてしまいました。
更地

敷地の隅にあったサクラは、根元のひこばえを取ろうと思ったら、ヒコバエではなく枝が雪でつぶれて接地し、そこから枝を伸ばしていただけだったので、根がなくて残念でした。いい花が咲いていて、本当にもったいなかった。通勤途中の神宮前でも、先日あれっと更地になっている家がありました。ここにあったエゾヤマザクラは、この辺りでは一番早く咲くので、毎年楽しみにしていた木だったのに。円山に事務所を開設して早くも17年目。どれだけたくさんの庭木が姿を消して、マンションになったことか。顔のない町にどんどん変わっていくのが、本当に寂しいです。

マンション禍

  • 2018.05.16 Wednesday
  • 05:52
GW前のある朝、向かいにある駐車場の塀に、建築計画の予告看板が立てられました。なんだろうと覗いてみると、なんと11階建てのマンションが建つというのです。しかも敷地の広さが500坪あまり。よく見ると、同じ看板がこの区画の三方に3枚立っていました。いやはやどんなマンションになるんだろう…(>_<)
看板

そうしたらGW明けに、各戸宛の詳細資料の入ったお願いが郵便受けに入っていました。図面を見ると、事務所前の宅地と両側にある駐車場、本通側の宅地を合わせた逆T字型の敷地に、11階建てで42戸が入る大きなマンションが建つことになっていたのです。
説明資料

ここ数年、円山地区のマンション建築は本当にむちゃくちゃで、戸建て住宅がどんどんつぶされてマンションになっていきます。しかも価格が高騰しているため、完成しても半分も売れないところばかりだとか。それがよりによってこの真ん前に建つことになろうとは。しかも赤い矢印のように、事務所の真ん前の敷地ぎりぎりに本体が鎮座するので、窓から空は全く見えなくなってしまうのです。
目の前

工事は7月上旬に始まり、来年の8月末の完成を予定しているので、向かいにある庭木も間もなく伐られてしまうようです。名残惜しいので、花が咲いているものからせっせと写真を撮しているのですが、なんとも切ないものですねえ…
梅の花

駐車場の角っこには、毎年開花宣言を出している、わが事務所の標本木があります。本体はコブ病で衰弱してしまっているけれど、株元から新たに伸びた枝に、元気にたくさんの花を咲かせてくれていたのです。
桜の木

この木はどう見てもエゾヤマザクラだけど、花の色といい花着きといい、なかなか見たことのない素晴らしい形質をもっているのです。古くから住んでいるお隣さんに聞いたら、昔ここには神宮に勤めている人が住んでいて、神宮から分けていただいた由緒ある桜を植えたものなんだとか。
満開のサクラ

今から接ぎ木することも出来ないし、もったいないなぁ…と思っていたら、株元からひこばえが5本伸びているので、お隣さんにこれを掘ってもいいか聞いてもらったのです。すると、業者にとってはどうせ伐ってしまうなんの価値もない木なので、掘ってもいいよということになり、今度チャレンジしてみることに。うまく根が生えていればいいけれど、どうなりますやら。

日差し春めく

  • 2018.02.28 Wednesday
  • 05:54
朝は連日冷え込んでいますが、昨日は日差しがあったので、昼に出かけた時にはかなり暖かく感じました。道庁で会議があったので、バスを降りて植物園側から歩いて行くと、旧伊藤邸跡地に建てられているマンションが、だんだん視界に入ってきました。これや、この右側のマンション、円山公園回りにもずらりと建ててくれたのはすべてS不動産です。市の都市景観審議会にいた時に、道庁や植物園回りに早く景観規制かけないと、札幌らしさがどんどんなくなってしまう!!と言い続けたけれど、さっぱり動いてくれませんでしたねぇ…
旧伊藤邸

景観審議会のワーキングで2時間びっしりと議論し、頭がかなり熱くなってしまいました。だんだん頭の回転が遅くなってくるので、たまに使うとオーバーヒートしそうです。頭を冷やしながら、赤れんが庁舎の横を通っていくと、目の前に巨大なイチョウが見えてきます。1925(T14)年に、道庁前の北3条通を木塊(もっかい)れんがで道内初の舗装道路にし、その両側にイチョウの苗木を植えました。当時は道内にイチョウの苗木がなく、東京の荒川堤にあった内務省の苗畑から分けてもらったものです。その時に余った苗を赤れんがの回りに植えたものがこれらのイチョウです。
イチョウ

並木は60cmほど深植えになってしまい、回りをすっかり舗装に包まれ、ビルの影の厳しい環境下にあったために、全然大きくなっておりませんが、年輪を数えてみればみんな同じだというのが信じられないでしょう。
北3条広場

グランドホテルでパンを買って帰ろうと、信号待ちしてました。パークホテルと共に北炭系列の三井観光開発のホテルだったけれど、現在はいずれも東京資本のホテルになっており、建て替えの話がいつも紙面を賑わしています。どうもパークの方が先になったので、グランドはまだしばらくこのままかもしれません。若い頃はずっとここの管理をやっていたし、その縁で結婚式もここでやらせていただいたので、やっぱり感慨深く眺めてしまいます。
グランドホテル

ロビーに入ると、相変わらずにぎやかなアレンジメントが迎えてくれます。この季節には嬉しい暖色系でまとめられており、枝物はウンリュウヤナギとアオモジでした。
アレンジメント

赤い花はグロリオサとアルストロメリア、カーネーションで、葉ものも赤ドラセナです。こういうシンプルな形態とコンセプトであれば、こんな大物でも意外と作りやすそうだなぁと、しばし目の保養をさせていただきました。緑の芽吹きまでまだ二ヶ月近く、本当に待ち遠しいですねぇ…
暖色系

都市景観賞

  • 2018.01.27 Saturday
  • 05:38
数日前の新聞に、小樽市の都市景観賞が決定したとの報道がありました。小樽はまだやっているんだ〜という気持ちと、なんだ…小樽芸術村かぁ〜という気持ちとが入り交じってしまいました。
小樽都市景観賞
 (朝日新聞デジタルより拝借…m(__)m)

小樽市のHPに公開されている画像を見ると、あらら…こんな殺風景な中庭になったんだ…とがっかり。せっかくこれだけの整備をやったのに、竜頭蛇尾とはまさにこのことですねぇ…
(あまり詳しく言えませんが)
似鳥芸術村

現在は北海道景観審議会の委員として、4期8年目の最終年に入ろうとしています。(公職には原則4期8年までという決まりがあります)その前に、札幌市の都市景観審議会の委員を8年間やっている中で、都市景観賞の選考委員もやっていたのです。札幌市の都市景観賞は、「事業仕分け」みたいなものにかかって、第14回で打ち切りとなってしまいました。今でもHPには、簡単な紹介のみ残されているようです。

札幌市都市景観賞

このうちの5回くらい選考委員をやってましたが、この選考が結構大変でした。面倒だったのが組織票で推薦状をたくさん提出したり、建物を造ったゼネコンの担当者が直接会社に来て強くお願いされたことも。密室での選考はおかしいと公開審査を要求されて、地下街オーロラタウンの広場でやったこともありましたねぇ。選考中にもバンバン意見が飛んできて大混乱したこともありました。結構苦労の多い選考だった記憶があるので、まだやってるんだ…という感慨が真っ先によぎってしまったのです。

コバルドオリ

  • 2018.01.07 Sunday
  • 06:00
昨日は夕方にドサッと雪が積もり、帰ろうとして外を見てびっくり。久しぶりに雪かきをしたように思います。でも昼間は暖かくて天気もよく、今年初めて町中に出かけましたが、地上を歩いても気持ちがよかったです。ちょうど昼時だったので、年末にオープンした「コバルドオリ」の様子を見てこようと、駅前通を歩くことに。大通公園では雪まつりの準備が始まっているけれど、大量の雪をどこから運んでくるのでしょうか?
大通

久しぶりに東側の歩道を歩いて行くと、やたらと突き出し看板があることに気付きました。西側は大きなビルが連続しているのに対し、東側は昔から土地が細分化され、ペンシルビルが続いているのです。いずれ集約されてすっきりするのでしょうか。
看板

これだけ気持ちいい天気だと、チ・カ・ホを歩くより地上を歩く方がいいのか、結構な人通りがあるものです。
人通り

旧西武(やはり五番館といった方がピンと来る世代ですが…)跡地がいつまでも空き地のまんまなので、駅前通まちづくり会社がその一部を借りて、仮設店舗を運営することにしたものです。
コバルドオリ

バル風の小店舗が三つ、チャレンジショップと呼ばれる短期出店の屋台が三つありました。
チラシ

ルゥカレーの店があったので注文すると、基本的にはテイクアウトだけれど、11時から13時までは真ん中にあるコミュニティスペースで食べることができるようになっています。店の名が「コクドウカレー」なのでカードを見ると、清田の36号沿いと、石山通の230号沿いに店があるとのこと。挽肉仕立てで辛みも十分、なかなか美味しいカレーでした。(750円)
カレー

このコミュニティペースは、日曜以外いろんなイベントに貸し出すことも想定され、一時間単位(@500円)で椅子を占有してワーキングスペースとすることもできます。まだ前日から始めたばかりなので利用者はいないそうですが、こういう場所をうまく使いこなせる人が出てくるでしょうか。
コミュニティスペース

歳末の町中

  • 2017.12.19 Tuesday
  • 05:54
打合せで町中へ。年内にもう来ることもなさそうだなぁと大通駅に着くと、三越前からにぎやかな大行列がありました。なんだろうと思ったら、先頭が宝くじ売り場で、最後の大安だからとのこと。当たったら10億円だからそりゃ欲しいけど、くじ運はめちゃくちゃ悪いからなぁ…(>_<)
宝くじ

赤れんがプラザの1階に行くと、毎年のようにきれいなツリーが飾られています。ツリーのパターンもずいぶん色々とあるものだと思います。
赤れんがプラザ

足元のディスプレイを見てなんとなく違和感があると思ったら、トナカイではなくて、妙になまめかしいシカの親子でした。あんまりリアルすぎない方がいいんだけどなぁ。
シカ?

北3条交差点の対面にあった大同生命ビルが、解体が終わってぽっかりと空間に穴が。先代の建物は黒川記章の設計だったけれど、今度は誰が設計するのでしょうか?ゼネコンはこの会社かい!
大同生命

駅前通まちづくり会社でちょっと打合せ。来年この辺りで、新しいイベントを企画しているのです。まち会社は本当にいろんなイベントや企画を打ち出して、活発な活動をしてきていますが、来週からまた新たな実験企画が始まるそう。旧五番館跡地はヨ○○○カメラが買い取ったまま放置されているので、その一部を借りて実験店舗「コバルドオリ」を始めるというのです。飲食店舗やコミュニティスペースもあり、取り組みとしては面白いのですが、この季節にここに来てもらうのは大変そう… (HPは右上にある三のメニューボタンから選んで下さい。)
コバルドオリ

せっかく駅前まで来たので、どさんこプラザをのぞいてみると、ありました!先日来話題のストライプペポカボチャのタネを、弱火で長時間ロースとした『ペポナッツ』です。先日いただいた当別産のものとはちょっと風味が違いました。されどカボチャのタネだけど、いろいろあって面白いです。
ペポナッツ

都心の変貌

  • 2017.02.27 Monday
  • 05:53
2日続けてそこそこ雪が積もりました。札幌の降雪量も平年を下回るようになってきていたのに、少し挽回しないととがんばっているのかもしれません。そろそろ3月なので、帳尻合わせしなくてもいいのになぁ。

「チ・カ・ホ」が出来て以来、駅前通に面して新しく建て替わるビルは、当然地下で直結させることになります。いよいよ今週末にオープンするフコク生命・越山ビルもそんな一つ。愛称が「sitatte sapporo(シタッテサッポロ)」なんだって… G−SHOCKの専門店が目玉で、飲食店もたくさん入るようです。
シタッテ

駅前通の西側は、歴史的な経緯から区画が大きいのに対し、東側は民間に払い下げられて細切れになり、今でもペンシルビルが多くなっています。そのままではとても地下道に繋げられないので、今回のような再開発複合ビルになっていけばよいのですが、なかなかうまくはいかないでしょう。建て替え前の越山ビルには、かなり通い詰めたので懐かしいですが。
旧越山ビル
(建て替え前の様子。南東角のフコク生命ビルと右側が越山ビル   2013.11.22)

このビルの階段には、60年前に建てられたときの痕跡が残っている「都市伝説」で有名でしたが、この程度では保存もされないので、ここに遺しておきましょう。(笑)
足跡

そういえば、先日チ・カ・ホを歩いていて、思わずなに?と近寄ってみると、ここが地下の入り口でした。ずいぶん奇抜なディスプレイです。
チ・カ・ホ入り口

階段も壁もすべて木なので、そのあたりを強調したものなんでしょう。エスカレーターに乗らないで、みんな歩いてくれるかな?
アプローチ

北3条通を挟んで北東角の大同生命ビルも、回りが囲われて、中のテナントはすでに退去されていました。昭和50年に建て替えられて41年目とありますが、都心部はオリンピック前後に一斉に建て替えられたので、今後しばらく続くことでしょう。このビルは黒川記章の作品で、こんなサンドイッチにされた屋上緑化があるか!と、私的にはクソミソのビルでした。
大同生命ビル

なんと隣の雪印パーラーも閉店・移転だとか。ここの3階にある会議室は、よく使わせてもらった記憶がありますが、ここでケーキやアイスは食べなかったなぁ。最近ではインバウンド景気で賑わっていただけに、駅前通から目立たない西3丁目通沿いでは、はたしてどうなるでしょうか。
雪印パーラー

左の巨大なのはディスプレイですが、右側の棚の上に載っている「ドリームジャンボパフェ」はなんと14,260円もするとのこと。こんなもの頼む人がいるのかなぁ。
ウィンドゥ

しばらく空き地になっていた旧五番館跡地や、駅前に面した一帯の再開発も動き出すようなので、街並みがまたがらりと変わっていきそうです。

ライトアップ

  • 2017.01.08 Sunday
  • 05:53
除排雪作業も本格化して、盤渓の採石場に設けられている雪の堆積場に通うダンプが、昼夜途切れなく列をなして走っています。事務所近くの北3条通は、ドカ雪以降すれ違うのもほとんど難しく、昼間は絶対に通らなかったのですが、ようやく2日かけて排雪されました。家の前の道路も、圧雪が厚く堆積してマンホールが落とし穴だらけになっていたのが、きれいに削られてすっきり。除雪に携わる業者さんは大変だと思いますが、本当にありがたいです。

金曜には業界の新年の集いがあり、久しぶりに町中に出かけました。せっかくなので、道庁前のアカプラ(これってみんな使っているのかなぁ…)のライトアップの様子を見てくることに。ここでは夕方の天気予報をやっているけれど、わざわざこんな寒い所で…と思ってしまいます。
正面

ぐるっと歩いて行くと、何か変?と気付きました。やたら幹にぐるぐる巻いているけれど、枝先の方にはあまり取り付けられていないのです。LEDのためどんどん色に変化が付いてくるけれど、幹だけが光ってどうもさまになりません。
幹の光

昨年は初めてということもあり、試験点灯に立ち会ってくれというので、寒さに凍えながら付き合いました。期間中幸い事故はなかったようなので、昨年秋にもっと増やしたいとまたお願いが。私がダメという筋合いではないので、今年樹木調査を実施した中央土木とよく詰めて、危険と思われるものをはずしてくれればいいですよ〜と、お答えしていたのです。
昨年の様子
 (昨年の取り付け状況   2016.12.1)

様子が変なのは、枝先の方まで付けられていないだけでなく、歩道側に全く付けられていなかったのです。これは何かあったなぁ…と察するに、昨年暮れのドカ雪がとても湿っていたので、枝にもかなりの着雪があっため落枝事故でも起きたのでは…ということでした。ニュースにはなっていないところをみると、幸い人身事故にはならなかったようですが、そこのため歩道側や枝先ははずさせられたのかなぁと。
歩道際

ここの検討委員会が始まったときに、市に対して真っ先に「ここが整備されると、必ずライトアップという話が出てくるはずだけど、私は絶対に反対です!どうしてもやりたいのであれば、担当者の首をかけてやって下さい!」と宣言してありました。以前円山公園で、親指くらいの太さのプラタナスの枝が、歩いている人の頭を直撃し、何針も縫う大怪我を起こしたことがあります。こんな老木だし、ただでさえもろいイチョウの枝に無理をかけるのは、本当に危険だと思っています。

時計台の庭

  • 2016.06.23 Thursday
  • 05:37
昨日は商工会議所で会議があり、久しぶりにバスで町中に。朝のうちはどんよりした天気だったのに、出かける頃には前日と同じくピーカンに晴れ渡り、紫外線が強烈な天気になりました。早く着きすぎたので時計台の庭を一回り。修学旅行の子供たちがわいわいと中に入っていきました。
時計台

時計台の回りには、二年前に手稲の3公園から移植された植物が植えられています。左手の奥のトイレ近く、日陰のエリアに植えられています。時折見て歩く方がおりました。
植え込み

星置緑地からはミズバショウやコジマエンレイソウ、キクザキイチゲなどが。こんな湿地でもないところにミズバショウを植えるの?とかなり抵抗したのですが… 初年度は柵もなく、踏まれてひどいことになっていたので、なんとかしてほしいときつく申し入れ、ようやく立ち入り防止柵が設置されました。
ミズバショウ

富丘西公園からはスズランやオカトラノオ、ツリガネニンジンなどが。スズランは元気に育っているけれど、ここではなかなか花は咲かないでしょう。
スズラン

久しぶりにぐるりと回っていると、片隅に札幌農学校時代の土地境界の標石が保存されているのを見つけました。こんなものが残っていたのですね。
境界標石

会議は、ガーデニング検定の運営委員会。昨年の試験結果の報告や、第9回となる今年度試験の日程、スキルアップ研修などの内容の確認など、いろいろ盛りだくさんな内容でした。合格者に対する今年の日帰り研修会は、8月20日に十勝ヒルズや真鍋庭園へ行くバスツアーを企画。スルーガイドはもちろん私です。先着順ですので、案内到着と共に申し込まないとすぐに一杯になりそうです〜
運営委員会

終わってから大通に向かって歩いて行くと、青空の中にハルニレが元気な姿で立っていました。結構テレビ見ている人が多く、ハルニレまでやっているんですねぇ…とよく言われてます…(^^;)
ハルニレ

いつもの店でお蕎麦を食べて地上に出ると、H銀行の前の花壇を見て思わずくすっ。この業者さん、意地でも毎年サルビア+マリーゴールド+ベゴニアの組み合わせを変えないのです。
北陸銀行

大通公園では、造園業者さんの車がずらりと並び、花壇の植え込みの真っ最中。そうか土曜日にはまた審査やらなきゃならないんだなぁ… 私ももう20年審査員やったので、そろそろ引退させてもらおうかと考えています。
大通花壇

北菓楼

  • 2016.03.24 Thursday
  • 06:08
昨日は夕方から雪がちらつき、帰る頃には車の上にうっすらと積もっていました。ところが家の近くまで来ると一面真っ白に… 標高が高いとわずかな気温差で風景が変わります。今朝になると10cm近くも積もっており、さすがに走れなくなるほどでした。(今年は14日から再開しています。) まだまだ春は行きつ戻りつのようですね。

昨日は町中に用事があり、いつものバスに乗って西5丁目で下りました。すると目の前に北菓楼の入り口ができていて、どんどん人が吸い込まれていくので、私もつられて入ってしまいました。
入口

この建物は、1926(T15)年に建設された北海道庁立図書館で、北大の旧理学部(現博物館)や、後に学長を務めた杉野目晴貞氏の私邸などを手がけた萩原惇正氏の手による重厚な建物です。この前にはかつて『チャチャニレ』が繁っていましたが、代わりに鳥が運んできたのか、中央署側の敷地の角にハリギリの木が大きく繁っています。建物はその後道立美術館、三岸好太郎美術館、そして道立文書館(もんじょかん)別館として使われていたものを、外観を維持することを条件に売却されることになりました。
全景

それに手を挙げたのが砂川にあるお菓子屋さんの北菓楼でした。その建築設計を、わが国を代表する建築家の安藤忠雄氏に依頼し、先週完成したばかりだったのです。
安藤忠雄
 (北菓楼のプレスリリースより 2015.12.11発行)

中に入ると、床がすべて取り払われて豪快な吹き抜けになっていました。ファサード(建物の外観)をそっくり保存するために、それを支える柱や梁があるのですが、ほとんど気付かないほどうまく処理されています。フロア全体にお菓子が並べられており、目玉であるこの店の限定商品は売り切れでした。レジの前には長蛇の列ができていて、人気のほどが窺われます。
内部空間

かつての入り口は南西角にありましたが、階段を上がらなければならないので出入り口は閉め切られ、地階に当たる現ストアのフロアと二階を繋ぐ階段として利用されています。すり減った石階段が歴史を感じさせていました。
階段

二階はティールームになっていて、かつての図書館を偲ばせる書架が天井まで造られていました。係員にあれは読めるのですか?と聞いてみたら、手の届くところの本はご自由に読んでかまわないですが、上の方はちょっと・・・。ここにも長い列でできており、現在一時間半待ちとなっておりますとのことでした…(^^;)
二階

階段室の天井には、漆喰で洒落た模様が描かれており、昔の職人さんの腕が各所に残されています。
天井

せっかく入ったのだから、お土産を買って帰ろうと列に並びましたが、店員さんたちはまだ慣れていないようで、かなりもたもたとやっておりました。少し時間をおいてからの方がいいかもしれませんね… ようやく解放されて出ようとしたら、一角に三岸好太郎の作品が展示されていました。三岸好太郎美術館のサテライトとして、定期的にここに本物の作品が展示されるようです。美術館は少し不便なところにあるし、地元の人もあまり行かないところなのでいいねらいだと思いましたが、お菓子を手に入れることに没頭している方には目に入らないようで、誰も見ている人はおりませんでした。
三岸サテライト

いろいろと批判もあるかしれませんが、隣の中央署が昔の外観をそっくりまねして新たに造られているのに比べれば、古建築の再生例として提示した安藤さんの答えは評価されてよいと思います。混雑が少し落ち着いた頃に、ぜひご覧になっていただきたいと思います。

旭川西武

  • 2016.03.15 Tuesday
  • 05:55
彼岸が近くなり、夜明けがすっかり早くなってきました。5時半頃から明るくなり、ぼちぼち出かけようとする時間に、東にある神社山の鞍部から真っ赤な朝日が昇ってくるようになりました。夏至の前後になると神社山の左から朝日が昇るようになってきます。なので5月頃は神社山の陰になり、お日様を拝むのが少し遅れてしまうのです。
朝日

昨日は旭川で打合せがあったので、久しぶりに特急に乗ろうとチ・カ・ホを歩いて行くと、なんだか一角がど派手な色に。市役所とまちづくり会社がやっている室内緑化のコーナーが、花ものに植え替えられたばかりのようですが、照明のせいもあって色合いがきつく見えます。春が近いから派手目を狙ったのかなぁ… ちなみに、赤はカランコエ、黄色はリーガーズベゴニア、白はアザレア、紫はベルフラワーでした。
室内緑化

南空知は例年通り帳尻合わせの雪が降ったようで、一面の雪景色になっていました。ところが中空知に入ると、あちこちで融雪剤を撒き始めているのです。南空知ではまだ雪が降ると予測しているので、じっと我慢しているのに対し、こちらの農家さんは降ってもあと少しだと踏んでいるのでしょう。このあたりのタイミングは、各農家さんの腕の見せ所ですね。
融雪剤

旭川も雪は少なめらしく、車道の雪はすっかり消えて乾いており、車もビュンビュン飛ばしていました。今どき珍しいプラタナスのオブジェ風の街路樹が、暖かい日差しを浴びて輝いていました。
プラタナス

打合せのあと、駅に戻ろうと西武デパートの横を通ると、やはり閑散としていました。駅横に出現したイオンに比べれば、やはり劣勢なのでしょう。向かいにあった丸井今井の跡地は名店街になったものの、強い集客力を持った施設がないとどうしてもインパクトがありません。閉店まであと半年、どうなっていくのでしょうか…
西武

せっかくここまで来たので、電車一つ遅らせて美味しいお茶を飲んできました。ダージリンにぴったりのカップはどこのものなのかと思ったら、なんとウェッジウッド!! 結構くどいのが多くてずっと避けてきていたのに、こんな素敵なカップを作っていたなんて。ちょっと見直してしまいました。こんな紅茶が飲めるのもあと半年。何かにかこつけて、旭川に用事を作らなくては。
ティーカップ

アルヴァ・アアルト

  • 2016.02.16 Tuesday
  • 05:50
90年に初めて行った海外研修では、まずフィンランドから入ったので、特に印象が強かったように思います。漠然とした北欧へのあこがれの中で、音楽ではシベリウス、建築ではアルヴァ・アアルトが活躍した場所でもあるので、よけい強い思い入れがありました。

見学先はあくまで公園緑地が主体でしたが、先生も私も都市計画や建築への思いが強かったこともあり、できるだけ時間を割いて見て歩くことにしました。アルヴァ・アアルト(Alvar Aalto)といっても知らない人が多いでしょうが、北海道の建築家にはアアルトの影響が特に強く、この初渡航の何年か前に札幌でアアルト展があったことが私にも強く影響していたと思います。
アアルト
 (「アルヴァー・アールト 1889-1976」8pより 新建築社刊、1984)

アアルトの作品はフィンランド国内だけでなく、ヨーロッパ各地からアメリカまで、実にたくさん散らばっています。ヘルシンキの町中にもいろいろあるのですが、時間の関係で行けたのは町中にあるアカデミア書店だけでした。
  アカデミア書店

自然光をうまく取り入れ、書店でこんなぜいたくな空間が許されるんだ…と驚かされました。この中にカフェ・アアルトがあったのには気がつかなかったです…(>_<) ここの隠れた目玉の一つがドアの取っ手。アアルトめぐりでは欠かせないポイントになっていました。
取っ手

取っ手の光り具合からは、一番下の子供用の取っ手はあまり使われていなかったみたい…(^^;)
でもこのパターンはあちこちで使われていたようです。
  二段の取っ手
 (ラウタ・タロ・ビルの取っ手 「アルヴァー・アールト」145pより 新建築社刊、1984)

アアルトは建築だけでなく、家具や照明器具など、様々なもののデザインも手がけています。いろいろと空間構成をイメージしていく中で、それが建築物になったり、こんな花瓶になったりするのですから不思議です。この花瓶は書店でも売られていましたが、まだ旅が始まったばかりなので土産には…と断念しました。
うねる空間
 (うねる線 「アルヴァー・アールト」89pより 新建築社刊、1984)

その何年かあとのこと、いろいろとおつきあいのあった工学部のK教授の自宅に行ったおり、「笠さんに土産があるのでもらってくれないか」といただいたのが、なんとアアルトの花瓶だったのです!大先生の前で小躍りする訳にはいきませんでしたが、大感激のお土産となりました。
花瓶

アアルトがデザインした花瓶などはイッタラ(iittala)社からアアルトコレクションとしてたくさん出ています。用の美を追究した北欧デザインの存在感はまた格別で、こんな軽快なフォルムが、あのいかつい大巨匠の手から生まれているところが面白いのです。(つづく)

博物館活動センター

  • 2016.02.05 Friday
  • 05:53
昨日は午前中 かでる2・7 で、北海道景観審議会の今期最終の会議がありました。決して得意な分野ではないけれど、無い知恵を振り絞って意見を言わせてもらっているので、私にとっては相当頭の体操になっていると思います。

午後からは、すぐ近くにある博物館活動センターに用事がありました。この建物は30数年前に当時の市立病院の病棟として建設されたものです。市立病院が桑園に移転したあと、この病棟だけはまだ新しかったのでそのまま解体されずに残され、ボランティア活動の支援施設「リンケージプラザ」や、まちづくりセンター、そして博物館活動センターなどが入居していました。
リンケージプラザ

現在創成川縁にあるNHKがここに移転して来ることになり、3月までにすべての施設が引っ越して建物の解体が始まるので、残るは博物館活動センターだけになっています。いなくなる前に学芸員のYさんと打ち合わせることがあり、薄暗いお化け屋敷のような建物に入っていきました。なにせここは病棟だったので、こわ〜〜い噂がたくさんあったのです。エレベーターが妙に大きいカゴになっているのは、ベッドを運ぶ病院ならではの施設の名残です。
エレベーター

フロアに入ると入り口のカイギュウ化石のレプリカは、バラバラにされて引っ越し準備の真っ最中。かさばるものが多いので、引っ越しは大変そうです。
カイギュウレプリカ

なにせ学芸員は古代生物と生物の二人なので、生き物の方はまだしも、化石や石そのものなど、重たくて運ぶの大変!!というものばかり。廊下に無造作に置かれているアンモナイトだって、一人で持ち上げるのは無理なほどの重さですから…(^^;)
アンモナイト

フロアからは植物園がよく見えますが、真下を見るとかつての中庭がそのまま残されていました。この庭を造ったのは1982年の夏から秋にかけてなので、30年以上も前のことです。その2年前に病院前にあった木の移植をやった時は、まだ入社間もない頃だったので、しんどい思い出しかありませんでしたねぇ。
庭園跡

でも中庭ができて、食堂でお昼を食べた患者さんや見舞客が、昼にどんどん庭にでてきて気持ちよさげに日向ぼっこをしている姿が印象的でした。当時の病院では画期的な試みだったと思います。
造成当時
 (完成直後の中庭の様子  1983.5.20)

この施設の移転先は、かなり遠くて平岸霊園の南西角、昨年まで障がい者通所更生施設だったところだそうです。
移転案内

地下鉄だと澄川駅から10分ほどの丘の上なので、ちょっと遠く感じてしまいますが、魅力ある施設にしようと張り切っていますので、春になったら行ってみようと思います。

円山の変貌

  • 2016.02.03 Wednesday
  • 05:51
今日は節分。大寒が今日で終わり、明日の立春からはもう春のきざしが見えてくる節目です。そして‘こまめ’の誕生日。もう四歳になりました。この寒空に捨てられていたネコ達の中で、こまめだけが生き延びたとか。発見して保護してくれた方や、その後なんとか元気になるまで育てて下さった方には本当に感謝です。相変わらずみんなにはなつかない、かわいげのないネコでもありますが、それなりに私たちを癒してくれる存在です。
こまめ

事務所のある円山界隈は、やがてマンションに埋め尽くされてしまうのでは…と思うほどのマンションラッシュ。昼を食べに行く道すがら、あるいは午後の散歩など、町をうろつく頻度が夏に比べて高いものですから、ええっ!っという風景に出くわしてしまいます。昨日も28丁目の方を歩いていて、角の一角がすっかり解体されているところでした。移転や店じまいの貼り紙がしてあったので、そろそろかなと思ってはいましたが、いよいよのようです。ここにも捨て猫を引き取って育てているところがあったのになぁ。
円山整形前

その反対側もすっかり更地になって、マンション予定地の看板が。ここには海産物の土産物店があり、昔はひっきりなしに観光バスがやって来ていたのですが、最近のバスは外国人だらけだし、海産物は爆買いの対象にはなり損なったのでしょうか。いつの間にやら跡形もなくなってしまいました。
H商店跡

そういえば、18丁目の方面もマンションの建設現場だらけで、大通西20丁目角のマンションも数日前に足場の解体が進められていました。ここには老舗の結婚式場があり、時流に乗り損ねて開店休業状態になってしまっていたので、貸室として使われていたのです。すぐ近くにある札幌開発建設部には広い会議室がないため、規模の大きな入札や説明会、講習会などはよくここで行われていました。仕事でもよくここを借りて、街路樹の検討会や技術講習会などをやった懐かしい建物でもありました。
ヤサカ跡

事務所のすぐ近くのバス停前にも、半月くらい前に工事の予告看板が立ち、ワンルームマンションになるんだとか。ここの住人は、事務所前の小路の奥に駐車場を借りているので、ここに来た時からよく顔を合わせていました。先日会った時に聞いたら、住みづらくなったから売っちゃったんだわ〜もう戻らないからさよならね〜とのこと。以前からこの煉瓦造の蔵には何が入っているんだろうと思っていたけれど、ある日忽然と姿を消してしまうのでしょうね。
バス停前

町が変化していくのは仕方ないけれど、マンションだらけの円山なんて、なんの魅力があるんだか。裏庭にある大きなハクモクレンの木の花も、今年はもう見られないのでしょう…

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