京都へ

  • 2018.11.15 Thursday
  • 05:59
講習が終わってから、最終の飛行機で帰ることもできたけれど、せっかくの関西なのでもう一泊し、久しぶりに京都の植物園を見てくることにしました。梅田の駅に向かって御堂筋を歩いて行くと、有名なイチョウ並木もこの辺りではかなり若い木ばかりだし、先日の台風で、幹をへし折られたものがたくさんあるのに気付きました。ビル風で一層強くなっていたのかもしれません。
御堂筋

阪急梅田駅には、京都線と宝塚線、神戸線が。この時間にはひっきりなしに到着するので、ものすごい人並みに呑み込まれそうになりながら、ようやく右端の京都線特急のホームにたどり着きました。阪急電車は、この「阪急マルーン」という色を絶対に変えることなく、昔からこだわり続けている会社です。阪神電車に最近塗られたオレンジが、あの巨人の応援の色に似ていて気持ち悪いと、株主総会で社長が糾弾された会社とはえらい違いです…(笑)
阪急電車

京都の府立植物園には、多分20年以上行っていないと思います。以前はけっこう行きにくかったけれど、今は地下鉄で北側の北山駅が直結されて便利になりました。とはいえ、やはり正門側から入りたいので、一つ手前の北大路駅で降り、散歩しながら入ることにしました。北大路の商店街では、アーケードがあるのでずらりとプランターが並べられていましたが、その間にこんな水タンクが。アーケードに降った水が入るようになっていて、バケツやじょうろで水やりをしていました。
北大路商店街

鴨川の手前で信号待ちしている時、石垣に生えている植物に花が咲いていると思ったら、なんとランタナでした。京都の冬は結構寒いはずなのに、こんなものが野生化できるようになったのですね。高瀬川沿いにデュランタが植えられていたそうですから、夏だけでなく冬も暖かくなってきているのかもしれません。
ランタナ

鴨川にかかる北大路橋は、さすが京都というデザインになっています。街並み自体は全然和風ではなくなっているけれど、こんな所だけ和風にされてもなぁ…という違和感はあちこちで見かけてしまいます。古い町屋がどんどん壊されていきつつあるので、京風が味わえるのは、社寺の境内や料亭の庭だけになっていくのかもしれません。
北大路橋

鴨川を眺めるたびに、うらやましいなぁ…といつも思ってしまいます。豊平川は確かに有数の急流河川だけれど、せめてあと50m川幅を広くしておけば、もう少しゆったりと水を流すことができたのに。そうすれば鴨川のように、低い落差工をたくさん設けることにより、もう少しやさしい流れにすることができたはずです。
鴨川

植物園へのアプローチには、ケヤキ並木が続いていて見事です。イチョウの黄葉のように派手さはないけれど、歴史を感じさせてくれます。
ケヤキ並木

ケヤキの幹にはびっしりとノキシノブが。歩いて行く南側には着いておらず、北側だけなのは、夏の強い日差しを避けているのかもしれません。松山の家でも、大きなカシの木に着いており、ある程度の大きさになれば自然に生えてきたように思います。久しぶりに見たので、懐かしくなってしまいました。
ノキシノブ

大阪らしさ

  • 2018.11.14 Wednesday
  • 06:00
今回泊まったのは、梅田の少し外れたところでした。梅田の地下街は完全に迷路。地元の人でも迷うというくらいで、案の定迷ってしまいました。そういう時にはとにかく地上に上がること。なんとか目印を見つけて、ホテルにたどり着くことができました。
飲み屋街

御堂筋からの小路の入り口には、なんと鳴門海峡産?の天然たいやき屋が!まさか本物の鯛焼きが…と思ったら、フツーのたい焼きでした。鳴門鯛焼本舗とは、なんとも大阪らしいネーミングですねぇ…(^_^;)
天然たい焼き

そのすぐ裏には、お初天神の入り口があります。正式には露天神社(つゆのてんじんしゃ)というのですね。中に入るとなかなか素晴らしい空間なので、翌日再訪することに。
露天神社

露天神社は曾根崎地区の村社で、創建が700年頃と、大阪でも有数の歴史があるそうです。近松門左衛門により、お初・徳兵衛の心中の舞台となったことから、お初天神の名前が定着しました。恋人の聖地とののぼりがたくさん立っており、通勤前にお参りしている人がたくさんいるのは、みなさん恋愛の成就を祈っているのでしょうか。
お初天神

社の左にキンカンが成っているのかと思ったら、立派な石柱に「左近の橘」と彫られていました。タチバナには鋭い棘があるはずだけど、これには全然見当たらず、トゲナシタチバナなんてあるのかなぁ…
左近の橘

昨日は暗くなってしまったので、JR大阪駅の回りを少しうろうろと。阪神百貨店が建て替えで壊されており、駅前広場も工事中。本当にどこもかしこも工事だらけなんですね。最近流行のカセット式の壁面緑化には、JRの文字が入っていました。
壁面緑化

研修の会場は新大阪の駅前なので、昼食は構内の食堂街をうろうろと。うどん屋の美々卯を見つけて、やっぱきつねうどんを頼みました。美々卯のうどんは出汁にこだわりがあり、利尻昆布と宗田鰹と本枯節から2時間かけて出汁をとるのだそう。独特の黒七味をたっぷりかけました。
美々卯

熱いのと、七味が辛いのとで、汗が噴き出してしまいましたが、なか卯の4倍もの厚さのある揚げの美味しいこと。出汁の旨味をかみしめながらいただきました。大阪のうどんは讃岐と違ってふにゃふにゃなのは想定内。つゆもしっかりといただいて満足しました。
出汁の旨さ

晩秋の大阪

  • 2018.11.13 Tuesday
  • 05:46
大阪に来ています。公園管理運営士という資格は、5年に一度更新講習を受ける必要があり、いつもは東京で受けていたのですが、忙しい最中だったので、今回は大阪で受けることに。関西は久しぶりだったので、楽しみでもありました。
昼過ぎに伊丹空港に着くと、どんよりとした曇り空。モノレールに乗ろうとして、ふと下を見ると何か花が咲いているので降りてみると、八重のサクラが咲いているのです。ちょうどおばちゃんが写真撮していたので聞いてみると、台風の塩害でみんな葉を落としてしもたら、狂い咲きしよってん。こないだうちならもっと満開やったのに、まだ咲いてんやわ〜とのことでした。
サクラ

モノレールに一駅だけ乗り、次の蛍池(ほたるがいけ)で阪急電車に乗り換えです。関西に来ると一番気をつけなければならないのが、エスカレーターでは必ず右側に立たなければならないこと。つい左に立ってしまうと、ぼけ〜どかんかい!と、どつかれてしまいます。案内放送でも、右側に立って手摺りをお持ちください〜とやってました。
右側

阪急の梅田駅は、日本一格好のいいターミナルだと思います。まさにターミナルの言葉通りの頭端式ブラットホームで、京都線、宝塚線。神戸線がそれぞれ3線の10面9線ある、わが国最大のターミナルです。鉄ちゃんにとっては、いつまでも見飽きない場所なので、しばらくうろうろしてしまいました。
梅田

暗くなるまで、梅田周辺の屋上緑化を見て歩きました。JR大阪駅の北側には、グランフロント大阪という、4本の高層ビルを持つ巨大な建物が続きます。この一番手前のビルの9階に、テラスガーデンがあるのです。
グランフロント

大阪駅の北側には、もともと広大な操車場がありましたが、都心部の好立地なので、いつまでもそんな使い方はできません。東京でも品川で再開発が進められているようですが、あと10年もすれば、風景が変わってしまうことでしょう。
再開発

ちょうど手入れの真っ最中で、シマトネリコを剪定した枝を、せっせと細かく切ってフゴに詰め込んでいました。エレベーターに積んで下ろすしかないので、けっこう大変だとか。私もグランドホテルの屋上庭園の手入れをやっていたので、いろいろ聞きたかったのですが、真っ黒い坊主頭の親方がにらんでいたので、あまり聞けませんでした…(^_^;)
手入れ中

レストラン前の植え込みにはローズマリーが。昔はこんな使い方なんてやらなかったのですが、最近急速に使われるようになってきました。まもなく花が咲いてくるので、便利な素材です。
ローズマリー

片隅にひっそりと、斑入りのツワブキが咲いていました。まもなくサザンカが咲き始め、年末特有の花風景になっていくことでしょう。
ツワブキ

冨茂登

  • 2018.10.09 Tuesday
  • 05:37
冨茂登は、宝来町にある千秋庵総本家のお隣。栞に「山のふもとの憩ひの家に 今日もほのぼの灯がともる」とあるように、目の前にある高田屋嘉兵衛像の上には函館山の山頂が望めます。

冨茂登

この建物は、戦前の1935(S10)年の建造といわれ、確かに廊下を歩いて行くと少し波打っている感じがします。人数が多かったのでこの大広間での会食でしたが、欄間や天井の細工はしっかりしていました。
座敷

料理のレベルもさることながら、仲居さんたちのサービスが細やかで、いろんな方がここを贔屓にしているようです。外には出ていませんが、高倉健さんは特にこの店を贔屓にして、亡くなられるまで晦日は必ずここで過ごしていたそう。もう公表してもいいでしょう。献立も丁寧な作りになっていました。
メニュー

お造りは海峡鮪に、知内産平目、戸井産真蛸。一切れずつだけだったけれど、とっても美味しかった。鍋物は紙製で、ズワイガニの寄せ鍋だけど、具よりあまりにも出汁が美味しくて、全部すくっていただきました〜
紙鍋

もちろん庭もチェックしました。一通りメニューは揃っているけれど、全然しっとり感がなく、かなりがっかり。植木屋時代には‘海陽亭’と‘高はし’という料亭の庭の管理をやっていたので、どうしても比べてしまいます。函館の植木屋は「奥地」の我々をいつもバカにしていたけれど、負けてなるものかといろいろと研鑽していましたから。
庭

会食が終わり、遺影を片付けて初めて全貌が見えた掛け軸です。「清風払う」のはなんだろうと思っていたら、下に明月が隠れていました。戻ってから調べて見ると、「清風明月を払い、明月清風を払う」という禅語の一部で、禅の悟りの清らかさを表した言葉だそうです。宗派が曹洞宗なので、これを選んだのでしょうか?
掛け軸

帰ろうと玄関に向かって行くと、来た時にはよく見ていなかった陶磁器のコレクションが目に入りました。我が国の名陶が網羅され、松山の砥部焼もちゃんと入っていました。白磁に藍色の絵付けなので、他に比べてちょっと違和感がありますが。
焼き物

会席は、6,200円から16,000円までの間、お昼のミニ懐石は4,752円(税込み)とお手頃だけど、いずれも要予約です。室蘭にいる息子一家が、今月末には引っ越しして函館住まいになるので、一度行って見ようかな〜

法事

  • 2018.10.08 Monday
  • 06:00
昨日は函館の法事に行ってました。函館往復約500キロの旅。幸い台風の直撃にも遭わず、無事に戻ってくることができました。家を出発したのはまだ暗い5時過ぎ。中山峠を越えて豊浦に抜け、そこから高速に乗って、ちょうど4時間で函館に着きました。早い時間帯だったので、道路ががら空きだったので助かりました。十字街の手前で、函館山が見えてくると、ようやく着いたという気持ちになります。
函館山

今回は、母の一周忌、父の七回忌、叔母の23回忌の法事がありました。場所は菩提寺である地蔵寺。高龍寺の末寺にあたります。外人墓地に隣接しているので、雨の日でも観光客がたくさん歩いていました。
地蔵寺

今回の法事には、余市にいる娘も子連れで行くことに。前日に我が家に来て一晩泊まり、一緒に乗っていきました。読経の間もおとなしくしていたけれど、法事が終わって祭壇を片付けていると、だんだん活発に動き始め、太鼓を叩いたり、木魚をポクポク叩いたりと、大興奮でした。
木魚

法事には、会社関係のつきあいの長い方たちもお呼びしていたので、親族20名ほどと同じくらいの参会者がお見えでした。それからみんなで場所を移し、供養の会食を。会場は宝来町の『冨茂登(ふもと)』2012年ミシュラン北海道特別版で、道南唯一の2つ星を獲得している料亭です。同じ商店会でなじみ深いので、こんな素晴らしいところの食事をいただけることに。内容は別途紹介したいと思います。
会席

夜は、かみさんの兄弟姉妹が集まったので、みんななじみのショットバー『杉の子』へ。現在の経営者は義兄の同級生です。スコッチやアイリッシュウィスキーを堪能しながら、頭がぐるぐる回るまで、楽しい時間を過ごしました。
杉の子

温根湯温泉

  • 2018.02.09 Friday
  • 05:58
昨日は、温根湯温泉の大江本家に宿を取っていただきました。こういう温泉ホテルに泊まるのも久しぶり。四人部屋に一人で泊まるのはちょっともったいないのですが、のんびりとくつろがせていただきました。夕食は超豪華版。
メニュー

この他にも2品出てきたので、小食の私は完全にノックアウトでした。ご飯いただかなくていいのですか?と仲居さんに言われたけれど、なんとかこれだけ完食するのが精一杯。とても丁寧な作りで美味しかったです。
晩ご飯

さすがに疲れが出たのか、部屋に戻ると目が開かなくなり、早々にバタンキュー… 室温をかなり下げたはずなのに、夜中に汗をかいて目が醒め、完全に切っておいてもちょうどいいくらいでした。朝風呂にじっくり入ってのぼせるほど。ph9.1のアルカリ泉だというけれど、特にぬめりもなく、体の芯までしっかり温まりました。ここの泉質は独特のものが含まれていて、特に美肌効果が高いことが強調されていますよ〜 部屋に戻ると夜が明けており、眼下に温根湯の町が広がっていました。ピーカンに晴れていたし、川面から‘けあらし’が立ち上っていたので、かなり冷え込んでいることでしょう。露天風呂を遠慮して正解だったかな…(^^;)
温根湯

列車に合わせて駅まで送っていただけるというので、それまで辺りを散歩してみました。前日が−25℃で少し寒く、今朝は−20℃なのでかなり暖かいです〜とフロントに言われたけれど、さすがに顔がピリッと痛く感じます。目の前を流れる無加川からは、けあらしがゆらゆらと立ち上り、河岸のヤナギの枝に真っ白な樹氷が着いていました。
けあらし

真っ白な枝を見上げていると、朝日を浴びてダイヤモンドダストが音もなく漂っていて、なんとも幻想的な光景でした。北海道に来て2年目くらいの冬に、滝川でアンケート配付のアルバイトやっていて、初めてこれを見た時には感激したけれど、むちゃくちゃ寒かったのを思い出してしまいました。その頃の防寒着なんて、ペラペラだったからねぇ…
樹氷

無加川の川面をよく見ると、カモがたくさん流れのよどみに固まっていました。あとで送っていただいた方に聞いてみると、時々餌をやっていたら、年々数が増えてきて、今は30羽くらいがこのあたりで越冬しているとのこと。自然の餌がこんな流れの中にあるのかなぁ…
マガモ

留辺蘂の駅も、かつては森林鉄道によって運ばれてきた木材の積み出し基地として、活況を呈していたそうですが、2年前にとうとう無人駅になってしまいました。待合室には細々とストーブが燃えていたけれど、時計もなく、なんともわびしいものです。アイヌ語の「ルペシペ」(越え下っていく道)に漢字を当てたものだそうですが、蘂なんて植物に関係しているから分かるけれど、超難読地名であることは間違いないでしょう。でも平成大合併に際して、つまらない地名にしたところに比べれば、土地の成り立ちをしっかり守り抜いていることに敬意を表したいです。
るべしべ

別府タワー

  • 2017.11.22 Wednesday
  • 06:15
先日別府に行った時に、一箇所だけお願いして連れて行ってもらったのが別府タワーでした。4階建てのビルの屋上に乗っかっている、見た目はかなり不格好なタワーながら、結構由緒あるものなのです。
別府タワー

テレビの普及に伴って、昭和20〜30年代に次々に建てられたテレビ塔は、すべて建築家の内藤多仲(たちゅう)によって設計されています。1954(S29)の名古屋を皮切りに、2代目通天閣、そしてこの別府タワーと建てられました。
兄弟1

札幌テレビ塔は4番目、その後東京タワーと、ちょっと遅れて博多ポートタワーが建てられています。最近ではこの六つをタワー六兄弟として売り込んでいるとか。内藤はわが国の建築構造学の父とまで呼ばれ、耐震構造を発展させた功績でも知られています。これらのタワーが建設された後、航空法が変わって60m以上の構造物は赤白に塗り分けなければならなくなったのですが、初めの三つは当初の銀鉄色を守り抜き、航空障害灯の設置によって切り抜けました。これにより、初めの三つは国の登録有形文化財に指定されていますが、あとの三つは指定されていないのです。
兄弟2

展望台は55mしかないので、今では普通のビルの高さですが、建築当初は見事な眺望が人気を博したことでしょう。この国道はもともと海岸だったそうで、このあたりもどんどん埋め立てられていったところだとか。
海岸

反対側には高崎山が見えていました。今回は行かなかったけれど、小学生の修学旅行で行ったので、ラクテンチと共にまた行きたいところです。意外と大きな山だったことには驚きでした。
高崎山

展望室のガラスはヒビだらけ。受付のおばさんに、こんなにヒビが入って大丈夫なの?と聞いたら、こんなもの交換するったら、ものすごいお金がかかるので、とってもできないんですよね〜まぁ大丈夫なんじゃないの、とのことでした…(^^;)
窓ガラス

タワー六兄弟みんなにキャラができているのか分かりませんが、ここは三男なので「別府三太郎」なんだそう。テレビ父さんよりはましだと思いますが…
三太郎

別府の見どころ

  • 2017.11.11 Saturday
  • 05:44
別府の町は本当に見どころが多くて、とても回りきれません。それでも友人のY氏が「別府八湯語り部の会」の会長をしており、彼の的確なガイドのおかげで、短時間にしっかり見て歩くことができました。ここではほんの一部しか紹介できませんが、ユニークなところを振り返ってみることにします。

木造ながら、どっしりとしたファサードを持っているのが松下金物店。1929(S4)年の建築で、北大農学部(1936(S11)年)の外壁とほとんど同じスクラッチタイルが使われています。
松下金物店

店内に入ると、まるで骨董屋さんかと思うような古い資材が置かれている中に、現役の金物屋としての資材も混在しています。上を見上げると戦前のものと思われる商品看板がずらりと掛けられていました。
商品看板

真っ暗な店内の奥の方には、どこに何を置いているのか分かっているのかなぁ…?と心配になるようにたくさんの資材がすき間なくおかれています。いつまで営業していけるのか、心配な店だとか。
店内

先日のブラタモリでも訪れていた、店内のお風呂も見せていただきました。今でも少しぬるめの温泉が、手前の方で湧いてきています。大きなかまどの並んでいる土間から入るようになっており、たくさんの従業員がいた当時には、さぞや賑わっていたことでしょう。
お風呂

すぐ近くの街角に、ちっちゃな店構えの和菓子屋さんがありました。80歳を超える老夫婦が和やかに切り回しており、自然薯(じねんじょ)を使った「かるかん」が名物です。自然薯を掘ってくる人、くねくねと曲がったイモをむく人など、いろんな人がこの味を守っているとのこと。
不老軒

この味をひいきにしていた人はかなりいて、中でも山口瞳さんやミヤコ蝶々さんは、大のひいきだったそうです。南都雄二さんがふらりと訪れ、「蝶々がかるかん買うてこいゆうんで、大阪から飛行機で飛んで来たんよ〜」と言われたのにはびっくりしたそう。
山口瞳

この辺りは、その昔は遊郭だったところで、置屋や見番、貸席だった建物がまだいくつか残っていました。
遊郭跡

竹瓦温泉の向かいには、温泉街特有の繁華街の名残がありました。右の一角はつい最近取り壊されてしまったそうですが、残っている建物には今風のいろんな店がまだ営業しています。
竹瓦小路

このアーケードは、1921(T10)年に作られた日本最古の木製アーケードで、大部分は波板パネルに入れ替わっているけれど、本来はすべてガラス張りだったとか。いつ崩れてもおかしくないほど老朽化していて、消え去るのも時間の問題のようだけど、信じられないようなものが残っている不思議な町でした。
木製アーケード

別府の温泉

  • 2017.11.09 Thursday
  • 06:00
別府は我が国最大の温泉郷。源泉数、湧出量ともに日本一で、なんと全国の一割がここから湧出しているそうです。人口12万人の町に、毎日12万トンもの温泉が噴き出しており、一人当たり一日1トンもあるのです。古来別府八湯といわれ、旧市街にある狭義の別府温泉を初め、地獄で有名な鉄輪(かんなわ)温泉や湯の花を採っている明礬(みょうばん)温泉など、泉質にも特色があります。ここは観海寺温泉の一角の住宅地にあるお寺の裏庭ですが、池の中から豪快に大量のお湯が自噴していました。幸い道路との間には三面貼りの川があるので、間違って落ちる心配はなさそうですが、百度近いお湯なので間違いなく即死だそう。全く使われずに川に流れているだけで、なんだかもったいないなぁ。
源泉

別府温泉の特色の一つが、数百軒もあるといわれる共同浴場です。このマップのうち、赤文字は市営の共同浴場、青文字は地域の自治会などが運営する共同浴場です。(緑文字は、組合員のみ利用できる温泉とのこと) 別府駅を中心とした狭義の別府温泉には、角を曲がれば温泉があるといった感じです。
市営温泉

私たちが泊まったのは、別府駅から数分のところにある駅前高等温泉。この建物は1924(T13)年に建てられたもので、築93年経っています。廊下は波打って危険なほどですが、部屋にはエアコンも付けられ、トイレは共同ながらウォッシュレットでした。浴室は暗くて超年季がたっている代物ですが、ぽっかぽかに暖まりました。
駅前高等温泉

すぐ近くにある竹瓦(たけがわら)温泉は、1938(S13)年に建てられ、大きな唐破風を載せたレトロな雰囲気を持っています。これでも入浴料は100円です。
竹瓦温泉

町歩きをしていると、ちょっと角を曲がると共同浴場があり、家庭でも源泉を持っている家では、温泉のタンクを庭先に置いてあるところも。共同浴場の特徴の一つが、必ず町内の集会場や事務所を併設しているのだそう。ここは右の入り口から二階に上がると集会場になっていました。
紙屋温泉

源泉によってそれぞれ少しずつ泉質が異なり、この紙屋温泉は飲泉ができることで知られているとか。確かに変な香りや味もなく、ペットボトルで汲みに来る人がいるそうです。
飲泉

駅前にある春日温泉は、道路に面して集会場があり、脇の路地の奥に温泉の入り口がありました。古い建物ばかりで、昨年の地震で倒壊したところもあったそう。窓といってもスカスカになっているので、寒くないのかと思ったら、源泉掛け流しでもうもうと湯気が充満するので、このくらいがちょうどいいそうです。
春日温泉

ちょうどお掃除中で、中を覗かせていただきました。多くの共同浴場は脱衣所がなく、浴室で直接裸になって風呂に入れるようになっているため、湯冷めすることもないのです。昔から住んでいる人は、月間の利用券が千円なので、家で湯を沸かすことなくここに入りに来るけれど、最近の若い人たちはこんなところに来るのを嫌がり、年々利用者の高齢化が進んでいるそうです。
浴室

お堀端の散歩

  • 2017.11.07 Tuesday
  • 05:58
昨日の夜にようやく札幌に戻りました。五日間で福岡から熊本、そして別府と松山を通り抜ける慌ただしい旅でしたが、さいわい雨には一度も当たらず、暑くも寒くもないちょうどいい天気で、本当に恵まれました。いよいよ松山から帰るために、ホテルのある城山の北側から、市内電車の環状線に乗って松山市駅前に向かってました。すると車庫のある古町(こまち)から、坊ちゃん列車が追っかけてきました。JR松山駅前が始発なので、単線のためすれ違いに支障がないように、先行の電車のあとをつけてきたのです。20mくらいあとを付かず離れずついてくるのでおかしかったです。
坊ちゃん列車

昼前の飛行機まで一時間ほど時間があったので、市駅からお堀端周辺を散歩することに。(JRは松山駅、伊予鉄道は松山市駅で、普通は市駅と呼んでいます。)歩道の植えますに植えられているマーガレットはもちろんツツジのような低木になって満開になり、隣のサルビア・ガラニチカも低木状に木化しておりました。
マーガレット

別府市内に最近植えられているという街路樹が、車中から何か判断できなかったのですが、ちょうど間近に見ることができました。最近流行だというシマトネリコ(Fraxinus griffithii)だったのです。花かと思っていたのは果実で、同じ仲間のアオダモにそっくり。わが国では沖縄だけに自生する熱帯から亜熱帯産の樹木なので、暖地でしか楽しめませんが、病害虫の心配がほとんどなく、長く楽しめるので人気があるのでしょう。
シマトネリコ

その足元にはツワブキ(Farfugium japonicum)が咲いてきており、この時期に松山に来たことがなかったので、懐かしく感じました。
ツワブキ

東堀端から見上げる松山城は、麓にある県庁とのコントラストがよいので、よく観光写真に使われます。昨日は霞もなくくっきり晴れていたので、よけいに美しく見えました。
県庁

堀之内公園には、かつて野球場や総合グラウンド、ラグビー場や国立病院がぎっしりと詰まっていたものを、すべて移転させて広々とした芝生広場になっていました。その回りに列植されていたのがアキニレ(Ulmus parvifolia)です。間近で見たのは初めてで、樹皮がボロボロはげる様子は、同じニレ科のケヤキによく似ていました。葉もケヤキより小さく、ハルニレとは全然似ておりませんでした。
アキニレ

南堀端から市駅までの間は花園町の商店街。幅の広い道路にはイチョウの街路樹が分離帯状に植えられ、走行車線と駐車帯のようになっていたものを、車道をつぶして自転車走行帯と休憩スペースが整備されていました。松山の町には自転車走行帯がかなり整備されてきており、一年中走れる町がうらやましいかぎり。
自転車道路

すると汽笛を響かせて、もう一編成ある坊ちゃん列車がやってきました。あれっ?これはディーゼル機関車なのにビューゲル(電気を取るパンタグラフみたいなもの)がついている!と思ったら、あとで調べてみるとポイントを切り替えるために、架線に付いている切り替え装置を操作するトロリーコンタクターというものなんだそう。停止位置によって右の道後温泉行きなのか、左のJR松山駅行きなのか、ポイントを切り替えることができるようになっているので、ここでだけバネで上げているのでした。ちなみに左からやって来たのは、最新型の5000系車両で、旧型車がこれに置き換わっていくことになるようです。
坊ちゃん列車2

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM