大阪から帰着

  • 2019.03.01 Friday
  • 05:58
3日目のホテルは、梅田駅に接している電鉄系のホテルなので、朝早くからごろごろと電車がひっきりなしに出入りする音が聞こえました。阪急電車は、全部同じ形、同じ色(阪急マルーン)なので、そういう意味では面白くないかも。
梅田駅構内

昼の飛行機の前に、もう一箇所公園を見てこようと思ったけれど、夜半からの雨がかなり強く、建物近くから見えそうな所に行くことに。超激混みの御堂筋線でなんばに行くと、南海の駅もすっかり変わってびっくり。かつてここにあった大阪球場の跡地を再開発し、駅から南に「なんばパークス」という巨大商業施設やビジネス街に大変身しているのでした。
南海難波駅

それらの再開発ビルは、ゆるやかな段々状に配置され、その屋上がすべて緑化されているのです。多分日本最大規模だと思いますが。中には入れないけれど、いろんな角度から見えるかな…とやって来たのです。
なんばパークス

ガーデンの入り口は2階部分にあり、やはり10時からオープンとなっておりました。
入り口

ここはガーデンツアーもやっているそうで、いろんな見どころが掲示されていました。また見に来なくては。
サイン

この不思議な建物は、六本木ヒルズや博多のキャナルシティを手がけた、アメリカの建築家(ジョン・ジャーディ)の手によるとのこと。どうりで雰囲気が似ていると思いました。グランドキャニオンの底に立っているような、不思議な感覚になってしまうけれど、よくこんな難しい形の建物を作れるものだと、感心してしまいます。
建物

タワーになっているビジネス棟に吸い込まれるように、たくさんの方が通る足元には、花屋さんだけが店を開けていました。ここでオフィスに飾る花を買っていく人が多いのでしょうか?
花屋さん

残念な天気になってしまったので、少し早めに空港に行こうと、御堂筋線で終点の千里中央まで行き、モノレールで伊丹に向かうことに。いつもは蛍池(ほたるがいけ)から一駅しか乗らないので、たっぷりとモノレール軌道の雰囲気や、沿線の眺めを楽しむことが出来ました。
モノレール

新千歳空港が混んでいて、しばらく長沼上空を旋回していましたが、よく見ると畑に融雪剤を撒いているのにびっくり。農家さんも2月に撒いたのは初めてでは?日差しが続くのなら、少しでも融かしておこうと考えているのでしょう。確かに出張中も雪は降っていないし、相変わらず予報に雪マークが見当たらないので、このまま雪融けが進んでいくのでしょうか…
融雪剤

鶴見緑地へ

  • 2019.02.28 Thursday
  • 05:36
三日目の朝は、どんより曇って肌寒くなりましたが、コートを着るほどでもない微妙な寒さでした。三宮のホテルは新しく出来て間もない様子。エレベーターホールにも、ちゃんと生きた植物が飾られているのに、ちょっと感激しました。サンスベリアとホンコンカポック、フィカス・プミラの組み合わせで、耐陰性にも配慮されたしっかりしたセレクトでした。
ホールのグリーン

ホテル近くの街角で、こんなプランターを見つけました。昔使っていたタイル貼りの流しに、ちょうどいい大きさのキャスター付きの台がセットされています。壁に付いている蛇口が生きているのか分かりませんが、ほのぼのして嬉しくなってしまいました。
街角のプランター

サンチカタウンという三宮の地下街でも、ちゃんと店の前に一つずつ寄せ植えのプランターが置かれているので、そういう文化が根付いているということなんでしょうか。
サンチカタウン

JRで大阪に移動すると、街角には早速タイガースが登場。オフシーズンだから静かだけれど、シーズン中だときっと賑やかなことでしょう。
タイガース

午前中の目的地は、鶴見緑地にある咲くやこの花館です。この鶴見緑地では、1990年に花の万博が開かれました。88年10月にコンサルに転職した時、当時植物園におられた辻井先生に転職の挨拶に行ったら、ちょうどいい時に来た。さっき大阪市の人が来て、2年後の万博では咲くやこの花館の高山植物室で期間中ずっと花を切らさないようにしたい。高山植物の開花調節を試験したいので、あんたにピッタリだから手伝ってくれないか、ということになったのです。二年間大変だったけれど、人生面白いことに行き当たるものです。
鶴見緑地

メインアプローチには、2列にラクウショウの並木が植えられていたけれど、昨年関西を襲った台風で、かなりの被害があったようです。せっかくのすっきりしたシルエットが、これでは台無しになってしまっておりました。
ラクウショウ

貼り紙を見ると、園内の樹林地ではまだ倒木の処理が終わっていなくて、ようやく3月から通行ができるようになるそうです。あとで聞くと2万本もの木が被害を受けたとか。昨年は本当に自然災害の多い年でした。
臨時閉園

午前中で視察されていた方達は帰られたので、午後からは一人で市内を歩き回り、大阪でもう一泊しています。夜は梅田の居酒屋で古い友人と旧交を温め、仕事のこと、家族のこと、世の中のことなど、久しぶりに腹を割って語り合いました。札幌ではなかなかこういう時間をもてないので、もやもやしていたものがすっきりした気分です〜
居酒屋

淡路へ

  • 2019.02.27 Wednesday
  • 05:55
訪問した場所の詳しい情報は、また後日報告することとします。昨日は名古屋から神戸に移動して、淡路島を目指しました。新幹線で新神戸駅まで、ちょうど1時間。久しぶりに乗ったけれど、音も揺れも全然しなくて、本当に素晴らしい移動手段なんだと実感しました。
新幹線

新神戸駅からは高速バスで淡路に。明石海峡大橋の大きさには、いつもながら驚嘆します。これだけあちこちの土木構造物を造ってしまうと、もう国内では腕を振るうところはなくなってしまったのでは…と思ってしまいます。
明石海峡大橋

淡路夢舞台は、バス停のあるウェスティンホテルと、奇跡の星の植物館の間に、無駄に広いよく分からない空間が広がっています。なんでもっと素敵なアプローチを造らなかったのか…かの有名な建築家のなせる技には、理解しがたいものがあります。
青竹

それでも、まだ残っているパンパスグラスの大きな穂に感激したり、見どころを探しながら近づいていきました。
パンパスグラス

かなり近づいたあたりには、瓶ブラシのような花を咲かせるバンクシアが。オーストラリア原産の不思議な花木ですが、露地に育っているのを見ると、やはり感激してしまいます。
バンクシア

植物館の入り口には、壁面緑化による大きなサインが設置されていました。不思議なうねりのある土壁は、左官の技によるもので、吹き曝しの場所でも全然平気なようです。館内にもこれと緑を組み合わせた作品が、いくつも設置されていました。
壁面修景

年間7回の展示替えが行われており、春のこの時期はラン展でした。もう15回目になり、その都度特徴的なランを世界中から集めてきた結果、多分国内では最大規模のコレクションになっているのだとか。豪華さが売りの一つですが、コレクション的に見ていっても、素晴らしい展示になっているのです。
ラン展

辻本さんのご案内でたっぷり園内を鑑賞したあと、再びバスとJRを乗り継いで三宮に戻りました。三宮の繁華街は駅の北側なので、ぶらぶら歩きながら店を覗いていくと、神戸牛を売りにしている店のなんと多いこと。そこまでガッツリ食べる訳にはいかないので、安くてうまそうな焼き鳥屋さんに入ると、これが大正解で、神戸の夜のひとときを楽しむことができました。
東門街

名古屋へ

  • 2019.02.26 Tuesday
  • 05:47
最初の目的地は名古屋なので、飛行機は中部国際空港に向かいました。ここから帰ったことはあったけれど、向かったのは初めてでした。新潟から長野を抜けていくと、真下に諏訪湖が。かつては毎年御神(おみ)渡りがあるほど寒かったけれど、凍らない年もかなりあるようです。諏訪湖というと、近くに住んでいた柳生真吾さんがよく来ていたところ。ちょっと思い出してしまいました。
諏訪湖

空港から名古屋までは名鉄の電車で移動。ちょうどミュースカイという特急があったので、それでいくことにしました。この列車専用のホームがあり、ホームドアと言っても天井まで覆ってしまうほどのガッチリした造りで、電車の姿を写すことができません。これじゃ撮り鉄にはかわいそうかも。
ミュースカイ

ミュースカイは,名古屋まで30数分で行くけれど、座席指定特急券が360円もかかります。これはちょっと取りすぎかと。
チケット

待ち合わせに時間があったので、久屋大通公園を散歩することに。テレビ塔が立っているので、札幌の大通公園とよく比較されるけれど、造りはかなり違います。内藤多仲(たちゅう)が短期間に次々と造った5本のタワー(名古屋、通天閣、別府、札幌、東京)の長男で、創建時の銀鉄色を頑なに守っています。
テレビ塔

これまで何度も来ていたけれど、落葉期に来たのは初めてで、両側に植えられているのがほとんどクスノキであるのに初めて気がつきました。冬の常緑樹はよく目立ちます。だから薄暗く感じていたのですね。
クスノキ

札幌の大通公園と違って、花壇がある訳でもなし、なんか殺風景で歩いている人もベンチに座っている人もほとんどおりません。どでかいモニュメントや地下街の排気棟が立ち並ぶばかりで、実につまらない空間となっているのです。
モニュメント

公園の南端は、都市高速道路のある若宮大通で区切られています。戦後の大改造で造られた100m道路の一つで、車がビュンビュンすっ飛ばした走っています。モニュメントやその回りにパンジーが植えられ、小綺麗にされているけれど、何かしっくり来ないのは芝生が真っ黄色になっているせいでしょうか。冬には枯れてしまう日本芝は、やっぱりもの足りません。常緑の西洋芝のありがたみを感じてしまいます。
パンジー

この通りの街路樹はトウカエデでした。これが無剪定で伸びやかに枝を伸ばしているのです。台風がよく来る地域でも、こんなにがんばって維持されているなんて、本当にうらやましくなってしまいました。
トウカエデ

京都へ

  • 2018.11.15 Thursday
  • 05:59
講習が終わってから、最終の飛行機で帰ることもできたけれど、せっかくの関西なのでもう一泊し、久しぶりに京都の植物園を見てくることにしました。梅田の駅に向かって御堂筋を歩いて行くと、有名なイチョウ並木もこの辺りではかなり若い木ばかりだし、先日の台風で、幹をへし折られたものがたくさんあるのに気付きました。ビル風で一層強くなっていたのかもしれません。
御堂筋

阪急梅田駅には、京都線と宝塚線、神戸線が。この時間にはひっきりなしに到着するので、ものすごい人並みに呑み込まれそうになりながら、ようやく右端の京都線特急のホームにたどり着きました。阪急電車は、この「阪急マルーン」という色を絶対に変えることなく、昔からこだわり続けている会社です。阪神電車に最近塗られたオレンジが、あの巨人の応援の色に似ていて気持ち悪いと、株主総会で社長が糾弾された会社とはえらい違いです…(笑)
阪急電車

京都の府立植物園には、多分20年以上行っていないと思います。以前はけっこう行きにくかったけれど、今は地下鉄で北側の北山駅が直結されて便利になりました。とはいえ、やはり正門側から入りたいので、一つ手前の北大路駅で降り、散歩しながら入ることにしました。北大路の商店街では、アーケードがあるのでずらりとプランターが並べられていましたが、その間にこんな水タンクが。アーケードに降った水が入るようになっていて、バケツやじょうろで水やりをしていました。
北大路商店街

鴨川の手前で信号待ちしている時、石垣に生えている植物に花が咲いていると思ったら、なんとランタナでした。京都の冬は結構寒いはずなのに、こんなものが野生化できるようになったのですね。高瀬川沿いにデュランタが植えられていたそうですから、夏だけでなく冬も暖かくなってきているのかもしれません。
ランタナ

鴨川にかかる北大路橋は、さすが京都というデザインになっています。街並み自体は全然和風ではなくなっているけれど、こんな所だけ和風にされてもなぁ…という違和感はあちこちで見かけてしまいます。古い町屋がどんどん壊されていきつつあるので、京風が味わえるのは、社寺の境内や料亭の庭だけになっていくのかもしれません。
北大路橋

鴨川を眺めるたびに、うらやましいなぁ…といつも思ってしまいます。豊平川は確かに有数の急流河川だけれど、せめてあと50m川幅を広くしておけば、もう少しゆったりと水を流すことができたのに。そうすれば鴨川のように、低い落差工をたくさん設けることにより、もう少しやさしい流れにすることができたはずです。
鴨川

植物園へのアプローチには、ケヤキ並木が続いていて見事です。イチョウの黄葉のように派手さはないけれど、歴史を感じさせてくれます。
ケヤキ並木

ケヤキの幹にはびっしりとノキシノブが。歩いて行く南側には着いておらず、北側だけなのは、夏の強い日差しを避けているのかもしれません。松山の家でも、大きなカシの木に着いており、ある程度の大きさになれば自然に生えてきたように思います。久しぶりに見たので、懐かしくなってしまいました。
ノキシノブ

大阪らしさ

  • 2018.11.14 Wednesday
  • 06:00
今回泊まったのは、梅田の少し外れたところでした。梅田の地下街は完全に迷路。地元の人でも迷うというくらいで、案の定迷ってしまいました。そういう時にはとにかく地上に上がること。なんとか目印を見つけて、ホテルにたどり着くことができました。
飲み屋街

御堂筋からの小路の入り口には、なんと鳴門海峡産?の天然たいやき屋が!まさか本物の鯛焼きが…と思ったら、フツーのたい焼きでした。鳴門鯛焼本舗とは、なんとも大阪らしいネーミングですねぇ…(^_^;)
天然たい焼き

そのすぐ裏には、お初天神の入り口があります。正式には露天神社(つゆのてんじんしゃ)というのですね。中に入るとなかなか素晴らしい空間なので、翌日再訪することに。
露天神社

露天神社は曾根崎地区の村社で、創建が700年頃と、大阪でも有数の歴史があるそうです。近松門左衛門により、お初・徳兵衛の心中の舞台となったことから、お初天神の名前が定着しました。恋人の聖地とののぼりがたくさん立っており、通勤前にお参りしている人がたくさんいるのは、みなさん恋愛の成就を祈っているのでしょうか。
お初天神

社の左にキンカンが成っているのかと思ったら、立派な石柱に「左近の橘」と彫られていました。タチバナには鋭い棘があるはずだけど、これには全然見当たらず、トゲナシタチバナなんてあるのかなぁ…
左近の橘

昨日は暗くなってしまったので、JR大阪駅の回りを少しうろうろと。阪神百貨店が建て替えで壊されており、駅前広場も工事中。本当にどこもかしこも工事だらけなんですね。最近流行のカセット式の壁面緑化には、JRの文字が入っていました。
壁面緑化

研修の会場は新大阪の駅前なので、昼食は構内の食堂街をうろうろと。うどん屋の美々卯を見つけて、やっぱきつねうどんを頼みました。美々卯のうどんは出汁にこだわりがあり、利尻昆布と宗田鰹と本枯節から2時間かけて出汁をとるのだそう。独特の黒七味をたっぷりかけました。
美々卯

熱いのと、七味が辛いのとで、汗が噴き出してしまいましたが、なか卯の4倍もの厚さのある揚げの美味しいこと。出汁の旨味をかみしめながらいただきました。大阪のうどんは讃岐と違ってふにゃふにゃなのは想定内。つゆもしっかりといただいて満足しました。
出汁の旨さ

晩秋の大阪

  • 2018.11.13 Tuesday
  • 05:46
大阪に来ています。公園管理運営士という資格は、5年に一度更新講習を受ける必要があり、いつもは東京で受けていたのですが、忙しい最中だったので、今回は大阪で受けることに。関西は久しぶりだったので、楽しみでもありました。
昼過ぎに伊丹空港に着くと、どんよりとした曇り空。モノレールに乗ろうとして、ふと下を見ると何か花が咲いているので降りてみると、八重のサクラが咲いているのです。ちょうどおばちゃんが写真撮していたので聞いてみると、台風の塩害でみんな葉を落としてしもたら、狂い咲きしよってん。こないだうちならもっと満開やったのに、まだ咲いてんやわ〜とのことでした。
サクラ

モノレールに一駅だけ乗り、次の蛍池(ほたるがいけ)で阪急電車に乗り換えです。関西に来ると一番気をつけなければならないのが、エスカレーターでは必ず右側に立たなければならないこと。つい左に立ってしまうと、ぼけ〜どかんかい!と、どつかれてしまいます。案内放送でも、右側に立って手摺りをお持ちください〜とやってました。
右側

阪急の梅田駅は、日本一格好のいいターミナルだと思います。まさにターミナルの言葉通りの頭端式ブラットホームで、京都線、宝塚線。神戸線がそれぞれ3線の10面9線ある、わが国最大のターミナルです。鉄ちゃんにとっては、いつまでも見飽きない場所なので、しばらくうろうろしてしまいました。
梅田

暗くなるまで、梅田周辺の屋上緑化を見て歩きました。JR大阪駅の北側には、グランフロント大阪という、4本の高層ビルを持つ巨大な建物が続きます。この一番手前のビルの9階に、テラスガーデンがあるのです。
グランフロント

大阪駅の北側には、もともと広大な操車場がありましたが、都心部の好立地なので、いつまでもそんな使い方はできません。東京でも品川で再開発が進められているようですが、あと10年もすれば、風景が変わってしまうことでしょう。
再開発

ちょうど手入れの真っ最中で、シマトネリコを剪定した枝を、せっせと細かく切ってフゴに詰め込んでいました。エレベーターに積んで下ろすしかないので、けっこう大変だとか。私もグランドホテルの屋上庭園の手入れをやっていたので、いろいろ聞きたかったのですが、真っ黒い坊主頭の親方がにらんでいたので、あまり聞けませんでした…(^_^;)
手入れ中

レストラン前の植え込みにはローズマリーが。昔はこんな使い方なんてやらなかったのですが、最近急速に使われるようになってきました。まもなく花が咲いてくるので、便利な素材です。
ローズマリー

片隅にひっそりと、斑入りのツワブキが咲いていました。まもなくサザンカが咲き始め、年末特有の花風景になっていくことでしょう。
ツワブキ

冨茂登

  • 2018.10.09 Tuesday
  • 05:37
冨茂登は、宝来町にある千秋庵総本家のお隣。栞に「山のふもとの憩ひの家に 今日もほのぼの灯がともる」とあるように、目の前にある高田屋嘉兵衛像の上には函館山の山頂が望めます。

冨茂登

この建物は、戦前の1935(S10)年の建造といわれ、確かに廊下を歩いて行くと少し波打っている感じがします。人数が多かったのでこの大広間での会食でしたが、欄間や天井の細工はしっかりしていました。
座敷

料理のレベルもさることながら、仲居さんたちのサービスが細やかで、いろんな方がここを贔屓にしているようです。外には出ていませんが、高倉健さんは特にこの店を贔屓にして、亡くなられるまで晦日は必ずここで過ごしていたそう。もう公表してもいいでしょう。献立も丁寧な作りになっていました。
メニュー

お造りは海峡鮪に、知内産平目、戸井産真蛸。一切れずつだけだったけれど、とっても美味しかった。鍋物は紙製で、ズワイガニの寄せ鍋だけど、具よりあまりにも出汁が美味しくて、全部すくっていただきました〜
紙鍋

もちろん庭もチェックしました。一通りメニューは揃っているけれど、全然しっとり感がなく、かなりがっかり。植木屋時代には‘海陽亭’と‘高はし’という料亭の庭の管理をやっていたので、どうしても比べてしまいます。函館の植木屋は「奥地」の我々をいつもバカにしていたけれど、負けてなるものかといろいろと研鑽していましたから。
庭

会食が終わり、遺影を片付けて初めて全貌が見えた掛け軸です。「清風払う」のはなんだろうと思っていたら、下に明月が隠れていました。戻ってから調べて見ると、「清風明月を払い、明月清風を払う」という禅語の一部で、禅の悟りの清らかさを表した言葉だそうです。宗派が曹洞宗なので、これを選んだのでしょうか?
掛け軸

帰ろうと玄関に向かって行くと、来た時にはよく見ていなかった陶磁器のコレクションが目に入りました。我が国の名陶が網羅され、松山の砥部焼もちゃんと入っていました。白磁に藍色の絵付けなので、他に比べてちょっと違和感がありますが。
焼き物

会席は、6,200円から16,000円までの間、お昼のミニ懐石は4,752円(税込み)とお手頃だけど、いずれも要予約です。室蘭にいる息子一家が、今月末には引っ越しして函館住まいになるので、一度行って見ようかな〜

法事

  • 2018.10.08 Monday
  • 06:00
昨日は函館の法事に行ってました。函館往復約500キロの旅。幸い台風の直撃にも遭わず、無事に戻ってくることができました。家を出発したのはまだ暗い5時過ぎ。中山峠を越えて豊浦に抜け、そこから高速に乗って、ちょうど4時間で函館に着きました。早い時間帯だったので、道路ががら空きだったので助かりました。十字街の手前で、函館山が見えてくると、ようやく着いたという気持ちになります。
函館山

今回は、母の一周忌、父の七回忌、叔母の23回忌の法事がありました。場所は菩提寺である地蔵寺。高龍寺の末寺にあたります。外人墓地に隣接しているので、雨の日でも観光客がたくさん歩いていました。
地蔵寺

今回の法事には、余市にいる娘も子連れで行くことに。前日に我が家に来て一晩泊まり、一緒に乗っていきました。読経の間もおとなしくしていたけれど、法事が終わって祭壇を片付けていると、だんだん活発に動き始め、太鼓を叩いたり、木魚をポクポク叩いたりと、大興奮でした。
木魚

法事には、会社関係のつきあいの長い方たちもお呼びしていたので、親族20名ほどと同じくらいの参会者がお見えでした。それからみんなで場所を移し、供養の会食を。会場は宝来町の『冨茂登(ふもと)』2012年ミシュラン北海道特別版で、道南唯一の2つ星を獲得している料亭です。同じ商店会でなじみ深いので、こんな素晴らしいところの食事をいただけることに。内容は別途紹介したいと思います。
会席

夜は、かみさんの兄弟姉妹が集まったので、みんななじみのショットバー『杉の子』へ。現在の経営者は義兄の同級生です。スコッチやアイリッシュウィスキーを堪能しながら、頭がぐるぐる回るまで、楽しい時間を過ごしました。
杉の子

温根湯温泉

  • 2018.02.09 Friday
  • 05:58
昨日は、温根湯温泉の大江本家に宿を取っていただきました。こういう温泉ホテルに泊まるのも久しぶり。四人部屋に一人で泊まるのはちょっともったいないのですが、のんびりとくつろがせていただきました。夕食は超豪華版。
メニュー

この他にも2品出てきたので、小食の私は完全にノックアウトでした。ご飯いただかなくていいのですか?と仲居さんに言われたけれど、なんとかこれだけ完食するのが精一杯。とても丁寧な作りで美味しかったです。
晩ご飯

さすがに疲れが出たのか、部屋に戻ると目が開かなくなり、早々にバタンキュー… 室温をかなり下げたはずなのに、夜中に汗をかいて目が醒め、完全に切っておいてもちょうどいいくらいでした。朝風呂にじっくり入ってのぼせるほど。ph9.1のアルカリ泉だというけれど、特にぬめりもなく、体の芯までしっかり温まりました。ここの泉質は独特のものが含まれていて、特に美肌効果が高いことが強調されていますよ〜 部屋に戻ると夜が明けており、眼下に温根湯の町が広がっていました。ピーカンに晴れていたし、川面から‘けあらし’が立ち上っていたので、かなり冷え込んでいることでしょう。露天風呂を遠慮して正解だったかな…(^^;)
温根湯

列車に合わせて駅まで送っていただけるというので、それまで辺りを散歩してみました。前日が−25℃で少し寒く、今朝は−20℃なのでかなり暖かいです〜とフロントに言われたけれど、さすがに顔がピリッと痛く感じます。目の前を流れる無加川からは、けあらしがゆらゆらと立ち上り、河岸のヤナギの枝に真っ白な樹氷が着いていました。
けあらし

真っ白な枝を見上げていると、朝日を浴びてダイヤモンドダストが音もなく漂っていて、なんとも幻想的な光景でした。北海道に来て2年目くらいの冬に、滝川でアンケート配付のアルバイトやっていて、初めてこれを見た時には感激したけれど、むちゃくちゃ寒かったのを思い出してしまいました。その頃の防寒着なんて、ペラペラだったからねぇ…
樹氷

無加川の川面をよく見ると、カモがたくさん流れのよどみに固まっていました。あとで送っていただいた方に聞いてみると、時々餌をやっていたら、年々数が増えてきて、今は30羽くらいがこのあたりで越冬しているとのこと。自然の餌がこんな流れの中にあるのかなぁ…
マガモ

留辺蘂の駅も、かつては森林鉄道によって運ばれてきた木材の積み出し基地として、活況を呈していたそうですが、2年前にとうとう無人駅になってしまいました。待合室には細々とストーブが燃えていたけれど、時計もなく、なんともわびしいものです。アイヌ語の「ルペシペ」(越え下っていく道)に漢字を当てたものだそうですが、蘂なんて植物に関係しているから分かるけれど、超難読地名であることは間違いないでしょう。でも平成大合併に際して、つまらない地名にしたところに比べれば、土地の成り立ちをしっかり守り抜いていることに敬意を表したいです。
るべしべ

別府タワー

  • 2017.11.22 Wednesday
  • 06:15
先日別府に行った時に、一箇所だけお願いして連れて行ってもらったのが別府タワーでした。4階建てのビルの屋上に乗っかっている、見た目はかなり不格好なタワーながら、結構由緒あるものなのです。
別府タワー

テレビの普及に伴って、昭和20〜30年代に次々に建てられたテレビ塔は、すべて建築家の内藤多仲(たちゅう)によって設計されています。1954(S29)の名古屋を皮切りに、2代目通天閣、そしてこの別府タワーと建てられました。
兄弟1

札幌テレビ塔は4番目、その後東京タワーと、ちょっと遅れて博多ポートタワーが建てられています。最近ではこの六つをタワー六兄弟として売り込んでいるとか。内藤はわが国の建築構造学の父とまで呼ばれ、耐震構造を発展させた功績でも知られています。これらのタワーが建設された後、航空法が変わって60m以上の構造物は赤白に塗り分けなければならなくなったのですが、初めの三つは当初の銀鉄色を守り抜き、航空障害灯の設置によって切り抜けました。これにより、初めの三つは国の登録有形文化財に指定されていますが、あとの三つは指定されていないのです。
兄弟2

展望台は55mしかないので、今では普通のビルの高さですが、建築当初は見事な眺望が人気を博したことでしょう。この国道はもともと海岸だったそうで、このあたりもどんどん埋め立てられていったところだとか。
海岸

反対側には高崎山が見えていました。今回は行かなかったけれど、小学生の修学旅行で行ったので、ラクテンチと共にまた行きたいところです。意外と大きな山だったことには驚きでした。
高崎山

展望室のガラスはヒビだらけ。受付のおばさんに、こんなにヒビが入って大丈夫なの?と聞いたら、こんなもの交換するったら、ものすごいお金がかかるので、とってもできないんですよね〜まぁ大丈夫なんじゃないの、とのことでした…(^^;)
窓ガラス

タワー六兄弟みんなにキャラができているのか分かりませんが、ここは三男なので「別府三太郎」なんだそう。テレビ父さんよりはましだと思いますが…
三太郎

別府の見どころ

  • 2017.11.11 Saturday
  • 05:44
別府の町は本当に見どころが多くて、とても回りきれません。それでも友人のY氏が「別府八湯語り部の会」の会長をしており、彼の的確なガイドのおかげで、短時間にしっかり見て歩くことができました。ここではほんの一部しか紹介できませんが、ユニークなところを振り返ってみることにします。

木造ながら、どっしりとしたファサードを持っているのが松下金物店。1929(S4)年の建築で、北大農学部(1936(S11)年)の外壁とほとんど同じスクラッチタイルが使われています。
松下金物店

店内に入ると、まるで骨董屋さんかと思うような古い資材が置かれている中に、現役の金物屋としての資材も混在しています。上を見上げると戦前のものと思われる商品看板がずらりと掛けられていました。
商品看板

真っ暗な店内の奥の方には、どこに何を置いているのか分かっているのかなぁ…?と心配になるようにたくさんの資材がすき間なくおかれています。いつまで営業していけるのか、心配な店だとか。
店内

先日のブラタモリでも訪れていた、店内のお風呂も見せていただきました。今でも少しぬるめの温泉が、手前の方で湧いてきています。大きなかまどの並んでいる土間から入るようになっており、たくさんの従業員がいた当時には、さぞや賑わっていたことでしょう。
お風呂

すぐ近くの街角に、ちっちゃな店構えの和菓子屋さんがありました。80歳を超える老夫婦が和やかに切り回しており、自然薯(じねんじょ)を使った「かるかん」が名物です。自然薯を掘ってくる人、くねくねと曲がったイモをむく人など、いろんな人がこの味を守っているとのこと。
不老軒

この味をひいきにしていた人はかなりいて、中でも山口瞳さんやミヤコ蝶々さんは、大のひいきだったそうです。南都雄二さんがふらりと訪れ、「蝶々がかるかん買うてこいゆうんで、大阪から飛行機で飛んで来たんよ〜」と言われたのにはびっくりしたそう。
山口瞳

この辺りは、その昔は遊郭だったところで、置屋や見番、貸席だった建物がまだいくつか残っていました。
遊郭跡

竹瓦温泉の向かいには、温泉街特有の繁華街の名残がありました。右の一角はつい最近取り壊されてしまったそうですが、残っている建物には今風のいろんな店がまだ営業しています。
竹瓦小路

このアーケードは、1921(T10)年に作られた日本最古の木製アーケードで、大部分は波板パネルに入れ替わっているけれど、本来はすべてガラス張りだったとか。いつ崩れてもおかしくないほど老朽化していて、消え去るのも時間の問題のようだけど、信じられないようなものが残っている不思議な町でした。
木製アーケード

別府の温泉

  • 2017.11.09 Thursday
  • 06:00
別府は我が国最大の温泉郷。源泉数、湧出量ともに日本一で、なんと全国の一割がここから湧出しているそうです。人口12万人の町に、毎日12万トンもの温泉が噴き出しており、一人当たり一日1トンもあるのです。古来別府八湯といわれ、旧市街にある狭義の別府温泉を初め、地獄で有名な鉄輪(かんなわ)温泉や湯の花を採っている明礬(みょうばん)温泉など、泉質にも特色があります。ここは観海寺温泉の一角の住宅地にあるお寺の裏庭ですが、池の中から豪快に大量のお湯が自噴していました。幸い道路との間には三面貼りの川があるので、間違って落ちる心配はなさそうですが、百度近いお湯なので間違いなく即死だそう。全く使われずに川に流れているだけで、なんだかもったいないなぁ。
源泉

別府温泉の特色の一つが、数百軒もあるといわれる共同浴場です。このマップのうち、赤文字は市営の共同浴場、青文字は地域の自治会などが運営する共同浴場です。(緑文字は、組合員のみ利用できる温泉とのこと) 別府駅を中心とした狭義の別府温泉には、角を曲がれば温泉があるといった感じです。
市営温泉

私たちが泊まったのは、別府駅から数分のところにある駅前高等温泉。この建物は1924(T13)年に建てられたもので、築93年経っています。廊下は波打って危険なほどですが、部屋にはエアコンも付けられ、トイレは共同ながらウォッシュレットでした。浴室は暗くて超年季がたっている代物ですが、ぽっかぽかに暖まりました。
駅前高等温泉

すぐ近くにある竹瓦(たけがわら)温泉は、1938(S13)年に建てられ、大きな唐破風を載せたレトロな雰囲気を持っています。これでも入浴料は100円です。
竹瓦温泉

町歩きをしていると、ちょっと角を曲がると共同浴場があり、家庭でも源泉を持っている家では、温泉のタンクを庭先に置いてあるところも。共同浴場の特徴の一つが、必ず町内の集会場や事務所を併設しているのだそう。ここは右の入り口から二階に上がると集会場になっていました。
紙屋温泉

源泉によってそれぞれ少しずつ泉質が異なり、この紙屋温泉は飲泉ができることで知られているとか。確かに変な香りや味もなく、ペットボトルで汲みに来る人がいるそうです。
飲泉

駅前にある春日温泉は、道路に面して集会場があり、脇の路地の奥に温泉の入り口がありました。古い建物ばかりで、昨年の地震で倒壊したところもあったそう。窓といってもスカスカになっているので、寒くないのかと思ったら、源泉掛け流しでもうもうと湯気が充満するので、このくらいがちょうどいいそうです。
春日温泉

ちょうどお掃除中で、中を覗かせていただきました。多くの共同浴場は脱衣所がなく、浴室で直接裸になって風呂に入れるようになっているため、湯冷めすることもないのです。昔から住んでいる人は、月間の利用券が千円なので、家で湯を沸かすことなくここに入りに来るけれど、最近の若い人たちはこんなところに来るのを嫌がり、年々利用者の高齢化が進んでいるそうです。
浴室

お堀端の散歩

  • 2017.11.07 Tuesday
  • 05:58
昨日の夜にようやく札幌に戻りました。五日間で福岡から熊本、そして別府と松山を通り抜ける慌ただしい旅でしたが、さいわい雨には一度も当たらず、暑くも寒くもないちょうどいい天気で、本当に恵まれました。いよいよ松山から帰るために、ホテルのある城山の北側から、市内電車の環状線に乗って松山市駅前に向かってました。すると車庫のある古町(こまち)から、坊ちゃん列車が追っかけてきました。JR松山駅前が始発なので、単線のためすれ違いに支障がないように、先行の電車のあとをつけてきたのです。20mくらいあとを付かず離れずついてくるのでおかしかったです。
坊ちゃん列車

昼前の飛行機まで一時間ほど時間があったので、市駅からお堀端周辺を散歩することに。(JRは松山駅、伊予鉄道は松山市駅で、普通は市駅と呼んでいます。)歩道の植えますに植えられているマーガレットはもちろんツツジのような低木になって満開になり、隣のサルビア・ガラニチカも低木状に木化しておりました。
マーガレット

別府市内に最近植えられているという街路樹が、車中から何か判断できなかったのですが、ちょうど間近に見ることができました。最近流行だというシマトネリコ(Fraxinus griffithii)だったのです。花かと思っていたのは果実で、同じ仲間のアオダモにそっくり。わが国では沖縄だけに自生する熱帯から亜熱帯産の樹木なので、暖地でしか楽しめませんが、病害虫の心配がほとんどなく、長く楽しめるので人気があるのでしょう。
シマトネリコ

その足元にはツワブキ(Farfugium japonicum)が咲いてきており、この時期に松山に来たことがなかったので、懐かしく感じました。
ツワブキ

東堀端から見上げる松山城は、麓にある県庁とのコントラストがよいので、よく観光写真に使われます。昨日は霞もなくくっきり晴れていたので、よけいに美しく見えました。
県庁

堀之内公園には、かつて野球場や総合グラウンド、ラグビー場や国立病院がぎっしりと詰まっていたものを、すべて移転させて広々とした芝生広場になっていました。その回りに列植されていたのがアキニレ(Ulmus parvifolia)です。間近で見たのは初めてで、樹皮がボロボロはげる様子は、同じニレ科のケヤキによく似ていました。葉もケヤキより小さく、ハルニレとは全然似ておりませんでした。
アキニレ

南堀端から市駅までの間は花園町の商店街。幅の広い道路にはイチョウの街路樹が分離帯状に植えられ、走行車線と駐車帯のようになっていたものを、車道をつぶして自転車走行帯と休憩スペースが整備されていました。松山の町には自転車走行帯がかなり整備されてきており、一年中走れる町がうらやましいかぎり。
自転車道路

すると汽笛を響かせて、もう一編成ある坊ちゃん列車がやってきました。あれっ?これはディーゼル機関車なのにビューゲル(電気を取るパンタグラフみたいなもの)がついている!と思ったら、あとで調べてみるとポイントを切り替えるために、架線に付いている切り替え装置を操作するトロリーコンタクターというものなんだそう。停止位置によって右の道後温泉行きなのか、左のJR松山駅行きなのか、ポイントを切り替えることができるようになっているので、ここでだけバネで上げているのでした。ちなみに左からやって来たのは、最新型の5000系車両で、旧型車がこれに置き換わっていくことになるようです。
坊ちゃん列車2

松山をうろうろ

  • 2017.11.06 Monday
  • 05:38
別府から松山へは、フェリーで八幡浜に渡り、そこからバスでの移動となります。運行しているのは宇和島運輸となっていますが、現在は宇和島からの航路はなく、八幡浜から大分県の別府と臼杵を結んでいる四国西部の幹線航路です。船室から出られないほどの強風の中の航海でしたが、2,500トンほどの大きさがあるので、全く揺れなくてなにより。灯台のところが日本で一番細長い三崎半島の先端にある佐田(さだ)岬で、ここと対岸の佐賀関との間で獲れる魚が最も旨いとされ、先に大分側が「関サバ、関アジ」でブランド化したため、愛媛側で獲れる魚は同じ魚なのに、安く買いたたかれてしまうのです。
佐田岬

宇和海も瀬戸内海と同様の多島海で、夕日を浴びて幻想的な風景となっておりました。
宇和海

松山にある墓には父と祖父母が眠っており、まず墓参りしてから、生まれ育った町をぶらぶらと散歩しました。すぐ近くにある53番の札所円明寺には、連休ということもあり、たくさんの観光客やお遍路さんが立ち寄っていました。子供の頃は「えんめいじ」と呼んでいたけれど、本当は「えんみょうじ」なんだとか。変だなぁ…
円明寺

門の左にある大エノキや、クスノキなども多くが健在で、奥にある大イチョウは頭を切り詰められていたものの、ますますたくさんの乳を垂らしていました。
大銀杏

バスが来るまでの間、生家の辺りの路地をうろうろ。典型的農村地帯なので、自転車しか通れないような狭い路地が、今でも網の目のようにそのまま残っています。記憶をたどりながら歩いて行くと、昔のまんまの姿がそのまま残っているので、不思議な感覚にひたってしまいました。
農家

バスに乗って町中まで戻り、駅でいつものじゃこ天うどんを。松山のうどんは讃岐のようにコシが強くないので、やっぱり食べやすいです。
じゃこ天うどん

松山市内での移動は、電車も市電もバスもすべて伊予鉄道なので、今回は二日間乗り放題の2Day Pass を使いました。これから乗る空港までのリムジンまで使えるので、二千円で乗り放題というのは本当にお買い得。おまけに伊予鉄高島屋の屋上にある観覧車「くるりん」にも乗れるので、初めて乗ってみました。これだって700円もするのですから。東側に延びる中の川通と、左にあるアーケードの「銀天街」の間には、伊予鉄道の本社があり、屋上には坊ちゃん列車の絵が描かれていました。
湊町

熊本城の痛々しい姿を見てきたばかりなので、台風や地震の被害がほとんどない松山の町は、本当に平和なんだなぁとつくづく思ってしまいます。
松山城

観覧車から降りてくると、ちょうど坊ちゃん列車が待機しており、連休ということもあり、ぎっしり満員のお客さんを乗せて、シュッポシュッポと走り去っていきました。交通関係だけでなくデパートやフェリー会社まで持っている松山の町の最有力企業なので、いろいろな面で町の元気さに貢献してくれているように感じます。
坊ちゃん列車

熊本から大分移動編

  • 2017.11.04 Saturday
  • 21:23
ようやく松山到着。やっとWi-Fi環境にたどり着いたので、更新させていただきます…m(__)m

タワーホテルでの夜明けは、札幌よりも1時間くらい遅い感じ。うすぼんやりと明けてくると、足元をゆったりと流れる白川が見えてきました。急流豊平川とはずいぶん風情が違います。
白川

大分行きのバスは、ホテルのすぐ前が始発でした。熊本駅はどっしりとレトロな雰囲気で貫禄十分だけど、目の前に巨大な歩道橋が置かれていて興醒め。なんでこんなもったいないことをやったんだろう…
熊本駅

熊本大分間は、JR豊肥本線が不通のままなので、熊本から阿蘇地域に行く人が結構多く、ほぼ満席になりました。地震の被害はほとんど見当たらないけれど、瓦がまだらになっている家が見える程度でした。ちょうど益城町の墓地が見えましたが、あの町中の復興は少し進んでいるのでしょうか。
益城町

阿蘇への入り口が最も被害を受けたため、国道やJRもここで寸断されています。このため大きく迂回ルートが設定されていることから、狭い道路にぎっしりと車が連なり、のろのろと外輪山を登っていきました。
迂回路

でもそのおかげで、阿蘇五岳を望む大観望を通ることができました。五岳は霞がかかってぼんやりだったけれど、中学の修学旅行の時にここを通って以来だったので、ちょっと感慨深かったです。
大観望

熊本から大分に抜ける国道は、もう一度外輪山の急坂を上り、やがて杉木立の中を抜けて大分県に入っていきます。確かにどこもかしこもスギの植林地ですが、間伐や枝打ちをやっているところは少なく、荒れている印象がありました。
杉木立

途中道の駅で二度のトイレ休憩。その分時間はとられるけれど、5時間近くの長丁場なので、息抜きや買い物ができるのがうれしかったです。駐車場に軽トラを乗り付け、そのまま椎茸を売っている方も。さすが椎茸作りの本場です。
椎茸売り

腰が限界になる頃、ようやく大分駅に到着しました。ここは最近高架化と駅ビルの整備が行われたばかりだそうです。祭日の昼前なので、かなりの人出があり、広場では賑やかなイベントが行われていました。
大分駅

広大なロビーの天井には格天井が組まれ、なかなか渋い雰囲気になっていました。その中をこんなミニチュア機関車が…JR九州は観光列車だけでなく、いろんな企画を次々に打ち出して地域の賑わいづくりに貢献おり、北海道とはえらい違いだなぁ…
ロビー内

熊本で墓参

  • 2017.11.03 Friday
  • 05:36
新千歳空港から一気に福岡での直行便。スカイマークのいま得を使うと、日によっては五千円台で行くこともできます。連休前だったので倍以上しましたが、それでもずいぶんと安く行けるようになりました。順調に飛行していたのに、少し先の便が着陸時にバードストライクをやってしまい、滑走路が閉鎖に… おかげで玄界灘上空をぐるぐる回って待機させられ、40分遅れでようやく着陸できました。すぐ沖にある相島(あいのしま)には、ちゃんと学校まであるみたいでした。離島が多いといろいろ大変そう。
相の島

レンタカーを借りて一路熊本へ。気温は24℃もあり、べた付くような暑さだし、あたりの山の多くがモウソウチクに覆われて荒れ放題になり、景色も亜熱帯化しているように感じます。
竹林

最初に行ったのは、笠家が江戸時代に住んでいた小さな村の墓所。40年前に私が探し出した時には,既に集合墓地になっていて墓石がなくなっていましたが、事情を聞きに入った家がなんと笠さんで、親戚ではなかったけれど、代々医者をやっていた先祖のことはよく知っておりました。
寺町

もう一箇所は、熊本と菊池を結ぶ菊池街道沿いにある墓地。ここは祖母が生まれ育った場所で、私のひいじいさん夫婦、その先代夫婦、早世した祖母の兄と長女が眠っています。昨年の地震でかなり被害を受けましたが、従兄夫婦がなんとか元通りにしてくれました。今度はいつお参りにくることができるかなぁ。
江良

連休前の週末、大渋滞の中ようやく熊本駅前のホテルに到着。よく使う○○インですが、ここのはなんと高層ホテルでした。これも新幹線効果なのでしょうか?
ホテル

普通のツインをとっていたのに、空いているから特別室でもいいですよ〜と勧めてくれました。なんと27階の部屋で、普通のツインルームくらいの応接室が付いており、中が広すぎてかえって落ち着かないくらいだけど、眺めは抜群。ものすごい移動距離の一日でしたが、なんとか予定どおりにこなせた一日でした。
夜景

町中にいると、ふと熊本城が見えてきます。まるでギプスをはめているかのようで痛々しい限りですが、一日も早く復興してほしいです。
お城

今日はこれからバスで大分に移動。益城町の横を通り、阿蘇山越えの道を行くので、地震の爪痕が残っていることでしょう。夜は別府で同期会だし、泊まりは古い温泉旅館なので、更新できないかもしれません。m(__)m

函館の海岸散歩

  • 2017.10.28 Saturday
  • 06:02
先日行った函館。ほとんど時間がなかったけれど、朝のうち一時間だけ、近くの海岸を散歩してきました。意外とこちらの方には来たことがなかったのです。実家の隣にあるのが、日本の道百選にも選ばれている大三坂。上の方にはハリストス正教会などがあります。
大三坂

ここからまっすぐ海の方に出ると西波止場があり、その横には旧桟橋の記念碑が建っていました。若松町に現在の函館駅が作られ、青函連絡船が運航するまでは、ここに上陸していたことを示しているのです。
旧桟橋

その横にへんてこなブロンズ像があると思ったら、新島襄の渡航記念に建てられたものだそう。こんなものいつできたんだろうとあとで調べてみたら、2002(H14)年に作られたものでした。いかにも観光目的で作られたものだけに、ものすごく違和感があります。
新島襄ブロンズ

本物の渡航碑は、さらに数百m行ったところの倉庫の裏にひっそりと建っていました。後に同志社大学を創設する新島 襄が、国禁を犯してアメリカへ密航を企て、1864(元治元)年にここから上海行きの船にもぐり込んだ場所です。
渡航碑

このあたりに建っている家は、信じられないくらいちゃちな柱の上に乗っかっているけれど、こんな無茶苦茶な建物は違法建築じゃないのかなぁ?時化が来たら床から波が上がってきそうです。
違法建築?

公会堂からまっすぐ下りてくる一番広い坂道が基坂(もといざか)突き当たりの自衛隊がなければ最高のロケーションですが。かつてここに里程元標があったので、この名があります。ここを電車が横切る風景が、よく観光パンフレットに出てくるところです。
基坂

ここの角に立っているのが、相馬さんの会社です。函館の土地の何割かは持っているといわれるほど、手広く事業を進めてきており、本社の社屋は1916(大正5)年に完成したものなので、ちょうど一世紀経ったことになります。
相馬

少し十字街に戻ったところにあるのが、かつてホテルニューハコダテとして利用されていた建物があります。しばらくやっていなかったと思ったら、最近 HakoBA 函館「THE SHARE HOTELS」(ザ シェア ホテルズ)として営業を始めたそう。この建物は、1932年に安田銀行函館支店として建設されたもので、結婚した時にここに泊まった懐かしい場所でした。やはり使われてこそなので、少しでも活気が戻ることはうれしいものです。
ホテル

名古屋

  • 2017.10.07 Saturday
  • 06:00
名古屋には今まで二回行ったことがありますが、関西とも関東とも全く違う文化圏だということはよく分かりました。住んでみたいとは思わなかったけれど、もう少しじっくり回れると面白かったのになぁ…と思ってました。少し前にブラタモリが名古屋を訪れるというので、地元ではかなり盛り上がったようですが、自分たちの知らないことをすらすらと読み解くので、意外とやるじゃないか!ということになり、その経路をまとめたマップを作ったという記事をネットで見つけたので、さっそく送ってもらいました。
  ブラリMAP-1

数日して送られてきた封筒は、厚くてずっしりと重たいもの。何十部も送られたって・・・と思ったら、本体は意外とぺらぺらなリーフレットで、それ以外に、名古屋の主要観光地やら食文化の紹介やらのパンフレットが入っていたのです。しかも返信用の切手まで返送され、ぜひ名古屋に来て下さい!とありました。こういう心遣いは本当にうれしいです〜
  ブラリMAP-2

名古屋といえば、独特の食文化でしょう。薄味で育った瀬戸内育ちには、ちょっとくどさもあるのですが、こってりとした旨味を楽しむにはこれがいいのかもしれません。私の知っている名古屋人は、どっしりと落ち着いて動揺せず、着々と仕事をするタイプ。さすが英雄をたくさん輩出したお国柄なんでしょうか。
  なごやめし-1

こうしてみると美味しそうなものばかり。見てくれでなく実利を尊ぶからこそ、このような食文化を作りあげてきたのでしょう。普通の観光パンフレットより、こんなものの方が興味をそそられてしまいます。今年は九州にいく予定があるけれど、来年はここも候補地にしておこうと思います。
なごやめし-2

東京ミッドタウン

  • 2017.05.25 Thursday
  • 06:00
森ビルが開発した六本木ヒルズに対して、三井不動産が開発した東京ミッドタウンは、敷地内に緑地をかなり確保しているのが特徴の一つ。なのでどうしても見ておきたかったのです。真ん中に立っているビルは、東京一の高さをほこり、リッツカールトンのホテルが入っていました。その玄関回りはセオリー通りの植え込みになっており、向こうにはまた巨大なタワーが建設中でした。
ホテル前

一部は区立公園となっており、どんだけ植え込んだんだぁ…とあきれるほどの、低木の植えつぶし・刈り込み仕立てばかり。こちらに来るとこんな植栽ばかりなので、苗木屋さんも手入れする植木屋さんも、さぞや儲かるだろうなぁと感心します。そんな単調な植栽ばかりなので、珍しく自然形で花を咲かせているウツギを見ると、少しだけホッとします。
ウツギ

日本庭園もそれらしく造られているだけで、斬新さは全くありませんでした。ミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)がのんびり日向ぼっこしている向こうには、なんとキショウブが植えられているのにびっくり。今どきこんなもの植えたり、ほったらかしにしていいのかい?!
檜町公園

公園と地続きになっているミッドタウンガーデンでは、開業10周年を記念したモニュメント『江戸富士』が出現していました。江戸富士というより赤富士ですが。雪の部分は細引きで止めてあるけれど、エアプランツでも置いているのかな?プラントハンターの西畑清順さんの作品で、街路樹の剪定枝を堆肥化したものでできているとか。これも28日までなのでラッキーでした。
富士山

ここの開発ではとことんデザインにこだわっており、そのシンボルが「21_21 DESIGN SIGHT」。三宅一生さんなど3名のデザイナーが監修して、いろんなイベントが行われています。開場が10時だったので中を見ることはできませんでしたが、安藤忠雄設計の超ユニークなデザインです。
21_21

そこの前に列植されているのは、枝が広がらずにホウキ立ちになるケヤキの‘むさしの1号’です。最近街路樹としてよく植えられているけれど、どうしても違和感を感じてしまいます。
むさしの1号

クリスマスツリー用に植えられているのはプンゲンストウヒの‘コスター’あたりか。こんな所で出会うと懐かしくなってしまいます。ふと足元の芝生を見ると、なんとケンタッキーブルーグラスでした。日本芝だと冬枯れして年末には真っ黄色になってしまうので、ここのガーデンの芝生は西洋芝となっています。芝刈りの頻度がメチャ多いので、管理は大変でしょうが、「内地」では芝生には入らないのが普通なので、踏圧に弱い洋芝には向いているのかもしれません。
プンゲンストウヒ

ドワーフコニファーのグラウンドカバーなんか見ていると、真鍋庭園にいるように感じます。さすがオールジャパンで活動されている真鍋さん、いろんな所で使っているのですね。
コニファー類

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