別府タワー

  • 2017.11.22 Wednesday
  • 06:15
先日別府に行った時に、一箇所だけお願いして連れて行ってもらったのが別府タワーでした。4階建てのビルの屋上に乗っかっている、見た目はかなり不格好なタワーながら、結構由緒あるものなのです。
別府タワー

テレビの普及に伴って、昭和20〜30年代に次々に建てられたテレビ塔は、すべて建築家の内藤多仲(たちゅう)によって設計されています。1954(S29)の名古屋を皮切りに、2代目通天閣、そしてこの別府タワーと建てられました。
兄弟1

札幌テレビ塔は4番目、その後東京タワーと、ちょっと遅れて博多ポートタワーが建てられています。最近ではこの六つをタワー六兄弟として売り込んでいるとか。内藤はわが国の建築構造学の父とまで呼ばれ、耐震構造を発展させた功績でも知られています。これらのタワーが建設された後、航空法が変わって60m以上の構造物は赤白に塗り分けなければならなくなったのですが、初めの三つは当初の銀鉄色を守り抜き、航空障害灯の設置によって切り抜けました。これにより、初めの三つは国の登録有形文化財に指定されていますが、あとの三つは指定されていないのです。
兄弟2

展望台は55mしかないので、今では普通のビルの高さですが、建築当初は見事な眺望が人気を博したことでしょう。この国道はもともと海岸だったそうで、このあたりもどんどん埋め立てられていったところだとか。
海岸

反対側には高崎山が見えていました。今回は行かなかったけれど、小学生の修学旅行で行ったので、ラクテンチと共にまた行きたいところです。意外と大きな山だったことには驚きでした。
高崎山

展望室のガラスはヒビだらけ。受付のおばさんに、こんなにヒビが入って大丈夫なの?と聞いたら、こんなもの交換するったら、ものすごいお金がかかるので、とってもできないんですよね〜まぁ大丈夫なんじゃないの、とのことでした…(^^;)
窓ガラス

タワー六兄弟みんなにキャラができているのか分かりませんが、ここは三男なので「別府三太郎」なんだそう。テレビ父さんよりはましだと思いますが…
三太郎

別府の見どころ

  • 2017.11.11 Saturday
  • 05:44
別府の町は本当に見どころが多くて、とても回りきれません。それでも友人のY氏が「別府八湯語り部の会」の会長をしており、彼の的確なガイドのおかげで、短時間にしっかり見て歩くことができました。ここではほんの一部しか紹介できませんが、ユニークなところを振り返ってみることにします。

木造ながら、どっしりとしたファサードを持っているのが松下金物店。1929(S4)年の建築で、北大農学部(1936(S11)年)の外壁とほとんど同じスクラッチタイルが使われています。
松下金物店

店内に入ると、まるで骨董屋さんかと思うような古い資材が置かれている中に、現役の金物屋としての資材も混在しています。上を見上げると戦前のものと思われる商品看板がずらりと掛けられていました。
商品看板

真っ暗な店内の奥の方には、どこに何を置いているのか分かっているのかなぁ…?と心配になるようにたくさんの資材がすき間なくおかれています。いつまで営業していけるのか、心配な店だとか。
店内

先日のブラタモリでも訪れていた、店内のお風呂も見せていただきました。今でも少しぬるめの温泉が、手前の方で湧いてきています。大きなかまどの並んでいる土間から入るようになっており、たくさんの従業員がいた当時には、さぞや賑わっていたことでしょう。
お風呂

すぐ近くの街角に、ちっちゃな店構えの和菓子屋さんがありました。80歳を超える老夫婦が和やかに切り回しており、自然薯(じねんじょ)を使った「かるかん」が名物です。自然薯を掘ってくる人、くねくねと曲がったイモをむく人など、いろんな人がこの味を守っているとのこと。
不老軒

この味をひいきにしていた人はかなりいて、中でも山口瞳さんやミヤコ蝶々さんは、大のひいきだったそうです。南都雄二さんがふらりと訪れ、「蝶々がかるかん買うてこいゆうんで、大阪から飛行機で飛んで来たんよ〜」と言われたのにはびっくりしたそう。
山口瞳

この辺りは、その昔は遊郭だったところで、置屋や見番、貸席だった建物がまだいくつか残っていました。
遊郭跡

竹瓦温泉の向かいには、温泉街特有の繁華街の名残がありました。右の一角はつい最近取り壊されてしまったそうですが、残っている建物には今風のいろんな店がまだ営業しています。
竹瓦小路

このアーケードは、1921(T10)年に作られた日本最古の木製アーケードで、大部分は波板パネルに入れ替わっているけれど、本来はすべてガラス張りだったとか。いつ崩れてもおかしくないほど老朽化していて、消え去るのも時間の問題のようだけど、信じられないようなものが残っている不思議な町でした。
木製アーケード

別府の温泉

  • 2017.11.09 Thursday
  • 06:00
別府は我が国最大の温泉郷。源泉数、湧出量ともに日本一で、なんと全国の一割がここから湧出しているそうです。人口12万人の町に、毎日12万トンもの温泉が噴き出しており、一人当たり一日1トンもあるのです。古来別府八湯といわれ、旧市街にある狭義の別府温泉を初め、地獄で有名な鉄輪(かんなわ)温泉や湯の花を採っている明礬(みょうばん)温泉など、泉質にも特色があります。ここは観海寺温泉の一角の住宅地にあるお寺の裏庭ですが、池の中から豪快に大量のお湯が自噴していました。幸い道路との間には三面貼りの川があるので、間違って落ちる心配はなさそうですが、百度近いお湯なので間違いなく即死だそう。全く使われずに川に流れているだけで、なんだかもったいないなぁ。
源泉

別府温泉の特色の一つが、数百軒もあるといわれる共同浴場です。このマップのうち、赤文字は市営の共同浴場、青文字は地域の自治会などが運営する共同浴場です。(緑文字は、組合員のみ利用できる温泉とのこと) 別府駅を中心とした狭義の別府温泉には、角を曲がれば温泉があるといった感じです。
市営温泉

私たちが泊まったのは、別府駅から数分のところにある駅前高等温泉。この建物は1924(T13)年に建てられたもので、築93年経っています。廊下は波打って危険なほどですが、部屋にはエアコンも付けられ、トイレは共同ながらウォッシュレットでした。浴室は暗くて超年季がたっている代物ですが、ぽっかぽかに暖まりました。
駅前高等温泉

すぐ近くにある竹瓦(たけがわら)温泉は、1938(S13)年に建てられ、大きな唐破風を載せたレトロな雰囲気を持っています。これでも入浴料は100円です。
竹瓦温泉

町歩きをしていると、ちょっと角を曲がると共同浴場があり、家庭でも源泉を持っている家では、温泉のタンクを庭先に置いてあるところも。共同浴場の特徴の一つが、必ず町内の集会場や事務所を併設しているのだそう。ここは右の入り口から二階に上がると集会場になっていました。
紙屋温泉

源泉によってそれぞれ少しずつ泉質が異なり、この紙屋温泉は飲泉ができることで知られているとか。確かに変な香りや味もなく、ペットボトルで汲みに来る人がいるそうです。
飲泉

駅前にある春日温泉は、道路に面して集会場があり、脇の路地の奥に温泉の入り口がありました。古い建物ばかりで、昨年の地震で倒壊したところもあったそう。窓といってもスカスカになっているので、寒くないのかと思ったら、源泉掛け流しでもうもうと湯気が充満するので、このくらいがちょうどいいそうです。
春日温泉

ちょうどお掃除中で、中を覗かせていただきました。多くの共同浴場は脱衣所がなく、浴室で直接裸になって風呂に入れるようになっているため、湯冷めすることもないのです。昔から住んでいる人は、月間の利用券が千円なので、家で湯を沸かすことなくここに入りに来るけれど、最近の若い人たちはこんなところに来るのを嫌がり、年々利用者の高齢化が進んでいるそうです。
浴室

お堀端の散歩

  • 2017.11.07 Tuesday
  • 05:58
昨日の夜にようやく札幌に戻りました。五日間で福岡から熊本、そして別府と松山を通り抜ける慌ただしい旅でしたが、さいわい雨には一度も当たらず、暑くも寒くもないちょうどいい天気で、本当に恵まれました。いよいよ松山から帰るために、ホテルのある城山の北側から、市内電車の環状線に乗って松山市駅前に向かってました。すると車庫のある古町(こまち)から、坊ちゃん列車が追っかけてきました。JR松山駅前が始発なので、単線のためすれ違いに支障がないように、先行の電車のあとをつけてきたのです。20mくらいあとを付かず離れずついてくるのでおかしかったです。
坊ちゃん列車

昼前の飛行機まで一時間ほど時間があったので、市駅からお堀端周辺を散歩することに。(JRは松山駅、伊予鉄道は松山市駅で、普通は市駅と呼んでいます。)歩道の植えますに植えられているマーガレットはもちろんツツジのような低木になって満開になり、隣のサルビア・ガラニチカも低木状に木化しておりました。
マーガレット

別府市内に最近植えられているという街路樹が、車中から何か判断できなかったのですが、ちょうど間近に見ることができました。最近流行だというシマトネリコ(Fraxinus griffithii)だったのです。花かと思っていたのは果実で、同じ仲間のアオダモにそっくり。わが国では沖縄だけに自生する熱帯から亜熱帯産の樹木なので、暖地でしか楽しめませんが、病害虫の心配がほとんどなく、長く楽しめるので人気があるのでしょう。
シマトネリコ

その足元にはツワブキ(Farfugium japonicum)が咲いてきており、この時期に松山に来たことがなかったので、懐かしく感じました。
ツワブキ

東堀端から見上げる松山城は、麓にある県庁とのコントラストがよいので、よく観光写真に使われます。昨日は霞もなくくっきり晴れていたので、よけいに美しく見えました。
県庁

堀之内公園には、かつて野球場や総合グラウンド、ラグビー場や国立病院がぎっしりと詰まっていたものを、すべて移転させて広々とした芝生広場になっていました。その回りに列植されていたのがアキニレ(Ulmus parvifolia)です。間近で見たのは初めてで、樹皮がボロボロはげる様子は、同じニレ科のケヤキによく似ていました。葉もケヤキより小さく、ハルニレとは全然似ておりませんでした。
アキニレ

南堀端から市駅までの間は花園町の商店街。幅の広い道路にはイチョウの街路樹が分離帯状に植えられ、走行車線と駐車帯のようになっていたものを、車道をつぶして自転車走行帯と休憩スペースが整備されていました。松山の町には自転車走行帯がかなり整備されてきており、一年中走れる町がうらやましいかぎり。
自転車道路

すると汽笛を響かせて、もう一編成ある坊ちゃん列車がやってきました。あれっ?これはディーゼル機関車なのにビューゲル(電気を取るパンタグラフみたいなもの)がついている!と思ったら、あとで調べてみるとポイントを切り替えるために、架線に付いている切り替え装置を操作するトロリーコンタクターというものなんだそう。停止位置によって右の道後温泉行きなのか、左のJR松山駅行きなのか、ポイントを切り替えることができるようになっているので、ここでだけバネで上げているのでした。ちなみに左からやって来たのは、最新型の5000系車両で、旧型車がこれに置き換わっていくことになるようです。
坊ちゃん列車2

松山をうろうろ

  • 2017.11.06 Monday
  • 05:38
別府から松山へは、フェリーで八幡浜に渡り、そこからバスでの移動となります。運行しているのは宇和島運輸となっていますが、現在は宇和島からの航路はなく、八幡浜から大分県の別府と臼杵を結んでいる四国西部の幹線航路です。船室から出られないほどの強風の中の航海でしたが、2,500トンほどの大きさがあるので、全く揺れなくてなにより。灯台のところが日本で一番細長い三崎半島の先端にある佐田(さだ)岬で、ここと対岸の佐賀関との間で獲れる魚が最も旨いとされ、先に大分側が「関サバ、関アジ」でブランド化したため、愛媛側で獲れる魚は同じ魚なのに、安く買いたたかれてしまうのです。
佐田岬

宇和海も瀬戸内海と同様の多島海で、夕日を浴びて幻想的な風景となっておりました。
宇和海

松山にある墓には父と祖父母が眠っており、まず墓参りしてから、生まれ育った町をぶらぶらと散歩しました。すぐ近くにある53番の札所円明寺には、連休ということもあり、たくさんの観光客やお遍路さんが立ち寄っていました。子供の頃は「えんめいじ」と呼んでいたけれど、本当は「えんみょうじ」なんだとか。変だなぁ…
円明寺

門の左にある大エノキや、クスノキなども多くが健在で、奥にある大イチョウは頭を切り詰められていたものの、ますますたくさんの乳を垂らしていました。
大銀杏

バスが来るまでの間、生家の辺りの路地をうろうろ。典型的農村地帯なので、自転車しか通れないような狭い路地が、今でも網の目のようにそのまま残っています。記憶をたどりながら歩いて行くと、昔のまんまの姿がそのまま残っているので、不思議な感覚にひたってしまいました。
農家

バスに乗って町中まで戻り、駅でいつものじゃこ天うどんを。松山のうどんは讃岐のようにコシが強くないので、やっぱり食べやすいです。
じゃこ天うどん

松山市内での移動は、電車も市電もバスもすべて伊予鉄道なので、今回は二日間乗り放題の2Day Pass を使いました。これから乗る空港までのリムジンまで使えるので、二千円で乗り放題というのは本当にお買い得。おまけに伊予鉄高島屋の屋上にある観覧車「くるりん」にも乗れるので、初めて乗ってみました。これだって700円もするのですから。東側に延びる中の川通と、左にあるアーケードの「銀天街」の間には、伊予鉄道の本社があり、屋上には坊ちゃん列車の絵が描かれていました。
湊町

熊本城の痛々しい姿を見てきたばかりなので、台風や地震の被害がほとんどない松山の町は、本当に平和なんだなぁとつくづく思ってしまいます。
松山城

観覧車から降りてくると、ちょうど坊ちゃん列車が待機しており、連休ということもあり、ぎっしり満員のお客さんを乗せて、シュッポシュッポと走り去っていきました。交通関係だけでなくデパートやフェリー会社まで持っている松山の町の最有力企業なので、いろいろな面で町の元気さに貢献してくれているように感じます。
坊ちゃん列車

熊本から大分移動編

  • 2017.11.04 Saturday
  • 21:23
ようやく松山到着。やっとWi-Fi環境にたどり着いたので、更新させていただきます…m(__)m

タワーホテルでの夜明けは、札幌よりも1時間くらい遅い感じ。うすぼんやりと明けてくると、足元をゆったりと流れる白川が見えてきました。急流豊平川とはずいぶん風情が違います。
白川

大分行きのバスは、ホテルのすぐ前が始発でした。熊本駅はどっしりとレトロな雰囲気で貫禄十分だけど、目の前に巨大な歩道橋が置かれていて興醒め。なんでこんなもったいないことをやったんだろう…
熊本駅

熊本大分間は、JR豊肥本線が不通のままなので、熊本から阿蘇地域に行く人が結構多く、ほぼ満席になりました。地震の被害はほとんど見当たらないけれど、瓦がまだらになっている家が見える程度でした。ちょうど益城町の墓地が見えましたが、あの町中の復興は少し進んでいるのでしょうか。
益城町

阿蘇への入り口が最も被害を受けたため、国道やJRもここで寸断されています。このため大きく迂回ルートが設定されていることから、狭い道路にぎっしりと車が連なり、のろのろと外輪山を登っていきました。
迂回路

でもそのおかげで、阿蘇五岳を望む大観望を通ることができました。五岳は霞がかかってぼんやりだったけれど、中学の修学旅行の時にここを通って以来だったので、ちょっと感慨深かったです。
大観望

熊本から大分に抜ける国道は、もう一度外輪山の急坂を上り、やがて杉木立の中を抜けて大分県に入っていきます。確かにどこもかしこもスギの植林地ですが、間伐や枝打ちをやっているところは少なく、荒れている印象がありました。
杉木立

途中道の駅で二度のトイレ休憩。その分時間はとられるけれど、5時間近くの長丁場なので、息抜きや買い物ができるのがうれしかったです。駐車場に軽トラを乗り付け、そのまま椎茸を売っている方も。さすが椎茸作りの本場です。
椎茸売り

腰が限界になる頃、ようやく大分駅に到着しました。ここは最近高架化と駅ビルの整備が行われたばかりだそうです。祭日の昼前なので、かなりの人出があり、広場では賑やかなイベントが行われていました。
大分駅

広大なロビーの天井には格天井が組まれ、なかなか渋い雰囲気になっていました。その中をこんなミニチュア機関車が…JR九州は観光列車だけでなく、いろんな企画を次々に打ち出して地域の賑わいづくりに貢献おり、北海道とはえらい違いだなぁ…
ロビー内

熊本で墓参

  • 2017.11.03 Friday
  • 05:36
新千歳空港から一気に福岡での直行便。スカイマークのいま得を使うと、日によっては五千円台で行くこともできます。連休前だったので倍以上しましたが、それでもずいぶんと安く行けるようになりました。順調に飛行していたのに、少し先の便が着陸時にバードストライクをやってしまい、滑走路が閉鎖に… おかげで玄界灘上空をぐるぐる回って待機させられ、40分遅れでようやく着陸できました。すぐ沖にある相島(あいのしま)には、ちゃんと学校まであるみたいでした。離島が多いといろいろ大変そう。
相の島

レンタカーを借りて一路熊本へ。気温は24℃もあり、べた付くような暑さだし、あたりの山の多くがモウソウチクに覆われて荒れ放題になり、景色も亜熱帯化しているように感じます。
竹林

最初に行ったのは、笠家が江戸時代に住んでいた小さな村の墓所。40年前に私が探し出した時には,既に集合墓地になっていて墓石がなくなっていましたが、事情を聞きに入った家がなんと笠さんで、親戚ではなかったけれど、代々医者をやっていた先祖のことはよく知っておりました。
寺町

もう一箇所は、熊本と菊池を結ぶ菊池街道沿いにある墓地。ここは祖母が生まれ育った場所で、私のひいじいさん夫婦、その先代夫婦、早世した祖母の兄と長女が眠っています。昨年の地震でかなり被害を受けましたが、従兄夫婦がなんとか元通りにしてくれました。今度はいつお参りにくることができるかなぁ。
江良

連休前の週末、大渋滞の中ようやく熊本駅前のホテルに到着。よく使う○○インですが、ここのはなんと高層ホテルでした。これも新幹線効果なのでしょうか?
ホテル

普通のツインをとっていたのに、空いているから特別室でもいいですよ〜と勧めてくれました。なんと27階の部屋で、普通のツインルームくらいの応接室が付いており、中が広すぎてかえって落ち着かないくらいだけど、眺めは抜群。ものすごい移動距離の一日でしたが、なんとか予定どおりにこなせた一日でした。
夜景

町中にいると、ふと熊本城が見えてきます。まるでギプスをはめているかのようで痛々しい限りですが、一日も早く復興してほしいです。
お城

今日はこれからバスで大分に移動。益城町の横を通り、阿蘇山越えの道を行くので、地震の爪痕が残っていることでしょう。夜は別府で同期会だし、泊まりは古い温泉旅館なので、更新できないかもしれません。m(__)m

函館の海岸散歩

  • 2017.10.28 Saturday
  • 06:02
先日行った函館。ほとんど時間がなかったけれど、朝のうち一時間だけ、近くの海岸を散歩してきました。意外とこちらの方には来たことがなかったのです。実家の隣にあるのが、日本の道百選にも選ばれている大三坂。上の方にはハリストス正教会などがあります。
大三坂

ここからまっすぐ海の方に出ると西波止場があり、その横には旧桟橋の記念碑が建っていました。若松町に現在の函館駅が作られ、青函連絡船が運航するまでは、ここに上陸していたことを示しているのです。
旧桟橋

その横にへんてこなブロンズ像があると思ったら、新島襄の渡航記念に建てられたものだそう。こんなものいつできたんだろうとあとで調べてみたら、2002(H14)年に作られたものでした。いかにも観光目的で作られたものだけに、ものすごく違和感があります。
新島襄ブロンズ

本物の渡航碑は、さらに数百m行ったところの倉庫の裏にひっそりと建っていました。後に同志社大学を創設する新島 襄が、国禁を犯してアメリカへ密航を企て、1864(元治元)年にここから上海行きの船にもぐり込んだ場所です。
渡航碑

このあたりに建っている家は、信じられないくらいちゃちな柱の上に乗っかっているけれど、こんな無茶苦茶な建物は違法建築じゃないのかなぁ?時化が来たら床から波が上がってきそうです。
違法建築?

公会堂からまっすぐ下りてくる一番広い坂道が基坂(もといざか)突き当たりの自衛隊がなければ最高のロケーションですが。かつてここに里程元標があったので、この名があります。ここを電車が横切る風景が、よく観光パンフレットに出てくるところです。
基坂

ここの角に立っているのが、相馬さんの会社です。函館の土地の何割かは持っているといわれるほど、手広く事業を進めてきており、本社の社屋は1916(大正5)年に完成したものなので、ちょうど一世紀経ったことになります。
相馬

少し十字街に戻ったところにあるのが、かつてホテルニューハコダテとして利用されていた建物があります。しばらくやっていなかったと思ったら、最近 HakoBA 函館「THE SHARE HOTELS」(ザ シェア ホテルズ)として営業を始めたそう。この建物は、1932年に安田銀行函館支店として建設されたもので、結婚した時にここに泊まった懐かしい場所でした。やはり使われてこそなので、少しでも活気が戻ることはうれしいものです。
ホテル

名古屋

  • 2017.10.07 Saturday
  • 06:00
名古屋には今まで二回行ったことがありますが、関西とも関東とも全く違う文化圏だということはよく分かりました。住んでみたいとは思わなかったけれど、もう少しじっくり回れると面白かったのになぁ…と思ってました。少し前にブラタモリが名古屋を訪れるというので、地元ではかなり盛り上がったようですが、自分たちの知らないことをすらすらと読み解くので、意外とやるじゃないか!ということになり、その経路をまとめたマップを作ったという記事をネットで見つけたので、さっそく送ってもらいました。
  ブラリMAP-1

数日して送られてきた封筒は、厚くてずっしりと重たいもの。何十部も送られたって・・・と思ったら、本体は意外とぺらぺらなリーフレットで、それ以外に、名古屋の主要観光地やら食文化の紹介やらのパンフレットが入っていたのです。しかも返信用の切手まで返送され、ぜひ名古屋に来て下さい!とありました。こういう心遣いは本当にうれしいです〜
  ブラリMAP-2

名古屋といえば、独特の食文化でしょう。薄味で育った瀬戸内育ちには、ちょっとくどさもあるのですが、こってりとした旨味を楽しむにはこれがいいのかもしれません。私の知っている名古屋人は、どっしりと落ち着いて動揺せず、着々と仕事をするタイプ。さすが英雄をたくさん輩出したお国柄なんでしょうか。
  なごやめし-1

こうしてみると美味しそうなものばかり。見てくれでなく実利を尊ぶからこそ、このような食文化を作りあげてきたのでしょう。普通の観光パンフレットより、こんなものの方が興味をそそられてしまいます。今年は九州にいく予定があるけれど、来年はここも候補地にしておこうと思います。
なごやめし-2

東京ミッドタウン

  • 2017.05.25 Thursday
  • 06:00
森ビルが開発した六本木ヒルズに対して、三井不動産が開発した東京ミッドタウンは、敷地内に緑地をかなり確保しているのが特徴の一つ。なのでどうしても見ておきたかったのです。真ん中に立っているビルは、東京一の高さをほこり、リッツカールトンのホテルが入っていました。その玄関回りはセオリー通りの植え込みになっており、向こうにはまた巨大なタワーが建設中でした。
ホテル前

一部は区立公園となっており、どんだけ植え込んだんだぁ…とあきれるほどの、低木の植えつぶし・刈り込み仕立てばかり。こちらに来るとこんな植栽ばかりなので、苗木屋さんも手入れする植木屋さんも、さぞや儲かるだろうなぁと感心します。そんな単調な植栽ばかりなので、珍しく自然形で花を咲かせているウツギを見ると、少しだけホッとします。
ウツギ

日本庭園もそれらしく造られているだけで、斬新さは全くありませんでした。ミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)がのんびり日向ぼっこしている向こうには、なんとキショウブが植えられているのにびっくり。今どきこんなもの植えたり、ほったらかしにしていいのかい?!
檜町公園

公園と地続きになっているミッドタウンガーデンでは、開業10周年を記念したモニュメント『江戸富士』が出現していました。江戸富士というより赤富士ですが。雪の部分は細引きで止めてあるけれど、エアプランツでも置いているのかな?プラントハンターの西畑清順さんの作品で、街路樹の剪定枝を堆肥化したものでできているとか。これも28日までなのでラッキーでした。
富士山

ここの開発ではとことんデザインにこだわっており、そのシンボルが「21_21 DESIGN SIGHT」。三宅一生さんなど3名のデザイナーが監修して、いろんなイベントが行われています。開場が10時だったので中を見ることはできませんでしたが、安藤忠雄設計の超ユニークなデザインです。
21_21

そこの前に列植されているのは、枝が広がらずにホウキ立ちになるケヤキの‘むさしの1号’です。最近街路樹としてよく植えられているけれど、どうしても違和感を感じてしまいます。
むさしの1号

クリスマスツリー用に植えられているのはプンゲンストウヒの‘コスター’あたりか。こんな所で出会うと懐かしくなってしまいます。ふと足元の芝生を見ると、なんとケンタッキーブルーグラスでした。日本芝だと冬枯れして年末には真っ黄色になってしまうので、ここのガーデンの芝生は西洋芝となっています。芝刈りの頻度がメチャ多いので、管理は大変でしょうが、「内地」では芝生には入らないのが普通なので、踏圧に弱い洋芝には向いているのかもしれません。
プンゲンストウヒ

ドワーフコニファーのグラウンドカバーなんか見ていると、真鍋庭園にいるように感じます。さすがオールジャパンで活動されている真鍋さん、いろんな所で使っているのですね。
コニファー類

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