東京ミッドタウン

  • 2017.05.25 Thursday
  • 06:00
森ビルが開発した六本木ヒルズに対して、三井不動産が開発した東京ミッドタウンは、敷地内に緑地をかなり確保しているのが特徴の一つ。なのでどうしても見ておきたかったのです。真ん中に立っているビルは、東京一の高さをほこり、リッツカールトンのホテルが入っていました。その玄関回りはセオリー通りの植え込みになっており、向こうにはまた巨大なタワーが建設中でした。
ホテル前

一部は区立公園となっており、どんだけ植え込んだんだぁ…とあきれるほどの、低木の植えつぶし・刈り込み仕立てばかり。こちらに来るとこんな植栽ばかりなので、苗木屋さんも手入れする植木屋さんも、さぞや儲かるだろうなぁと感心します。そんな単調な植栽ばかりなので、珍しく自然形で花を咲かせているウツギを見ると、少しだけホッとします。
ウツギ

日本庭園もそれらしく造られているだけで、斬新さは全くありませんでした。ミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)がのんびり日向ぼっこしている向こうには、なんとキショウブが植えられているのにびっくり。今どきこんなもの植えたり、ほったらかしにしていいのかい?!
檜町公園

公園と地続きになっているミッドタウンガーデンでは、開業10周年を記念したモニュメント『江戸富士』が出現していました。江戸富士というより赤富士ですが。雪の部分は細引きで止めてあるけれど、エアプランツでも置いているのかな?プラントハンターの西畑清順さんの作品で、街路樹の剪定枝を堆肥化したものでできているとか。これも28日までなのでラッキーでした。
富士山

ここの開発ではとことんデザインにこだわっており、そのシンボルが「21_21 DESIGN SIGHT」。三宅一生さんなど3名のデザイナーが監修して、いろんなイベントが行われています。開場が10時だったので中を見ることはできませんでしたが、安藤忠雄設計の超ユニークなデザインです。
21_21

そこの前に列植されているのは、枝が広がらずにホウキ立ちになるケヤキの‘むさしの1号’です。最近街路樹としてよく植えられているけれど、どうしても違和感を感じてしまいます。
むさしの1号

クリスマスツリー用に植えられているのはプンゲンストウヒの‘コスター’あたりか。こんな所で出会うと懐かしくなってしまいます。ふと足元の芝生を見ると、なんとケンタッキーブルーグラスでした。日本芝だと冬枯れして年末には真っ黄色になってしまうので、ここのガーデンの芝生は西洋芝となっています。芝刈りの頻度がメチャ多いので、管理は大変でしょうが、「内地」では芝生には入らないのが普通なので、踏圧に弱い洋芝には向いているのかもしれません。
プンゲンストウヒ

ドワーフコニファーのグラウンドカバーなんか見ていると、真鍋庭園にいるように感じます。さすがオールジャパンで活動されている真鍋さん、いろんな所で使っているのですね。
コニファー類

新宿をうろうろ

  • 2017.05.20 Saturday
  • 05:33
明日の造園学会に出席するため。夕方東京に着きました。新宿西口にホテルを取ったので、さっそく町に出てみると、ちょうど植え込みのサツキが終わりかけで、季節のずれを感じます。淡いブルーの花は何かと思ったら、フレンチラベンダーでした。そうか。イングリッシュはもたないので、こちらはフレンチになるのですね。
フレンチラベンダー

副都心の街路樹の多くが自然樹形のケヤキなので、さすがに圧倒されます。回りが高層ビルだらけなので、このくらい大きくないと釣り合いが取れませんが、うらやましい限りです。
ケヤキ

この交差点は、信号や標識を大きな円形の支柱に一括処理している名物交差点。費用はメチャクチャかかったでしょうが、東京だからできたのでしょう。
交差点

ちょうど夕日が沈む時刻なので、ビルのすき間からまぶしい光が差し込んでいて、外国人が盛んに写真を撮っていました。なんだろうと振り返ってみると、あの都庁を撮していたのです。丹下先生の作品は,良くも悪くもシンボリックですからねぇ。それにしても。町中をうろうろしながら写真を撮っていると、そのうちポリにしょっ引かれるようになるのでしょう。恐ろしい世の中になっていることに、どうして気付かないのでしょうねぇ…
都庁

ここに来ると、田舎者は上ばかり見ていて首が痛くなります。そんな中でも、このコクーンタワーは存在感ではピカイチでしょう。いくつもの専門学校が入るビルで、何と一万人もが学んでいるんだとか…(^_^;) 調べてみると、これも丹下事務所の作品でした。
コクーンタワー

迷いに迷って西口から東口まで移動し、ごちゃごちゃした街並みに入ると少しホッとしました。でもちょうど金曜日の夜なので、ものすごい人出に圧倒… 田舎者はすぐに人に酔ってしまいます。若い頃は、東京に立ち寄った時にたいてい来ていた紀伊國屋書店を見るとなんだか懐かしいです。
紀伊國屋

まだ早かったせいか、うまく店にもぐり込むことができましたが、その後は大変な混雑ぶり。こんな町では生きていけないなぁとつくづく思ってしまいました。
アイリッシュパブ

十勝からの帰り道

  • 2016.07.12 Tuesday
  • 05:52
帯広では明け方お湿りがあったようで、傷んだ芝生も水分を吸収して、少しは元気になってくれたことでしょう。昼までに札幌に帰ろうとホテルを出たら、駅の近くの中央分離帯でキンロバイが咲いていました。この狭い空間によく育っているなあと感心するほどです。さすが高山植物、かなりの乾燥にも耐えられるのでしょう。
キンロバイ

鈴蘭新道を通って高速に向かっていると、音更町に入ったところにプンゲンストウヒの並木が大きく育っていました。いやはや、こんな狭い道路空間に剪定の効かない木を植えたものだとあきれて見ていました。
鈴蘭新道

ふと左側を見ると、こちらの街路樹は途中でぶつ切りになっているではありませんか!!こちら側だけ苦情が来たものなのか、これから反対側も切る予定なのか、いやはやびっくりな切り方です。根本的には樹種選定の問題なので、早く樹種転換すればいいものを…
ぶつ切り剪定

帰り道は休み休み運転することにしたので、高速の各PAやSAで展開されている北海道ハイウェイガーデンを見ていくことに。最初は十勝平原PA。ここは狭いので、アプローチに沿ってワイルドフラワーが植えられていました。ここの監修は紫竹ガーデンです。
十勝平原PA

ちょうど見ごろになっていたのはヒメナデシコ(Dianthus deltoides)。いろんな花色が混じり合ってかわいかったです。
ヒメナデシコ

占冠は飛ばして由仁SA。ここは地元のゆにガーデンの監修になっています。アメリカテマリシモツケの‘センターグロウ’(Physocarpus opulifolius 'Center Glow' )と、シモツケの‘ゴールドマウンド’(Spiraea japonica 'Gold Mound')の組み合わせがとてもよく目立ちます。
由仁SA

シモツケは、この時期イモムシ(シモツケマルハバチ)に食べられた丸坊主になってしまうのに、ここは大丈夫のようです。我が家も今年初めて被害を受けるところでしたが、一体どこからやってくるのでしょうねぇ…
カラーリーフ

銅葉のアメリカテマリシモツケは、初めに‘ディアボロ’が出回りましたが、こちらの方がより彩りが鮮やかで目立ちます。このように黄葉のカラーリーフと組み合わせると、コントラストがくっきりと出て効果的です。
センターグロウ

道央高速の岩見沢SA上り線側には、リトルロックヒルズ監修の新エリアが開業したとのことなので、ハイウェイガーデンも見逃せませんね。

松山の街角で

  • 2016.04.06 Wednesday
  • 05:41
今回の松山行きでは、見事にどこにも行けなかったので、咲いている花を遠くからちらちら見た程度でした。それでも市役所の手続きのあと、中央郵便局に行く道すがらに見た街角の店先は、いろんな植物が満載でとても素敵な雰囲気を作っていました。常緑樹主体なので、こういうものは札幌ではなかなか作れません。
料理屋

小さな店でも、酒樽や古い甕などにいろんな枝物を挿しているところありました。ちょうど桃の節句なので、あちこちにモモの枝が。冬でもサザンカに始まり、ウメ、ツバキ、ロウバイにモモ、これからはサクラになっていくのでしょうか。
店先

郵便局の横の通りは、植樹帯がなんとローズマリーでした。近寄るとほんのりと香るほどで、なんともソフトなバッファーが出来るものだとうらやましくなりました。
ローズマリー

朝晩うろついていた松山駅前でも、駅舎の右手にあるゲームセンターの駐車場の入り口に、小さな滝石組みが設けられて水がちょろちょろ流れていました。こういうのはオーナーのセンスなのか不思議な気がします。ど派手な建物の割に、こういうところに心配りをする余裕があるのでしょう。
ゲーセン

駅の近くでは、この低木化したチェリーセージを初め、アブチロンやホンコンカポックなどが露地植えされて大きく育っており、気候の違いを見せつけられました。
チェリーセージ

これは墓参りの時に写したものですが、町中でもカラスノエンドウがあちこちに生えているのにちょっとびっくり。レンゲ畑のあぜ道には、カラスノエンドウとスズメノエンドウ、タネツケバナなどが定番で、町中の路傍には似合わないと思ってました。ブタナは全く、セイヨウタンポポすらほとんど見かけず、町中でも帰化植物があまり見当たらないのはどういう理由なんでしょうねぇ?
カラスノエンドウ

札幌への大移動

  • 2016.04.03 Sunday
  • 05:56
雨上がりの松山は穏やかに晴れて、ホテルの向こうに見える西山のサクラもかなり開いてきた感じがしました。テレビでは日曜は天気が崩れるので、今日が一番の花見日和です〜とのこと。こちらにはジンギスカンがないので、みんなどうやって花見をするのでしょう?

四日間、とうとう毎日駅のうどん屋に通い詰めてしまいました。締めはやっぱりきつねうどん。毎日ごちそうさまでした。
きつねうどん

時間に余裕があったので、タクシー使わずにやっぱり電車で行くことにしました。土曜の朝なので、電車もガラガラでした。
電車

通い慣れたこの道筋も今日で最後だなぁと、ちょっとしんみり。途中で、先日見つけたサクラのことを思い出したので、ちょっと回り道を。公園の西側には‘陽光’が、南側には‘ソメイヨシノ’が列植されていました。でも陽光の濃いピンクに比べれば、ソメイヨシノは本当に味気ないというか、存在感の薄いサクラに見えてしまいます。
公園のサクラ

間近に見ると、花が大きいのにびっくり。まるでモモの花のようです。底紅で花弁の縁が波打っており、既に散り始めているものの、存在感は抜群の花でした。親となった‘天城吉野(アマギヨシノ)’は、オオシマザクラにエドヒガンを交雑して作られたほとんど白色のサクラなので、この花色はもう一つの親であるカンヒザクラから受け継いだものでしょう。どういう狙いで天城吉野(あまぎよしの)を選んだのか、作者に確かめたいところです。でも、この桜の誕生秘話が映画にまでなっていたのですね。
陽光桜

既にかなり散り始めており、木の下は花吹雪でピンクの絨毯になっていました。ぼんぼりが取り付けられているということは、近所の花見スポットになっているようです。
花吹雪

8時過ぎに母を連れて松山空港へ。搭乗手続きに合わせて、各空港での車椅子の手配をお願いするのにえらく手間がかかってしまいました。切符手配した時にちゃんと明記していたのになぁ… 中でも羽田での乗り継ぎはとにかく大変。長大な第2ターミナルのさらにそのウイングの両端での発着だし、乗り継ぎの時間が40分くらいしかなく、いくらなんでも押して行けないでしょう!!と言ったら、ようやく電動カートを手配してくれました。それでも乗れるのは母だけで、私は歩いてきて下さいと言われたのです。羽田の担当者は、そんなことありませんからと乗せてくれましたが、あの会社はいったいどんな社員教育しているのだか…(`ヘ´)
カートでの移動

寒風吹きすさぶ千歳に着くと、さすがに雪はなくなっているものの、まだまだ春は遠い風景です。25年振りにやって来た母の目にはどう写っていたものやら。千歳で遅い昼食を食べて、ようやく4時に我が家に到着。長旅お疲れさまでした。家の回りの雪もかなり減ってきて、早くも春咲きスノーフレークがつぼみをもたげてきてました。我が家にもちゃんと春がやってきたようです。
ロイコジウム

松山最後の夜

  • 2016.04.02 Saturday
  • 05:42
今回はいつも泊まるホテルではなくて、レンタカーからも近く、駅からほんの数分ほどの所にしたため、朝食のつかないタイプにしていました。駅のうどん屋が7時半から開いているというので、毎朝うどんにしようと思ったのです。松山のうどんは、讃岐ほどコシが強くなく、出汁も甘めなので、胃に優しく感じます。昨日の朝はとろろ昆布うどんにしました。
とろろ昆布うどん

午前中は転出届やら、介護関係の手続きなどを片付け、昼前にお世話になった従兄弟の家に挨拶に行きました。これからは松山に来る機会も減ってしまうので、隣同士にある墓の面倒などもお願いしました。ここは城山のすぐ北側にあるので、見上げると天守閣がよく見えました。以前は見えなかったと思ったら、数年前にこちら側の眺望が効くようにかなり木を伐り、初めて見えるようになったのだそうです。観光のためならなんでもやってしまう町なんだ…
城山

午後からは、小雨降る中母を連れて墓参り。母にしてみれば、東京から戦時中に嫁に来て以来、70年も住んでいたところからはるばる北海道に行く訳ですから、いろんな思いが去来したことでしょう。夕方引っ越し荷物を発送して一段落し、最後のご飯くらい「すし丸」で食べようと連れ出しました。節句のおひな様がとても素敵です。
おひな様

ちょうど年度初めの金曜日のため、満席札止めになっていたのですが、事情を話してなんとか席を確保することができました。活きのいい刺身は本当に美味しかったです〜
刺身

このところ食欲がなくてろくなものを食べていなかったようですが、もともと美味しいものには目のない方なので、ぺろりと平らげてくれました。これだけ食欲があれば、まだまだ長生きしてくれそうです。
陶板焼

帳場が混んでいるので時間がかかりますと言われた割に、いつも通りのてきぱきとした対応で、寿司も間を空けずに出していただきました。松山の味を満喫して、これで心置きなく旅立てるかな。
寿司

今日は東京経由で昼過ぎには北海道に到着です。まだ雪融け間もない風景ですが、日に日に緑が増してくれば、植物好きな母だけに元気になってくれることでしょう。

早朝の散策

  • 2016.04.01 Friday
  • 06:31
毎朝4時には起きて走っているので、旅に出ても習慣が抜けません。ボケーとしていても仕方ないので、町中を一回り散歩してくることにしました。駅前に出るとちょうど電車が待っていたので、南堀端まで移動。ここは散歩やらジョギングやら、たくさんの人が集まってきています。東京はようやく満開宣言が出たようですが、松山の桜はせいぜい二分咲き程度。淡い色のソメイヨシノでは、満開にならないと迫力が出ないものです。
ソメイ

直線的でのぺーとした感じのする西堀端や南堀端と違い、堀の深い東堀端は、城山や県庁などの組み合わせで景観的に迫力が出てきます。ウメの時期であれば、もっと絵になっていたことでしょう。
東堀端

県庁の港内を歩いていると、意外にタギョウショウ(多行松)が植えられていたのに気付きました。これはアカマツの園芸品種で、地際からたくさんの幹が叢生してこんもりした独特の樹形をするものです。うしろにある彫刻は、やっぱり空充秋(そら みつあき)さんの作品でした。独特のフォルムが存在感を示していますが、ちょっと回りが窮屈です。こういう寄贈作品は、敷地のどこかのすき間に詰め込まれるのが本当に悲しいです。
空光昭

玄関の前には、全身ミカン色のみきゃん号が置かれていました。県の公式キャラクターである「みきゃん」はかなり定着しているようですが、ミカンだけでなく、愛媛の方言で〜やけん(犬)ということや、県の形が犬が駆けている姿にそっくりなので、それにもかけているのだとか。初めて知りました。
県庁

ぶらぶらと大街道まで歩いて行くと、ぼちぼち通勤の方達も出歩き始め、賑やかになってきました。ちょうどやってきた電車はモハ50型の66号車。全身ミカン色の新塗装に塗られていました。
電車

再び電車で松山駅前に戻り、改札口横のうどん屋「かけはし」で朝食を。ハンドルネームは「うどん人」だけあって、朝からうどんが食べられるのは望外の幸せ。美味しいワカメうどんが胃に心地よかったです。これが370円というのが四国ならではでしょうね。
若芽うどん

引っ越し準備の方は、従姉妹夫婦の手伝いもあって、夕方までに仕上げることができました。もう一踏ん張り、最後の一日をがんばらなくては。

初日は着々と

  • 2016.03.31 Thursday
  • 05:53
昨日の道中は、ずっと曇り空のために視界がなく、着陸寸前になってようやく瀬戸の島々が見えてきました。木々の中にサクラが咲いているのがぼんやり見えてましたが、空港の進入路に一番近い島がこの由利島。鉄腕ダッシュで開拓?が進められている‘ダッシュ島’です。城島君たちは今日もロケをやっているのかな?
ダッシュ島

バスで町中に向かいながらサクラが満開かと探してみましたが、ソメイヨシノはまだほんの一分咲き程度。代わりにモモが満開になっていました。松山の節句は月遅れなので、ちょうど桃の節句になるのです。JR松山駅に着いたのが2時過ぎ。遅い昼食はまたエキナカ食堂でじゃこ天うどんにしました。今回のホテルは駅のすぐ近くなので、毎日食べに来ようかなぁ。(笑)
じゃこ天うどん

荷物を置いて近くのスーパーに寄って買い物をしようとしたら、その横をすり抜けるように電車がやってきました。このスーパーは私の通った学校の跡地に建っているので、この風景と共についいろんなことを思いだしてしまいます。
電車

買い物をして電車を待っていると、やってきたのは「とうふ」の愛称があるモハ2100型でした。旧型のモハ50型の更新もかなり進んできているようです。今日明日はレンタカーを借りているので、電車に乗って実家に向かうのもこれが最後かなぁ…とちょっとしんみり。
とうふ

電停からは迷路のように入り組んだ路地を10分余り。玄関先にはパンジーやクリサンセマム、プリムラなどが満開になって、先日来た時に比べれば春真っ盛りを実感できました。確かにソメイヨシノはほんのわずかに咲き始めた程度でしたが、小さな公園に植えられているサクラがもう散り始めでした。花の色が濃く、なんというサクラなのか全く見当がつきませんでした。
サクラ

引っ越しの準備は、とりあえず予行演習程度と考えていたら、従兄弟の奥さんが手伝いに来てくれたので、夜までにかなりのものが片付いてしまいました。これならあと半日もあれば目途が付きそうです。
やはりいろんなものが出てくるもので、昔作ったわが家の模型があったのにはビックリ。この家は祖父が熊本から出てきた時に作った家でしたが、私の子供の頃には雨漏りはするわ、かしいで建て付けが悪くなるわで、高校2年の時に建て替えをしたのです。その時に作った記念の模型だったのですねぇ。新しい家の図面は私が描き、その通りに工務店が作ってくれました。工務店の社長がその出来映えに感激して、跡継ぎにしたいので私をぜひ養子にくれないかと何度も親に頼むので、親も困ってました。そうなれば、私の人生はまた違っていたかもしれません…(^_^;)
模型

真っ暗な路地を抜けて、国道との交差点にある本町六丁目の電停で電車を待っていると、向こうからガタガタ揺れながら旧型の電車がやってきました。路面電車なら明るいところを通るので夜でも華やかな感じがしますが、この城北線は住宅地の合間をすり抜けて走る専用軌道。真っ暗な夜に走ると銀河鉄道のような不思議な感覚に包まれます。
夜の電車

再び松山へ

  • 2016.03.30 Wednesday
  • 05:38
今月初めに松山に帰省したばかりですが、これからまた松山へ。母は90歳を過ぎてそれなりに元気で生活しているものの、いつ寝込んでしまうか一寸先は分かりません。今であれば飛行機にも乗れるので、余生は孫たちもいる北海道で過ごしてもらうことにしたのです。とはいえ我が家ではとても世話が出来ないので、事務所の近くにたまたま空いている施設を見つけ、バタバタとその準備をしていました。我が家もそれなりにバリアフリー化しなければならず、この一ヶ月はあれこれ打合せやら手配やら買い物やら…血圧がピンと跳ね上がってしまいました。

なんとかそれらも一段落し、これからは向こうの片付けやら引っ越しやら手続きやらを処理した上で、土曜日に一緒に北海道に帰ってきます。高校を卒業して以来、ほとんど親孝行らしいことも出来なかったので、これからの時間は大切にしていきたいと思っています。

西山から

松山のサクラもこんな具合に咲いているのかもしれませんが(これは3年前の4月2日の様子です)、今回ばかりはどこにも行くことは出来ないでしょう。これからは松山にも足が遠のいてしまいそうなので、精一杯松山の空気を吸ってきたいと思います。

太山寺の地獄絵

  • 2016.03.14 Monday
  • 05:37
先日行った松山のすし丸で、「松山百点」という小さな冊子をいただきました。創刊が昭和40年3月で、隔月刊の発行で現在307号。地方の情報誌が苦戦している中では、よく続いています。帰ってきてからようやくパラパラめくり始めて、懐かしいものが載っているのに気付きました。太山寺の地獄極楽絵です。
松山百点

私の生まれた町には二つの札所があり、家のすぐ近くには53番札所の圓明寺が(地元では‘えんめいじ’ゆうとったけど、本当は‘えんみょうじ’やと…ほんとかや)、もう一つの52番札所の瀧雲山太山寺というのは、3〜4km離れた山の中にある大きなお寺です。太山寺町の突き当たりに一の門があり、本堂はさらにその奥1kmくらい登ったところにあります。(写真は2007年のものです。)
一の門

子どもの頃、参道にはスギの巨木がずらりと並び、昼なお暗くて不気味な道でしたが、高3の秋に松山を襲った大きな台風によって、そのほとんどがへし折られてしまい、すっかり明るい道になってしまいました。その行き止まりの右にまた高い石段があり、そこにあるのが二の門(仁王門)です。本堂と同じく鎌倉時代(1305年)の再建ですが、これは重要文化財の指定です。子どもの頃には。この仁王さんの間を通るのも怖かった…
二の門

巨大な本堂は、県下最大の木造建造物で、こちらは国宝になっています。この本堂の右に見える鐘楼の中に、この地獄極楽絵が描かれているのです。
境内

とっても怖いのだけれど、怖いもの見たさで何人かでそおっと入り、無言でこの絵を見つめていました。とても一人で入る勇気はありませんでしたねぇ… 嘘をついたら閻魔様に舌を抜かれるとよく言われるけれど、私達はこの絵をよく知っているので、とてもリアリティがありました。
閻魔様

この鐘楼は江戸末期の建造とされ、この絵は明治期に描き直したものと書かれていますが、何をどう描き直したものなのでしょう。より怖い絵柄にしたとしか思えません。児童会館などにこのパネルを置いておくと、子供たちは品行方正になるかもしれません。
地獄絵

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