路線マップ

  • 2019.03.18 Monday
  • 05:39
土曜日の町中からの帰り道、バスに路線マップがあったので、つい取ってしまいました。ものを溜め込まないようにしているといいながら、昔から集めているものなので、つい手が出てしまうのです。一番古いものは?と出してみると、1981(S56)年の札幌市交通局のものでした。これがどれだけ古いかというのは、定期観光バスを見ればよく分かります。
定期観光バス

このとき既に南北線は全線開通していたけれど、東西線は琴似白石間のみで、翌1982年に新札幌まで開通しています。まだ結婚していなかったので、今のところには住んでおりませんでしたが、バスは宮の森シャンツェまでちゃんと通っていました。ただ途中の大倉山競技場前のバス停がなく、動物園線も正門前まで行って、あとは円山西町止まりです。その前はアフターケアと言っていたはずですが。
荒井山線1981

もらってきた最新のJRバスのマップを見ると、動物園線が円山西町神社まで延びているのが大きな違いです。臨時のくらまる号も夏期間は走っているし、バス停の名前もずいぶんと変わっていることに気付きました。
荒井山線2019

久しぶりに引っ張り出したので、ついあちこち見てしまいましたが、南の端に滝野線があるけれど、まだ厚別(あしりべつ)の滝までで折り返し、山奥の滝野の集落までバスが通っていました。すずらん公園が部分開園したのは1983年なので、まだ何もないのは当然としても、駒岡の集落を越えて、真駒内2団、3団、器械場入口、滝野峠なんてバス停が載っていて懐かしいです。支笏湖線は中央バスの路線なので、こんな山の中を走っていた訳ですが、今は立派な道路になっているけれど、昔の道路はすれ違うのも大変だし、滝野峠なんて霊園入り口の横に、昔の道路の痕跡がまだ残っています。

滝野線

東区方面は、当然東豊線なんて影もないので、行くのはとっても不便でした。87年に転職した会社が赤丸の位置にあったので、バスで行く時には北12条駅からバスに乗り、今の環状通東駅のところにあった北15東16のバス停で下りて歩いて行って、よく遅刻したのを思い出します。

東区方面

この頃は、中央バス、国鉄バス、定鉄バスとライバル関係だったため、それぞれが独自のマップを作っていました。2004年には市営バス事業をそれぞれの会社に譲渡して撤退してしまった時に、その後数年だけは全部の路線を合体したマップを市が作っていたけれど、今はまたそれぞれ独自のマップに戻ってしまったようです。(これは2006年版です)

2006なまら

ネットの時代、いまだにこれが作り続けられていることも画期的ではありますが、いずれはなくなってしまう存在であることは間違いないでしょう。でもこうやってその時代を切り取ることができる存在として、やっぱり手元に置いておきたいものなのです。

新型路面電車

  • 2018.01.20 Saturday
  • 05:50
数日前の新聞に、「札幌市電に新型低床車輌が導入」とありました。でもその姿を見て??
なんと伊予鉄の5000形の写真が載っていたからです。
新聞記事
  (道新WEBから拝借…m(__)m)

昨年秋に松山に帰ったとき、何度かこの新型車両に会いました。昨年2両が導入されていたのです。伊予鉄道は低床化を以前から進めており、2100形が既に10両走っているので、旧型車はかなり少なくなっていました。ところがこの5000形は、2100形とは全く異なる流線型の形状で、定員もかなり増えているのです。全長は50cmしか違わないのに、定員が47名から60名になってました。
5000型

2100形は当初の塗装が白だったために、「とうふ」と揶揄されたほどの真四角な形状で、これが揺れながら近づいてくると、箱がひっくり返るのではと心配になるほどでした。同じメーカーなのに、なんでこんなに違うんだろう?と思うほどの激変振りです。
とうふ

記事にも書かれていますが、全国で低床車輌への更新が進んでいるため、生産が追いつかないとのこと。というのも、国内には路面電車を作っているメーカーは、なんと一つしかありません。一時は衰退する一方だったために、いろんなメーカーがどんどん撤退してしまい、阪急系のこのメーカーだけになってしまったのです。海外にはたくさんのメーカーがありますが、我が国の軌道はほとんど狭軌(1,067ミリ)のため、標準軌(1,435mm)対応の車輌しか作っていない海外メーカーでは、わが国に進出することが難しいため、このメーカーの生産能力がパンクしてしまったのでしょう。

松山市内線では、坊ちゃん列車が走っているので、時折こんな風景も見られます。いろんな車輌が混在しているのは、鉄チャンには堪えられない魅力なので、特に人気が高いのです。札幌はこのままではなく、ポラリス風に?外装を変えるそうですが、さてどんな姿になるのでしょうか?ポラリスの誕生に関わった者としては、興味津々で見て行きたいと思います。
坊ちゃん列車

ダイヤ改正

  • 2017.03.07 Tuesday
  • 05:54
私は乗り鉄でも撮り鉄でもないけれど、昔から人一倍鉄道や乗り物には関心を持ってきました。今のJR北海道の苦境も、起きるべくして起こった事態なので、普段乗りもしないくせに廃止反対を叫ぶ首長さんを見るにつけ、どっちらけになってしまいます。
先週4日から運用されたダイヤ改正では、乏しい資源をやりくりをしている痕跡がにじみ出た内容になっていました。
ダイヤ改正

トップに上がっていた、札幌と稚内・網走間の特急が、半分旭川発着となり、乗り換えをしなければならなくなったのが、今回の改正では一番大きな影響を与えそうです。これは、オホーツクやサロベツに使用されているキハ183系の車輌が、もうだませないほど傷んできているので、高速運転を余儀なくされる札幌・旭川間をできるだけ走らないように,旭川で打ち切りにしたものです。国鉄時代の製造から30数年使い続けてきているので、主要機器は交換されているとはいえ、満身創痍で走っているのですから。でも乗り継ぎのおかげで、結構不便になったと利用者からは苦情が出されている様子。乗り換えてちゃんと座れればいいけれど、自由席なら保証はされないですから。今年も上川に通わなければなりませんが、去年は車の運転ができなくて、ずいぶんJRの世話になりましたからねぇ…
オホーツク

もう一つの目玉が、札幌・旭川間に「ライラック」が復活したこと。以前から気になっていた、新幹線の開業に伴って不要になったスーパー白鳥の車輌が、ライラックとして転属になってきたのです。これによって、スーパーホワイトアローで使われてきた古い781系電車(前面が流線型でない、四角い顔の電車)と入れ替わり、カムイの5両編成に比べてライラックは6両編成になるため、乗り継ぎ用などにはライラックで対応させることになったのです。いろいろと苦心のあとが見てとれます。
ライラック

一番下に、「◆ご利用の少ない駅を廃止します。」と、たった14文字で書かれた一文では、先週末に各地でさよならイベントが行われていました。どこも乗り降りしたことはもちろんなかったし、多分1日に一人も乗り下りしない駅なので、特に反対運動も起きなかったようですが、こんな駅はこれから続々と出てくることでしょう。気になっていた「北剣淵駅」が入っていなかったので、まだ誰か通学に使われているようです。利用しそうな子供が、将来にわたっているのかも全部調べるようですから…
無人駅

確かに基盤施設である橋梁やトンネルの維持にはものすごくお金がかかるし、豪雪地帯を走るためには、単に機械除雪だけでなく、ポイント回りなどは人力でコツコツと除雪がされています。安易な廃線にはもちろん組みする気はありませんが、実態を踏まえて、前向きの議論をしっかりと行ってほしいと思います。沿線の利用だけに頼っていては絶対に無理なのは分かっているのですから、こんな記事だって目からうろこだと思うのですがねぇ。

超低床車輌

  • 2017.02.10 Friday
  • 05:59
札幌の市電のループ化から一年経ち、以前より乗降客が増えているというニュースが入ってきたり、狸小路近くで、軌道敷に違法駐車があって立ち往生したりと、いろんな話題になってきているようです。低床車として導入されたポラリスも3編成あるので、わりと見かけるようになってきています。
ポラリス

松山市内を環状に連絡している伊予鉄市内線でも、高齢化した車輌の更新を進めてきておりますが、それでもまだ昔の丸っこい車輌が元気に走っています。この55号車なんか、私より一つ若いだけなので、全国的にもかなり古い車輌でしょう。専用軌道を走る城北線では、両側の建物や塀や生垣すれすれに走ってくるのです。
55号車

こちら城山の南側を走る城南線では、道後温泉と市駅前を走っている坊ちゃん列車とよくすれ違います。漱石によって「マッチ箱のような」といわれた本当に小さな客車を連結して走っていますが、もちろんこれはレプリカで、ディーゼル機関で駆動しております。右端には、今はなくなったマドンナバスも写っておりました。一時流行ったボンネットバスは、長く続かなかったところばかりのようです。
坊ちゃん列車

道後温泉駅で発車を待っているのが、伊予鉄初の低床車として導入されたモハ2100形車で、「世界初の単車の超低床車輌」が売り文句となっておりました。低床車は全国各地で走っておりますが、すべて連接車輌となっています。カーブが急で、あちこちぶつかりそうなところばかりなので、連接車をあきらめて、単車になったものでしょう。因みに左の2002号は、かつての京都を走っていた市電です。
道後駅

実は,この低床車があまり評判よくないのです。確かに乗降は楽なのですが、車軸のところは机の上に登るほど高いところに椅子があるし、車長が短いので、旧型車の定員が80人に対し、たった47人しか乗れません。おまけに外観が真四角だし、伊予鉄の標準色であるオレンジが足回りだけで上の方は真っ白なため、「豆腐」と呼ばれているのです。
とうふ

一応10両導入しているので、よく見かけるようになりましたが、広告電車がほとんどなため、豆腐のイメージは少し薄れたかもしれません。伊予鉄もさすがにこれはまずいと思ったのか、いよいよ新型車を作ることになったようです。定員も60人とかなり増えるし、全身オレンジ色なので、変なあだ名は付けられないでしょう。

新型車

ひょっとしたらこんな車両が道内でも見られるかも〜なんて噂をちらと聞いたので、こんな話題になったのですが、さて真偽の程は…

デジタルサイネージ

  • 2016.12.29 Thursday
  • 05:46
毎朝チェックするサイトの一つに、東洋経済オンラインがあります。名前の通り経済がメインではあるけれど、記事の内容はけっこう幅広く、読み応えがあるものが多いのです。東洋経済新報社の歴史はけっこう古く、間もなく百年になろうとしています。戦前から自由経済志向が強く、軍部や翼賛政党とは一線を画してきており、現在でも政権におもねらない、硬派の論調が引き継がれているように感じます。

そんなニュースの中に、なぜか「鉄道」というジャンルがあり、毎日何かしらの鉄道・交通関係のニュースが入ってきます。昨日は、仕事納めの日にはふさわしくないような、のどかな記事が載っていました。これから更新される山手線の車輌のデジタルサインに、かわいい花柄が採用されたというのです。
新型山手線

以前路面電車のデザイン検討をやったときに、最近のデジタルサイネージの進歩には驚かされました。液晶画面の進歩で、かなり細かい情報を流すことができるようになっているのです。あんまり得意な分野ではないので、その中身にはほとんど踏み込まず、後ろ側は追突防止のために真っ赤にする、というくらいしか考えませんでした。そうかこんなことも出来たんだなぁ…と、ちょっと悔やんでしまったのです。しかもこれは月の花が12ヶ月分用意され、2パターンが入れ替わるという手の込みよう。遊び心とはいえ、ここまでやり遂げるのは結構大変だったことでしょう。
花柄

そういえば、このブラウザーにもそれに似た機能がありました。私はマイクロソフトが大嫌いだから、Netscape から Firefox と使ってきていますが、これにはペルソナという機能があり、画面の上の帯を季節によってとか、気分によって入れ替えることができます。テーマがたくさんあり、私はたいてい「自然」の中から選ぶために季節の花や風景などにしています。もう紅葉はとっくに終わったから冬景色だけど、雪にすると真っ白になるので、そろそろ華やかな花に変えようと思っていました。
ペルソナ

電車の後ろ姿なんか、見ている人はほとんどいないし、見たとしてもこれがシクラメンだと分かる人なんかいないでしょうが、そこが「遊び心」のいいところ。パソコンの画面ばかりにらんでいると目が疲れるので、ふと目を休めるものがあると、緊張が途切れます。普段から、そのくらいの余裕が必要なのでしょう。

ようやく復旧

  • 2016.12.15 Thursday
  • 05:49
昨日はうれしいニュースが入ってきました。8月の大水害によって不通になっていた石勝線・根室線が、22日にようやく再開されることになったようです。私もここ数年、月に2回ずつお世話になっていたルートだけに、この復旧は本当にうれしく思いました。道東の方達にすれば、こんな不便なことはなかったことと思います。
道新WEB
 (道新WEBより拝借しました。 m(__)m)

新得の狩勝園地の仕事をやっていた時には、いつも駅前の旅館に泊まっていたので、あのあたりは毎朝私の散歩コースでした。写真を探してみると、ちゃんとありましたねぇ。この写真は被災した下新得川橋梁を、すぐ下流にある町道の橋から見たものです。
橋を望む

町中を流れる穏やかな川が、あんなものすごいことになるなんて、地元の人でも想像できなかったのではないでしょうか。右側に写っていた家は無事だったようですが、反対側は護岸が完全にえぐられ、川幅が倍くらいになってしまって家も流されたような気がします。ネットから拾った画像を見るとこんなに激しくやられており、言葉を失ってしまいました…
被災状況
 (写真を撮した町道の橋は流されていませんが、その手前は大きくえぐられています…)

昨日の発表を見ると、築堤も連結ブロックでがっちり被覆されており、住民も安心して住むことができそうです。道内にはこのような古い護岸が到る所にあるので、土木屋さんは「国土強靱化」の仕事にしばらくことかかないことでしょう。
改修状況

踏切を渡ってしばらく行くと、新得神社の鳥居が右手にあります。それをくぐってこの橋を渡ると、新得神社やその背後の新得山に行くことができるので、新得に泊まった時には毎度通った道でした。この橋も流されてしまったようですが、まだ仮橋くらいでしょうねぇ。
神社橋
 (アイヌ語ではペンケが上、パンケが下なので、下新得川という意味です。)

最近赤字路線問題で、JR北海道への風当たりがやたら強いけれど、当事者能力の全くない無策な北海道こそが、第一義的には責められるべきだと思っています。現場を預かる方達の懸命な作業で、今回の復旧にこぎ着けたことには心より敬意を表したいです。

伊予鉄の電車

  • 2016.03.10 Thursday
  • 05:54
今回の帰省では、いやというほど伊予鉄の電車に乗ることになりました。普段なら市内電車だけですが、今回は親戚に行ったり鯛飯食べに行くのに「郊外電車」にも4回乗ったので、かなりの電車賃になったはずです。松山では市内電車と郊外電車という呼び方をするのが独特かもしれません。最初に乗った高浜線の車輌は、かつて京王電鉄から購入したものです。地方の鉄道では新車を導入するのが大変なので、大手私鉄の更新によって出てくる中古車輌を使っているところがほとんどでしょう。この3000系はオールステンレス車のため、伊予鉄カラーのオレンジ塗装が腹帯しかなく、いつまでたってもよそよそしく感じます。
郊外電車1

郡中(ぐんちゅう)線ですれ違った700系も、やはり京王電鉄からの中古車ですが、全身オレンジ色になっているので、伊予鉄らしく感じてしまうのです。
郊外電車2

古町(こまち)駅は市内電車と郊外電車双方の車両基地となっており、いろんな車輌を見ることができます。市内電車では最新型の低床車輌が増えてきたため、丸っこい旧型車の数が少なくなってきました。旧型車の一番古いものは、私より一つ年上なので、電車としては相当な高齢車輌ということになります。新型の2100系電車は、今はオレンジ色に塗られてきましたが、初めの頃はほとんど白で真四角なために、「とうふ」と呼ばれていたとか…
古町1

坊ちゃん列車もここを車庫にしているので、これからご出勤するところのようでした。
古町2

高浜線の線路と市内電車の線路は、2回交差しています。大手町では日本で唯一直行交差が見られ、徐行しながらガタガタと横切っていきます。もう一つは古町駅構内で、市内電車が高浜線の線路を左手前から斜行して横切っていきます。
直行 斜行

今回は土曜日に乗ったので、郊外電車で面白いものを見ることができました。市駅のホームをおばさんがママチャリ押して電車に乗ってくるのです。土日祝日は、一番端の車輌に自転車を積むことができる「サイクルトレイン」のしくみが始まっており、料金100円であれば、町への買い物に意外と便利かもしれません。
サイクルトレイン

ICカードの普及や駅のバリアフリー化も札幌なんかよりはるかに早かったし、隅々まで工夫が行き届いているからこそ、電車もバスも黒字を維持している理由なのでしょう。帰りの空港でも面白いサインを見つけました。ちゃんとサイクリスト用の更衣室が用意されているし、お遍路さん用の更衣室なんて、四国ならではでしょうねぇ。(空港ビルも伊予鉄の運営です。)
空港

さよなら海峡線

  • 2016.02.10 Wednesday
  • 06:03
函館から帰ろうと駅のホームに出ると、右手には札幌行きのスーパー北斗が、左手には新青森行きのスーパー白鳥が入線していました。そうか、スーパー白鳥もこれが見納めなんだなぁ… とうとう一度も乗ることができなかったなぁ…とちょっとしんみり。

函館と新青森を結ぶ特急は計10本あり、そのうち8本はJR北海道の789系の車輌が、2本がJR東日本の485系の車輌で運転されています。所要時間はたいして変わらないのに、北海道のにはスーパーが付いているのが不思議なところ。485系は旧国鉄タイプの四角い顔で、2本しかないからなかなか見ることができません。ちゃんと写真撮しておけばよかった。ちなみにスーパー北斗は非電化区間を走るので、見た目はそっくりだけれど、キハ281系の気動車による運転となります。
並列

道内では旭川〜小樽間、札幌〜室蘭間、そして函館〜青函区間だけが電化されているので、これらの電車はここをお払い箱になるとどこに行くのでしょうか?この車輌は勾配のきつい青函トンネル内での高速運転が可能なように作られているし、トンネルないでも静粛性を保て、塩水のかかる過酷な環境で走れるように耐久性の高い構造なので、まだまだ活躍の場があるはずですが。
789系

学生の頃は飛行機に乗るのが嫌で、ずっと連絡船に乗って海峡を渡っていました。初めて飛行機に乗ったのは26,7歳くらいだったかなぁ?その後会社勤めをするようになると、のんびり列車の旅をする余裕がなくなり、結局飛行機ばかりになってしまいました。88年にトンネルが完成してからも、家族は何度も海峡線に乗っているけれど、私はとうとう一度もに乗らずじまい、その機会もなくなってしまいました。
マーク

新幹線の開通によって、函館駅は北海道の玄関口の地位を失ってしまいます。ホームにあった売店や立ち食い蕎麦もすべて廃止になり、函館駅はますます殺風景になっていくのでしょう。新幹線に乗って東京に行くこともなさそうだし、札幌まで新幹線が開通するまで生きていなさそうだし、交通体系の変化は私たちの旅の中身を変えてしまうだけでなく、地域の賑わいも奪いかねない怖さを持っているように思います。

手稲山ロープウェイ

  • 2016.01.24 Sunday
  • 05:55
また発掘ネタですが、片付けものをしていて手稲山ロープウェイのリーフレットと招待券が2枚出てきました。入っていた封筒が、およそ手稲山とは関係ないので、これをいつどこでいただいたものか皆目検討がつきませんが、今はもう乗れなくなった施設だけに懐かしくなりました。
パンフ1
招待券

このロープウェイは、72年の札幌オリンピックのために建設されています。山頂からハイランドまで回転や大回転が行われたので、選手や関係者の輸送のために使われました。その後夏場は観光客向けに使われ、子供たちを連れて登山した時に帰り道で一度乗ったことがあります。あの頃は登山する方もかなり多く、たくさんの家族連れと賑やかに登っていたし、すぐ近所の知り合い家族に山頂でばったり会ったことを思い出しました。そういう使われ方が結構多かったようです。
パンフ2

ロープウェイは2008年末をもって休止したままで、まだ撤去されていないようですが、老朽化が進んでいるのでこれが再運行することはないでしょう。今また進められている誘致が成功しても、隣に出来た高速リフトで代替が効くのであれば、ロープウェイの復活はなさそうです。
この最終年の8月にたまたま乗る機会がありました。札幌市公園緑化協会が主催していた園芸学校の初年度。3コース合同で「さっぽろの自然景観」を探るバスツアーの講師を頼まれ、手稲山の山頂と円山公園、藻岩山の山頂を回ったのです。車椅子の方がいたので円山山頂には登りませんでしたが、そうでなければ登ってしまいそうな勢いでした。

ロープウェイ
ロープウェイは40人乗りくらいの小さなゴンドラなので、ちょうど一杯になったはずです。オリンピック関連の施設に必ず付いているシンボルマークが横腹に付いていました。

銘板
こういう銘板はマニアに狙われそうですが、今も放置されているのでしょうか。

上り 下り
山頂までの北壁を一気に登るのですから、高所恐怖症の方なら足がすくむ角度です。私もそうなので、写真撮すのも覚悟がいりましたが…(>_<)

眺望
さすがに千mを越える山頂の眺めは最高でした。手前のハイランドやオリンピア、中程には前田森林公園のカナルが見え、石狩湾の雄大な眺めは見応えがあります。雲がなければ暑寒別の山並みも見えたことでしょう。でも改めて山頂を見てみると、放送塔が林立するばかりで植生も帰化植物だらけで荒れ放題、ちょっと興ざめでした。ロープウェイがなくなってしまったので、カンカン照りの北尾根コースを往復するのはつらそうですが、今も登山客で賑わっているのでしょうか。

電車路線の謎

  • 2016.01.18 Monday
  • 05:51
先日引っ張り出した1918(T7)年の地形図は、5万分の1なので、ほとんど札幌全体が入ってしまいます。その分中心部はものすごく細かくてさっぱり分からず、コピー機で3倍に拡大してあちこち眺めていました。町中を見ていてあれっ!と思ったたのが、電車の路線でした。分かりやすく赤を入れてみたのですが、今までの情報と大きく異なっていることに気付いたのです。
中心部
(「五万分の一地形圖札幌十號」 大日本帝国陸地測量部、大正七年十二月二十五日印刷)

この年は、8月1日から50日間の日程で、『開道五十年記念北海道博覧会』が開催されています。このためそれまでの馬鉄を急遽電化し、名古屋の中古電車を購入して、ようやく8月12日に運転を開始しています。この博覧会は市内道内だけでなく、全国海外からもたくさんの見物客が来札し、当時の札幌の人口は10万に満たないのに対し、142万人もの人が訪れました。
メイン会場となった中島公園には、札幌駅から真っ直ぐすすきのまで行き、正面には遊郭があったために3丁目に迂回して、今のパークホテルの裏手まで行ってました。なのでここにあるバス停は今だに「中島公園入り口」のままになっています。これを…筝線といいました。
他の路線は、西15丁目にあった師範学校前から、東3丁目にある神宮の頓宮までの一条線、もう一つがやはり駅前から豊平橋までのK平線の、三つの路線が開業していたと思っていたのです。
  大正7年
 (「大正7年8月現在の路線図」さっぽろ文庫22 市電物語、札幌市教育委員会編、1982)

でもこの地図を見ると、既に苗穂駅前までの苗穂線が出来ているし、一条線は頓宮まで行かずに東1丁目通を北進し、苗穂線に合流しています。苗穂線もまっすぐ道庁前の駅前通まで行かずに、西3丁目を回って停車場前に出るようになっていました。確かにこの方が折り返しにならないので、電車のやりくりが便利そうです。他の札幌の路面電車に関する本をいくつか見ても、こんな情報は全く載っていませんでした。
さっぽろ文庫をよく見てみると、苗穂線は駅前通の北3条西4丁目から東7丁目までが1919(T8)年5月開通、苗穂駅前までの開通は1923(T12)年8月となっているのです。工事途中でいずれ開通するだろうからと、親切に描き込んだとも考えられなくはないですが、東1丁目線と駅前の西3丁目の迂回路は謎のままです。

そこで別の大正十年の地図を見てみました。すると謎の路線は2つとも無くなっていましたが、今度は東2丁目に一条線と豊平線を連絡する路線が描かれているのです。これも初耳の路線で、全く情報がありません。
T10年
(「札幌市街圖(大正十年)」 日本地図選集札幌全圖より、人文社復刻版)

帝国陸軍の陸地測量部という、地図作りのプロが作った地図なので、誤った情報を書き込むことは考えられず、営業運転こそやっていなかったものの、資材の運搬などのために仮の線路を造っていたり、苗穂線のようにある程度工事が進められていた可能性が考えられるものもあります。いろいろと不思議なことがあるものですが、地図マニアとしてはこのような情報を探し出すのが最高の楽しみでもあるのです。

市電ループ化開業式

  • 2015.12.20 Sunday
  • 07:03
昨日は午後から市電のループ化完成による開業式典がありました。会場は4丁目交差点近くのホテルオークラ。辺りは年末らしくものすごい渋滞でした。

開式の前に昔の路面電車の映像が流されて、なかなか面白かったです。私が札幌に住み始めたのが1972(S47)年4月ですが、その直前の3月末に駅前通から姿を消しました。それからは高速大量輸送の地下鉄が主役になると共に、道路は車であふれかえることになり、町のたたずまいが全く変わったきっかけとなる出来事でした。そこにまた路面電車が復活するのですから、そういう点ではなかなか興味深い出来事でもあるのです。
昔の映画

この区間は国道なので、開発局の知り合いの方もたくさん来ていました。私が前の方に座っているので、なんで?とびっくりしてましたが、そりゃそうでしょうねぇ…(笑)
式典

お定まりの式の最後は、イラストレーターの yukky さんの指導による市電のヒストリーボードのお披露目。十数人の子供たちが一日がかりで色を塗ったボードです。これは4プラ前の電停にしばらく飾られるとか。
ヒストリーボード

式典は40分ほどで終わり、4丁目のスクランブル交差点での出発式があるので移動しました。この周辺が通行止めになっているので、都心部の渋滞に拍車がかかっていたのでしょう。
出発式

寒いだろうと思い、しっかりと着込んで行ったけれどそれでも寒い…なんだかんだと30分近く待たされてしまいました。じっとしていると寒いので、電停やらトロリーの張り方や街路樹との関係など、検討委員会で問題になったところをチェックしていきました。新型路面電車「ポラリス」も現在は3編成あり、よく見かけるようになりました。近づくとその大きさに圧倒されます。
ポラリス

ようやくくす玉を割って、来賓の方々が乗った一番電車がスタート。私たちは次の二番電車に乗り込みました。まずは4プラ前の電停から左折して南一条通へ移動。そこから方向転換して外回りにすすきのまで行ってまた戻ってくるルートです。今はまだガードマンがいるからいいけれど、一ヶ月が目途でいなくなれば、本当に大丈夫なのかなぁ…
試乗

検討委員会で問題になったことの一つに、バンパーとかをあまり特殊な作りにすると、もし車がぶつかった時に、向こうに過失があった場合には保険で修理できないくらい高くつくのでは…ということがありました。今のところ事故は起きていないそうですが、ちゃんとドライブレコーダーが付けられているので、電車には絶対にぶつけないようにしましょうね〜
運転台

すすきの電停も改良され、予備車輌を止められる留置線まで設けられて少し広くなったようです。年末年始は酔っ払いがたくさんうろうろする季節。狸小路付近も若者や外国人があふれているので、こちらも心配なところ。運転士さんたちも気を遣うことでしょう。
すすきの駅

小さく見えている飲み屋への配達車が、本来左折時には止まってやり過ごさなければならないのに、いきなり直前を左折してひやっとしました。ササラ電車で吹き飛ばせないためにロードヒーティングが整備されているものの、車道の雪はぎりぎりまで雪山になります。かえってこの方が安全でもあるのですが、雪山がなくなればここを自転車が走るし、車やタクシーなどもどんどん入ってくることが考えられ、心配のタネは尽きないのです。
内回り

このループ化はけっこう話題性があるので、観光客もぐるぐる回りが流行るかもしれません。町の新たな魅力発見の機会ですので、一度乗ってみて下さいね〜

市電のループ化

  • 2015.11.20 Friday
  • 05:58
買い物があったので久しぶりに町中へ。どこの商店もクリスマスデコレーション満載で、世の中そんな時期だったんだとあらためて認識させられました。4丁目の交差点に行くと、あちこち工事だらけ。よく見ると市電のループ化工事の真っ最中だったのでした。そういえばそんなニュースやっていたか… こんな見物デッキまで作られていました。
駅前通

このループ化の目玉は、軌道敷を歩道側に寄せるサイドリザベーション方式を採っている点です。3年前に新型車両導入のトータルデザイン検討委員会に参加した時、いきなりその話がでたのでびっくりしました。国内では鹿児島や熊本の一部で取り入れられているだけで、しかもこんな繁華街のど真ん中にもってくるのは初めてのことです。しかも九州の例では上下線共に片側に寄っているだけなのに対し、軌道敷を道路の両側に振り分けるのは札幌が初めての取り組みです。十分に検討したのかなぁ?という不安はありましたが、それは既定の事実として検討対象外だったのでそのままに。
軌道敷

4プラの前に西線行きの電停が移設されてきます。地下街への階段があるので、街路樹はすっかりなくなり、歩道がかなり窮屈な感じになりました。よく見ると狸小路のあたりには試運転中のポラリスが待機中。
電停

カメラを持ったマニアたちがたくさん待っている中、電車が近づいてくるとなかなかの迫力です。この区間は最徐行で運転することになるのでしょう。
ポラリス

車体と電停とのすき間はほとんどありません。車体と車道の間が自転車の走行帯になるので、大丈夫かなと心配になります。札幌名物のささら電車もここでは吹き飛ばせないので、ロードヒーティングになるのだとか。いきなり冬季間の開業なので、初めは大変なことでしょう。
ぎりぎり

電車はやがて南一条通に向けてカーブしていきましたが、今はガードマンが立って注意しているけれど、本格運転になればずっと配置していく訳にもいかないだろうし、こちらもかなり心配になります。市民が慣れてくるまでは、ガードマンがいるのかなぁ。
カーブ

そのまま西に進むのかと思ったら、その先で交換して外回りに戻り、また駅前通に進んでいくようでした。12月20日から正式に運用するそうなので、後ろから今度は単車の試運転車もやってきて、運転士も習熟運転をずっと続けて行くのでしょう。色々と課題はありますが、とにかく事故のないようスムーズに開通することを願うばかりです。
習熟運転

トワイライトエクスプレス

  • 2015.02.07 Saturday
  • 05:53
旭川に向かおうとホームに上がると、向かい側のホームにはトワイライトエクスプレスが止まっていました。そういえば来月でいよいよ廃止になるんだなぁ…としばらく眺めていると、ホームには撮り鉄がたくさん集まって、バシャバシャ写しまくっていました。北斗星も8月での廃止となり、カシオペアも新幹線開業時には廃止になりそうなので、一気にこれらの寝台列車がなくなってしまうのですねぇ。

DD51
室蘭函館間は非電化区間のため、ディーゼルのDD51の重連が五稜郭まで牽引します。DD51は、旧国鉄がSLの更新用に大量に導入した機関車で、デゴイチ(D51)を上回る能力が求められたものです。(だからDD51になった訳ではありませんが) 導入から既に40年以上経っているので、こちらもひどく老朽化している機関車です。重連とはいえ、こちらから駒ヶ岳の坂を上るのはきついので、海岸線沿いの砂原回りとなるために、上り列車は下りよりも多く時間がかかります。なので大阪までほぼ一日、23時間弱の長旅が待っているのです。

学生時代には、四国まで帰る時にはいつも貧乏旅行ばかりだったので、寝台列車になんか全く乗ることはありませんでした。札幌から学割で四国周遊券を買うと、有効期間が20日で5千円弱。急行の自由席には乗れるので、函館まで急行宗谷、連絡船を乗り継いで青森から上野までは急行八甲田、東京で数日間過ごしたあと、東京駅から大垣行きの鈍行143列車に乗り、翌朝西明石行きの各停に乗り継いで、兄のいた神戸までというコースが一番多かったかもしれません。帰りは大阪から、日本海回りの急行北国で帰ったことも何度かあります。青森まで16時間半というしんどさですが、全然苦にならなかったなぁ。
社会人になってからは、そんなのんびりした旅行が許されず、いつも飛行機でとんぼ返りになったので、とうとうこんな寝台列車に乗る機会はありませんでした。

食堂車
スシというのは、寿司が出る車輌という訳ではないけれど、食堂車の記号です。トワイライトの食堂車は、「ダイナープレヤデス」という素敵な名前が付いており、オリエント急行を意識した内装なんだとか。九州で走り始めたななつ星は、これをかなり意識したはずです。

サロンカー
窓が大きく切れ上がったサロンカーは、日本海の夕陽を眺めるために作られたもの。「サロン・デュ・ノール」(北のサロン)という名前が付けられています。

寝台列車は、ブルートレインの名前の通り青色が基調になっていましたが、これだけは濃い緑に塗られているので、道内区間ではブルトレ色の機関車と色が合わなくなっています。この素敵なエンブレムも、いよいよ見納めなんですねぇ。ちなみにトワイライトはJR西日本が企画している列車なので、WEST JAPANと書かれています。
エンブレム

そういえば、先日の大雪の時に青森県内で立ち往生し、二泊してようやく大阪にたどり着いたことがありました。今ではものすごい倍率で、よほど運がよくないと乗ることができないトワイライトに、たっぷり二日も乗れたのですから、うーーんうらやましいなぁ…

道新
  (道新WEBニュースより無断拝借 m(__)m)

市内電車

  • 2015.01.19 Monday
  • 05:27
家に帰って早々、しこたま雪かきをやらされてしまい、かなりの背筋痛になってしまいました。平年に比べればまだ少ない方だと思いますが、この先どれだけ降るのでしょうかねぇ。

松山の町は、真ん中にある城山を取り巻くように市街地が形成されているので、環状線になっている市内電車を利用すれば、たいがいの用事が片付きます。
路線図

料金も均一で160円だし、ICカードを使えば140円なので、ほとんどの人がカードを使っています。導入されてもう10年なので、全国的に見てもかなり早く、私が持っているのは初期の記念カードというレアものです。
   い〜カード

何度も市電を利用する場合、ICカードでは一日400円を超えないように設定されているので、気兼ねなく利用できます。観光客のようにわざわざICカードを買えない場合には、400円のワンデーチケットを利用すれば便利です。これだと市内電車全線と中心部のバス路線が乗り放題だけでなく、坊ちゃん列車に+100円で乗れるし、高島屋の上にあるくるりんという観覧車にも乗ることができるのです。
チケット

市内電車にはいくつもの路線がありますが、どうしても一回で行けない場合には、下りる時に乗りかえ券をもらって乗り換えができます。松山にお越しの際には、ぜひ市内電車を活用してください。
 乗りかえ券

車輌は超レトロなものから最新の低床車まで、結構多彩です。右の50型は多分私と同じ歳くらいでしょう。1951(S26)年からの導入です。左側の2100型は、伊予鉄が誇る超低床車で、両側の運転台あたりはかなり高いのに対し、真ん中あたりはぎりぎりまで低くしているので、ホームとの段差がほとんど無いくらいです。
新旧電車

城の北側を回る、かつては城北線と呼んでいた環状線は、専用軌道になっていますが、両側ぎりぎりまで民家などが迫り、庭木の枝が車輌に当たりそうなくらい。その中を大きく揺れながらぶっ飛ばしていくので、かなりの迫力があります。小さな踏切が無数にあるのですが、人も車もちゃんと止まると確信して、徐行なんか絶対にしないところがすごいのです。
城北線

伊予鉄名物は、なんといっても「坊ちゃん列車」。漱石が松山中の教師として赴任していた頃は、電車ではなく町中をかわいい蒸気機関車が走っていました。軽便鉄道という、軌間762mm(日本の鉄道は狭軌が主流で1,067mm、新幹線や関西の私鉄などでは標準軌1,435mm)の線路の上を、ミニチュアのような機関車が、これまたマッチ箱と呼ばれるほどの小さな客車を引いていたのです。2001年に鉄道記念物として保存されている1号機関車と、14号機関車の2両を外観そっくりに復元し(機関はディーゼル)、坊ちゃん列車として運行を始めました。車輌の向きを変える転車台がないので、ジャッキを仕組んだ場所に停止して本体を持ち上げ、人力で押して回転させるという裏技で、機関車の向きを変えるようになっています。
坊ちゃん列車
決して乗り心地はよくないし、満員の狭い客車に乗っていてもちっとも楽しくはありませんが、旅の思い出に一度乗ってみてください。

ハワイの交通事情

  • 2015.01.05 Monday
  • 06:00
今日から仕事始め。今年は23日のハワイ行きから約2週間も休みを取ったことになります。無理の効かない体だということを身につまされた後でもあり、ちょうどよかったのかもしれません。今日からしっかりがんばらなくては。

こちらの方はまだまだハワイ情報が続きます。多くの方にとってはハワイなんか…という感じなんでしょうが、私なりに見てきたものの記録として、もう少し整理していきたいと思います。

アメリカでは横断歩道以外を歩いていて、ポリスに見つかるとさぁ大変。罰金が即1万5千円だとか。ほとんどポリスを見かけませんでしたが、変なところを渡るのは浮浪者か東洋人。日本人はみなさんお行儀がよかったです。町中の横断歩道には、必ずボタンが設置されており、これを押さないと信号が変わりません。
押しボタン
あんまり手応えがないので、ガツンガツンと手の平でで叩いてしまいます。押さないでぼーっと立っていると、いつまでも信号が変わらないので要注意。ようやく信号が変わって渡り始めると、すぐに手の平マークが白から赤に変わり、横に数字が点滅して信号が変わるまでの時間のカウントダウンが始まります。日本人はすぐに走り始めるのですが、外国の方は悠然と渡るか、その時点で待っているのです。こういう時に国民性がよく分かります。
  青信号  黄信号
アメリカでは、信号が赤でも右折可能なので、ちょっとびくびくしますが、とてもみんなマナーがよくて、必ず一時停止は守ってくれます。車同士でも必ず譲り合い、さすが車社会の大先輩だけあり、大人だなぁとしみじみ思ってしまいました。

ホテルの中にもたくさんの車が入ってきますが、車道と歩道の区別は明確にされているので、車道を歩こうものならガードマンに厳しく笛を吹かれて叱られます。ホテル内やショッピングセンターの横断歩道には、すべてハンブが設けられており、最徐行しながら走ってくるので、全く危険性はなくなる訳です。ハンプは、コンクリート製の低い障害物。車両を強制的に徐行させるのでとても効果的ですが、積雪地では除雪車が走るために設置することができないのが残念です。
ハンプ

日本人観光客に対しては、JTBやJAL、HISなどがそれぞれ連絡バスを運行しています。主にアラモアナ・センターとワイキキエリアを結んでいるので、これを利用すれば大体間に合うし、最大手のJTBは郊外路線も持っているため、うまく活用すればとても便利です。
トロリー
これらのバスはほとんどがオープンタイプで、レトロな外観をしているため、外国人観光客もきっと乗りたいだろうなぁ。
オリオリ JAL

ホノルル市が運行するザ・バス(The Bus)もかなりの密度と頻度で走っています。2.5ドルでどこまでも行けるので、遠距離であればとても割安です。
The Bus
これをうまく使えば便利なのですが、私たちにはとても乗りづらいのです。というのは、バス停はあるものの、停留所の名前も書かれていないし、方面と路線番号だけしかないのです。しかも信じられないことに時刻表がない。みんないつ来るのか分かって待っているのかなぁ?
路線図と時刻表を探したのですが、頻繁に変わるので印刷を止めてしまい、HPで確認してほしいとのこと。そんなんじゃ旅行者には使えないし、みんなスマホを持っているという前提なんでしょうかねぇ。このバスの便利なところは、乗り換えが効くことです。乗り換え券(トランスファーチケット)をもらえば、2時間半以内であれば自由に乗れるので、オアフ島内たいがいのところには2.5ドルで行けてしまいます。
トランジット表 トランジット裏
バスに乗っても、停留所名が書かれていないので、地図と首っ引きでないとどこを走っているのか分からず、ちょっともったいないなぁと思いました。

こんな暖かいところなので、もっと自転車に乗っているかと思いきや、乗っているのは観光客など白人の若者がほとんどの様子。結構坂道が多いし、重量級が多いハワイアンには、自転車は似合わないのかもしれません。それでもほとんどの道路には自転車レーンが設けられていました。
自転車レーン
町中には歩道脇に、自転車の形の駐輪場の印があります。これにロックしたり、この近くに駐輪するようになっているようです。
自転車

写真は撮せませんでしたが、バスの前には自転車を載せる金具が付いており、自分で縛り付けて乗ってくるのにはびっくり。いろんなしくみがちゃんと整備されているのでした。

ICカード

  • 2013.12.20 Friday
  • 07:10
札幌市が、ウィズユーカードを廃止するという報道で、びっくりした方が多かったようです。道新WEBのアクセスもずっとトップでした。

道新
(道新WEBから拝借しました…m(__)m)

でも問題は、割引率が下がるということだけでしょう。一万円のカードを買った場合には、15%の割引がありましたが、それ以下だと10%なので、札幌市が発行しているSAPICAと同じです。はたして一万円のカードを使っている人がどれだけいるものだか…
私も一万円のウィズユーカードをずっと使ってましたが、バスにICカードが導入された時点ですっぱり切り替えました。いちいち整理券取って精算するのは面倒だし、会社によって方式が違うのも結構面倒なんです。整理券がどこかのポケットに紛れ込み、下りる時に焦ったことが何度あったことか…
札幌

初めてICカードを買ったのはもう10年ちかく前でしょう。松山に帰ったとき、地元の伊予鉄道が地方私鉄のトップ?で導入していたので、早速申し込みました。実家に帰ると、結構な頻度で市電に乗るので、大変便利だったのです。さらに東京に行くと、運賃表が複雑すぎて、いくらかかるのかを探すのに一苦労。切符を買おうとしても、券売機で他社乗り継ぎとかの切符を買うのがまた大変。それでパスモを買って、この煩わしさから解放されました。
その後、JR北海道がIC化にした時点でSUICAにし、さらにこの3月から全国の交通系のカードが一本化したのでとても便利になり、春に福岡や関西に行った時にもSUICAが活躍してくれました。
すいか

今問題になっているのは、SAPICAが孤立系のシステムであること。どうしてこんな不思議な方式にしたのか、市の見識が疑われます。基盤技術は同じなので、やろうと思えばすぐにでもできるので、一刻も早く共通化してほしいと思います。

鈍行の旅

  • 2013.12.15 Sunday
  • 06:07
上川からの帰り道、一番早い特急は、6:23網走発のオホーツクですが、上川まで来るのにちょうど3時間の9:25です。それまでぼけーと待っているのも退屈だし、鉄ちゃん魂がうずいてきたので、鈍行で旭川まで行き、そこから特急に乗り替えて帰ることにしました。旭川・札幌間が1時間25分に対して、上川・旭川間が1時間19分という、なかなか味わえない鈍行での移動です。
前日の吹雪でどこもかしこも真っ白になっていましたが、レトロな上川駅の風情が、一層引き立っていました。
上川駅
車輌は、旭川始発でやってきた2両編成の折り返し。雪にまみれて真っ白です。土曜日なのでほとんど人も乗っていませんでしたが、平日であれば旭川から上川高校に通学する高校生で一杯になっているそうです。地元の子どもより、旭川から通ってくる方が多いんだとか…
鈍行
車輌は、道内ローカルの主役であるキハ40ディーゼル車。旧国鉄時代の1979(S54)年に新潟鉄工所で作られた寒冷地仕様車両を、1990年頃に一度ワンマン化改造され、さらに2010(H22)年に延命措置としてエンジンや変速機の積み替えが行われているようです。
  キハ40   プレート
座席の感じは、子どもの頃に汽車通学していた頃と全く同じ内装ですが、改装の際にクーラーが付けられていました。寒冷地仕様の車輌は、窓が小さくて一枚窓(暖地仕様は上下2枚窓)、しかも二重窓になっているのですが、それでもすきま風がひどく、時折ひやっと氷の粒が飛んでくる始末。仕方なくコートを着て寒さをしのぎました。
内部
それでも各駅停車ののんびりした旅は格別で、何度も渡る石狩川や、上野ファームの裏にある射的山などを眺めながら、あっという間に旭川に着いてしまいました。
石狩川

土曜日の午前中だし、昼前に札幌に着く特急だから混んでるなとは思いましたが、やはり座席は埋まり、デッキに場所を確保して立ち席で行くことに。一時間半くらいなら全然苦にならないので、まぁいいやと思っていたのですが、滝川、砂川、美唄と停まるたびにドカドカとたくさん乗り込んで超満員に。最後の岩見沢では、満員電車でもこんなにはと思うくらいのぎゅう詰めになってしまいました。みんな厚着しているし、客室との仕切りのドアも開けっ放しなのでものすごく暑くなり、江別あたりから具合が悪くなって座り込む女性が続出。札駅のホームに吐き出されて冷気にあたり、ホッとしました…まぁ得がたい経験になったということで…(^。^;;

新型路面電車

  • 2013.03.30 Saturday
  • 07:06
昨日の帰り道はかなりの吹雪…今朝は一面真っ白になってました。今年の冬将軍の粘り腰は、なかなかのもののようです。

札幌の新型路面電車が電車事業所に到着し、製作に関わった関係者に対する内覧会が、28日に行われました。今日マスコミに公開されるので、もう掲載してもよさそうです。
昨年度、新型車両のデザインと、今は4丁目とススキノで行き止まりになっている路線のループ化に対する様々な課題を検討する、トータルデザイン検討委員会の委員をやってました。ちょうど昨日紹介した区間の整備にも関わるという、不思議な因縁を感じてしまいます。
フロント

デザイン的には、かなり斬新なものになりました。ここに至るまではいろいろ紆余曲折がありましたが、日本を代表するデザイン会社であるGKが、かなり力を入れてがんばっただけはあります。私的には100%でないにしても、これまでの延長上にはないものとして、訴えるものが十分にあるでしょう。
プレート

デザインはともかく、今の車両ではとても乗りにくい踏み段が、低床化によってほとんどバリアフリーになったことは画期的です。車両長が伸びたことから、3連接車両になり、きつい直角カーブにも対応できるようになりました。中間車両は今まで通り、向かい合わせのロングシートですが、両側の車両は前後向きの椅子になったため、降り口に進む時に、つきだした足につまずくことも少なくなるでしょう。しかし、座れる可能性が少し減ることになりそうです。
内部

一旦座ってしまえば、ひろい窓から車窓の風景がよく見えるので、いつまでも座っていたくなる…と言うのがみなさんの感想でした。木製の窓枠には、缶ビールとつまみも置くことができますからね〜ループ化すれば、山手線のように何回りもできるようになるのかな?
椅子

運転席に座ると、結構位置が高いので、見通しはよさそうでした。電車でGO!ではないですが、電車の運転手への希望者が意外と多いのがよく分かりますね。複雑な機能があるわけではないので、計器類はいたってシンプルなものです。
運転台

前は白いライトになりますが、リアは赤に変わるようになっています。LEDランプならではの技でしょうか。
リアビュー

車両との接触事故は結構あるそうですが、これにぶつけると結構かかりそうです。本州以南では、軌道敷への車の進入はかなり厳しく規制されていますが、雪山があるため札幌はかなりルーズになっており、接触する危険性が多そうです。ほとんどの場合100対0なので、こんな車両にぶつけると保険では厳しくなりますから、くれぐれも気を付けましょう。1ヶ月ほど習熟運転ののち、GW明けから営業運転が始まります。路面電車にはあまり縁のない方が多いと思いますが、沿線の見どころも多いところなので、一度乗ってみる価値はあると思いますよ〜

坊ちゃん列車

  • 2013.03.16 Saturday
  • 06:50
今週は仕事で缶詰状態のため、目新しい話題もないので、悪のり気味に路面電車シリーズで…(^_^;)

私の故郷である松山は、町の真ん中にある城山をとりまいて、電車の路線が環状にあります。繁華街のある南側は城南線、学校や病院など、わりと静かな北側を走るのを城北線と呼んでいます。現在の実家は、この城北線の方にあるので(本町6丁目)、松山に帰ると頻繁に乗ることになります。もともと城北線は、路面電車(軌道法)ではなく郊外電車(鉄道法)として引かれたので、専用軌道が住宅地の中を、軒すれすれに走ることになります。

路線図

単線なので、途中3箇所ですれちがうことになり、しばらく待たされますが、住宅の中をガタンガタン揺れながら走ってくる電車を待っているのも、なかなかいいものです。
城北線
(最新型の2100型低床車は10年以上前から導入されている。)

これに対して城南線は、道路の真ん中に軌道があり、こちらは複線なので頻繁に電車が走ってきます。JRの松山駅方面と、伊予鉄道の本拠である松山市駅から、道後温泉とを結ぶために、ほとんど待つことなく電車がやってきます。そんな中にいきなりこんなのが紛れ込むのでびっくりさせられることに。
城南線

夏目漱石は、友人の正岡子規の故郷松山が大層気に入り、松山中学の英語教師もやっていました。この経験が後の「坊ちゃん」になり、マッチ箱のような小さな列車がごろごろと…と書かれたために坊ちゃん列車という名前になったのです。本物は梅津寺公園に保存され、レプリカが伊予鉄本社前に展示されていますが、ドイツのクラウス社から輸入された軽便鉄道(軌間762mm)サイズなので、本当にかわいい感じがします。(JRや多くの私鉄は狭軌(1,067mm)、新幹線や関西私鉄は標準機(1,435mm)なので、762mmはかなり狭い)
クラウス

市民から長年の念願として復活の要望があり、2001年に外観は全く同じで、中身はディーゼル機関の坊ちゃん列車が走り始めたのです。(もちろん軌間は狭軌に改造してますが)現在2編成あり、道後温泉駅の前に展示できる引き込み線があります。どちらも行き止まりなので、中に仕込んだ油圧ジャッキで車体を持ち上げ、人力で180℃方向転換するという離れ業をやっています。町中で蒸気機関車のようなシュッポシュッポという排気音や汽笛の擬音が響くと、確かに盛り上がりますよねぇ。
坊ちゃん列車

伊予鉄道は、地方の私鉄では最も古く、既に創立125年を迎えていますが、当然乗客数の減少という問題を抱えています。でもICカードを導入したのもかなり早く(10年前くらいから)、これを使えば料金が割引になるので、おばあちゃんでも必ずピッとやっています。市内では電車の利用頻度が極めて高く、本当に便利なので、こんなコンパクトシティであれば暮らしやすいなぁと感じます。

雪1号

  • 2013.03.15 Friday
  • 07:14
昨年の路面電車の委員会では、電車の車庫である電車事業所に二度見学に行きました。普段はなかなか入れないところなので、電車小僧にとってはとてもウキウキでした。
工場
(検査中の電車が並ぶ工場内  2011.12.7)

ここの目玉は何と言っても排雪車を間近に見られることでしょう。こんな積雪地で電車を動かすのは大変なことで、1918(T7)年の電車開業以来、雪との戦いが始まりました。車そのものがなく、除雪そのものができない中、電車を走らせるのですから、これは大変なことでした。その上どこかに既製品がある訳ではないので、自分たちで作るしかありません。様々な試行錯誤の結果、雪がサラサラしていることが幸いして、ブラシで吹き飛ばすブルーム式が、最も適しているという結論に達したのです。ですから、約百年前から、現在とほとんど同じ形式の排雪車が、札幌の町を走っていたことになります。
雪1号
(最も古い「雪1号」。車体は40年前に鋼製化されている。  2011.12.7)

この車両は、廃車になった古い客車を1949(S24)年に改造したもので、それからでも60年以上経っています。最初は木造車でしたが、40年前に鋼製化が行われ、虎模様に塗られました。ところがこの中身である、台車、モーター、コントローラーなどは、大正時代の車両がそのまま使われているのにびっくり。中に乗せてもらいましたが、コントローラーはウェスチングハウス製で、ブルーム回転用モーターはゼネラルエレクトリック製だそうです。構造がシンプルで負荷に強いため、いまだに現役でいられるのだとか。
コントローラー

銘板

ササラは、台所で使うものと基本的に同じ形で、粘り強く減りにくいものでなければなりません。ビニール製はもちろん×で、竹の産地も山口県萩のものでなければならないのだとか。堅く充実している良質の竹の産地で、ここのものが最適と、ずっと使い続けているようです。でも、これを作っている方が廃業したらどうするのでしょうかねぇ…
ささら

今年は雪が多かったので、何度も西4丁目とすすきの間を行き来したために、ササラの減りも早かったことでしょう。路面電車の延命が決まったので、北国の風物詩でもある「ササラ電車」は、まだまだ走り続けることになりそうです。

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