ダイヤ改正

  • 2017.03.07 Tuesday
  • 05:54
私は乗り鉄でも撮り鉄でもないけれど、昔から人一倍鉄道や乗り物には関心を持ってきました。今のJR北海道の苦境も、起きるべくして起こった事態なので、普段乗りもしないくせに廃止反対を叫ぶ首長さんを見るにつけ、どっちらけになってしまいます。
先週4日から運用されたダイヤ改正では、乏しい資源をやりくりをしている痕跡がにじみ出た内容になっていました。
ダイヤ改正

トップに上がっていた、札幌と稚内・網走間の特急が、半分旭川発着となり、乗り換えをしなければならなくなったのが、今回の改正では一番大きな影響を与えそうです。これは、オホーツクやサロベツに使用されているキハ183系の車輌が、もうだませないほど傷んできているので、高速運転を余儀なくされる札幌・旭川間をできるだけ走らないように,旭川で打ち切りにしたものです。国鉄時代の製造から30数年使い続けてきているので、主要機器は交換されているとはいえ、満身創痍で走っているのですから。でも乗り継ぎのおかげで、結構不便になったと利用者からは苦情が出されている様子。乗り換えてちゃんと座れればいいけれど、自由席なら保証はされないですから。今年も上川に通わなければなりませんが、去年は車の運転ができなくて、ずいぶんJRの世話になりましたからねぇ…
オホーツク

もう一つの目玉が、札幌・旭川間に「ライラック」が復活したこと。以前から気になっていた、新幹線の開業に伴って不要になったスーパー白鳥の車輌が、ライラックとして転属になってきたのです。これによって、スーパーホワイトアローで使われてきた古い781系電車(前面が流線型でない、四角い顔の電車)と入れ替わり、カムイの5両編成に比べてライラックは6両編成になるため、乗り継ぎ用などにはライラックで対応させることになったのです。いろいろと苦心のあとが見てとれます。
ライラック

一番下に、「◆ご利用の少ない駅を廃止します。」と、たった14文字で書かれた一文では、先週末に各地でさよならイベントが行われていました。どこも乗り降りしたことはもちろんなかったし、多分1日に一人も乗り下りしない駅なので、特に反対運動も起きなかったようですが、こんな駅はこれから続々と出てくることでしょう。気になっていた「北剣淵駅」が入っていなかったので、まだ誰か通学に使われているようです。利用しそうな子供が、将来にわたっているのかも全部調べるようですから…
無人駅

確かに基盤施設である橋梁やトンネルの維持にはものすごくお金がかかるし、豪雪地帯を走るためには、単に機械除雪だけでなく、ポイント回りなどは人力でコツコツと除雪がされています。安易な廃線にはもちろん組みする気はありませんが、実態を踏まえて、前向きの議論をしっかりと行ってほしいと思います。沿線の利用だけに頼っていては絶対に無理なのは分かっているのですから、こんな記事だって目からうろこだと思うのですがねぇ。

超低床車輌

  • 2017.02.10 Friday
  • 05:59
札幌の市電のループ化から一年経ち、以前より乗降客が増えているというニュースが入ってきたり、狸小路近くで、軌道敷に違法駐車があって立ち往生したりと、いろんな話題になってきているようです。低床車として導入されたポラリスも3編成あるので、わりと見かけるようになってきています。
ポラリス

松山市内を環状に連絡している伊予鉄市内線でも、高齢化した車輌の更新を進めてきておりますが、それでもまだ昔の丸っこい車輌が元気に走っています。この55号車なんか、私より一つ若いだけなので、全国的にもかなり古い車輌でしょう。専用軌道を走る城北線では、両側の建物や塀や生垣すれすれに走ってくるのです。
55号車

こちら城山の南側を走る城南線では、道後温泉と市駅前を走っている坊ちゃん列車とよくすれ違います。漱石によって「マッチ箱のような」といわれた本当に小さな客車を連結して走っていますが、もちろんこれはレプリカで、ディーゼル機関で駆動しております。右端には、今はなくなったマドンナバスも写っておりました。一時流行ったボンネットバスは、長く続かなかったところばかりのようです。
坊ちゃん列車

道後温泉駅で発車を待っているのが、伊予鉄初の低床車として導入されたモハ2100形車で、「世界初の単車の超低床車輌」が売り文句となっておりました。低床車は全国各地で走っておりますが、すべて連接車輌となっています。カーブが急で、あちこちぶつかりそうなところばかりなので、連接車をあきらめて、単車になったものでしょう。因みに左の2002号は、かつての京都を走っていた市電です。
道後駅

実は,この低床車があまり評判よくないのです。確かに乗降は楽なのですが、車軸のところは机の上に登るほど高いところに椅子があるし、車長が短いので、旧型車の定員が80人に対し、たった47人しか乗れません。おまけに外観が真四角だし、伊予鉄の標準色であるオレンジが足回りだけで上の方は真っ白なため、「豆腐」と呼ばれているのです。
とうふ

一応10両導入しているので、よく見かけるようになりましたが、広告電車がほとんどなため、豆腐のイメージは少し薄れたかもしれません。伊予鉄もさすがにこれはまずいと思ったのか、いよいよ新型車を作ることになったようです。定員も60人とかなり増えるし、全身オレンジ色なので、変なあだ名は付けられないでしょう。

新型車

ひょっとしたらこんな車両が道内でも見られるかも〜なんて噂をちらと聞いたので、こんな話題になったのですが、さて真偽の程は…

デジタルサイネージ

  • 2016.12.29 Thursday
  • 05:46
毎朝チェックするサイトの一つに、東洋経済オンラインがあります。名前の通り経済がメインではあるけれど、記事の内容はけっこう幅広く、読み応えがあるものが多いのです。東洋経済新報社の歴史はけっこう古く、間もなく百年になろうとしています。戦前から自由経済志向が強く、軍部や翼賛政党とは一線を画してきており、現在でも政権におもねらない、硬派の論調が引き継がれているように感じます。

そんなニュースの中に、なぜか「鉄道」というジャンルがあり、毎日何かしらの鉄道・交通関係のニュースが入ってきます。昨日は、仕事納めの日にはふさわしくないような、のどかな記事が載っていました。これから更新される山手線の車輌のデジタルサインに、かわいい花柄が採用されたというのです。
新型山手線

以前路面電車のデザイン検討をやったときに、最近のデジタルサイネージの進歩には驚かされました。液晶画面の進歩で、かなり細かい情報を流すことができるようになっているのです。あんまり得意な分野ではないので、その中身にはほとんど踏み込まず、後ろ側は追突防止のために真っ赤にする、というくらいしか考えませんでした。そうかこんなことも出来たんだなぁ…と、ちょっと悔やんでしまったのです。しかもこれは月の花が12ヶ月分用意され、2パターンが入れ替わるという手の込みよう。遊び心とはいえ、ここまでやり遂げるのは結構大変だったことでしょう。
花柄

そういえば、このブラウザーにもそれに似た機能がありました。私はマイクロソフトが大嫌いだから、Netscape から Firefox と使ってきていますが、これにはペルソナという機能があり、画面の上の帯を季節によってとか、気分によって入れ替えることができます。テーマがたくさんあり、私はたいてい「自然」の中から選ぶために季節の花や風景などにしています。もう紅葉はとっくに終わったから冬景色だけど、雪にすると真っ白になるので、そろそろ華やかな花に変えようと思っていました。
ペルソナ

電車の後ろ姿なんか、見ている人はほとんどいないし、見たとしてもこれがシクラメンだと分かる人なんかいないでしょうが、そこが「遊び心」のいいところ。パソコンの画面ばかりにらんでいると目が疲れるので、ふと目を休めるものがあると、緊張が途切れます。普段から、そのくらいの余裕が必要なのでしょう。

ようやく復旧

  • 2016.12.15 Thursday
  • 05:49
昨日はうれしいニュースが入ってきました。8月の大水害によって不通になっていた石勝線・根室線が、22日にようやく再開されることになったようです。私もここ数年、月に2回ずつお世話になっていたルートだけに、この復旧は本当にうれしく思いました。道東の方達にすれば、こんな不便なことはなかったことと思います。
道新WEB
 (道新WEBより拝借しました。 m(__)m)

新得の狩勝園地の仕事をやっていた時には、いつも駅前の旅館に泊まっていたので、あのあたりは毎朝私の散歩コースでした。写真を探してみると、ちゃんとありましたねぇ。この写真は被災した下新得川橋梁を、すぐ下流にある町道の橋から見たものです。
橋を望む

町中を流れる穏やかな川が、あんなものすごいことになるなんて、地元の人でも想像できなかったのではないでしょうか。右側に写っていた家は無事だったようですが、反対側は護岸が完全にえぐられ、川幅が倍くらいになってしまって家も流されたような気がします。ネットから拾った画像を見るとこんなに激しくやられており、言葉を失ってしまいました…
被災状況
 (写真を撮した町道の橋は流されていませんが、その手前は大きくえぐられています…)

昨日の発表を見ると、築堤も連結ブロックでがっちり被覆されており、住民も安心して住むことができそうです。道内にはこのような古い護岸が到る所にあるので、土木屋さんは「国土強靱化」の仕事にしばらくことかかないことでしょう。
改修状況

踏切を渡ってしばらく行くと、新得神社の鳥居が右手にあります。それをくぐってこの橋を渡ると、新得神社やその背後の新得山に行くことができるので、新得に泊まった時には毎度通った道でした。この橋も流されてしまったようですが、まだ仮橋くらいでしょうねぇ。
神社橋
 (アイヌ語ではペンケが上、パンケが下なので、下新得川という意味です。)

最近赤字路線問題で、JR北海道への風当たりがやたら強いけれど、当事者能力の全くない無策な北海道こそが、第一義的には責められるべきだと思っています。現場を預かる方達の懸命な作業で、今回の復旧にこぎ着けたことには心より敬意を表したいです。

伊予鉄の電車

  • 2016.03.10 Thursday
  • 05:54
今回の帰省では、いやというほど伊予鉄の電車に乗ることになりました。普段なら市内電車だけですが、今回は親戚に行ったり鯛飯食べに行くのに「郊外電車」にも4回乗ったので、かなりの電車賃になったはずです。松山では市内電車と郊外電車という呼び方をするのが独特かもしれません。最初に乗った高浜線の車輌は、かつて京王電鉄から購入したものです。地方の鉄道では新車を導入するのが大変なので、大手私鉄の更新によって出てくる中古車輌を使っているところがほとんどでしょう。この3000系はオールステンレス車のため、伊予鉄カラーのオレンジ塗装が腹帯しかなく、いつまでたってもよそよそしく感じます。
郊外電車1

郡中(ぐんちゅう)線ですれ違った700系も、やはり京王電鉄からの中古車ですが、全身オレンジ色になっているので、伊予鉄らしく感じてしまうのです。
郊外電車2

古町(こまち)駅は市内電車と郊外電車双方の車両基地となっており、いろんな車輌を見ることができます。市内電車では最新型の低床車輌が増えてきたため、丸っこい旧型車の数が少なくなってきました。旧型車の一番古いものは、私より一つ年上なので、電車としては相当な高齢車輌ということになります。新型の2100系電車は、今はオレンジ色に塗られてきましたが、初めの頃はほとんど白で真四角なために、「とうふ」と呼ばれていたとか…
古町1

坊ちゃん列車もここを車庫にしているので、これからご出勤するところのようでした。
古町2

高浜線の線路と市内電車の線路は、2回交差しています。大手町では日本で唯一直行交差が見られ、徐行しながらガタガタと横切っていきます。もう一つは古町駅構内で、市内電車が高浜線の線路を左手前から斜行して横切っていきます。
直行 斜行

今回は土曜日に乗ったので、郊外電車で面白いものを見ることができました。市駅のホームをおばさんがママチャリ押して電車に乗ってくるのです。土日祝日は、一番端の車輌に自転車を積むことができる「サイクルトレイン」のしくみが始まっており、料金100円であれば、町への買い物に意外と便利かもしれません。
サイクルトレイン

ICカードの普及や駅のバリアフリー化も札幌なんかよりはるかに早かったし、隅々まで工夫が行き届いているからこそ、電車もバスも黒字を維持している理由なのでしょう。帰りの空港でも面白いサインを見つけました。ちゃんとサイクリスト用の更衣室が用意されているし、お遍路さん用の更衣室なんて、四国ならではでしょうねぇ。(空港ビルも伊予鉄の運営です。)
空港

さよなら海峡線

  • 2016.02.10 Wednesday
  • 06:03
函館から帰ろうと駅のホームに出ると、右手には札幌行きのスーパー北斗が、左手には新青森行きのスーパー白鳥が入線していました。そうか、スーパー白鳥もこれが見納めなんだなぁ… とうとう一度も乗ることができなかったなぁ…とちょっとしんみり。

函館と新青森を結ぶ特急は計10本あり、そのうち8本はJR北海道の789系の車輌が、2本がJR東日本の485系の車輌で運転されています。所要時間はたいして変わらないのに、北海道のにはスーパーが付いているのが不思議なところ。485系は旧国鉄タイプの四角い顔で、2本しかないからなかなか見ることができません。ちゃんと写真撮しておけばよかった。ちなみにスーパー北斗は非電化区間を走るので、見た目はそっくりだけれど、キハ281系の気動車による運転となります。
並列

道内では旭川〜小樽間、札幌〜室蘭間、そして函館〜青函区間だけが電化されているので、これらの電車はここをお払い箱になるとどこに行くのでしょうか?この車輌は勾配のきつい青函トンネル内での高速運転が可能なように作られているし、トンネルないでも静粛性を保て、塩水のかかる過酷な環境で走れるように耐久性の高い構造なので、まだまだ活躍の場があるはずですが。
789系

学生の頃は飛行機に乗るのが嫌で、ずっと連絡船に乗って海峡を渡っていました。初めて飛行機に乗ったのは26,7歳くらいだったかなぁ?その後会社勤めをするようになると、のんびり列車の旅をする余裕がなくなり、結局飛行機ばかりになってしまいました。88年にトンネルが完成してからも、家族は何度も海峡線に乗っているけれど、私はとうとう一度もに乗らずじまい、その機会もなくなってしまいました。
マーク

新幹線の開通によって、函館駅は北海道の玄関口の地位を失ってしまいます。ホームにあった売店や立ち食い蕎麦もすべて廃止になり、函館駅はますます殺風景になっていくのでしょう。新幹線に乗って東京に行くこともなさそうだし、札幌まで新幹線が開通するまで生きていなさそうだし、交通体系の変化は私たちの旅の中身を変えてしまうだけでなく、地域の賑わいも奪いかねない怖さを持っているように思います。

手稲山ロープウェイ

  • 2016.01.24 Sunday
  • 05:55
また発掘ネタですが、片付けものをしていて手稲山ロープウェイのリーフレットと招待券が2枚出てきました。入っていた封筒が、およそ手稲山とは関係ないので、これをいつどこでいただいたものか皆目検討がつきませんが、今はもう乗れなくなった施設だけに懐かしくなりました。
パンフ1
招待券

このロープウェイは、72年の札幌オリンピックのために建設されています。山頂からハイランドまで回転や大回転が行われたので、選手や関係者の輸送のために使われました。その後夏場は観光客向けに使われ、子供たちを連れて登山した時に帰り道で一度乗ったことがあります。あの頃は登山する方もかなり多く、たくさんの家族連れと賑やかに登っていたし、すぐ近所の知り合い家族に山頂でばったり会ったことを思い出しました。そういう使われ方が結構多かったようです。
パンフ2

ロープウェイは2008年末をもって休止したままで、まだ撤去されていないようですが、老朽化が進んでいるのでこれが再運行することはないでしょう。今また進められている誘致が成功しても、隣に出来た高速リフトで代替が効くのであれば、ロープウェイの復活はなさそうです。
この最終年の8月にたまたま乗る機会がありました。札幌市公園緑化協会が主催していた園芸学校の初年度。3コース合同で「さっぽろの自然景観」を探るバスツアーの講師を頼まれ、手稲山の山頂と円山公園、藻岩山の山頂を回ったのです。車椅子の方がいたので円山山頂には登りませんでしたが、そうでなければ登ってしまいそうな勢いでした。

ロープウェイ
ロープウェイは40人乗りくらいの小さなゴンドラなので、ちょうど一杯になったはずです。オリンピック関連の施設に必ず付いているシンボルマークが横腹に付いていました。

銘板
こういう銘板はマニアに狙われそうですが、今も放置されているのでしょうか。

上り 下り
山頂までの北壁を一気に登るのですから、高所恐怖症の方なら足がすくむ角度です。私もそうなので、写真撮すのも覚悟がいりましたが…(>_<)

眺望
さすがに千mを越える山頂の眺めは最高でした。手前のハイランドやオリンピア、中程には前田森林公園のカナルが見え、石狩湾の雄大な眺めは見応えがあります。雲がなければ暑寒別の山並みも見えたことでしょう。でも改めて山頂を見てみると、放送塔が林立するばかりで植生も帰化植物だらけで荒れ放題、ちょっと興ざめでした。ロープウェイがなくなってしまったので、カンカン照りの北尾根コースを往復するのはつらそうですが、今も登山客で賑わっているのでしょうか。

電車路線の謎

  • 2016.01.18 Monday
  • 05:51
先日引っ張り出した1918(T7)年の地形図は、5万分の1なので、ほとんど札幌全体が入ってしまいます。その分中心部はものすごく細かくてさっぱり分からず、コピー機で3倍に拡大してあちこち眺めていました。町中を見ていてあれっ!と思ったたのが、電車の路線でした。分かりやすく赤を入れてみたのですが、今までの情報と大きく異なっていることに気付いたのです。
中心部
(「五万分の一地形圖札幌十號」 大日本帝国陸地測量部、大正七年十二月二十五日印刷)

この年は、8月1日から50日間の日程で、『開道五十年記念北海道博覧会』が開催されています。このためそれまでの馬鉄を急遽電化し、名古屋の中古電車を購入して、ようやく8月12日に運転を開始しています。この博覧会は市内道内だけでなく、全国海外からもたくさんの見物客が来札し、当時の札幌の人口は10万に満たないのに対し、142万人もの人が訪れました。
メイン会場となった中島公園には、札幌駅から真っ直ぐすすきのまで行き、正面には遊郭があったために3丁目に迂回して、今のパークホテルの裏手まで行ってました。なのでここにあるバス停は今だに「中島公園入り口」のままになっています。これを…筝線といいました。
他の路線は、西15丁目にあった師範学校前から、東3丁目にある神宮の頓宮までの一条線、もう一つがやはり駅前から豊平橋までのK平線の、三つの路線が開業していたと思っていたのです。
  大正7年
 (「大正7年8月現在の路線図」さっぽろ文庫22 市電物語、札幌市教育委員会編、1982)

でもこの地図を見ると、既に苗穂駅前までの苗穂線が出来ているし、一条線は頓宮まで行かずに東1丁目通を北進し、苗穂線に合流しています。苗穂線もまっすぐ道庁前の駅前通まで行かずに、西3丁目を回って停車場前に出るようになっていました。確かにこの方が折り返しにならないので、電車のやりくりが便利そうです。他の札幌の路面電車に関する本をいくつか見ても、こんな情報は全く載っていませんでした。
さっぽろ文庫をよく見てみると、苗穂線は駅前通の北3条西4丁目から東7丁目までが1919(T8)年5月開通、苗穂駅前までの開通は1923(T12)年8月となっているのです。工事途中でいずれ開通するだろうからと、親切に描き込んだとも考えられなくはないですが、東1丁目線と駅前の西3丁目の迂回路は謎のままです。

そこで別の大正十年の地図を見てみました。すると謎の路線は2つとも無くなっていましたが、今度は東2丁目に一条線と豊平線を連絡する路線が描かれているのです。これも初耳の路線で、全く情報がありません。
T10年
(「札幌市街圖(大正十年)」 日本地図選集札幌全圖より、人文社復刻版)

帝国陸軍の陸地測量部という、地図作りのプロが作った地図なので、誤った情報を書き込むことは考えられず、営業運転こそやっていなかったものの、資材の運搬などのために仮の線路を造っていたり、苗穂線のようにある程度工事が進められていた可能性が考えられるものもあります。いろいろと不思議なことがあるものですが、地図マニアとしてはこのような情報を探し出すのが最高の楽しみでもあるのです。

市電ループ化開業式

  • 2015.12.20 Sunday
  • 07:03
昨日は午後から市電のループ化完成による開業式典がありました。会場は4丁目交差点近くのホテルオークラ。辺りは年末らしくものすごい渋滞でした。

開式の前に昔の路面電車の映像が流されて、なかなか面白かったです。私が札幌に住み始めたのが1972(S47)年4月ですが、その直前の3月末に駅前通から姿を消しました。それからは高速大量輸送の地下鉄が主役になると共に、道路は車であふれかえることになり、町のたたずまいが全く変わったきっかけとなる出来事でした。そこにまた路面電車が復活するのですから、そういう点ではなかなか興味深い出来事でもあるのです。
昔の映画

この区間は国道なので、開発局の知り合いの方もたくさん来ていました。私が前の方に座っているので、なんで?とびっくりしてましたが、そりゃそうでしょうねぇ…(笑)
式典

お定まりの式の最後は、イラストレーターの yukky さんの指導による市電のヒストリーボードのお披露目。十数人の子供たちが一日がかりで色を塗ったボードです。これは4プラ前の電停にしばらく飾られるとか。
ヒストリーボード

式典は40分ほどで終わり、4丁目のスクランブル交差点での出発式があるので移動しました。この周辺が通行止めになっているので、都心部の渋滞に拍車がかかっていたのでしょう。
出発式

寒いだろうと思い、しっかりと着込んで行ったけれどそれでも寒い…なんだかんだと30分近く待たされてしまいました。じっとしていると寒いので、電停やらトロリーの張り方や街路樹との関係など、検討委員会で問題になったところをチェックしていきました。新型路面電車「ポラリス」も現在は3編成あり、よく見かけるようになりました。近づくとその大きさに圧倒されます。
ポラリス

ようやくくす玉を割って、来賓の方々が乗った一番電車がスタート。私たちは次の二番電車に乗り込みました。まずは4プラ前の電停から左折して南一条通へ移動。そこから方向転換して外回りにすすきのまで行ってまた戻ってくるルートです。今はまだガードマンがいるからいいけれど、一ヶ月が目途でいなくなれば、本当に大丈夫なのかなぁ…
試乗

検討委員会で問題になったことの一つに、バンパーとかをあまり特殊な作りにすると、もし車がぶつかった時に、向こうに過失があった場合には保険で修理できないくらい高くつくのでは…ということがありました。今のところ事故は起きていないそうですが、ちゃんとドライブレコーダーが付けられているので、電車には絶対にぶつけないようにしましょうね〜
運転台

すすきの電停も改良され、予備車輌を止められる留置線まで設けられて少し広くなったようです。年末年始は酔っ払いがたくさんうろうろする季節。狸小路付近も若者や外国人があふれているので、こちらも心配なところ。運転士さんたちも気を遣うことでしょう。
すすきの駅

小さく見えている飲み屋への配達車が、本来左折時には止まってやり過ごさなければならないのに、いきなり直前を左折してひやっとしました。ササラ電車で吹き飛ばせないためにロードヒーティングが整備されているものの、車道の雪はぎりぎりまで雪山になります。かえってこの方が安全でもあるのですが、雪山がなくなればここを自転車が走るし、車やタクシーなどもどんどん入ってくることが考えられ、心配のタネは尽きないのです。
内回り

このループ化はけっこう話題性があるので、観光客もぐるぐる回りが流行るかもしれません。町の新たな魅力発見の機会ですので、一度乗ってみて下さいね〜

市電のループ化

  • 2015.11.20 Friday
  • 05:58
買い物があったので久しぶりに町中へ。どこの商店もクリスマスデコレーション満載で、世の中そんな時期だったんだとあらためて認識させられました。4丁目の交差点に行くと、あちこち工事だらけ。よく見ると市電のループ化工事の真っ最中だったのでした。そういえばそんなニュースやっていたか… こんな見物デッキまで作られていました。
駅前通

このループ化の目玉は、軌道敷を歩道側に寄せるサイドリザベーション方式を採っている点です。3年前に新型車両導入のトータルデザイン検討委員会に参加した時、いきなりその話がでたのでびっくりしました。国内では鹿児島や熊本の一部で取り入れられているだけで、しかもこんな繁華街のど真ん中にもってくるのは初めてのことです。しかも九州の例では上下線共に片側に寄っているだけなのに対し、軌道敷を道路の両側に振り分けるのは札幌が初めての取り組みです。十分に検討したのかなぁ?という不安はありましたが、それは既定の事実として検討対象外だったのでそのままに。
軌道敷

4プラの前に西線行きの電停が移設されてきます。地下街への階段があるので、街路樹はすっかりなくなり、歩道がかなり窮屈な感じになりました。よく見ると狸小路のあたりには試運転中のポラリスが待機中。
電停

カメラを持ったマニアたちがたくさん待っている中、電車が近づいてくるとなかなかの迫力です。この区間は最徐行で運転することになるのでしょう。
ポラリス

車体と電停とのすき間はほとんどありません。車体と車道の間が自転車の走行帯になるので、大丈夫かなと心配になります。札幌名物のささら電車もここでは吹き飛ばせないので、ロードヒーティングになるのだとか。いきなり冬季間の開業なので、初めは大変なことでしょう。
ぎりぎり

電車はやがて南一条通に向けてカーブしていきましたが、今はガードマンが立って注意しているけれど、本格運転になればずっと配置していく訳にもいかないだろうし、こちらもかなり心配になります。市民が慣れてくるまでは、ガードマンがいるのかなぁ。
カーブ

そのまま西に進むのかと思ったら、その先で交換して外回りに戻り、また駅前通に進んでいくようでした。12月20日から正式に運用するそうなので、後ろから今度は単車の試運転車もやってきて、運転士も習熟運転をずっと続けて行くのでしょう。色々と課題はありますが、とにかく事故のないようスムーズに開通することを願うばかりです。
習熟運転

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