はなのすきなうし

  • 2017.01.29 Sunday
  • 05:47
家に帰ったときにテレビをちらっと見ると、本屋さんの話題の中に懐かしい絵本がありました。「はなのすきなうし」という本です。探してみると子供たちに買った絵本や図鑑の中にありました。発行年からすると、これは結婚する前にかみさんが買ったもののようです。
   表紙
(「はなのすきなうし」 マンロー・リーフ、ロバート・ローソン著、岩波書店、1976 より)

久しぶりに読んでみると、こんなに小さな本だったかな?とまず思ってしまいました。この時には定価が320円でしたが、今でも640円で売られているのですから驚きです。岩波書店が出していたのですね。
はなのすきなうし11

これを初めて読んだときに、真っ先に自分の子供時代のことを思い出してしまいました。放課後も誰とも遊ばず、いつも一人でいろんな道をたどりながら、家に帰っていました。小学校は地区の真ん中の田んぼの中にあり、ちょっと遠回りするとため池や川の土手で、いろんな植物を見て歩きながら帰ることができるのです。
はなのすきなうし12

今にして思えば、相当変わっていた子供だったのかもしれません。運動系がからきし苦手だったこともあり、男子と遊ぶことはほとんどありませんでした。休み時間にいつも女子と一緒にいたので、よくいじめられたなぁ。植物というか、自然と付き合うことの楽しみがなかったら、完全に引きこもりになっていたのもしれません。
はなのすきなうし13
 (それにしてもコルクガシの木に、コルク栓の実がなっている絵は困るなぁ…(^^;))

兄弟三人の中で、私だけがそんな風に育っていったけれど、母も祖母もなんにも言わずにそのまま見ていてくれたことには感謝しています。なので、この本を初めて読んだときに、まるで自分のことが描かれているかと思ってしまいました。子供の時にこれを読んでいれば、また違う気持ちになっていたのかもしれませんが、こういう本との出合いはとても大切です。これらの絵本は、ちゃんと孫たちに引き継いでいかなくては、絶対にタブレットでは見せたくありませんから。
はなのすきなうし14

北海道主要樹木圖譜

  • 2016.12.06 Tuesday
  • 05:48
須藤忠助氏を甦らせたので、最高傑作である『北海道主要樹木圖譜』も紹介しておかなければなりません。これは、1913(T2)年に北海道庁が主要樹木の選定及び図譜の作成を宮部金吾博士に委嘱し、宮部の片腕であった工藤祐舜助教授と、道庁技手の須崎忠助のコンビで、86枚の図譜が描き上げられています。これらは1920(T9)年から1931(S6)年まで、28回に分かれて発行されましたが、当時最高の「写真彫刻石版術」をもって刷り上げられ、我が国はもちろんのこと、海外でも高く評価されるものとなったのです。

私もその現物を若い頃に一度見たことがありますが、ものすごく感激をする出来映えでした。それが、1986(S61)年に、北大植物園開園百周年記念事業として覆刻されたのです。原画は関東大震災で烏有に帰したため、残されているものの一番いい状態のものから版を起こし、特注の紙に印刷されたものです。その時はまだ植木屋時代の貧乏暮らしでしたから、54,000円の復刻版はさすがに買うことができず、4,800円の普及版で我慢することに。その普及版でも、私の宝物の一つになっています。
圖譜表紙

1枚の紙の中に、枝葉から花、果実まで実に細密に描かれており、特に分類上の決め手になる花器については、かなり詳細なところまで描かれています。そして何よりもこの構図が素晴らしい。1枚の中にすべて詰め込むのですが、そのバランスがピタリと収まっているのです。パソコン内でペタペタ貼り付けていくのとは訳が違いますから。
トドマツ

この会社を作って間もないころ、印刷所に残っていた復刻版の図版の余りを、北大生協が放出するという話が入って来ました。その日にはちょうど行くことができず、当時在学していた娘に行ってもらい、10枚ほどの図版を手に入れることが出来ました。B4版ほどの図版は、フレームに入れて一度滝野公園で展示したことがありましたが、これも私の宝物の一つです〜
ヤチダモ

須崎忠助氏のもう一つの作品が、『北海道薬用植物圖彙(ずい)』です。これは工藤祐舜との共著の形ですが、須崎の書いた序によると、樹木図譜の作成のため、新鮮な材料を求めて山間僻地に宿泊している時に、「疫害虫に襲われること数次、急に医薬を求めんとするも能わず、里人俗用の草根木皮に救われたり。」当時の医療体制が僻地では全く不備であったため、何かよい図書はないかと探したけれどなかったので、自分で描くことにしたのです。ちょうど工藤が道庁の依頼で道内の薬草の調査をしていたため、それらを合わせて図書にまとめ、樹木図譜よりも早く出版されています。(これも復刻版が出版されています。)
薬用植物圖彙

こちらは口絵にヌルデ、カタクリ、ウスアカリンドウ(ユウパリリンドウ)の3枚だけがカラーで、あとはモノクロの線画となっています。多分出版を急いだこともあったのでしょうが、シンプルだけど、素人でも簡単に見分けやすいように描かれており、アイヌ名やその用途なども整理されているので、とても役に立った本ではないでしょうか。
スズラン

大雪山植物其他

  • 2016.12.05 Monday
  • 05:54
金曜日の夜中、ようやく家にたどり着いた机の上に、レターパックが届いてました。さっそく開けてみると、一冊の本が。実は以前本屋で見つけて、いずれ買わなくちゃいけないなぁ…と思っていた本だっのでちょっとびっくり。著者の一人から贈っていただいたのでした。書名は『須崎忠助植物画集 [大雪山植物其他]』というものです。
表紙

昨年の春、永らく行方不明だった植物画の原画が見つかり、苫小牧の演習林で展示されるという記事を見つけました。でも公開されたのはたったの二日。これではとても行くことができません。すっかり忘れていたところ、これが画集としてまとめられたのを見つけたのでした。
新聞記事
  (※ 朝日新聞道内版 2015.4.22 朝刊より)

須崎忠助は、明治から大正にかけて北海道庁技手として勤務し、その間に宮部金吾・工藤祐舜両博士のもとで、わが国最高の植物画集といわれる『北海道主要樹木圖譜』の植物画を一人で描き上げた人です。人となりはほとんど伝わっておらず、『樹木圖譜』普及版出版に際して、その解説を書いた辻井先生によって、いくらか関係者から聞き取られたのみのようです。なので、どこでこのような素晴らしい絵が描けるように勉強したものか、肝心の情報はほとんど見当たりません。
  ミネズオウ
  (大変不粋ですが、絵の性質上斜線を付けさせていただきました…m(__)m)

でも樹木圖譜では、工藤博士による極めて厳しいチェックのもとに描かれており、正確極まりないのはもちろんですが、かなり印象としては堅い植物画であるのに対し、この高山植物の絵図は、肩の力が抜けているというか、実に生き生きとした筆致で描かれています。これらの植物画は、出版を目的として描かれたものかも全く分からず、原画がいったん北大に納められながらも、外部に流出した経緯も全く不明です。
  ミヤマキンバイ

絵に添えられているメモから、すでに道庁を退職した後で描かれていることは間違いなく、舘脇操博士による注意書きも散見されることから、何らかの依頼で短期間に描かれたもののようです。里に下ろされているものを描いたものと、実際に大雪などの山に登ってスケッチしたものとがあるようで、回りの石や岩まで描かれているものがいくつもあります。とにかく、楽しみながら描いたことだけは間違いない、これらの絵図がまとめられたのは大変幸運なことです。本屋で見かけたら、ぜひご覧になっていただきたいと思います。

アルフォンス・ミュシャ

  • 2016.11.25 Friday
  • 05:10
事務所の玄関は暗くて殺風景なので、ドライフラワーと植物のいろんなポスターを飾っていましたが、今年の春からはアルフォンス・ミュシャの額絵に変わりました。朝日新聞の読者サービスでは、これまでいろんな額絵がありましたが、浮世絵のようにそれほどいいもではなかったのに、昨年からなんとミュシャの額絵シリーズが始まったのです。
玄関
昨年は「美しきアールヌーボーの世界」シリーズが2枚ずつ12回、今年も「スラブの誇りと祖国への思い」シリーズが続いています。額絵はもちろんただですが、専用ファイルと額縁は有料ながらこれはとてもお得で、玄関にさっそく飾りました。

アールヌーボーには昔から興味があったので、ミュシャのことは当然ながら好きな作家でした。ここまで精緻に、植物をデザイン化している作家はなかったからです。大規模な展覧会は、1989年4月から1992年6月まで、なんと丸3年かけて全国24箇所で連続して行われました。札幌展は89年6月に行われていますが、ちょうど転職して間もなく、翌年の花博の準備でてんてこ舞いしていたため行くことができず、92年4月の函館展をようやく見ることができました。ちょうど仕事で出張する機会があり、かなり駆け足ながら五稜郭の美術館で感激の対面を果たし、厚さ2cmもある超重たい図録を買うこともできたのです。
92ミュシャ展

今回の頒布では、主だった代表作が網羅されているし、印刷の質もよくなっているので、図録に比べればその差は歴然としています。出世作である「ジスモンダ」も、色違いの作品かと思うくらいでした。女優であるサラ・ベルナールの、戯曲ジスモンダのために描かれたポスターですが、その出来映えを気に入られてサラの専属になった作品です。そりゃ本人よりも美人に描かれていたでしょうからねぇ…(^^;)

ジスモンダ

ミュシャの作品はほとんどリトグラフなので、完成するまでにかなりの下絵が作られています。図録の方にはそれが併記されているので、制作過程が分かって面白いのです。これだけの植物をデザインに取り込んでいるのですから、日常的にかなりのデッサンを続けてきたのではないでしょうか。この花はなんだろうな?とあれこれ考えて見るだけでも時間は尽きません。

夢想

実は先日から風邪を引き込み、頭が二日ほどもうろうとして仕事もなかなか進みませんでした。気分転換にずいぶん役に立ってくれ、ようやく頭もすっきりと。そうかこの風邪は、土曜日に内倉さんからバトンタッチされたものだったのですねぇ…(>_<)

焼け跡の煉瓦で作った炉端

  • 2016.10.07 Friday
  • 06:00
炉端

(「美しい暮しの手帖」 第二号、昭和24年1月1日発行 の冒頭グラビア)

植物微視

  • 2016.08.07 Sunday
  • 05:55
日差しはとてもきついけれど、昼間の湿度は30%台まで下がっているので、日陰にいて風が吹けば暑さを感じなくなりました。そりゃ先日みたいなべたべたした暑さからすれば天国みたいなものですが、夏も終わりに近づいてきたと思えば、ちょっとしんみりしてきます。

仕事は一段落していないけれど、現場の数が少し減っているので、すっかり楽になったような錯覚に陥ってしまいます。そんな土曜日、ようやく孫田(そんだ)さんの個展を見に行くことができました。7月21日からすぐ近くでやっていたのです。
植物微視1

植物をスキャナーで取り込むという、独特の切り口で身近な植物の違う表情を見せてくれます。真ん中にあるヘラオオバコの花なんて、こんな近くで見たことがなかったし、ツクシから胞子が吹き出している様子なんてものもありますよ。
植物微視2

場所は事務所のすぐ近く、CAFE ESQUISSE(カフェ エスキス)です。入場はもちろん無料ですが、喫茶店のため何かオーダーして、ゆっくりと店内の作品をご覧になって下さい。丁寧に落とされた、とても美味しいコーヒーです。14日までやってますので、お近くを通る方はぜひどうぞ。
カフェエスキス

土日は孫田さんも出ているとのことで、しばらく話し込んでしまいました。昔孫田さんとはしばらく一緒に仕事をやり、私は最近ガーデン関係の仕事の比率が高くなっていますが、二人ともに緑化関係の仕事に関わってきた身としては、自然とこの業界の将来のことが気になってしまうのです。
中から

ふと外を見ると、日が陰ってきていました。もうすぐお盆なので、秋は一気にやってきます。

北海道の風景

  • 2016.03.21 Monday
  • 05:49
天神山アートスタジオで行われている「アートとリサーチ」ワークショップに参加しているアーティストが、ちょっとご相談とやって来ました。北海道の景観をどの角度から捉えたらよいのか?調べれば調べるほど見えなくなってしまったようです。いろいろ調べた結果、針葉樹と広葉樹が入り交じった針広混交林の景観こそが北海道の基調をなすのではないかと思ったようです。すごいところを突いているのでびっくりですが、本州の方であれば確かにそう見えるのかもしれません。

でも私たち住んでいる者にとって、針広混交林なんて意識する人は皆無でしょう。私たちの生活空間にそんなものは目に入らないし、よほど山奥にでも行かないと目にすることはできません。北海道の住民も観光客としてやってくる方達も、北海道らしい風景として意識するのはどんなものなのか、一つの例を見せてあげました。前田真三さんが写した美瑛の風景です。
カラマツ林
(「拓真館」前田真三写真事務所の案内資料、前田さんに頂いたものより、91.10.26)

原始林を切り拓き、アメリカから導入された畑作農業によって作り上げられてきた耕地景観は、それまで誰も気付かなかった「北海道らしい景観」を見事に切り取って見せたのです。おまけに耕地を取り囲む防風林の多くは信州から取り寄せたカラマツだし、草っ原に生えているのはアメリカからやって来たオオハンゴンソウとくれば、北海道の景観がかくも多国籍な要素から成り立っているのに、しっかりと北海道の顔をしているのが不思議なところです。
オオハンゴンソウ

もう一つの例として、道内で最も意識される観光地となった富良野では、誰がなんといおうとラベンダーがなければ富良野じゃなくなってしまいます。南ヨーロッパ原産のラベンダーが、単に景観作物として植えられているところと違い、ファーム富田ではしっかり農作物として栽培されているからこそ、生き生きとした景観要素となってくるわけです。
ラベンダー刈り
(「風の記憶」ラベンダークラブ、富田さんに頂いたものより、2000.5.17)

北海道は、植生や地理的な把握からすれば「北の大地」という、どっしりとしたイメージが持たれるかもしれませんが、そこで繰り広げられてきた人間の活動の歴史をたどっていけば、もっと細やかなやさしい姿が見えてくると思います。一度リセットして、もう一度見つめ直していけば、きっと面白い北海道が見えてくることでしょう。
ラベンダー畑

ミレス・ガーデン

  • 2016.03.02 Wednesday
  • 06:02
久しぶりに昔の海外研修編の続きを。しばらくフィンランドをさまよっておりましたが、そろそろスウェーデンに移動しなければ。1990年9月11日に、ヘルシンキ市内の見学を市役所の案内でみっちりと行ったあと、タクシーでフェリーターミナルに行き、シリアラインというフェリーでストックホルムに向かいました。夜行のフェリーで、明け方外を見ると島の間を航行しており、瀬戸内海を進んでいるような感じでした。9時にストックホルム港に到着してホテルに荷物を預けたあと、近くの王様公園というところを見学しています。人が動かす大きなチェス盤があり、子供が遊んでいる横でおじさんたちがチェスに興じておりました。
王様公園

地下鉄でRapstan駅まで行き、郊外電車に乗り換えてミレスガーデンへ。ヨーロッパの地下鉄が深いところを走っているのは、戦争体験があるのでしょうか。
地下鉄

カール・ミレス(1875-1955)はスウェーデン生まれの彫刻家で、ロダンの助手を務めたあと、アメリカで20年過ごして国籍を取得したものの、晩年はスウェーデンに戻って作品を造り続けたとあります。彼の住んでいた邸宅が、国立の彫刻庭園として公開されているので見学に行きました。
ミレス2

着いたのがお昼近くだったので、先に昼食を食べようとオープンカフェで食べ始めたところ、いきなり回りからイエスズメの大群に襲われてしまいました。噂には聞いていたものの、こんなにすごいとは予想外でした。スズメより一回り大きく、ユーラシア全域に分布しており、日本にも稀に迷い込んでくることがあるそうです。馴れ馴れしいというか、ずうずうしいというか、人間のことなんか全く関知せずに我先に皿のパンをつつきに来るのです。野鳥が人を恐れないのはどこの国でも共通していましたが、ネコも襲わないのかなぁ…
スズメ

フィンランドから来ると、かなり暖かい感じがして樹種や草種が豊富になり、花壇もきれいに見えました。バラもたくさん栽培され、ガーデンとしても一級品といえるでしょう。
ミレス1

私のメモには次のように書かれていました。「肝心の彫刻は、具象としてみる限りでは日展作家の喜びそうなものばかりで、それほどインパクトがあるとは思えなかった。しかしそのスケール感は完全に脱帽もので、この庭園全体が彼の彫刻であるとすれば、一つ一つの彫刻の出来映えはさして意味をなさなくなる。我が国の彫刻の数々が、その場を自ら設定し得ないでいることに、スケールの違いを見てしまったような気がする。」確かに日本の彫刻の置かれている場所のひどさは、目を覆いたくなりますからねぇ… その思いは今もずっと持ち続けています。
ミレス3

それほど広くはなかったと思いますが、すぐ目の前に海が見えたり、建物との関係性が上手なのか、ずいぶんと広く感じました。今改めて図面を見てちょっとびっくり。ガーデンの造りも上手なのでよけいそう思ったのかなぁ。もう一度行ってみたくなりました。
プランター

札幌芸術賞

  • 2015.12.25 Friday
  • 05:47
23日には、角(かど)幸博先生の「札幌芸術賞」の受賞を祝う会がありました。角先生は、永らく北大の建築史意匠学研究室で研究生活を送られ、退職された現在は「れきけん」(NPO法人歴史的地域資産研究機構)の代表理事として、かえって忙しく活動されています。建築の専門なのに、なんで芸術賞なの?という気もしますが、受賞理由にもある通り、「歴史的建造物の価値について市民理解の向上を図る活動」を続けてきたことが評価されたものです。
芸術賞

先生とのつきあいも長くなったもので、30年ほど前の植木屋時代に、先生の家の建て替えに伴って、庭木の移動や新しい敷地への庭づくりを行いました。お母さんがお茶をやる方なので、露地(茶庭)として再構成したものです。久しぶりに昔の写真を取りだして、懐かしく眺めてしまいました。(1985年5月)
角邸

祝う会にはなんと120人以上もの方が集まり、やや狭い会場に立錐の余地もないくらい。大半は建築関係の方ですが、幅広い活動を反映して様々なジャンルの方達の集まりになったのです。10年振り20年振りなんて方とも会うことができて楽しい時間を過ごすことができました。会の中では先生によるミニレクチャーも。
ミニ講演

記念品には、既に解体されたカトリック北一条教会の聖堂の窓枠から造られたブックエンド。ものすごく目の詰まったセンノキ(ハリギリ)材でした。先生にふさわしいものをみなさんよく考えるものです。
記念品

会の中締めに登場したのは、同じく建築家の圓山さん。植木屋時代には、圓さんの住宅の庭を一手に引き受けており、なので私の家の設計もお願いしました。やはり建築家では数少ない芸術賞の受賞者です。角圓(かどまる)コンビでいつも一緒に活動していただけに、とてもいいスピーチと中締めになりました。
中締め

先生の言葉の中にも、こつこつと自分の目指すものを続けて行くと、やがて道は開けていくもの、回りから評価されるもの。富田さんの「念ずれば花開く」と同じく、自分の信念をしっかりと曲げないでやり遂げないといけないのだなぁと改めて思ってしまいました。

ランの王国

  • 2015.10.22 Thursday
  • 05:54
ボタニカルアートのグループである「flos society」を主宰するHさんから、先日素敵なポスターが送られてきました。でも植物園ではなく北海道大学総合博物館主催?、しかも<プレ小展示機笋箸覆辰討い襪里如∨楝里あるのかな?兇あるのかな?と思ってしまいました。
ポスター

現在北大総合博物館は、改修中で休館になっています。なので、すぐ近くのファカルティハウスでやるのは分かるけれど、どういうことなんだろうと博物館のHPを覗いてみました。
ランの王国
なるほど。リニューアルオープン後の来年夏に『ランの王国』の展示があるので、そのプレ企画として植物画などの展示を何度かやるようです。

ランの王国といえば、荒俣宏さんの名著である『花の王国』シリーズの「園芸植物」では、ランとバラは別格で数ページ紹介されていました。世界各地に特異な種類がたくさん自生しているランの魅力は、狭く植生の貧弱なヨーロッパの世界から見れば、ものすごいインパクトのある植物だったのです。
花の王国
(『花の王国』 園芸植物、荒俣 宏著、平凡社、1990 より)

これまたボタニカルアートの名著といえる、ボタニカルアートと花の名画シリーズ『ランの美術館』でも、ラン研究の第一人者である元広島市植物公園園長の唐澤耕司さんの解説による、ボタニカルアートで埋め尽くされています。そういえば30年くらい前、唐澤さんがまだ園長時代の植物公園に、ランを見に行ったことがありましたねぇ。ラン栽培には興味がなかったけれど、これがラン?という変異の多様さは、さすがに進化の極みを現しているラン科ならではの魅力です。
ランの美術館
(ボタニカルアートと花の名画シリーズ『ランの美術館』塚本洋太郎監修、集英社、1993 より)

フロスは北大植物園との関係が深く、繊細な植物画が得意なのでとても楽しみです。あわせてグループの展示会の案内も入ってきています。こちらもぜひご覧になっていただきたいです。
フロス展

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