大阪城公園

  • 2019.03.12 Tuesday
  • 05:41
札幌は風もほとんどなく、ちらっとみぞれが降った程度で済みましたが、道東の方は大荒れだったようで。春の嵐にはくれぐれも気をつけて下さい。昨日は東日本大震災から8年、今日は親父が死んで35年、思いを馳せる日が続きます。

先月の関西では、もう一箇所公園を見てきました。それが大阪城公園です。服部、長居、鶴見などの大公園には行ったことがあるけれど、ここには全く近寄ったこともありませんでした。ちょっと気になるところがあったので、鶴見緑地から帰りに寄ってみることに。森ノ宮で地下鉄を下り、森ノ宮口から園内に入ると、正面に天守閣が見えたけれど、この城は巨大なので豆粒ほどにしか見えません。ここには昨年コンビニやらカフェやらの商業施設がずらりとできて賑わっていたけれど、動線が考えられていないので、芝生が擦り切れて悲惨なことになっていました。
森の宮口

広場を通り抜けると外堀が見えてきました。さすが大阪城、規模が巨大すぎて圧倒されてしまいます。正面に見えるビル群は大阪ビジネスパーク(OBP)で、昔ちらっと覗いたことがありました。左の木はメタセコイヤかラクウショウなのか不明でしたが、結構な樹高です。
外堀

推奨コースは西側から城内に入って、天守などを見てから東側のJR駅に抜けるようになっていたと思ったら、逆から回ろうととすると、この石垣の高さの階段を一気に登らなければならないのです。高齢者にはかなりしんどい高さでした。
石垣

ふうふういいながら階段を上ると、今度は中に内堀が。冬の陣のあと徳川方が堀を埋めたというけれど、同じ堀ではないとしてもこんな巨大な堀なんて、昔の人力しかない時代に埋められるものかなぁ…と思ってしまいます。
内堀

あちこちに矢倉の跡が残っていて、どの石垣も巨石が組まれ、これを攻略するのは大変だと思ってしまいます。巨石には銃眼がしっかりと彫り込まれており、この上に建物が載っかっていれば、難攻不落だと実感させられました。
矢倉跡

この辺りまで来ると天守がかなり近くなったけれど、あそこまで行って周りを見て歩くと夕方になってしまうので、天守まで行くのはあきらめました。内堀には遊覧船が浮かんでいて、結構人が乗っていました。
天守閣

ここから坂を下って、JR大阪城公園駅に向かうことに。すると石垣の下に梅林があり、ちらほら咲いていたので寄ってみることにしました。下りてみてビックリしたのは、花が咲き始めなのではなく、つぼみがほとんど付いていないのです。こんな剪定でいいのかしらん。
梅林

実は公園の管理運営のしくみが近年大きく変わっており、「都市公園における民間資金を活用した新たな整備・管理手法としての公募設置管理制度(Park-PFI)」が次々と始まっているのです。ここではDハウスやD通を中心にした運営会社が20年の経営権を勝ち取り、何億もの投資をして商業施設などを作り、その期間をかけて回収する訳です。その一つとして森ノ宮口の施設群や、大阪城公園駅前に飲食店を中心とした複合商業施設「JO-TERRACE OSAKA(ジョー・テラス・オオサカ)などが開業していました。
ジョーテラス

大阪市にしてみれば、一銭も出さないで毎年何億もの上納金が入る訳ですから、こんなおいしい話はやめられません。そのメンバーは巨大企業ばかりで、造園会社なんてほんの下請けでしかないのでしょう。ウメの剪定もムチャクチャで、あれじゃ花が咲かないはずだと…今に日本中でこの方式が広まってくれば、資本の論理が前面に出てきて、お金にならない緑のことなんてどこかに消し飛んでしまい、公園の中は○タバやコンビニだらけになってしまうことでしょう。利便性だけを求める先には、いったいどんな社会が待っているのでしょうか。

高山植物室

  • 2019.03.08 Friday
  • 05:40
咲くやこの花館の高山植物室は、十数年振りに訪れてみると、こんなに広かったかなぁ?と改めて感心する広さでした。ここの設計と、植物の開花調節プログラムを作るのが、コンサルに転職して最初の仕事になったのです。当時植物園長だった辻井先生と共に、88年〜89年の2年間に何度大阪に通ったことか。90年4月に花博が開幕し、その時に一度行ったきり、半年の会期中にはもう一度行きたかったけれど、とうとう行けずじまいに終わってしまいました。なので、完成した姿はその一回見ただけで、その後は十年おきに二度行ったくらいでした。
高山植物室

このため、汗水流して作った空間という感覚が全くなく、いまだにあんまり実感が湧かないのです。そのせいで、現在一所懸命に植物を栽培されている方たちの努力を、すんなりと受け入れることができたのかもしれません。入り口入ってすぐの展示コーナーには、原種のシクラメンが展示植栽されており、ちょうどコウム種が満開になっていました。原種はあと1種がまだ手に入らないらしく、現在激戦が繰り広げられているシリア北部が自生地なので、入手は望み薄なんだとか。
シクラメン

その先は日本区。なじみのあるサクラソウの仲間が、いろいろと開花していました。地植えになっているものもあるけれど、花ものはポットや素焼き鉢のまま埋められているはずです。
日本区

ずいぶんと草丈のあるクロユリが、満開になっていました。本州のクロユリは2倍体で、いかにも高山の花という感じのかわいい姿のようですが、北海道の平地に咲いているものは3倍体なので、こんなに巨大な姿に育ちます。ちゃんと説明しないと、びっくりする人がいるに違いありません。
クロユリ

続くエリアはヨーロッパ区。ここではスイセンのブルボコディウム系の原種が満開でした。これらも冷蔵庫に入れて休眠させ、少しずつ温度を上げながら開花させていることでしょう。原種系のチューリップも芽を伸ばし始めていました。
ヨーロッパ区

ちょうど真ん中あたりにはヒマラヤ区があり、ここの目玉であるメコノプシスが咲いています。あとでバックヤードも見せていただきましたが、これの周年開花がこの館の目玉なので、花博以来30年近くもずっとそれを続けているのです。手前はグランディスでしたが、右奥にはホリデュラ種も咲いていました。
メコノプシス

そして一番奥がアメリカ区で、ここの目玉はハワイのギンケンソウ(銀剣草)です。これはキク科の多年草で、マウイ島とハワイ島の2箇所にのみ自生があり、数十年に一度開花してたくさんのタネを作り、株は枯れてしまうそうです。奥に枯れたような株がありますが、ここで咲いたのか聞くのを忘れてしまいました…(^^;)
アメリカ区

やっぱり気になったのがバックヤード。30年前と同じ施設がまだしっかりと使われており、冷凍庫にはメコノプシスを初めとする山草の苗がぎっしりと詰まっていました。その中から必要なものを取り出し、このファイトトロンという人工気象室に入れて少しずつ催芽させていきます。ここは気温や湿度はもちろん、光線も調節ができるのです。
ファイトトロン

そこである程度まで株を育ててから、天然光のクールハウスに移し、ここも気温は低めに維持できるので、ゆっくりとつぼみを伸ばさせていくのです。この株はそろそろ展示室に移される株です。滝野公園のように露地植えで育てる訳にはいかないので、こんな手間暇をかけて展示している訳です。こういうのを見てしまうと、私たちはなんて恵まれているんだろう〜と思ってしまいました。
開花株

咲くやこの花館

  • 2019.03.07 Thursday
  • 05:56
鶴見緑地にある咲くやこの花館は、90年の花博の際のメイン施設として大阪市が造ったものです。私にとってもコンサルに転職して初めての仕事になった、思い出深い場所でした。
咲くやこの花館

入り口には、熱帯雨林室らしく各種の洋ランが並んでいます。北海道にはこのような高温室がなくなってしまったので、このムッとする熱気を感じると、本当に残念な気持ちになってしまいます。
入り口

巨大な葉のフィロデンドロンの葉っぱが、撮影用にバケツに挿してありました。定期的に下葉を落とすので、毎度このようにしているとのこと。係の人にいろいろと裏話を聞きながら見て歩いたので、本当に植物好きの方たちの集まりなんだぁと、しみじみ思ってしまいました。
葉っぱ

ここの熱帯スイレンコレクションは、当時は国内最大と言ってました。温度があれば一年中咲き続けるので、手間がかからず楽しめる材料です。
熱帯スイレン

なんだか不気味なものがあると思ったら、通称「コブラオーキッド」というバルボフィラム・プラティラキス(Bulbophyllum platyrachis)という怪しげなランでした。焦げ茶色の花柄(かへい)の側面に、大豆くらいの小さなランの花が、縦にずらりと咲いているのですが、これが微妙にねじれているので、まるでコブラが鎌首をもたげているようです。
コブラオーキッド

先日まで「カカオとコーヒー展」が行われていて、ちょうど色付いているカカオの果実が見られました。コーヒーはなかったので、もうバックヤードに下げられたのかな?。
カカオ

わしたショップでよく売られているスターフルーツが、こんなに鈴生りになっていました。なんとカタバミ科の植物で、確かにカタバミの果実に似ているといえば似ていますねぇ。
スターフルーツ

その向かい側には、まだ植えられたばかりという巨大な樹木?が。「パロボラッチョ」というのは、スペイン語で「酔いどれの木」という意味だそう。酔っ払いのお腹みたいに膨らんでいるから、こんな名前が付いているそうです。和名では、トックリキワタとかアケボノキワタのようだけど、アケボノって横綱の曙? なんでも愛好家が手に入れたものの、とても自分のところに収まらなくて寄贈してくれることになったそう。もうけもんやったけど、入れるの大変でしたぁ…とのことでした。(つづく)
アケボノキワタ

和の装い

  • 2019.03.06 Wednesday
  • 05:45
昨日に続いて奇跡の星の植物館から。辻本さんは、かなり意識して和風の修景を手がけています。大阪で生まれ育ったということや、淡路に立地していることを踏まえているのでしょう。でも日光当たるところに置くのは、おひなさんには気の毒なのよねぇ…と言ってました。
ひな人形

この黒松やヒバなども、毎度展示替えの際には出たり入ったりするので、完全に根巻きのまま据えてあるだけとのこと。しかも人力での作業なので、毎度大変な作業になっているそうです。
行灯

こういうデザインも、すべて辻本さんの手によるものだけど、部材は転用できるとしても、目の肥えたお客さんが相手だけに、苦労の程が偲ばれます。
和風

土塀の凹みに、さりげなく苔玉づくりの斑入りオモトが置かれているけれど、きっとこれだって珍しい品種ものだと思います。
オモト

ラン展開催中なので、東洋蘭もこちらのコーナーにはたくさん展示がありました。ただこの時期に咲くものは少ないので、葉に芸のある富貴蘭(フウラン)の斑入りものなどが中心に。多分こういうものは、愛好家からお借りした展示物だと思います。
富貴蘭

ここは海外からの研修生を常に受け入れているので、彼ら彼女らには、得がたい経験になっていることと思います。辻本さんも若い時に、フィラデルフィアのロングウッドガーデンに研修に行った方なので、研修生の扱いには慣れていることでしょう。
壁飾り

瓦は淡路の名産の一つ。でも阪神淡路大震災で、重たい瓦屋根が家屋の倒壊の要因になったようで、瓦の使用量が減っているため生産施設が減ってしまい、昨年の台風被害の屋根が、いまだにあちこちでブルーシートのまんまになっていました。工芸品として売り出しても、使用量がうんと少ないので、業界の苦労が偲ばれました。
瓦

現在の兵庫県は、摂津、播磨、但馬、丹波に併せて、幕末のどさくさで淡路までくっついた非常に大きな県域を持っています。そこでそれぞれの国の特徴を表したデザインと、現地から採取した土をこねて造り上げたのがこのレリーフです。デザインもさることながら、左官仕上げの腕前も素晴らしいものでした。ただ飾ってあるだけでは、そんなことは伝わらないよなぁ…こういう施設だけに、ガイドの必要性を強く感じてしまいました。
左官仕上げ

奇跡の星の植物館

  • 2019.03.05 Tuesday
  • 05:51
淡路夢舞台は、兵庫県が整備した大空間で、国際会議場、ウェスティンホテル淡路、奇跡の星の植物館、そして国営明石海峡公園などを含んでいます。バスを降りて植物館に向かうアプローチは、本当に分かりにくくてひどいものでしたが、一歩館内に入ると、その素晴らしさに圧倒されます。まずはエスカレーターで一番上まであがり、スロープを下りながら上から楽しむことに。この辺りは建築家らしい目線なんでしょう。初めに俯瞰するのはなぁ…と思ってしまいます。
俯瞰

フロアレベルまで下りても、ホールに至るまでは、なかなか進めないようになっています。初めに美味しいものを見せられているのに、じっと我慢させられているようです。私たちは辻本さんの案内で説明を受けているから分かりますが、説明受けなければ、なにが見どころなのかは分かりにくいのです。いろんな香りがするランを集めているけれど、みなさん素通りしてしまうので、あとでしばらくボランティアガイドをやっていました…(^^;)
魅惑の香り

現在開催されているラン展は、今年で15回目。その間に少しずつ集まった珍しいランが、既に千種以上にもなっていて、国内有数の規模になっているそうです。こんな葉っぱのないランなんて、根が緑色しているので、ここに葉緑体が入っているのでしょうか?
無葉ラン

カトレアと言っても、花は極小だし、色も花型もカトレアのイメージとはかけ離れています。熱帯雨林の多様性は、いつまで保てるのでしょうかねぇ。
カトレヤ

このランは、アキアンテラ・キルクムプレクサ(Acianthera circumplexa)という舌をかみそうな名前でしたが、葉の真ん中に集まって花が咲いていました。まるでハナイカダや、ナギイカダのようです。
アキアンテラ

こんなランが、何百点も咲いている小径を抜けると、ようやく花で埋め尽くされている大ホールにたどり着きます。この修景は、年間7回の模様替えを行っているとのこと。ラン展が終わると3月〜4月は「花見の庭」。続いて「薔薇祭」、「ウェディングフラワーショー」、「トロピカルフラワーショー」、「あわじガーデンルネッサンス」、「クリスマスフラワーショー」と続きます。
正面

ここの特徴は、この場所を使って、ウェディングやフラダンス、各種の発表会などに貸しだしていることです。もちろん閉館後ですが、これだけ華やかな舞台演出の中ですから、素敵な思い出が出来ることでしょう。
豪華

ほとんどの植物は総入れ替えになるので、切り替え期間は戦場のような忙しさになっているようです。それにしてもこれだけのデザインを一人でこなしているのですから、辻本パワーのすごさには改めて感心してしまいます。何度来てもここは本当に素晴らしいです〜(つづく)
芝生

名古屋フラリエ

  • 2019.03.03 Sunday
  • 05:54
先日見て歩いた場所を紹介していきましょう。まずは名古屋市の中心部、久屋大通の南端にあるフラリエです。都心の栄からは少し離れているけれど、松坂屋の本店やパルコ、三越などが5分圏内だし、人通りの多いエリアの立地です。
フラリエ

ここはかつて『ランの館』という名前でした。ちょうど10年前に行った時には、豪華なコチョウランが無数に飾られており、花卉(かき)生産の盛んな愛知の広告等のような役割を持っていました。(2009.4.13撮影)
コチョウラン

でもこれだけの洋ランを飾り続けるのはとっても大変。2011年に事業仕分けに引っかかって廃止にされ、中身をがらっと変えて2014年から「フラリエ」として再出発しているのです。
ランの館

かつてランを飾っていた温室は、周りのヤシなどを残してホール的な利用になり、様々なイベントやウェディング対応など、利用率はかなり高いそうです。
クリスタルガーデン

ちょうど市内の生け花団体の定期展示会の準備が行われていましたが、話を聞くと、場所的に人が集まりやすく、フリの人も入ってくるので、とても助かっているとのこと。そういう来園者がカフェやレストランを利用するので、指定管理者も以前よりはるかに安い運営費ながら、けっこう健闘しているとのことでした。
生け花

お定まりのフォトスポットは、インバウンド対策なんでしょうか?この程度のレベルでは…と思っていたら、2時間ほどいる間に、それらしき人は来ていないようでした…(^^;)
フォトスポット

外のガーデンは、この時期花数は少ないながら、花苗はきっちりと植えられているし、新しいAPG分類体系対応のラベルも、ほぼ完璧に付けられていて感心しました。ガーデナーはここ専属で他に異動しないし、なんといっても指定管理期間が10年と長いのにびっくり。これだけあれば、ある程度投資しても回収できる見込みがありそうです。うらやましい限りでした。
花壇

このガーデンの下は、隣接する下水処理場の処理施設になっており、樹木はすべて人工地盤の上に植えられているのです。温排水や処理水からヒートポンプで熱を回収し、冷暖房はそれでまかなっている、最先端の施設になっているのでした。ここも昨年の台風で、倒木被害がかなり出たそうです。
池

敷地の2方向はパティオ風の回廊になっており、中京地区が本拠であるハンギングバスケット協会の、いわばホームグラウンドになっているそうで、いつもきれいにハンギングバスケットが飾られているとのこと。そういえば、今年の全国大会は北海道でしたか?
回廊

牧野植物園

  • 2019.02.01 Friday
  • 05:55
高知県立牧野植物園は、約60年前、牧野先生が亡くなられた翌年の1958年にオープンし、1999年に現在の姿に拡張リニューアルしています。その際には牧野先生の直弟子でもあった小山鐡夫さんを園長に迎え、研究活動を充実させながら、よりたくさんの方に植物への興味を持っていただくよう、展示にも力を入れるようになりました。辺鄙な地方にありながら、わが国を代表する植物園の一つになっているのです。

ちょうど10年前の、2009年4月11日に行ってきました。レンタカーを借りて松山から東に向かい、香川県境の手前にある川之江JCTから高知道に入って、大歩危小歩危を抜けるとすぐに高知に着きます。松山→高知に山越えすると、4時間以上かかるはずだけど、ものすごく遠回りになってもこのコースでは、2時間ちょっとで着いたような記憶が。四国なんて渡島半島より小さいくらいですからね。五台山にある植物園に着くと、駐車場の周りがスミレの花畑になっていました。松山でも歩道脇の雑草のように、この時期にはスミレが咲き誇っています。
スミレ

駐車場から入り口までけっこうな距離があり、その間が高知の生態園になっていて、この時にはマムシグサやエビネなどが咲いていました。こういう演出は楽しいです。
生態園

牧野富太郎記念館は、当時は東大の教授であった内藤廣さんの作品で、数々の賞を受賞している素晴らしい建物です。(旭川駅も作品の一つだけど、あれはちょっとねぇ…)正面から見るとどこにそんな建物が?と思ってしまうのですが、中に入るとその素晴らしさに圧倒されてしまいます。
記念館

真ん中が大きな吹き抜けになっていて、竹が見事な姿で建物と一体化しているのです。この柔らかい曲線と、屋根の骨組みが、全然重たさを感じなくさせてしまうから不思議です。
回廊

南園には、1974年に作られた等身大の銅像がありますが、ここには頭部だけの小品が。どちらも本郷新さんの作品で、こちらはいつ作られたものか記録が見当たりません。
胸像

園内はものすごい起伏があるので、移動にはかなり配慮の跡が見られます。この回廊は、雨風から守るだけでなく、暑い時期に涼しい木陰を提供してくれることでしょう。両側にいろんな植物が植えられているので、全然飽きないで歩くことができました。
回廊

この時には、展示館で『酒と植物』という展示が。大酒飲みの土地柄なので、どんなものがあるのかと思ったら、いきなりこんなブースが。三菱財閥を作った岩崎弥太郎は土佐の人なので、キリンビールがよく売れるのだそう。ドライが売れるものだから、キリンの主力であったラガーを口当たりのいいもの変えた途端、高知の飲んべえが一斉に「たっすいがは、いかんぜよ!」と、大ブーイングがキリンの支店に寄せられました。「たっすい」というのは、土佐弁で弱いとか軟弱なという意味で、口当たりのいい酒では物足りなく、全然売れなくなったそうです。結局元に戻すことになり、さらにクラシックラガーを作ったきっかけにもなったとか。さすが。
たっすい

ここには牧野先生の仕事部屋が忠実に復元されており、先生は今も熱心に研究されていました。よくもあれだけの本や標本を抱え込んで30回も引っ越しをしたものだと思います。蔵書はここに収められていますが、膨大な標本は都立大学(現在は首都大学東京)に引き取られて、半世紀かけて整理されたのだそうです。
仕事中

フラワーウィーク

  • 2019.01.22 Tuesday
  • 05:46
昨日の早朝は何ごともなかったので、あんな予報は空振りかな?と思っていたら、事務所に着いた7時ころから風が強まり、吹雪き始めました。でもその後は晴れ間が出たり、ちらっと吹雪いたりが続いたので、雨雲ズームレーダーで雪雲の様子を見たら、事務所のあたりがちょうど境目になって、北東側に雪雲が流れ込んでいました。このため北区や東区、石狩北部から空知南部には、どっさり雪が積もったようです。JRや高速にもかなり影響が出たようなので、大変な思いをされた方が多かったのではないでしょうか。

雪雲

午後から会議があったので久しぶりに町に出ると、ピーカンの青空になっていました。ちょっと寄り道して、市役所へ。
青空

昨年中央図書館でやった『松浦武四郎 北へのまなざし』展が大変好評だったそうです。概要を改めて出張展示しているというので、覗いてみることに。
武四郎展

テーブルの上に「図書館おみくじ」があったので、残り物に福があるかと思ったら、なんと小吉でした。まぁ凶でなかったからよしとしなくちゃ。「今年こそ英会話に挑戦しよう」だって。痛いところを突かれてしまいました。
おみくじ

展示はパネルが中心で、細かく読む時間はなかったのでさらっと見てきましたが、武四郎が描いた漫画のコピーなどが展示されていて、こちらの方が面白かった。かなりのものがデジタルライブラリーで公開されていることが分かったので、今度じっくり探してみようかな。
漫画

一度地下街に戻って用足ししてから、経済センタービルに向かおうとしたら、中学生くらいの団体がいくつも創世スクエアに向かっていくので、入り口が渋滞するほどでした。こういう見学会には向いているのかな?
地下道

会議は昨年夏に行われた「さっぽろフラワーウィーク」の報告会。初めての試みだったことから、準備不足のところが多々あったけれど、なんとか盛り上げていこうとの方向性が示されました。でも現在日程調整の真っ最中。今年もかなりきつきつになってきているので、早くしないと体が空かなくなってしまいそう…(>_<)
フラワーウィーク

ポートランド

  • 2018.12.13 Thursday
  • 05:49
年末押し迫ってきたこの時期に、こんなフォーラムの案内がありました。来年が札幌とポートランドの姉妹都市提携60周年なので、それのキックオフフォーラムということのようです。海外にある日本庭園は、その大部分が造ったはいいけれど、きちんと維持されることもなく荒れ果てたり、維持はされていてもほとんど使われていなかったりしているのに対し、ポートランドはしっかり活用されているところが素晴らしいです。
フォーラム

来年の春は、統一地方選挙や天皇の代替わりもあるので、よほどきちんとしたスケジュールで動かないと、ズルズルと時間を空費してしまいそう。向こうはしっかりと準備しているようだけど、こちらは大丈夫なのかな。
パネル

ポートランドは全米一住みやすい町として知られ、古くから計画的に緑地が残されているし、それがフルに活用されている町です。ここの日本庭園は素晴らしいと聞いていたので、この日はちょうど町に出かける用事もあるし、これは聴きに行かなくては。
日本庭園

百合が原公園には、世界の庭園コーナーの中にポートランド庭園もあります。隣のムンヒェナガルテン(ミュンヘンガーデン)のように理屈っぽくなく、すっきりと明るい庭園ですが、このあたりも今年の台風の被害が多かったので、向こうからの来訪者に恥ずかしくないよう、しっかり手入れしておかないといけないけれど、ちゃんと予算付くのかなぁ…
ポートランド庭園

ポートランドのシンボルはバラですが、オレゴン州としてはこのオレゴングレープ(Mahonia aquifolium)がシンボルの花です。アメリカ北西部に自生し、ブドウのような果実は先住民族によって食用や加工され、樹皮は染料にされたそうです。これも庭園入口に植えられているので、ご覧になって下さい。
オレゴングレープ

大通公園西12丁目に瀋陽友好コーナーを造った際には、それならバラをシンボルにしているミュンヘンとポートランドのコーナーも造らないといけないよと、まんまと予算を勝ち取って再整備することができました。直接ポートランドと関係しているバラの品種ではないけれど、北側にはアメリカで育成された品種が植えられたポートランドコーナーになっています。ここも来年は脚光を浴びるのかなぁ…?
ポートランドコーナー

キリンガーデン

  • 2018.12.04 Tuesday
  • 05:54
こうなったら、なくなってしまったガーデンの第三弾もやらなくては。キリンビールの千歳工場が完成し、その構内にキリンガーデンのトロピカルドームを作ったのが1987(S62)年でした。私はまだ植木屋にいましたが、コンサルに勤める一年後輩から、植栽設計を付き合ってほしいと、あちこち手伝っていました。その一つがこのキリンガーデンです。
キリンガーデン

温室については、設計から材料探し、そして施工まですべて付き合ったので、ものすごく思い入れがあり、壊される時にお別れに行ったので、一度紹介したことがありました。その回りにガーデンを作るというので、私は花壇部分だけの設計を手伝ったのです。
マップ

温室までのアプローチは温室と共に完成したけれど、ガーデン部分は温室より一年遅く完成した記憶がありますが。昔のリバーサル写真を見ていると、ロックガーデンも造っていたのですね。この植栽もやったはずですが、ルピナスばかり目立ってます…
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一番力を入れたのが、温室前に造ったボーダー花壇でした。北大の圃場を除いて、多分これが道内では最も早く造成された宿根ボーダーでしょう。カナディアンワールドのさらに4年ほど前のことです。この画像は1991年6月17なので、植えられてしばらく経った姿ですが。
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こうしてみると、この頃からシマフススキが好きだったことが分かります。当時は宿根草を売っているところがほとんどなく、いつも頼んでいるTさんに新潟や本州各地から集めてもらうほか、山の手に今でもあるS園から少しずつ集めていた記憶が。2000年に滝野公園のカントリーガーデンを作る時には、さすがにそんなことでは追いつかず、国内をあきらめてオランダからまとめて輸入したくらいですから。本当に隔世の感があります。
ボーダー

かなり窮屈だけれど、アイランドボーダーも造っていました。キリンには完成後もよく顔を出していたので、どういう管理をやっていたのかよく知っていますが、温室の中の管理が精一杯で、ガーデンの管理は本当に草取り程度しかやっていませんでした。花壇を植え替えたり、新しいものを入れたりもほとんどなく、これらもだんだん荒れ果てていったのです。
アイランド

そしてとうとう、2010年9月で温室が閉園になり、今はもう取り壊されてしまいました。跡地周辺がどうなったのか、見に行ってないので分かりませんが、強者どもが夢の跡なんでしょう… ちょっと寂しい思い出になりました。

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