庭づくり

  • 2019.04.08 Monday
  • 05:48
昨日の午前中は、厚別のあるお宅に伺いました。久しぶりに庭を造ることになり、家族の揃う日曜の午前中の打合せとなったのです。元々あった家を半分壊して新しい家を半分造り、残り半分を建て始めたばかりでした。玄関を入ってすぐの窓の外に、中庭が作られることになるのです。
中庭

ここの庭は、今から40年以上前の植木屋時代に造ったものです。植木屋に入って一年目は、図面を描く鉛筆も手入れをするハサミも持たせてくれず、ひたすらスコップとツルハシで土方ばかり。このため3ヶ月で10キロも太って、植木屋として生きていくための体がしっかりと作られました。今でも穴掘りは誰にも負けないくらい、鍛えられたのです。2年目に入り、親方からこの庭はあんたがやれと言われて、無我夢中で取り組んだ庭でした。当時私はまだ20代、奥さんも40代で、おじいちゃんおばあちゃんには特に気に入っていただいた庭だったのです。こうやって声をかけていただけるだけでも、本当にありがたいことでした。その会社の作品集には、親方が次のように書いています。
作品集1
作品集2

昨年春に、近くの現場のついでに久しぶりに立ち寄ったところ、声をかけようとしていたところに私が現れたので、奥さんがびっくりしてました。「虫の知らせ」というのはあるものです。右奥の日本庭園はそのまま残るのですが、苦労して据え付けた灯籠や棗(なつめ)の手水鉢とこの石は移設しなければならないとのこと。
元の姿

灯籠や手水鉢は、建物の解体と共に無造作に庭の中に転がっておりました。これらを使った新たな空間がどんな風になるのか、建物が完成する夏以降の仕事になりますが、久しぶりに取り組む庭づくりにわくわくしています。
現状

道路緑化の現状

  • 2019.03.23 Saturday
  • 05:50
今朝はまた冬に逆戻り。家の辺りだと10cmほども積もっていて、雪かきをしなければならないほどでした。行きつ戻りつ、春の足踏みはこれからも続くのでしょうか。

このところ立て続けにコメントのあった道路緑化について。釧路の現場を google ストリートビューで見てみると、(本当に便利になったものですねぇ…)幅の広い中央分離帯にプンゲンストウヒやモンタナマツが植えられ、かなり大きく育っていました。これらの樹木が撤去され、芝生も剥がされてアスファルトで固められてしまったそうです。ここは国道なので北海道開発局の管理下であり、どこも同じく予算がない…ということでしょう。滝野公園も国の管理下で、低木管理は予算がかかるので、この冬の間にほとんど伐採されてしまっているようです。雪が融けてカントリーガーデンに行くと、びっくりすると思います。トランプにシッポを振り振り、イージスアショアに六千億もの血税を大盤振る舞いしているのに対し、身近なところで何が起きているのか、現実をよ〜く見て下さい。
木場町

もう一つのコメントにあった場所は定かではありませんが、札幌市の管理する道路では、こうしたことはあちこちで起こっています。これは多分、国道の場合とは理由が異なっていると思います。歩道幅員は本来3.5m必要で、そこに街路樹を植える植えますは幅1.5m確保することが原則です。ところが、高度成長期に緑化の推進にハッパがかかり、本来植えてはいけなかった狭い歩道に、無理して植えたところがあちこちにありました。北国では歩道も除雪しなければならないけれど、歩道除雪車が通れない。バリアフリーが求められているのに、夏でも車椅子が通れない。狭い植樹桝にプラタナスのような大木になる木を植えたために、歩道を壊している。などといった問題があちこちで噴出しておりました。そこで、あまりにも問題の大きな路線から、街路樹を撤去しているのです。こういう後始末は致し方ないと言えるでしょう。私が毎度ボランティアに行っている白石駅前の道路でも、街路整備に合わせて街路樹が撤去されています。
白石停車場線

ところが、市内であちこち工事が進められている、道路拡幅に合わせた電線地中化工事では、謳い文句では「電線がなくなれば、街路樹ものびのびと枝を伸ばすことができるので、うるおいのあるまちづくりに貢献できます。」なんていっているけれど、現実には街路樹そのものが姿を消してしまっているのです。事務所近くの北1条通では、表参道にふさわしい立派なイチョウ並木が十年ほど前に姿を消してしまいました。
北1条前

その代わりに植えられた街路樹は申し訳程度。地先の地権者は、拒否できないのに目の前の街路樹を嫌がるし、担当は土木屋なものだから面倒なことに付き合いたくないので、すぐに引き下がってしまうのです。これではこれらの木がいくら大きくなっても、表参道なんてとても言えない貧相な道路でしかありません。
北1条後

そろそろ最後の工区が完成する北5条通でも、かつてあった珍しいハクウンボクの街路樹がほとんど姿を消してしまいました。
北5条前

ここは表参道のような洒落た道路名もなかったので、街並み景観なんて誰も考えなかったのでしょう。区間によっては一本あるかないか、全くみすぼらしい道路になってしまっているのです。ここにハクウンボクを植えたYさんが生きていたら、土木部に怒鳴り込んでいたかもしれませんねぇ…
北5条後

せっかくだから、あんまりみすぼらしくて、できるだけ通りたくない国道36号の状況を見て下さい。豊平橋から札幌ドームまで、街路樹がほとんど撤去されてもう20年くらいになるでしょうか。月寒区間には1本も残っていないはずです。これが現実なのです。
月寒36号

日本の幸福度は世界の58位というニュースがあったけれど、何も驚く必要はありません。指標は異なっているけれど、行政も住民もそんな程度のレベルだと言うことに、なぜ気がつかないのでしょうねぇ…

高架30周年

  • 2018.12.09 Sunday
  • 06:00
先日札幌駅を通った時に、コンコースで小さな展示があり、札幌駅高架30周年・苗穂駅新駅舎開業のパネルが並べられていました。今では高架が当たり前になっているけれど、昔の札幌駅は地上駅だったので、市電も駅前から坂を上り、5丁目陸橋(通称おかばし)を渡って北大前に抜けていました。40数年前、札幌駅に下りて北口に出ると、石炭の貯炭場があったし、2丁目の踏切横には、国鉄の購買があって賑わっていました。それを思えば、ずいぶんと変貌したものだと思います。
高架30年

私も鉄道高架事業には、かなり関わってしまいました。当時は植木屋に入って3年くらい経った頃に、市役所の鉄道高架部に呼ばれました。なんで私が指名されたのかあまり記憶がありませんが、当時から「緑の悩みごと相談室」だったのでしょう。既存の線路を使用したまま新たに高架を作るには、今の用地では足りないので、北大の演習林の苗畑を10mほど分けていただかなければならないのです。ところが北大と交渉すると、そこにある樹木はできるだけ移植して、しかも絶対に枯らしてはならないと言われたとか。それをやってもらえないかとのことでした。
位置図
 (赤丸の位置にケヤキが三本ありました。)

何十本も樹木があった中に、一番隅っこにケヤキの大木が三本ありました。これが一番の難物で、私もこんな大きな木を移植したことなかったけれど、まぁやれるだけやってみようと、2年かけて根回しを行いました。「根回し」とは、あらかじめ根を掘り上げて、太いものだけ残し、それを環状剥皮して栄養分か根に行かないようにすると、そこからたくさんの根が吹いてきて、活着しやすくなる作業です。根回しをするという言葉は、ここから普及したものです。
根回し

そしていよいよ移植する時が来ました。一本根巻きするのに半日以上かかった記憶がありますが、みんな30代と若かったので、わいわいと片付けてしまいました。
根巻き

手前にクレーンを据えて引っ張るのが安全なのですが、ここは飛び地になっていて大型車輌が入れません。そこで塀の外側に大型クレーンを据えて、吊り上げたケヤキを奥に10mほど移動する難しい作業でしたが、なんとかうまく納めることができました。この時のホッとした気持ちは、今でも鮮明に覚えています。
移植

最近でもたまにここに行くと、ちゃんと元気にしているかと、幹をなでてしまいます。根回しをして移植した大木は、オニグルミやサイカチなど7〜8本くらいだったかと。あとは30本ばかりの小さな木の移植と、圃場全体の再整備をやり、道路工事から擁壁の設置など、3年にわたってここに通い詰めになりました。
現状

手前のオニグルミは移植したもので、シラカンバはこの時に小さな苗木を植えたものですが、こうしてみると年月の経過が偲ばれます。
苗畑

その後88年の10月に、東区にある建設コンサルタントに転職しました。その一ヶ月後の11月3日に高架駅として開業しています。その前後だったか、石狩街道の陸橋を撤去するため閉鎖になる直前に、陸橋を渡って帰ったこともありました。今思えば町中最大の大事業だったのでしょう。あれから30年かぁ…

道の駅と駅逓

  • 2018.11.28 Wednesday
  • 05:52
昨日は久しぶりの現場。寒いのは嫌だなぁ…と思っていたら、びっくりするほど暖かい日に当たってラッキーでした。時折雨に当たりましたが、午前中で樹木確認は無事に片付き、道と川の駅「花ロードえにわ」に寄ってみました。野菜の直売所「かのな」がもう閉まっているので、かなり閑散としていました。夏場なら、車を止めるのも一苦労ですからねぇ…
花ロード恵庭

野菜が買えないので、人気のベーカリー工房カリンバに行くと、さすがにここは大人気。棚も半分以上空になり、奥からどんどん焼きたてが運ばれていました。真っ赤なリンゴパンには、角切りしたリンゴが入って美味しかった。
カリンバ

入り口のパンフレット置き場に行くと、なんとガーデンアイランド北海道(GIH)で今年作ったパンフレットが山積みに。副理事長の内倉さんの地元だけに、せっせと置きにきているのでしょうか… さすがにこの時期なので、ほとんど手にする人もいませんでした… あらら…
パンフレット

帰り道、せっかくなので昔の道の駅みたいな駅逓に寄ってみることに。国道から分かれて島松沢に降りていくと、でっかい旧島松駅逓所の建物が見えてきます。昔はここが国道だったので、両側の坂道でトラックがスリップし、ものすごい渋滞がしょっちゅう起きていたことを思いだしてしまいました。
島松駅逓

ここにはクラークが帰国に際して、見送りに来た学生たちに、「Boys, be ambitious.(青年よ、大志を抱け)」と呼びかけて分かれていった場所のため、こんな記念碑が建てられています。ここに来たのも30年振りくらいかなぁ…
クラーク

この場所は、中山久蔵によって道央地域で初めての稲作に成功した場所としても知られ、立派な石碑が建てられています。西洋式畑作農業を広めに来た、クラークたちお雇い外国人の足跡のすぐ目の前で、稲作発祥の地にもなったのは、なんとも皮肉な関係です。
中山久蔵

すぐ横には小さな田んぼが作られているので、きっとここで「赤毛種」のイネが栽培されているのでしょう。秋に来て、赤い毛が生えているのか確認しなくてはいけません。
田んぼ

裏山には、駅逓処の巨大な石碑や、明治天皇の行在所(あんざいしょ)だったことを記念する石碑などがたくさんありました。
駅逓碑

いつも高速で移動するため、下道を走ることが少なくなっているし、たまに走っても新道ばかりで、こんな旧道に寄ることもほとんどなくなってしまいました。そろそろスピードを落として、じっくりと見て歩くようにしなければいけませんねぇ…

雨のトマム

  • 2018.06.30 Saturday
  • 05:49
昨日はトマムの現場の最終確認。札幌はそれほどでもなかったけれど、北広島、恵庭と進むにつれて雨脚が強くなり、島松の工事現場付近では、ちょうど対向車線で車がひっくり返ったばかりで、大騒動になっていました。トマムのパーキングで聞いた情報でも、まだ通行止めで大渋滞と流れていたので、巻き込まれていたら大変でした。

パーキングのハイウェイガーデンは、連日のように雨が多いので、植物がもりもりと育っておりました。こういう植物にとっては恵みの雨なんでしょうね。
ハイウェイガーデン

ここは紫竹さんのデザインなので、やはりかわいい感じに仕上がっています。ネモフィラがちょっとだらしなくなっていたけれど、花弁が乾けば見事な咲きっぷりになることでしょう。
ネモフィラ

この時期なのでリゾートも空いているのかと思ったけれど、駐車場も満杯の盛況ぶり。あとで聞いたところ、日本人は夏休みとかお盆とか、決まった時にどっと移動するけれど、中国人は国土も広いし人口も多いので、どっかこっかで誰かが休みを取って移動すれば、元数が大きいので、平均して来訪してくれるのだそう。なるほどねぇ… タワーの足元や、歩道の道端に黄色い花がびっしりと咲いているのでよく見ると、ハイキンポウゲのようでした。雨でも花が開くので、こんなものが増えてくれればいいのになぁ。
ハイキンポウゲ

今回が最後の現場確認。ミーティングのあと、現場事務所からホタルストリートに上っていくと、スカイウォークの前に広がる沢には、オガラバナがちょうど満開になっていました。これがあると標高が高いところに来ているなと実感します。
オガラバナ

シラカンバの株立を業者さんが持っていたので、これをメインに植えたのですが、予想よりはるかに大きくてびっくり。このお陰で、空間がビシッと引き締まりました。2,3年すれば、さらに落ち着いてくれるでしょう。
シラカンバ

デッキの中の植えますには、フリーマニーカエデを3本植えてあります。いずれはこれがシンボルツリーになってくれることでしょう。
フリーマニーカエデ

歩道はチップ園路になっており、ちょうど雨に濡れていたので、しっとりした雰囲気になっていました。これはガサガサする切削(せっさく)チップではなく、カラマツの樹皮のチップなので、音もしないし足になじんでくれるのです。
チップ舗装

時折強く降る雨の中、一通り現場確認を済ませて、最後のダメ出しを終えました。管理レベルが低いので、手間のかからないものばかりでの修景ですが、それでも最低限の管理は必要なので、オーナーサイドには要員の教育かメンテナンス担当を置くようにお願いしておきました。これだけ世界中から人が集まるのですから、更なるレベルアップは必要だと思います。

遅い昼飯は、一番安そうなラーメンにしましたが、それでもリゾート価格なので千円越え。細麺でラーメンという感じがしませんでしたが、味はとっても美味しかったです〜
ラーメン

樹木調査

  • 2018.05.31 Thursday
  • 05:58
昨日は新琴似で、樹木調査をやってきました。まちづくりセンターの企画で、地域のより所でもある神社と小学校の樹木に、手づくりの樹名板を付けていこうと、その基礎となる樹木調査をやってほしいと頼まれたのです。まずは新琴似神社から。歴史の古い神社には、その土地本来の既存木と、献木と称していろんな木が持ち込まれているので、なにが出るのか楽しみにしていました。屯田兵村本部の背後にそびえる巨大なヤナギは、境内で最も大きな樹木ですが、種の同定まで至りませんでした。ヤナギは本当に難しい…(>_<)
不明ヤナギ

神社への参道脇には、ハルニレやエゾイタヤの大木に混じって、キリの大きな木がありました。といってもタンスにできるようなものではなく、腐れが入ってぼろぼろになっていました。てっぺんのところにはもう花が咲いていましたが、木が混んでいるのでとても写真が写せません… イチイに紛れて、珍しいヒノキアスナロやコメツガなどの針葉樹もありました。みなさんどこから苗木を見つけてくるのでしょうか?
ヒノキアスナロ

反対の西側では、ヤチダモやハンノキの大木が何本かあり、この辺りの原風景を偲ぶ樹木と言えるでしょう。それらの足元がクマイザサに覆われていて、新琴似の市街地では、ササなんてもう見られないものでは?でも、エゾハルゼミが鳴いていないのが気になります。隣の保育園では、運動会の練習がにぎやかに行われており、孫たちのことを思い出してしまいました…(^^;)
笹原

ここの境内には無意味に巨大な記念碑がたくさん置かれている中に、繁みの奥にひっそりとたたずんでいたのが「馬魂碑」です。これは1919(T8)年に建立されたもので、民家の敷地内や路傍にたくさん置かれていた馬頭観音を取りまとめたものだそうです。こういう碑こそが、地域の歴史を偲ばせるものなんですがねぇ…
馬魂碑

予定どおりちょうどお昼で片付いて車に戻ったら、ハルニレの近くに止めたのが間違いの元。大量のタネが降り注ぎ、あらゆるすき間にもはまり込んでしまいました。乗り込んだ時にもたくさんのタネを引き込んでしまい、車内もタネだらけに。でもハルニレの悪口だけは言えませんからねぇ…
ハルニレのタネ

かなりの暑さの中での調査だったので、かなりへばってしまいました。少しでも体力つけなきゃと、「タル鶏天ぶっかけ」なんて頼んだら、鶏の唐揚げがなんと5個も入っていて、こりゃ私にはちょっと多かったかなぁ… でも揚げたてで美味しかったです〜
うどん

午後からは、向かい側の新琴似小学校の調査。たいしたものはないだろうと思っていたら、いきなり玄関前に見慣れない木が。どう見てもヨーロッパで多用されるセイヨウシナノキ(リンデンバウム)かフユボダイジュなんですが、今一つ決め手がありません。教頭先生に聞いても全然心当たりはありませんとのことでしたが、なんでこんなものがここにあるのでしょうか?
フユボダイジュ

校務員さんがやたら木を切るのが好きなのか、無残に切り詰められた木が並んでいる中に、3mほどのエゾエノキがありました。きっと昔、ここで国蝶オオムラサキを飼ってみたいと思った先生がいたのかもしれません。でもその先生が異動してしまうと、そんな思いは引き継がれず、ここにそんな木があることすら、誰も分からなくなってしまっているのでしょうね。
エゾエノキ

熊の沢公園

  • 2018.05.21 Monday
  • 05:28
土曜の雨が嘘のように、朝からからりと晴れ上がりました。現場がもみじ台だったので、前日同様国道12号を東に向けてひた走り、予定より少し早く熊の沢公園に到着。でも手稲の公園に比べると、町中を抜ける分、かなり遠く感じます。昨日は地元の「熊の沢公園の自然に親しむ会」主催の作業指導を行いました。
まだ誰も来ていなかったので、園内を一回りしていると、園路際のササが園路の1/3も食い込んでしまっていました。これはちゃんと刈っていない証拠だし、これだけマダニが問題になっているのだから、放置してはいけません。
林内

林内に入ると、ちょうどエゾタンポポが咲いていました。かなりたくさん生えているようで、小さな株も無数に生えていました。富丘西公園でも咲いてしまっているでしょうから、今年の自然観察会ではどんな花をご覧に入れられるかなぁ…
エゾタンポポ

あとでみなさんにセイヨウタンポポの花との違いを見ていただくと、興味のある方が多いので、話が盛り上がりました。ついでにセイヨウタンポポとアカミタンポポの違いも見ていただいたのですが、このあたりだとアカミの数がかなり少なく、探すのに苦労するほど。都市化されていない証拠でしょうか。
比較

南区と共に、早くから落ち葉の活用を図ってきた厚別区には、立派な落ち葉ステーションが設置されています。秋(11/1〜11/25)には自由に落ち葉を持っていっていいのです。なんで全市的にやっていかないのか、不思議なんですが。
堆肥ステーション

まぁ10人来ればいい方かな…といっていた通り、参加者は11名で、最も若い方で70歳。手稲では今年で15年も活動していると言ったら、ちょっと溜息らしきものが聞こえました…(笑) 事前の打ち合わせでは、少しずつでも成果の見えるものから進めて行くことにして、今回は園路とミズバショウの生えている湿地の間に生えているササの刈り取りを行うことにしました。
作業の説明

既に園路際は業者が刈り取ったばかりなのと、奥の方に他の植物があまり混生していないので、時期的にはあまりよろしくないけれど、刈ってはいけないものにマーキングをしてから、作業を進めていただきました。
刈り取り作業

それほどボリュウムがなかったので、40分ほどの作業で予定の範囲の刈り取りができました。見違えるようにきれいになったので、このくらいなら俺たちでもちょうどいいと盛り上がってました。
作業後

最後に、刈り取りの成果の前で記念写真を。今後ずっと付き合っていくのかはまだ分かりませんが、みなさんのやる気が強く感じられたので、軽くプッシュしていくだけで少しずつ前に進んでいけそうです。みなさんお疲れさまでした〜
成果

リゾート地の現場

  • 2018.05.19 Saturday
  • 05:54
昨日はトマムの現場。早く出発したので高速道路もすいていて、意外と早く着きそうになり、トマムのパーキングでしばし休息。紫竹さんが植えたチューリップが満開で、滝野公園よりも暖かいのかな?と、ちょっとびっくり。
とまむPA

トマムリゾートには泊まったことがないけれど、何度見ても、よくこんなところに造ったものだなぁと感心してしまいます。
トマムリゾート

現場は、今年の冬に供用開始したホタルストリート。「日本初のスキーインスキーアウトができる街並み」を謳い文句に造られた、店舗の集合体です。昨年末に冬季オープンし、けっこう話題を呼びましたが、足元の造成や植栽がまだなので、雪が融けた姿はちょっと惨めでした。
ホタルストリート

ゲレンデ脇の林の中に造成されたものだから、かなりの急傾斜地にちりばめられた9棟の建物の間は、急勾配の法面だらけで、これからの仕上げは結構大変です。オーナーやデザイン統括しているKさんと、各業者さんたちと共に、一つずつ現地を確認しながら、最後の詰めをしていきました。
地形

植栽関係の確認が終わったので、締めの打合せの間に、珍しいものはないかと近くの山に入ってみました。するといきなりナンブソウの群落がありました。メギ科の草本で、実物を見たのは初めてだったのでちょっと感激。花はまだつぼみでした。
ナンブソウ

その横にはコミヤマカタバミが、ミヤマエンレイソウやズダヤクシュと共に咲いていました。今にも雨が降りそうな天気で、花が開いていなかったのが残念です。
コミヤマカタバミ

このあたりの山は、エゾマツの方がトドマツよりかなり多く、その生えたかを見ると、ほとんどが倒木更新でした。地面に落ちたタネは、なんとか芽生えてもササや他の草に覆われて育たなかったり、病菌に冒されて立ち枯れし、なかなか育つことが出来ません。ところが倒木して苔むした丸太の上にタネが落ちると、これらの障害を受けないで稚樹が育ち、このように連なった形で大きくなることがあります。切り株の上だと、切り株が朽ち果てて空洞になり、根上がり状態に踏ん張った株元になっています。ダイナミックな森林更新の経過を、間近に観察することができるのです。
倒木更新

現場事務所で今日のチェック事項を再確認し、ようやく開放されました。お腹もぺこぺこだったので、遅〜い昼食をホタルストリートでいただくことに。リゾート地なので少しお高い価格設定ですが、めったに来ることもないですからね。チキンレッグと野菜のスープカレーが1,750円。味はとっても美味しく、冷え切った体もポカポカになりました〜
スープカリー

アカプラのイチョウ

  • 2018.05.14 Monday
  • 05:54
北3条広場(愛称はアカプラになっているけれど、使われているのかしらん?)のイチョウは、整備中の2013年12月に剪定の指導を行いました。それから4年半経過し、どのくらい回復してきているのか、現場を確認に。暖かくなったとはいえ、まだひろばは閑散としています。
アカプラ

それまで剪定をしばらくやっていなかったので、かなり枝が暴れてしまい、木のサイズもまちまちになっていました。広場化すると枯れ枝の落下は命取りになるので、その辺りの確認も慎重にやらなければなりません。樹勢の強いものはやや強く切り詰めたので、きっと枝が密生してひどくなるのでは?と思いきや、切断面からの枝がほとんど出ていないものが多いのです。花壇にするために、根元に土をかぶせたのかもしれないので、今度掘ってみなくては。
弱ったイチョウ

樹木診断で一番衰弱していた、北側の西から2本目の木は、元気な枝を意外とたくさん伸ばしていてホッとしました。むしろ一番西の木が、ひょろひょろと高さばかり伸びるのが気になります。
元気なイチョウ

南側の西から2本は、2004年の18号台風によって、頭をへし折られてしまいました。この時道庁周辺は、車が舞い上がったり壁が崩れたり、大きな被害が出た地域でした。(2004年9月14日撮影)
台風被害

このあとすぐに折れた部分をきれいに切り戻し、そこから再生する枝から、一番素性のいいものを育てていけばよかったのです。ところがしばらく放置されていて、回りの枝の処理もやらなかったものだから、回りの枝の方が勢いよく伸び、芯の枝がきれいに伸びた、元のような姿に戻れなくなってしまいました。
直っていない

これに対して2番目の木は、4年半前に素性のいい枝を残して、あとはすべて切ってしまったのです。こういう思い切りは、現場の方にはできませんから、私が高所作業車に乗ってマーキングしていったのです。(2013年12月3日)
剪定指導

その結果、ちゃんと新しい幹が再生しており、やがて傷も隠れていくことでしょう。こうなればもう安心です。
再生した芯

いろんな状態の木が混在していましたが、定期的なモニタリングをやっておくことはとても大切です。別にお金をもらっているわけではないけれど、自分の現場には一生付き合っていかなければ。駅前通に出ると、ここにあった大同生命ビルの解体が進み、もう少しでなくなるところでした。西武跡地やここが新しくなれば、もう少し地上部にも賑わいが戻ってくるのではないでしょうか。
大同生命ビル

久しぶりの新琴似

  • 2018.03.30 Friday
  • 05:50
新琴似では、ポプラ通のオオウバユリ保全の仕事や、六番通の町並み整備のお手伝い、古くは植木屋時代に北区体育館の外構植栽など、結構仕事で通っていましたが、最近はとんとご無沙汰してました。新年度にまちセンのお手伝いをすることになりそうなので、久しぶりに新琴似に下見に行ってきました。風は冷たかったけれど、前日と違って日差しがあったので、かなり暖かく感じます。

ちょっと時間が早かったので、六番通のAさんを訪ねてみました。相変わらずお元気な姿に一安心。ここのお手伝いをしていたのがちょうど20年前なので、お互い歳は取ったけれど、二人とも生涯現役を目指しているので、話が弾みました。拡幅整備の残地を使った花壇づくりも熱心に取り組んでおり、街路樹ますには昨年からコキアを植えているとのこと。これを全線にわたって並べれば、結構にぎやかになりそうです。滝野公園よりはるかに大きく育っていてびっくりでした。
コキア

予定の現場は新琴似神社の境内。屯田兵村時代には、ここに本部が置かれた地域のより所で、地域で唯一開拓以前の樹木が残されているのです。車から降りて見渡したところ、中隊本部の建物の隣に、ハルニレのようだけど、樹形が違う大木がありました。
全景

近寄ってみると若い枝が黄色く色付いており、こりゃヤナギだ!!またヤナギかいなと思ったけれど、先日一通り調べ直したので、葉が開けばなんとかなるでしょう。
ヤナギ

何度か来たことはあったけれど、この中には入ったことがありません。4月になれば、週何日か公開されているようなので、今度はじっくり内部を見学できそうです。
中隊本部

境内には保存樹木の指定を受けているハルニレが2本あり、この大きさであれば開拓以前から生えているのは間違いなさそうです。地域のみなさんは、樹齢が何年かを一番知りたがっているらしいけれど、そんなのは伐採しなくちゃ分からないですぅ〜
ハルニレ

市内の神社には、たいていヨーロッパクロマツが植えられています。今よりはるかに寒かった明治時代には、クロマツはよほど条件に恵まれないと育たなかったはずで、代わりに強健なヨーロッパクロマツが植えられたものでしょう。
ヨーロッパクロマツ

それにしても何十トンもある巨石の碑があちこちに… こういうのが流行った時代もあったけれど、私の趣味じゃないなぁ…(>_<)
巨石

シラカンバ並木

  • 2017.11.21 Tuesday
  • 05:37
まだ11月だというのに、寒い日が続きます。歩道がツルツルになっているので、とても大股では歩けなくなり、そろりそろりと中の島駅から寒地土木研究所を目指しました。さすがに精進川はちゃんと流れていましたが、一気に寒々しい風景に変わってしまいました。
精進川

この春に記念植樹したチシマザクラは、なんとか除雪の被害から免れていました。昨年はお構いなしにこの上に雪を押してしまい、苗木がメチャメチャに折れてしまいました。今度は所長や来賓が手植えしたものだから、除雪をやっている職員もさすがに遠慮したようです。でも最初の雪でこんなだから、危ないものですねぇ。
記念植樹

玄関前のチシマザクラは、雪が乗っかって折れそうに… 去年まではこの二本だけしっかり冬囲いされていたけれど、あれは業者に依頼してやったものではなく、熱心に桜の管理をやってくれていた運転手さんが、やっていたようです。今年3月で契約切れになり、桜の管理をやる方がいなくなったために、こんな状態に。やっぱり人次第ですからねぇ。
チシマザクラ

この夏に十勝に行ったとき、視線誘導植栽に植えられていたシラカンバが、ぶつ切りにされて枯れてしまっておりました。これは何とかしなければと、その後水面下で動いていたのです。
シラカンバ

すると私だけでなく、これはまずいと感じていた方が局内にもいたらしく、シラカンバ並木を再生しようと動き始めたのでした。私からも少しアドバイスをさせていただきましたが、時間はかかるものの、いずれまたあの素晴らしい道路景観が復活することでしょう。この冬の間に、墓標のような無残な姿はいったん消えてしまいますが、再生する姿を楽しみにしていて下さい。

初トマム

  • 2017.10.04 Wednesday
  • 05:49
このブログの記事が、昨日でちょうど2,000件に達していました。スタートしたのが2012年4月24日で、今日で1,988日目。無人島調査などで何度か抜けているので、複数回投稿した日がかなりあったようです。その間のアクセス数がなんと130万回にも達しておりました。私の備忘録にたくさんの方がおつきあい下さり、貴重な時間を費やしていることに対して、なんともお礼のいいようもありませんが、嫌になれば読まないだけのことなので、これからも気楽に書いていこうと思います。m(__)m

昨日はトマムの現場を見に行きました。高速の占冠PAでは、紫竹さんデザインのハイウェイガーデン花壇が、最後の花を咲かせていました。強い霜が来ればあっという間に融けてしまいそうな場所だけに、いい状態で見られてよかったです。
占冠PA

雨はなんとか上がったものの、まだどんよりと雲が垂れ込め、紅葉真っ盛りの山もあんまりきれいには見えませんでした。
紅葉

トマムに来たのは全くの初めてで、いつも列車や高速から見ているタワーを間近に見ると、確かにユニークな外装です。この外装に変えてからもう10年経っており、開業からもう30年以上経っているので、あちこち手直しが盛んに行われているようです。
トマム

施設間を結ぶスカイフォークからは、間近に紅葉が楽しめるので、盛んに写真を撮していました。エゾマツとトドマツの林の中に、そんなに大きくないハウチワカエデがたくさん生えていて、見事な紅葉を見せているのです。向こうから見ると後ろは工事現場なので、こちら側の方がいい写真になったはずです〜(笑)
スカイウォーク

かなりの大きさのエゾマツとトドマツが生えており、エゾマツはほぼすべてが切り株更新したために、根上がり状態になっています。エゾマツのタネは、地面に落ちると様々な菌類にやられてしまうのに対し、苔むした倒木や切り株の上に落ちると、安全に芽を伸ばして成長し、やがて切り株が朽ちてしまうと、このような根上がり株になってしまいます。森のガーデンにもこんな状態の木がたくさん見られますが、ここではやさしい肌のトドマツに荒々しいエゾマツが寄り添っているものが見られ、ちょっと悩ましい姿になっていました…(^^;)
エゾマツ

道路からちょっとはずれた沢に向かって、ミズナラの巨木が枝を伸ばしていました。奥に見える紅葉はオガラバナです。直径が1m以上もあり、幹はすっかり苔むしてものすごい貫禄ぶり。ササを刈って見学コースでも作れそうな雰囲気です。
ミズナラ

現場を確認して駐車場に帰ろうと歩いていると、道端にエゾリンドウがひとかたまり咲いていました。わざわざ植えたものではなさそうなので、草刈りにもめげずに生き残った自生株のようです。リンドウは大好きな花なので、こんなところで見られて嬉しかった〜
エゾリンドウ

特急で帰ろうとトマムの駅まで送ってもらうと、昨年ここで何回も代替バスに乗り換えたなぁ…と、思い出してしまいました。あんな災害は本当にご勘弁です。2台のバスから続々と降りてきた観光客は、ほとんどが中国からの方たち。一両しかないスーパーとかちの自由席は、たちまちぎゅう詰めになり、スーツケースやベビーカーで埋まってしまいました。これだけたくさんの方が来訪し、ご満足いただけるのですから、さすが「星野リゾート」というべきなのでしょう。
トマム駅

八紘学園

  • 2017.07.30 Sunday
  • 06:09
まもなく30年を迎えようとしている、花や緑をテーマにした研究会を主宰していますが、例年夏に現地見学会を行っています。今年の場所は、いろいろと噂に上っている月寒の八紘学園。ここの先生もメンバーに入っています。この場所は、元々は明治の初めに盛岡出身の吉田善太郎が開墾し、吉田牧場を設けていた場所にあたります。吉田の子孫はその後競走馬の育成に転じ、社台ファームやノーザンファームを経営している吉田三兄弟は、善太郎の曾孫に当たります。
八紘学園

善太郎が1909年(M42)年に建設した別荘は、その後八紘学園の創設者である栗林元二郎が買い取って保存し、栗林記念館(内部は非公開)となりました。札幌景観資産にも指定されています。
栗林記念館

栗林の趣味は、巨大オンコ、巨石、花菖蒲栽培だったといわれ、記念館の周囲には、樹齢千年ともいわれる巨大オンコが林立しているのです。でも植え方があまりよくなかったものが多く、生育が悪いものをどうするかが、今回の見学会のテーマでもありました。樹木医や緑化樹生産者、研究者、造園業者など多彩なメンバーがいるので、あーだこーだと一本ずつ見ていきました。
巨大イチイ

それにしても巨石群のすごいこと、数十トンクラスのものがごろごろと転がり、このブラジル産の水晶は1mもあります。
巨石群

道路を渡ったところにある、もう一つの景観資産が旧吉田牧場の畜舎・サイロです。(現:八紘学園資料館)東洋一を誇ったといわれる300トンサイロが二基あり、サイレージを仕込むのも大変な作業だったそうです。
記念館

中には古い農機具などがぎっしり保存されており、じっくり見ていくと面白いでしょう。学生時代に農場実習で乗らされた、青いフォードと赤いマッセイファーガソンのトラクターが、ここでも隣同士に保存それていて懐かしかった〜
トラクター

びっくりしたのがこのウヰスキー。デントコーンをサイロに詰めていてくと、茎から絞り出された当分タップリの水分が廃液となってしまいます。栗林はそれがもったいないと、サッポロビールと共同研究を行い、発酵させて蒸留し、代用ウヰスキーを作ったのです。戦後の物資のない時代、この「ミレー・ウヰスキー」は大人気となり、トリスバーならぬミレーバーがススキノにできるほどだったとか。その後だんだん世情が落ち着くに連れて代用品が売れなくなり、「アスパラ・ウヰスキー」と名を変えたりしたものの、昭和50年に工場を閉鎖したとありました。全然知らなかったなぁ。
ウヰスキー

広い農場の中には、1930年代に植栽されたというポプラ並木がありますが、北大のようなスマートな樹形でなく、シラカンバやケヤキが混植されて鬱蒼としています。これも枯れ枝の落枝や倒木の危険性があり、今後どうするかみんなで話し合いました。
並木道

北大農場と共に大都市内に残された広大な田園風景を、今後どうやって維持していくのか。例のボールパーク問題にも注視していかなければなりません。
牧場

消える街路樹

  • 2017.07.12 Wednesday
  • 05:48
美幌の町を歩いていて、そういえばと思い出したことがありました。20数年前にこの町を通った時に、キササゲの街路樹がちょうど花を咲かせていて、こんなものを一体誰が植えたのだろう?とびっくりしたのです。生活道路ではなくて、幹線道路しか通っていなかったので、今でもあるのかな?と、あちこち見て歩きましたが見当たりません。あとで町の人と見て歩いた時に聞いてみても、そんな街路樹があったかなぁ?と分からずじまい。でも空き地にキササゲの小さな木が何本も生えていたので、きっと昔はあったのでしょう。

札幌に戻ってから、昔のリバーサルフィルムを見ていくと、1993年8月31日に美幌町内の国道で撮した、キササゲの街路樹のスライドが見つかりました。なんで美幌を走っていたのか手帳を確認すると、前日に網走港周辺の植物調査の仕事を済ませ、31日の午後から帯広道路事務所の打ち合わせがあり、レンタカーで移動していた途中だったのです。あの頃はそんな動きばっかりでした。そんなことを思い出しながら、早速データ化して役場に送ったのです。
93年8月31日

すると、午後には分かりましたよ〜と返事と共に、現在の同じ場所の画像が添付されていました。手がかりになる特徴的な屋根の家が、まだちゃんと残っていたのです。かつてはキササゲだけでなく、ヨーロッパアカマツのような針葉樹も混じっていて、かなりの本数の街路樹があったのに、今では1本も無くなってしまっていたのです。植えますだけが、まだそのまんま残っているのが寂しい限り。
現状

キササゲの街路樹は、その後旭川市内に何カ所かあるだけで、それ以外では見た記憶がありません。アメリカキササゲで街路樹を作ったらさぞや見事だと思うけれど、こちらは全く流通がなく、キササゲですらそんなに手に入りません。そんな昔、ここにこれを植えたのは一体誰なんだろうと、本当に不思議に思ってしまいます。当時の開発局には、まだ直営の作業員が街路樹の管理をやっていた時代なので、その中に植物の好きな方がいたのでしょうか。そんな素晴らしい時代の名残が、この古いスライドから甦ってきたのでした。

月寒国道

今では、すきあらば札幌の町中だった街路樹なんか一本もなくそうと、バリアフリー工事や電線地中化工事のあとには荒涼とした風景しか残らないのが実情です。R36の美園から月寒、福住にかけては、1本の街路樹も無くなって醜い看板だらけの景観になっています。こんな殺伐とした街並みばかりにして、本当にいいと思っているのでしょうかねぇ…

街路樹の受難

  • 2016.12.22 Thursday
  • 06:02
昨日の昼間は、ずっとバタバタしていて、冬至の瞬間を味わうヒマもありませんでした。まぁとにかく、これから日が長くなっていくことだけは確かです。いただいた香り高い柚子羊羹を味わい、いつも食べているけれど、ちょっと神妙に冬至南瓜+小豆も食べたので、今年の冬も元気に乗り切って春を迎えようと思います。

ゆずかぼちゃ

昨日プラタナスの話をしたら、イチョウの街路樹の伐採話が仙台から入って来ました。数年前に、札幌の街路樹の多くが傷ついて弱ってしまうため、すぐに伐採してしまうと道新に叩かれた際、取材を受けた仙台市は「杜の都仙台市では、街路樹は景観上極めて重要なので、計画的な伐採など行っていない。」と豪語していたのになぁ…

仙台
 (朝日新聞デジタルニュースから拝借… m(__)m 2016-12.21)

この春に12本すべて伐採しようとして、さっそく市民から猛反対を受け、あれこれ検討した結果、1本はそのまま残し、1本を移植して、残り10本の伐採をいよいよ始めたようです。どういう検討をやった結果なのか分かりませんが、なんとかならなかったのでしょうか。

こんな話はあちこちで起きていて、今まさに話題になっている東京オリンピックに合わせ、マラソンコースの一部に電柱が立っているのが見苦しいので、さっそく電線地中化事業に手を付けました。これによって樹齢70年のイチョウが相当数伐採されようとしています。

白山通
 (東京新聞 Tokyo Web より拝借… m(__)m 2016.12.9)

東京では、オリンピックのどさくさに紛れて、都内ではいろんなことが起きているようです。単純に「木がかわいそうだから守れ!」というものではありませんが、しっかりとした説明を地域に提示してこなかったようにも思えるので、しばらくこじれてしまうでしょう。それにしても思うのは、各自治体にある緑の部局の力のなさです。おそらく土木サイドでどんどん話が進められ、最後の最後に緑の方で後始末やってね〜とほり投げられたものではないかと。札幌だけかと思っていたけれど、全国どこでもこんな話ばかりです…

ニセアカシアの強度試験

  • 2016.12.18 Sunday
  • 05:56
都心の現場の記録も、ようやくこれが最後になりそうです。m(__)m
駅前通の街路樹については、いろいろすったもんだがありましたが、引き続きニセアカシアを植えることになりました。外来種だからダメだとずいぶん批判を受けましたが、札幌の町自体が我々「外来種」によって造られてきたわけですから、その歴史性を象徴するものを遺しても全然かまわないと思います。

それよりも、ニセアカシアを植えた場合の危険性の方が心配でした。2004年の18号台風では、北大のポプラ並木を初め、たくさんの樹木が被害を受けましたが、もちろんその中にニセアカシアもたくさんありました。台風が通過した直後に、カメラの電池が続く限り市内各所の被害状況を見て歩きましたが、ニセアカシアの街路樹もたくさん倒れていました。浅根性樹種なので、風害によって根返りしやすい樹種であることは間違いないのです。
台風被害
 (台風18号による、ニセアカシア街路樹の風倒被害  2004.9.8)

でもよく見ると、その根は腐朽してボロボロになっていました。その原因は、頻繁に行われている道路工事によるものだと、かねてから目星が付いていたのです。景気対策だかなんだか分かりませんが、しょっちゅう舗装や縁石を取り替える工事が行われていますが、その際に邪魔になる根はすべてぶつ切りにされ、ちゃんと傷の手当てしておけばまだ発根してくるものを、ぶつ切りにされたまま埋められるのですから、腐って当たり前なのです。
植えます工事

ところが駅前通では、30年以上いじられていない植えますだったので、根に傷が付いていない可能性が高く、それであれば本来の強度が分かるはずだと、さっそく試験を行うことにしました。農学部の木材工学科の先生をよく知っていたので話を持ちかけ、撤去されるニセアカシアの街路樹を使って引き倒し試験を行いました。2006(H18)年10月18日の夜です。
木材工学研究室

隣の木の根元に支点を作り、ウインチで負荷をかけて、どのくらいの力で倒れるかを調べていくのです。
ウインチ

地下に張り巡らされている根が、ものすごい音でブツンブツンと切れていきます。けっこう怖いくらいの地響きと音でした。先生もびっくりしていましたが、なかなか倒れてくれなかったのです。50m近くの風で、ようやく傾くくらいの強度を持っていました。
引き倒し

試験した3本のうち1本は、幹に傷があったので、根返りする前に幹が割れましたが、この音もものすごいものでした。根の方がびくともしないので、幹の方がもたなかったのです。結局のところ、健全な根系と腐朽していない幹であれば、相当の風に対しても抵抗力があることが分かりました。
建て割れ

これらの木から材を取り、曲げ強度やせん断強度の試験も行われていますが、ニセアカシアの強度はびっくりするほどで、堅い木の代表であるクリやナラの3割以上、柔らかい材のポプラやイチョウなどの倍程度もの強度を持っていました。こんな堅い木であれば、製材してもっと使えばいいのに?と聞いてみたら、ノコの歯が欠けてしまうほど堅いので、嫌われるのだそうです。
せん断試験
(「ニセアカシア街路樹の耐風性」 北海道大学 演習林研究報告 第六十四巻 第二号より)

この結果を受けて、健全な根系が大きく張れるよう、「根系誘導耐圧基盤」という特殊な植栽基盤を道内で初めて導入するとともに、ある程度に育つまでの支柱をがっちりと、しかし傷が付かないような工夫を施すことにしました。ニセアカシアは極めて成長が早いので、根系に比べて頭でっかちにならないよう、剪定にもかなり気を使っています。何気ない風景に見えますが、ここに至るまでには、いろいろな検討や工夫が凝らされているのです。
駅前通

ハルニレの試掘

  • 2016.12.16 Friday
  • 05:48
現場の記録シリーズが続きます。昔の現場も、このような形で記録に残しておかないと、私自身忘れてしまいそう…という思いがあるのです。

創成川のシダレヤナギは、移植ができないためにコースターとして形を残すことになりましたが、駅前通にあるハルニレとニセアカシアはどうしようということになりました。中央分離帯に植えられているハルニレは、札幌オリンピックが終わった翌年、1973(S48)年に植栽されたものです。千歳ICの周辺にある伊藤組山林から、根回しをかけて移植したものだと聞きました。
植栽直後

一度だけ、枝がぶつかったとねじ込まれ、その担当者の独断でかなり強い切り詰め剪定が行われたことがありましたが、回りから大顰蹙を買ってしまったので、以来ほとんど手をかけない自然樹形で育っていました。こんな素晴らしい樹形の木なので、いったん移植して養生し、工事が終わったらまた元に戻すという方向に進んでいたのです。それは絶対に無茶なので、どこかいい場所に移植して余生を過ごさせる方向を想定していました。
駅前通

そもそもこれだけ大きく育った大木を、この狭い中央分離帯から抜き取って移植することができるのか、その可能性を探るための試掘調査を行ったのです。記録では、創成川の試掘の3日前、2003年9月16日のことでした。
仮設

ハルニレは何度も移植したことがあるので、どんな根なのか想像はついていましたが、やはり網の目のようにびっしりと根が現れ、とてもスコップなんかでは掘ることができず、バリで土を崩して移植ごてで運び出すという、発掘現場のようになりました。
手掘り

ハルニレの根は、幹と全く同じで極めて強靱な樹皮に包まれています。ムチのような根が絡み合い、試掘は難航を極めましたが、なんとか深さ1mまで掘り進むことができました。
試掘

ハルニレは浅根性の樹種ですが、好湿性なので地下深くに垂下根を下ろして水分を吸収しているようです。これが深いところから現れてきました。このため移植にあたっては、一発移植を行うとダメージが大きくなるため、根回しといって、あらかじめこの根を切断して根をふかさせる作業が不可欠だという結論になりました。
垂下根

ハルニレの根の動きは、6月と9月に二つのピークがあるという調査結果があるので、翌春早くに根回しを行い、樹を支える支持根を切断することから、打ち込み式の地下支柱を取り付けました。このようにして、南大通から北4条通までのハルニレは、さらにその翌年掘り上げられ、大通公園西8丁目に3本、北大構内北キャンパスとリサイクル団地に残りが移植されていったのです。
根回し

大通公園のものはいつも見ていましたが、残りは最近見ていないので、来年は様子を見に行かなければなりませんね。

ヤナギの試掘調査

  • 2016.12.14 Wednesday
  • 05:55
創成川のシダレヤナギについては、幹のサンプル採取の前に、根系の試掘調査をやっていました。昨日写真が見つからなくて変だなと思ったら、違うフォルダの中に入っていました…m(__)m
とんでもない移植費の見積が出ていたけれど、そもそもシダレヤナギの大径木を移植できるのか?これは、私が植木屋時代にさんざん樹木の移植をやって来た経験から分かることですが、よくもそんないい加減な見積出しやがったな!ということなのです。いろいろ理屈でいうよりも、実際に試掘してみれば、単なる机上の見積だと言うことがすぐに分かることですから。

こうして当時の創成川の中を歩いていると、とても大都市のど真ん中にいるという気がしなかったです。こんな場所で試掘調査が行われました。
都市内の秘境

シダレヤナギの植えられている場所は、道路と創成川の護岸の間の狭い空間です。そこにどのような根系が張り巡らせているか、トレンチを掘ってみることに。作業をやってもらったのは、私が昔働いていた会社なので、阿吽の呼吸が通じる人たちでした。
対象木

一般にヤナギの根系は、地下深くまで水分を求めて伸びていくことが知られています。水湿地ではそれが浅くなり、乾燥地では水分を求めてどんどん深く伸びていくのです。このような場所であれば、創成川の水を求めてかなり深く伸びていることが推測されます。樹木の根系については、苅住(かりずみ のぼる)さんの「樹木根系図説」を見ると基本的な根系が分かるので、実際に掘った情報と併せて検討することができます。
根系図説
 (「樹木根系図説」  苅住著、誠文堂新光社、1987 より)

ただでさえ狭い空間に育っているのに、一体どうやってこの木を掘り上げようと思ったのか?誰が見ても無理なことは分かるでしょうに。さらに、根の張り方が粗く、土壌の保持力が乏しいと図説に書かれている通りなので、これではとても根鉢を付けて掘り取ることは難しいでしょう。
掘り取り作業

浅いところにはそれなりに根が伸びていましたが、とても土を掴んでいるほどの細根の密度がありません。10数メートルもあるある大木を確実に移植するためには、しっかりした根鉢の中に細根をたくさん保持されていることが不可欠なのです。
細根

さらに深く掘り進んでいくと、予想していた通り、深いところに伸びている垂下根(すいかこん)と呼ばれる太い根が伸びていました。これは樹木を支持すると同時に、根の先で川底の水分を吸い上げているものと考えられます。これを切断して移植することは不可能なので、1億円の移植見積はなんの根拠もないものだということがはっきりしました。この時は、私の厳しいチェックが働いたので、こんないい加減な仕事が発注されることはありませんでしたが、世の中にはこういう無駄な工事がたくさん行われているのでしょうねぇ…
垂下根

創成川のシダレヤナギ

  • 2016.12.13 Tuesday
  • 05:55
この時期はひたすら業務の成果品づくりに追われる日々が続き、気晴らしに雪かきするほかには、外には出ないことも結構あります。そんな中、ちょっと理由があって昔の仕事を整理する必要があり、画像を見直したりレポートをめくったりすることがちょっとした息抜きに。そんなことから、昔の現場をあれこれ振り返ってみようと思います。

今回は創成川です。整備前の姿は、もう忘れてしまった方も多いのではないでしょうか。創成川通にアンダーパスができたのは、今から40年以上も前の札幌オリンピックの時でした。それまでは川に蓋をかけてサーカスをやったり、この時期であれば歳の市が立ったりと、賑わいの空間だったようです。それがこの工事によって東西が分断され、川岸に植えられたシダレヤナギが大きく育ったことにより、緑の壁ができてしまいました。狸小路から二条市場に渡るためには、遠回りして横断歩道を2回渡る以外には、暗くて気味の悪い地下道を通っていくしかないので、二条市場はそれで寂れたと言われました。川縁を歩くこともできないので、真ん中に川があることすら気付かなかったかもしれません。
020708創成川
 (昔の創成川の姿  2002.7.8)

今回の整備によって東西の行き来が昔のようになるのでは?という期待が、創成川東の人たちにはものすごく強かったのです。その基本計画を検討する委員会に、私は参与という、技術的なアドバイスをする立場で参加していました。その中で一つ問題になったのが、それまで緑の壁を作っていたヤナギの扱いでした。木を伐ることに異常なほど反応するクレーマーがいるものだから、結果的に枯れてもいいからすべての木を移植したいというのです。その見積もあるというので提出してもらってびっくり。約200本ものヤナギの移植に、なんと1億円もかけるというのですから。

その金はみんなから集められた貴重な税金ではないか!ふざけるのにもほどがあると、そこからが私の出番。移植する価値があるのか、きっちり調査して正確な判断を出しておけば何も怖くないので、ある方法を提案したのです。林業でよく使う道具に成長錐(せいちょうすい)(Increment Borer)があります。スウェーデン鋼の極めて鋭い刃で、直径5mmほどのサンプルをくりぬくことができる道具です。多分この会社の製品が、世界中の独占品ではないでしょうか。
040924成長錐
 (成長錐でサンプルをくりぬいていった。 2004.9.17)

ヤナギのような柔らかい材であれば、30cmくらいなら簡単にくりぬけるので、特に幹の芯の部分に腐朽が入っているかどうか、これでサンプルを取れば一目瞭然に分かります。外観では判断できないような健康そうな木でも、意外と芯がダメになっているものが多く、それで絞り込みをかけようと提案しました。
サンプル

その仕事に入る直前に、忘れもしない18号台風が襲来し、創成川のヤナギも15本が倒れたり折れてしまいました。その切り株を見れば一目瞭然。これを細いサンプルで再現できるわけですから、説得力が格段に上がることになったのです。
040917年輪

対象木204本をすべてくりぬき、正確に記録しながら移植対象にふさわしいか判定していきました。右の数字は成長錐を入れた方角と地上高を示しています。この結果、移植可能と結論づけたものはなんと5本しかありませんでした。成長は早いけれど、材がもろく傷つきやすい特性から、ほとんどの木の幹が腐朽していたり、空っぽになっていたりして、移植に耐えられないと判断されたのです。5本も後から補植された小さな木ばかりだったので、なんとまるまる1億円もの貴重な税金を、無駄にしなくで済んだのでした。
041105最終報告
 (2004年11月5日に提出した最終報告より)

この結論の後、直ちにヤナギは伐採され、足元にあったライラックなどの低木は、すべて他の公園などに移植されました。いよいよ工事が始まる直前にこれを見ながら、ヤナギにはかわいそうだったけど、こういうことはきちんと割り切って仕事を進める必要があるからなぁと思いました。
050129創成川

実はこの提案をしたときに、伐採する木はゴミにしないでぜひ活用して欲しいとお願いしていました。ヤナギの材は柔らかいので、まな板にピッタリだから、健全な部分を切り取って創成川という焼き印を押し、市民に還元すれば喜ばれるし、伐採した木の供養にもなるはずだと。ところが、あまりに腐朽が進んでいるので、まな板にするだけの材が取れませんでしたと、出てきたのがこのコースターでした。いろんなイベントで配られたので、持っている方もいらっしゃるかもしれませんが、こんな経緯で生まれたものだったのです。
コースター
 (この文字は、当時の上田市長によるものだそうです…(^^;))

イチョウの試掘調査

  • 2016.12.12 Monday
  • 06:01
北3条広場の整備では、イチョウの街路樹の保全が最大の目標だったため、絶対に試掘調査が必要とお願いしてありました。ようやく許可が出たのが、今からちょうど7年前の2009年12月です。当時の植えますは、2m角ほどしかなく、本当にかわいそうな状態でした。こんな狭い空間で、どんなに根が伸びているのか確認する必要があったのです。12月15日だけどまだ雪は積もっておらず、とっても寒い一日でした。
植えます

根が張り巡らされているはずなので、小さなスコップとパリで掘り進めていきました。表面の5cmほどは凍り付いていましたが、その下はサクサクと掘り進むことができ、すぐにたくさんの根が出てきます。イチョウの場合、根元を埋められるとすぐに途中の幹から発根して、いわゆる二重根の状態になっていきます。
試掘

コンクリートガラなど、昔のずさんな工事によって埋め殺されていたものがたくさん出てきましたが、約60センチほど掘り進めたところで、元の地盤面とおぼしき土の層と、横に広がる太い支持根が出てきました。ここにイチョウ並木が植えられたのは、1925(T14)年のことですが、当時の地面がこのあたりだということになります。
二重根

車道側は通行に支障が出るからと夜間作業しか許可が下りず、翌日の夜9時過ぎからの作業となりました。とっても寒かったことを思い出します。自分で穴掘りでもやれば暖まるのですが、見ているだけというのは寒いものです…
夜間作業

道路に敷き詰められているコンクリートブロックを剥がしていくと、その下の砂の層のさらに下に、もともと敷き詰められていた木塊(もっかい)れんがの舗装面が出てきました。札幌初の舗装道路は、なんとアメリカ産のブナ材からなる木塊れんがの舗装だったのです。これについては、別の委員会でそのまま埋め殺してしまうという方向性が出ており、この試掘では最小限のスペースだけ穴を空けさせてもらうことになりました。
木塊煉瓦舗装

昔やられた試掘調査では、半分くらいは原形を留めていることになっていましたが、掘り上げてみると確かに形はあるものの、ほとんどがボロボロと崩れてしまう状態で、腐朽していないものは一割程度しかありませんでした。少しでも栄養分を吸収しようとしていたものか、イチョウの細い根がわずかに伸びていましたが、とうとう太い根は見当たらなかったのです。
木塊れんが

大正時代の施工というので、せいぜい砂利の上に木塊れんがを並べたくらいかと思ったら、しっかりと練られたコンクリートの層があり、これがブレーカーでもなかなか突破できないくらい硬いものでした。よほど丁寧に練れられたものだったのでしょう。この層のおかげで、この下にはイチョウの根がほとんど伸びなかったのでしょう。車道側には根系の分布はなさそうだということが分かったのです。
試掘抗

これらの情報を整理し、現況の模式図として示したのがこの図です。小さな植えますながら、二重根の根系が密生しているので、これを拡大することにより、新たな根系を大きく張らせることが最も大切になります。このため、数本まとめて大きな植栽ますを作り、間はデッキ構造として根系に無理がかからないような、現在の整備内容を設定することができました。このような具体的な根拠を元に計画を進めれば、あとで何が起きても対応が可能だし、お金がかかりすぎるとか、文句言われることもなくなるのです。
模式図

整備後二年目の今年は、かなり枝葉が繁ってきたので、来年以降イチョウの生育の回復が楽しみです。

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