デスク周りの整理

  • 2019.03.20 Wednesday
  • 05:43
年度内の仕事の目途が付いてきたので、ようやくグチャグチャになっていたデスク周りの片付けを始めました。まず取りかかったのが、パソコン周りの整理。iMacのバージョンを上げないと仕事に支障が出始めているので、古いバージョンのiBookと機器を分けなくてはいけないのです。このぐちゃぐちゃの中に、モデム、ルーター、ハードディスク、フィルムスキャナー、電話などと網の目のような配線が詰まっています。
着手前

フィルムスキャナーなんて、いまだに使っている人はほんのわずかでしょうが、何万枚ものスライドを持っているので、これを捨てる訳にはいかないのです。これを動かすソフトは、古いバージョンのOSを積んだパソコンが必要なので困るのです。
スキャナー

前日の帰り道に買ってきたパイン材をギコギコ切断し、わりと簡単に組み立てましたが、ちゃんとした図面を作っていなかったので、板の厚みを失念して中に入らなくて大失敗。棚板をずらしてようやく完成しました。
棚

家から引き上げてきたiBookに接続して動作確認。初めはなかなかピントが合わず焦りましたが、何度かやっているうちにちゃんとスキャンすることができました。これでメインマシンのバージョンアップが可能になりました。
完成

あれこれ足りないものを買いに外に出ると、なんという暖かさ。予報通りぐんぐん気温が上がっていました。何か咲いていないかよく見て行くと、街路樹の植えますの陽だまりにコハコベ(Stellaria media)の花が。こんな小さな花でも、咲いているのは嬉しいものです。
ハコベ

事務所前の雪も、ほんのひとかけらだけが残っていて、あと数時間でなくなりそう。こんなに早く雪が消えたのは、本当に初めてのことです。
消雪

夕方札幌のアメダスを見てみると、1時半ころに13.7℃まで上がっていました。その頃に積雪深も0になっています。これから何度か降ることもあるでしょうが、これだけ地面が暖まればすぐに溶けてしまうでしょう。
アメダス

今日も札幌は13℃の予報で、山の雪もどっと融け始めたのか、いつもはちょろちょろ流れている小川が、今朝はゴオゴオと一気に水量が増していました。来週からあちこちの現場を回って、雪の融け具合を確認し、春の仕事の準備を進めて行かなければならないようです〜

思い出の品

  • 2019.03.19 Tuesday
  • 05:43
春分の日が近くなり、日の出がどんどん早くなっていきます。昨日の札幌の日の出は5時43分だけど、我が家は山の陰になるので、50分過ぎに山の鞍部から日が昇ってきました。これからどんどん太陽が北に寄っていき、神社山を越えるので、しばらく日の出は足踏みしてしまいます。夏至の頃になると山より左に出てくるので、3時台にはピーカンになってくるのです。
日の出

日曜日に、捜し物をしにロフトに上ってあれこれ引っかき回しているうちに、禁断の宝箱まで引っ張り出してしまいました。お菓子のブリキ箱に、子どもの頃からの宝物がぎっしり詰まっているのです。もう忘れてしまったものもあるけれど、妙にはっきり拾った時のことを覚えている石ころまで入っているので、あまり開けたくなかったのですが…。その中ではわりとオーソドックスなものが、東京オリンピックの記念メダル。親父がセットをいくつか買って、私たちに一つずつくれたのです。オリンピックは小学6年生の時で、この時からカラーテレビになったことから、いろんな試合を色付きではっきり覚えています。
オリンピックメダル

これは 1970.4.8 と彫り込まれている壁飾りで、ちょうど高校3年になったばかりです。松山市内まで二駅を汽車通をしていたので、毎日SLに引かれた長い客車に乗って通っていました。次の駅で高校2校分がどっと降りるので、私たちが乗る時が一番混んでいて、毎度デッキにぶら下がりながら乗っていました。多分その時に、ペンキが剥がれていたのをベキッと折ってきたのでしょう。当時はSLオタクだったので、牽引していたC58(しごはち)の横顔をカリカリと彫り込んだものです。
客車のペンキ

これはなんだ?としばらく分からなかったけれど、裏を見てあらら!浪人して予備校に通っていた福岡では、昼飯をすうどん一杯ですませ、100円で入れる2軍戦によく通っていました。予備校から平和台までは、十分くらいで行けたのです。小さい時からずっと西鉄ファンだったので、予備校を福岡にしたのはこのためでした。これは、その平和台球場の座席のプレートです。記憶にはありませんが、多分取れかかっていたのがあったのでしょう。もうかなり古くなっていましたから。
平和台のプレート

1軍戦は2回くらいしか行ってなくて、これはダブルヘッダーだからかなりの長丁場。下宿の仲間と一緒に、ナイターまでたっぷり楽しんできました。450円は当時としては大枚をはたいた金額でしたが、それでも安かったのですねぇ。
入場券

このメダルは、大学に入った年の10月14日が鉄道百年だったので、札幌駅で並んで買ったもの。金貨とかも出ていたようですが、貧乏学生に買えるはずもなく、これで十分でした。でも千円くらいしたのかなぁ… このほかに記念切符とかもいろいろ買っています。
鉄道100年

これをやり始めるときりがないし、自己満足の最たるものですが、こうして振り返ってみると懐かしいものばかりだなぁ…(^^;)

路線マップ

  • 2019.03.18 Monday
  • 05:39
土曜日の町中からの帰り道、バスに路線マップがあったので、つい取ってしまいました。ものを溜め込まないようにしているといいながら、昔から集めているものなので、つい手が出てしまうのです。一番古いものは?と出してみると、1981(S56)年の札幌市交通局のものでした。これがどれだけ古いかというのは、定期観光バスを見ればよく分かります。
定期観光バス

このとき既に南北線は全線開通していたけれど、東西線は琴似白石間のみで、翌1982年に新札幌まで開通しています。まだ結婚していなかったので、今のところには住んでおりませんでしたが、バスは宮の森シャンツェまでちゃんと通っていました。ただ途中の大倉山競技場前のバス停がなく、動物園線も正門前まで行って、あとは円山西町止まりです。その前はアフターケアと言っていたはずですが。
荒井山線1981

もらってきた最新のJRバスのマップを見ると、動物園線が円山西町神社まで延びているのが大きな違いです。臨時のくらまる号も夏期間は走っているし、バス停の名前もずいぶんと変わっていることに気付きました。
荒井山線2019

久しぶりに引っ張り出したので、ついあちこち見てしまいましたが、南の端に滝野線があるけれど、まだ厚別(あしりべつ)の滝までで折り返し、山奥の滝野の集落までバスが通っていました。すずらん公園が部分開園したのは1983年なので、まだ何もないのは当然としても、駒岡の集落を越えて、真駒内2団、3団、器械場入口、滝野峠なんてバス停が載っていて懐かしいです。支笏湖線は中央バスの路線なので、こんな山の中を走っていた訳ですが、今は立派な道路になっているけれど、昔の道路はすれ違うのも大変だし、滝野峠なんて霊園入り口の横に、昔の道路の痕跡がまだ残っています。

滝野線

東区方面は、当然東豊線なんて影もないので、行くのはとっても不便でした。87年に転職した会社が赤丸の位置にあったので、バスで行く時には北12条駅からバスに乗り、今の環状通東駅のところにあった北15東16のバス停で下りて歩いて行って、よく遅刻したのを思い出します。

東区方面

この頃は、中央バス、国鉄バス、定鉄バスとライバル関係だったため、それぞれが独自のマップを作っていました。2004年には市営バス事業をそれぞれの会社に譲渡して撤退してしまった時に、その後数年だけは全部の路線を合体したマップを市が作っていたけれど、今はまたそれぞれ独自のマップに戻ってしまったようです。(これは2006年版です)

2006なまら

ネットの時代、いまだにこれが作り続けられていることも画期的ではありますが、いずれはなくなってしまう存在であることは間違いないでしょう。でもこうやってその時代を切り取ることができる存在として、やっぱり手元に置いておきたいものなのです。

春を探して

  • 2019.03.17 Sunday
  • 05:55
今朝まで3日連続真っ白に。でも気温はそれほど下がっておらず、寒気も抜けたようなので、これがなごり雪になるのでしょうか。昨日は少し冬が逆戻りして、雪のちらつく寒い一日でした。午後から滝野のフラワーガイドボランティアの意見交換会があるので、まずはおか田で腹ごしらえ。
おか田のうどん

少しでも歩かないとと、道庁裏の会場まで歩いて行くことに、みぞれ混じりで寒かったけれど、風がなかったのでなんとか歩けました。資料館裏のカッコウの森では、まだ雪は残っているものの10cm程度。針葉樹の足元はぽっかりと芝生が見えていました。来週はまた暖かくなるので、一気に溶けてしまいそうです。
カッコウの森

寒さしのぎに資料館に寄ってみました。玄関に入ると、小さな「正義の女神テミス」の像があります。この像は、目隠しをした女神が、右手には天秤、左手には剣を持ち、Wikiよると「彼女が手に持つ天秤は正邪を測る「正義」を、剣は「力」を象徴し、「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力」に過ぎず、正義と力が法の両輪であることを表している。目隠しは彼女が前に立つ者の顔を見ないことを示し、法は貧富や権力の有無に関わらず、万人に等しく適用されるという「法の下の平等」の法理念を表す。」ということなのだそうです。
法の女神

少し暖まってからまた歩き始めると、資料館前のライラックにしっかりしたつぼみが付いていました。数年前の秋にこのライラックを見ると、きれいに丸く刈り込まれていたのです。こんなバカな剪定したら、せっかく出来たつぼみが全くなくなってしまうではないかと、ここを管理している造園会社を知っていたので文句を言ったのです。すると、昔ながらの職人が担当していて文句言えなく申し訳ありませんと。来年から担当変えるので、ちゃんとやりますからと言われました。これを見ると、昔のでたらめな剪定から、しっかりした花芽を付けた枝が育ってきているようです。
ライラック

途中の植え込みに、バッコヤナギの花芽が大きくなっていました。茶色い芽麟(がりん)をはじいて、灰色のネコが膨らんでいます。これだと来週には花が開きそうです。
バッコヤナギ

この分ならひょっとして花が咲いているかと、STVの前庭に寄ってみると、やっぱりつぼみが開きそうな株がありました。この調子なら、来週にはスノードロップやクロッカスなどの開花宣言があちこちから聞こえてきそうです。うれしいけれど、ちょっと焦る気持ちも半分ありますが。
クロッカス

意見交換会には、半分ほどのメンバーが集まりました。まだガイドのスタートには一ヶ月以上あるけれど、また今年も頼もしい活動をしてくれることでしょう。
意見交換会

連携協定の調印式

  • 2019.03.16 Saturday
  • 05:51
昨日は朝から市役所へ。家のあたりは5cmくらい積もっていたけれど、事務所のある円山ではうっすら白い程度。町中まで出てくると、どこにも雪が見えませんでした。時計台は、改修工事で少し緑がかった色になってよかったけれど、三方をビルに囲まれて、ますます「がっかり名所」の地位を高めてしまったようです。
時計台

札幌市では、連携協定による森づくりを11年前から進めているけれど、その間に協定を締結したのは7団体で、私たち札幌ハルニレプロジェクトが8番目になるそうです。さっそく建設局長室で調印式を。数年前から、みどりの部局は環境局から建設局に移されているのです。この日のためにあわてて角印を作りましたが、これからそんなに出番があるかなぁ〜
調印式

局長に対して、この活動の経緯やハルニレの置かれている状況を説明し、私たちの活動の重みをしっかりとアピールしておきました。隣の会議室に移動し、パネルの前で記念撮影を。やがてこれがHPに掲載されるはずです。
記念撮影

協定書を挟み込む立派な台紙まで付いており、改めて協定の重みを感じてしまいました。これから5年間の間に、これまで育ててきた約80本のハルニレの植樹と、それを含む2,100屬離┘螢△琉藜作業を行います。
協定書

これによって、新年度に入ってさっそく、第1回目の作業を開始することになりました。詳しくはまた連絡しますが、あいの里団地から車だと数分のところにある、あいの里・福移の森緑地で、「植樹・育樹祭」を開きます。興味のある方はぜひご参加下さい。

   日時:2019年4月20日(土) 10時〜2時間程度
   場所:あいの里・福移の森緑地内(待ち合わせは緑地内駐車場)

位置図

その他のGCP(2)

  • 2019.03.15 Friday
  • 05:40
北国のグラウンドカバープランツ  その13  その他のGCP(2)

マツバギク(Lampranthus spectabilis)は道南では珍しくない植物で、大島の調査で松前方面に行くといつもうらやましく思ってしまいます。ハマミズナ(ツルナ)科の植物で、基部がやや木化してきます。耐塩性が強いので、渡島檜山の漁村では一番目立つ植物といえ、日が差すと大きく花を開いて見事です。札幌で売られている「耐寒性マツバギク」は、近縁のデロスペルマ(Delosperma)のようで、見た目は同じ姿をしているので紛らわしいです。
マツバギク

エゾノキリンソウ(Phedimus(旧Sedum) kamtschaticus)も海岸性の植物で、大島に7月に行くと、斜面が真っ黄色でまぶしいくらいです。乾燥には最も強いGCPといえ、札幌市内でも一時中央分離帯の緑化に使われていたことがありました。でも数年でブタナが侵入し、徐々に衰退していきました。ブタナは葉が地面に密着するので、どうしても葉が被圧されて負けてしまいます。
エゾノキリンソウ

カキドオシ(Glechoma hederacea subsp. grandis)はシソ科のつる性草本で、普通種はひっそりと道路縁などで生育していますが、斑入りのカキドオシはGCPとして使われることがあります。ただ乾燥には弱いので、半日陰の適湿地でなければ本種のよさが発揮されないでしょう。
カキドオシ

リュウノヒゲ(Ophiopogon japonicus)は、本当の和名はジャノヒゲですが、生まれ育った松山の家の庭にいっぱい生えていたので、やっぱりリュウノヒゲと呼びたいです。次のヤブランと同様にキジカクシ科(旧ユリ科)の常緑多年草で、東アジアに広く自生があるようです。秋に紫の花が咲き、冬から春に紫黒色の実がたくさんなるので、子どもの頃はこれを集めておままごとに使っていました。昔はこんな常緑ものは道内に入って来なかったのですが、最近マンションの外構などでよく目にします。普通種の葉は20〜30cmもありますが、現在流通しているのは葉の短い矮性種の‘タマリュウ(玉竜)’で、積雪に隠れればそんなに葉が傷むことなく越冬可能です。
リュウノヒゲ

斑入りヤブラン(Liriope muscari)もリュウノヒゲと同様に、最近よく使われるようになりました。こちらはほとんどが斑入り葉のもので、花着きのいい新しい品種が出回っています。リュウノヒゲも本種も半陰地から陰地向きのGCPで、適湿な環境でなければ傷んでしまいます。また積雪下で傷んだ葉をそのままにすると見苦しいので、ヤブランの場合は。雪解け後古い葉を地際でカットした方が新芽がきれいに揃います。
斑入りヤブラン

ヒペリカムの仲間は、木本ながら当年枝開花性のものが多いため、最近急速に使われるようになってきました。よく見かけるものには二種あり、花をよく見れば区別が付きます。上向きの花に長い雄しべがたくさん付いているものは、ヒペリカム・カリシナムの名で流通しているヒペリクム・カリキヌム(Hypericum calycinum)です、これに「セイヨウキンシバイ」なる名前を付けたために混乱の元になっており、キンシバイではなくビヨウヤナギに大変よく似ているので、「セイヨウビヨウヤナギ」とすべきでした。
カリシナム

もう一種がヒペリクム‘ヒドコート’(Hypericum patulum 'Hidcote') で、これはキンシバイから作られた園芸品種のため、ダイリンキンシバイ(大輪金糸梅)の名があります。こちらの花の雄しべは短く、雌しべの周りに輪状に付き、花弁の付け根に集まっているので、5つに分かれているのがよく分かります。雪の下ではどちらも普通に越冬しますが、春先に切り詰めた方が新しい枝を伸ばしてよく咲いてくれます。
ヒドコート

これまで13回にわたって、北国で利用できるグラウンドカバープランツを紹介してきました。もちろんまだまだ種類はありますが、うまく活用して素敵な空間づくりに活用していただきたいです。(まとめてご覧になりたい方は、左にある categories のグラウンドカバープランツをクリックして下さい。)

その他のGCP(1)

  • 2019.03.14 Thursday
  • 05:51
北国のグラウンドカバープランツ  その12  その他のGCP(1)

グラウンドカバープランツ(GCP)の紹介も12回目になり、これで主なものは紹介できたように思います。最後はあれこれ二回に分けて紹介していきましょう。

ロックローズはハンニチバナ科の小低木で、ヨーロッパの山地原産です。これに初めて出会ったのは、学生の時の帰省中に日本橋三越の屋上にあった園芸コーナーで、このタネを見つけたのです。戻ってから圃場で播いてみると翌年には赤やピンク、白の一重の花が咲きました。でもそれ以来全く見たことがなかったけれど、カントリーガーデンを造る時に植物材料をオランダから輸入することになり、そのリストにあったので、4品種を導入することができました。今でも残っているのは、この‘アマビレ・プレヌム’(Helianthemum nummularium 'Amabile Plenum')だけではないでしょうか。けっこう花期が長く楽しめますが、アルカリ性土壌を好むので、滝野の火山灰土ではだんだん衰退するのかもしれません。
ロックローズ

フオプシス(Phuopsis stylosa)も、初めて出会ったのは学生の時。先生の知り合いという学園大近くの平岸街道に沿った家で初めて出会いました。その後植物園のロックガーデンの一番奥に生えているのを見つけ、圃場に持って来たのです。コーカサスからイラン原産のアカネ科の植物で、フオプシスがなじめなくて「ハナムグラ」という和名を勝手に付けていました。
フオプシス

サポナリア・オキモイデス(Saponaria ocymoides)も学生の時に、駅前にあった札幌興農園でタネを見つけ、さっそく播いて増やしたのが最初の出合いです。ヨーロッパ中南部原産のナデシコ科の植物で、どんどん大きく育って隣の植物に被さるほどでした。
サポナリア

ポテンチラ(Potentilla neumanniana (verna)) は、比較的新しく出回ってきた植物で、グラウンドカバープランツがブームになり、たくさん流通し始めてから、道内に入ってきたように思います。日当たりさえよければどんどん広がり、しょっちょう散髪していないと株が蒸れてしまうほどです。ずっとポテンチラ・ウェルナだと思っていたら、今はポテンチラ・ネウマンニアナに変わっておりました。
ポテンチラ

リシマキア(Lysimachia nummularia) もポテンチラと同様に、急速に流通経路で広まってきた植物です。同じくリシマキア属のヤナギトラノオやクサレダマ同様、湿ったところを好む植物で、植栽場所には注意が必要です。葉の黄色い‘オーレア’は、強光線下では葉焼けすることが多いので、半日陰に植えてやりましょう。
リシマキア

ワイヤープランツ(Muehlenbeckia complexa)は、ニュージーランド原産のタデ科の植物で、私はずっと温室植物だと思っていました。興部で大きなガーデンを作っていたKさんのところに行った時に、ここでも全然平気で越冬するんだよと教えられて、びっくりしたことを思い出します。Kさんは、葉の大きさや形の違う種類を何種も集めていて、耐寒性などを試していました。
ワイヤープランツ
管内のフラワーマスターの代表を永らくされていて、とてもいろんなことに精力的に取り組まれていたのですが、残念ながら早くに亡くなられて、その後あのガーデンはどうなったんだろうと、ワイヤープランツを見るたびにふと思ってしまいます。

社内研修会

  • 2019.03.13 Wednesday
  • 05:42
今朝もうっすらみぞれが積もってましたが、中央区土木センターの積雪深は昨日朝で1cm、多分今日中に積雪0cmになってしまうでしょう。管区気象台は14cmなので、このままいけば来週にはなくなりそうなので、新記録になるのではないでしょうか。

日頃つきあいの多いY造園から、社内研修をやりたいのでぜひ講師を引き受けてほしいと頼まれたので、昨日の午前中にやってきました。昨年新社屋になったばかりで、玄関ホールに植えられているベンジャミンなども、すっかり落ち着いて元気に新芽を伸ばしていました。
ベンジャミン

壁面緑化のカセットもそれぞれ大きくなり、すき間が埋まってきて元気に育っています。このくらいの照度でも十分生育可能なようです。
壁面緑化

新社屋には、グループの研修機能も入っているため、7〜80人規模の講義室がありました。社員や現場職員など60名もの人が集まっているのにびっくり。社長以下熱心に聴き入っていたので、緊張しながら2つの話題についてお話しさせていただきました。
研修会

パワーポイントを作りながら、若い時からずっとご縁があったことに改めて気がつきました。豊平公園の管理もやっていたので、緑のセンター時代には常駐していたOさんにはいろいろと教えられたし、植木屋時代に百合が原公園の日本庭園を造った時、この会社とJVを組んで現場に入ったけれど、当時の私は入社2年目で要領を得ないままうろうろしていたため、何度現場代人のMさんにどやされたことか。この写真は、数年前に会社を片付けていて出てきたと、前の会社から送られてきたもの。工事現場なのにヘルメットを被っていないのですから、どやされるはずです…(^^;)
百合が原公園

コンサルに移ってからは、96年に滝野公園で行われた「みどりの愛護の集い」の会場整備では、Y造園とY種苗の二社が全力で当たってくれたので、式の前日にようやく完成するという離れ業を成し遂げることができました。このとき雅子様が、会場を大変気に入っていただいたお陰で、その後カントリーガーデンの造成をすべて任せられることになったものです。
滝野公園

北3条広場の整備では、なんと100年近く前に、この会社の初代がこのイチョウを植えたことを今回初めて知りました。そのイチョウの保全が最大のテーマであったことから、こんなところで恩返しができたというのも不思議なご縁です。イチョウの枝が落下しないよう、思い切って枝の整理をやった時に、高所作業車を自在に操ってどんどんやってくれたのもこの会社の職人たちでした。
北3条広場

私がやって来た成果は、このようにたくさんの人の力があったからこその結果でもあります。こうやって恩返しをやっていくことも、これからは大切なことだと改めて感じました。

大阪城公園

  • 2019.03.12 Tuesday
  • 05:41
札幌は風もほとんどなく、ちらっとみぞれが降った程度で済みましたが、道東の方は大荒れだったようで。春の嵐にはくれぐれも気をつけて下さい。昨日は東日本大震災から8年、今日は親父が死んで35年、思いを馳せる日が続きます。

先月の関西では、もう一箇所公園を見てきました。それが大阪城公園です。服部、長居、鶴見などの大公園には行ったことがあるけれど、ここには全く近寄ったこともありませんでした。ちょっと気になるところがあったので、鶴見緑地から帰りに寄ってみることに。森ノ宮で地下鉄を下り、森ノ宮口から園内に入ると、正面に天守閣が見えたけれど、この城は巨大なので豆粒ほどにしか見えません。ここには昨年コンビニやらカフェやらの商業施設がずらりとできて賑わっていたけれど、動線が考えられていないので、芝生が擦り切れて悲惨なことになっていました。
森の宮口

広場を通り抜けると外堀が見えてきました。さすが大阪城、規模が巨大すぎて圧倒されてしまいます。正面に見えるビル群は大阪ビジネスパーク(OBP)で、昔ちらっと覗いたことがありました。左の木はメタセコイヤかラクウショウなのか不明でしたが、結構な樹高です。
外堀

推奨コースは西側から城内に入って、天守などを見てから東側のJR駅に抜けるようになっていたと思ったら、逆から回ろうととすると、この石垣の高さの階段を一気に登らなければならないのです。高齢者にはかなりしんどい高さでした。
石垣

ふうふういいながら階段を上ると、今度は中に内堀が。冬の陣のあと徳川方が堀を埋めたというけれど、同じ堀ではないとしてもこんな巨大な堀なんて、昔の人力しかない時代に埋められるものかなぁ…と思ってしまいます。
内堀

あちこちに矢倉の跡が残っていて、どの石垣も巨石が組まれ、これを攻略するのは大変だと思ってしまいます。巨石には銃眼がしっかりと彫り込まれており、この上に建物が載っかっていれば、難攻不落だと実感させられました。
矢倉跡

この辺りまで来ると天守がかなり近くなったけれど、あそこまで行って周りを見て歩くと夕方になってしまうので、天守まで行くのはあきらめました。内堀には遊覧船が浮かんでいて、結構人が乗っていました。
天守閣

ここから坂を下って、JR大阪城公園駅に向かうことに。すると石垣の下に梅林があり、ちらほら咲いていたので寄ってみることにしました。下りてみてビックリしたのは、花が咲き始めなのではなく、つぼみがほとんど付いていないのです。こんな剪定でいいのかしらん。
梅林

実は公園の管理運営のしくみが近年大きく変わっており、「都市公園における民間資金を活用した新たな整備・管理手法としての公募設置管理制度(Park-PFI)」が次々と始まっているのです。ここではDハウスやD通を中心にした運営会社が20年の経営権を勝ち取り、何億もの投資をして商業施設などを作り、その期間をかけて回収する訳です。その一つとして森ノ宮口の施設群や、大阪城公園駅前に飲食店を中心とした複合商業施設「JO-TERRACE OSAKA(ジョー・テラス・オオサカ)などが開業していました。
ジョーテラス

大阪市にしてみれば、一銭も出さないで毎年何億もの上納金が入る訳ですから、こんなおいしい話はやめられません。そのメンバーは巨大企業ばかりで、造園会社なんてほんの下請けでしかないのでしょう。ウメの剪定もムチャクチャで、あれじゃ花が咲かないはずだと…今に日本中でこの方式が広まってくれば、資本の論理が前面に出てきて、お金にならない緑のことなんてどこかに消し飛んでしまい、公園の中は○タバやコンビニだらけになってしまうことでしょう。利便性だけを求める先には、いったいどんな社会が待っているのでしょうか。

緑のセンター

  • 2019.03.11 Monday
  • 05:35
豊平公園緑のセンターがオープンしたのは、1979年3月3日です。昨年発掘されたその年の日記を改めてめくってみると、10日は私の記憶間違いで、正しくは3日でした。改めて訂正させていただきます…m(__)m

入り口には、昨日紹介したシダレザクラやツバキ、アマリリス、アザレアなどが賑やかに咲いていました。そんな中に、地味ながら個性的な花を咲かせているツバキが。こんな花だから渋い名前かなとラベルを見ると、‘ナイトライダー’というぶっ飛んだ名前が…ちょっと違うと思いますが。
ツバキ

特に企画展示が行われていなかったけれど、アザレアの鉢物が寄せられて、暖かい色調の固まりを作っていました。
アザレア

その中にあれっ?と思わせる花が。アザレアの花冠は、筒状になっている合弁花の典型的な形をしているのに、切れ込みが付け根まで入り、まるで離弁花のような花でした。‘ももか’というかわいい名前のアザレアです。
ももか

アザレアは日本人好みの色合いが多く、白いものを見飽きた北国の人達には、特にこの時期にはホッとさせられます。
チャチャ

少し早く行って、二階のベンチでお昼を食べていたら、なんか背後に気配を感じるので振り返ってみたら、思わずビクッとしてしまいました。いつからこんなところにシカの頭が置かれていたのでしょう。どこに移動しても目がこちらを向くので気味悪いです…(>_<)
剥製

いろんな観葉ものが置かれているので、ラベルを見ながら記憶をたどっていくと、これはいつからシェフレラ(Schefflera elegantissima)になったの?ホンコンカポックの仲間だって!私の記憶ではディジゴセカ(Dizygotheca elegantissima)だったのに…と思って、帰ってから調べて見たら、なんと今はプレランドラ(Plerandra elegantissima)になっておりました、うーーん。通称「モミジバアラレア」のほうが通りがいいし、学名に振り回されなくて済むようです。
チャチャ

これも昔はクテナンテ・オッペンハイミアナ‘クアドリカラー’(Ctenanthe oppenheimiana ‘Quadricolor’)だったのに、今はストロマンテ・サングィネア‘トリオスター’(Stromanthe sanguinea “Triostar”)だって! どう見ても同じものだけど、違う品種なのかなぁ…? もうこの歳になると、新しく覚え直すのが至難の業なので、こういうものはスルーするしかありませんねぇ…(^^;)
クテナンテ

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